S? M?
いえ、フツーです
幕間2*「大アタリ」
*総一郎視点
──決して鳩芸を見に来たわけじゃねぇ。
まだ日も昇りかけの六時前。
徹夜明けで散歩していると、ちび公園の真ん中で鳩を連れた女を見つけた。頭にも鳩、肩にも鳩、女が動けば後ろの鳩も列を成して動く。カルガモの親子じゃあるまいになんなんだ。
煙草を吹かしながらパーカーとショーパン、スニーカーを履いた茶髪の鳩女を興味本位で観察する。が……あの女、誰かに似てねぇか?
いや、背景はすっげぇ花畑を背負ったアホ女に見えるんだが、なんか引っ掛かるんだよな。眉を顰めながら数分見つめていると鳩が一斉に飛び立ち、振り向いた女と目が合う。
「ふぃっ!!?」
瞬間、顔を青褪めた女は持っていた袋を落とし固まった。
視線を袋に向けると、アイスアイスアイスアイスアイス……アイスしかねぇ。腹を下すぞと内心ツッコミを入れながら女を下から上へと観察する。
身長は一六十あるかないかで、細いわりに胸はあるが顔立ちは幼い。
だが、ヒールのある靴とドレスと化粧させたら似る気がすんだよな。つい数時間前会った女に。すると、鳩女が右手と右足を同時に出しながら近付いてきた。
「おい」
「はひいぃっ!!!」
普通に呼び止めたはずなのに置物のように固まった。面白いが怪しい。
挨拶と歩き煙草を咎める顔はいかにも作ってます笑顔だが“あいつ”とは違い、瞳は大きく空気も緩い。本当に昨夜の女ならこのぐらいでビビるとは思えず、双子説を浮かべながら鳩女の頭を無意識に掴んだ。
「はひいいぃっ! なななななんですかっ、帝王様!!」
スッポリと手の平に埋まった鳩女の悲鳴と呼び方に双子説が消える。
何しろ俺を“帝王様”と呼んだヤツはただ一人。昨夜つんけんだった表情を崩した──。
「……やっぱ、風か?」
「ちちちち違います! 人違いです!! そんなキャストさんは知りません!!!」
大否定しておきながらキャストが水商売で働く女だと知る発言。
ついでにパトラ○シュじゃない方で訊ねると、二十センチ差はある鳩女は俺の胸板を叩きながら律儀に訂正した。正直笑いたくてしょうがねぇ。
失言に気付いたのか、青褪めた顔を上げた鳩女の頬を両手で包む。化粧もしておらず眉も落とし、瞳を揺らす姿は昨夜とは別人。だが、目の奥にある“秘密”には覚えがある──あとは。
「んっ!」
確認するように口付けた。
舌の侵入を拒むのをくびれを摘んで開かせると、すかさず舌を差し込む。小さな喘ぎを漏らす女からは冷たいアイスとは別の甘い味。それは昨夜覚えた味。
「風の味だな」
「っ!」
笑みを浮かべて唇を離すと“風”は手で口元を覆い、駆け出す。おいおい往生際が悪いなと溜め息をつきながら腕を掴んだ。が。
「うるさいっ! 離せキス魔!! あたしに触るな!!!」
今度は俺が固まった。コンビニ袋アタックもわからんぐらいに。
本能が『捕まえろ』と命令しているせいか手を離さない俺を目の前の女は眉を吊り上げて睨む。
ちょっと待て。さっきまでのノロボケビクビクオーラからオラオラガルルオーラになるってどういうこった。公園を出て何が……公園?
眉を顰めると腕を引っ張り公園に入れる。
「ななななんで入る……わけっ! アンタ、バッカじゃない……んですか!!」
入れては出してを繰り返すが、明らかに中と外では口調と眉が変わっている。
俺も眉を上げ、片手で口元を押さえながら視線を左右に動かし“ある”もの“ない”ものを探すと、ひとつの可能性を呟いた。
「お前……二重人格か?」
「ししし知りません! 貴方様には関係……ないでしょ!!」
また外に出すと涙目だった表情から一変、俺を睨む。
二重人格なんざ見たことねぇが、そう考えた方がシックリくる。何より覚えのある目つきに笑いが込み上げてきた。
「くくっ、その目つき。昨日、俺の隣にいた“風”はお前だな?」
「知らない。とっとと、どっか行って」
仕事じゃねぇせいか、敬語も使わない女はさっきとは違い隙がねぇ。そのガードの硬さこそ、まんま昨夜の風だとわかる。だが、止めを刺しておくかとライターを手渡すと煙草をチラつかせた。結果。
「お点けします」
迷うことなく煙草に火を点けた。
紫煙を吐くと女は跪き、俺の背後で勝者のゴングが鳴る。他者の煙草に火を点ける女なんて一般じゃ早々いねぇからな。これでキスの味と合わせ『はめられた』と呟く女が“風”だとほぼ確定した。けど、まだ100%じゃねぇ。コロコロ変わる性格は……と、考えている隙に風はまた逃げ出す。
「マジで往生際悪ぃな。柳田ー」
「ちょっ、いたの!?」
木陰から現れた柳田の手によって風は捕獲された。
柳田(あいつ)、先祖は忍者じゃねぇかと思うぐらい俺も気配わかんねぇんだよな。ともかく探るかと煙草を消すと、歩きながら角脇に連絡を取る。
後ろでは呑気に柳田と話す声が聞こえるが、途中途中でトーンが変わっていた。最初は公園だけかと思ったが、歩きながら性格が変わるのを見ると“何”かで変わると推測した方がいいだろう。
しかし、公園にない物なんざ街には多すぎる……と、顔を上げると、一台の監視カメラが目に入った。
ただ目に入ったカメラ。
今じゃ街中のどこにでもあるが普段は気付かないカメラ。
だが、あの公園と『蓮華』の出入口から車までの間になかった物。
それで変わるとは到底思えない、とはなぜか思えず、角脇に車の監視カメラを付けて来いと指示を出した。電話を切ると呑気に柳田と話す風を見る。
男の勘なんざ当るもんじゃねぇが『絶対的な自信を持った方』の評価を貰った分、勘も自信のひとつに入れて──暴いてやるか。
それが大アタリになるとは、俺の勘も捨てたもんじゃねぇな──。
『ははは、総一郎が勘頼りとは可笑しな話だね』
「うっせぇぞ、隆成(たかなり)」
夜の九時を回った銀座。
街並みを車内から流し見ながら電話主を黙らせるが、黙る気など更々ない男の声が続く。
『いや、ごめんごめん。しかし総一郎を落とした子か……興味あるな。どこのクラブ?』
「落ちてねぇよ。つーか今、北海道にいやがるヤツが何アホ抜かしてんだ」
『新路線の式典は終わったから僕も明日には帰るよ。帰ったら帰ったで母親がうるさ……ああ、そういえば撫子と縁談が持ち上がってたようだけど、どうなった?』
「……どうもなってねぇ。ったく、六家同士の縁組なんかしてどうすんだか」
溜め息をつくと電話の相手。同じ六家であり、鉄道会社の社長を勤める櫻木(さくらぎ) 隆成も苦笑いするが『蓮華』に着いたため通話を切る。『落ちてねぇ』と言っておきながら連日来るのは間違いか?
ともかく今夜はいるだろうと角脇と柳田を引き連れ店に入る。と、奥から苛立った顔をした三十代ぐらいの男が早歩きでやってきた。
「こんな店、二度とくるか! 潰してやるからな!!」
顔を真っ赤にしながら、あんま笑えねぇ台詞を吐いて出て行った男の背を見送る。と、紫に白の百合が入った着物の皐月ママが現れ、頭を下げられた。
「いらっしゃいませ、御門様。お越し早々お見苦しいところをお見せしてしまったようで申し訳ありません」
「別に構わねぇが……エラくお怒りのようだったな」
「丸橋(まるはし)建設の若社長でしたね」
角脇の捕捉に、金と女遊びが荒く自慢が多いと聞いたことがあるのを思い出す。皐月ママは苦笑いした。
「風には一番合わない相手ですわね」
「「「え?」」」
「余計なことは言わないでください」
また三人でハモッていると、皐月ママの後ろから不機嫌顔の風が現れる。
客を前にした顔とは思えねぇが、肩を出したピンクのフレアスカートのミニドレスは胸元に黒レースとデカイリボン。十センチ以上はある白のヒールを履き、首には白薔薇のチョーカー。髪は後ろ上で団子にされ、化粧もした姿は今朝のパーカー姿とは天と地の差があるほど美人に化けている。が、左頬が赤い。眉を上げると手を伸ばし、睨む風に構わず触る。
「ドジってぶつけたか?」
「……殴られただけです」
「はあ? まさか、さっきのヤツか!?」
角脇と柳田と三人、出て行った男の方を向くが、背中を叩かれる。
「御門様とは反対のお客様ならよくあります」
「よくあるって、暴力は違ぇだろ」
「お相子様ってやつですよ。申し訳ありませんが、処理をしなければなりませんので御門様のお相手は他の子を付け……って、ちょっ!」
他人行儀になったのはもちろん淡々と話すのにも腹が立ち、腕を掴む。皐月ママに例のアレがない部屋はないか訊ねると笑みを浮かべながら案内され、風と二人だけ入った。
室内は十畳ほどの広さに黒の長ソファと正方形の机。
他には絵画や観葉植物ぐらいしかないが、騒いでいた風の勢いがなくなった。それはスイッチの切り替えとなる『監視カメラ』がないからだ。握っていた手を離すと大急ぎで風はソファの端っこに移動し、身を隠すように丸くなる。その眉は下がり、今にも泣き出しそうで俺は声を荒げた。
「おい“千風”!」
「はひぃっ! ななななななんでしょうか、帝王様!!」
本名を呼ぶとピシッと立ち上がり敬礼。
頭を抱えているとノック音が響き、皐月ママが冷えたタオルを俺に手渡す。その顔は不安そうだが、小さく頭を下げるとドアを閉めた。思うところはあったが千風を手招きする。が、一向にやってこねぇ。
「てめぇ……俺をも怒らせてぇのか?」
「も、もう怒ってるじゃないですか! て、手当てなら自分で出来ますから帝王様はああっ!」
やかましいのは無視し、腕を引っ張ると抱きしめた。
小さい女は簡単に収まり、そのままソファに座ると赤くなった頬を撫でる。しかし、また顔を一向に上げないことに苛立ち、ポケットから携帯を取り出すと動画開始。すると勢い良く顔が上がった。
「アンタね、勝手なことするのはやめんっ!」
“ちー”から“ふー”になった千風の口を口で塞ぐ。
苛立っているせいか口付けの荒さに千風は身じろぐが、腰と頭を固定し、逃がしはしない。
「んっ……あふ、んんっ」
その力に抵抗をなくす気配を感じ、唇を離すと荒い息に頬を赤く染めた千風が虚ろな目で俺を見る。そそる姿にもういっちょ行きてぇとこだが、持っていたタオルを頬に当てると不機嫌顔で視線を逸らされた。
「なんで……総一郎なんかに手当てを……」
「お前が素直になりゃ問題ねぇんだよ。そんなんだから客と揉めんだ」
「これがあたしなんです。第一、ホステスにキスするとか止めてください」
「敬語やめろ。俺はホステスの“風”じゃなくて“宇津木千風”と話してんだ」
タオルを机に放り投げるとソファに背を預け、腕に抱きしめる千風の髪を撫でた。
「そもそも、ちーもふーも向かねぇ仕事だろ。なんだってホステスしてんだ」
「答える義務は……ありませんんんん!」
動画が切れるのを見計らい、くびれを摘むと“ちー”の悲鳴が上がった。刺激が強かったのか胸板に顔を埋めたが、俺は溜め息しか出ない。
この難儀すぎる体質なら水商売よりずっと監視カメラが回るコンビニの方がマシだろ。ムッスリ店員なんてごめんだが。あとは……金か?
「てめぇ、節約家だと言ってたが金貯めてどうすんだ?」
「老後のためですぅ……」
おい、老後の貯えでホステスっておかしくねぇか?
こいつやっぱアホかと呆れていると眉を下げた千風が恐る恐る見上げる。
「帝王様は……なんで私達に構うんですか?」
「構ってんじゃねぇよ……本能だ」
「はひ……っん!」
首を傾げる千風の顎を持ち上げると口付け、片手はドレスの上から胸を揉む。ビクビク動く身体を両脚で挟みながら、口にも手にある柔らかいものを堪能する。しばらくして唇を離すと、千風の肩に顔を埋め、チョーカーを口で外した。
「あっ、帝王様……ダメっ」
ちーでは名前呼びは期待出来ないようだが、今は外れたチョーカーの下にあったモノに笑みを浮かべた。それは今朝ホテルで付けた、キスマーク。
バレたことで千風の顔はいっそう赤くなり、必死に首を横に振るが無駄に決まっている。付けた上にまた新しいのを付けるように吸い付くと喘ぎが響いた。
「ああっ、あ……ひゃあっ」
「俺の本能がな……お前を欲しがってんだよ」
ちーとふー。関係なく“私達”という“千風”を求めている。
殴った男を消し去りたい気持ちも、高科のジジイに挑んでも良いと思えるほど……それはもう、隆成の『落ちた』を意味するかもしれねぇ。
それが偽りではないと、官能な声に俺の本能は高ぶり、首元を吸い続けながら手を下腹部に這わせ、濡れ出しているショーツを擦る。
「ああ……っ」
「千風……ホステス辞めて俺んとこ来い」
「セ……フレは……ごめんですぅぅんっ」
「てめぇ」
片眉を上げるとショーツ越しに秘部を突く。
実際他の女と一夜とはいえ関係を持っていたのは否定しねぇが、俺が来いと言って拒否る女も珍しい。御門の名だけで寄ってくるヤツも多いってのに。
他に拒む理由があるのか訊ねると、ちーにしては珍しく眉を上げ、真っ直ぐな目を向けた。目を見開く俺に返ってきた言葉は──。
「私は農夫の人と結婚するのが夢なんです! なので、お金持ちの帝王様とは一緒にはなれません!! ごめんな「だからなんでホステスしてんだ!!!」
とんでもねぇ暴露にマジツッコミしながら頭にチョップを落とす。
デカい千風の悲鳴に外にいた角脇と柳田が慌てて入って来ると、なぜか千風は柳田に抱きついた。
おいこら、てめぇどういうこった。柳田(そいつ)は農夫じゃねぇぞ。麦藁帽子と作業服を着せたら俺より似合うかもしれ……じゃねぇ。
肩を震わせる俺に、角脇がささやかに呟いた。
「調査……しましょうか? 主に彼女のタイプについて」
眉を吊り上げると、肩を震わせたまま口元に弧を描いた。
調査だ? そんなもんしたとこであの女が変わるわけねぇ。ありゃ、マジで夢を語っていた顔だ。握り拳を作った俺は静かに、だが怒りも含めた声で返答した。
「……いらねぇ。あいつを暴いて落とすのは俺だ」
本気で喰ってやらねぇと気が済まねぇ女を捉え、笑みを浮かべる俺に角脇は頷く。調査では知れねぇ生の反応を暴くため、とことん攻めてやろうじゃねぇか。
後にそれを後悔することとなるが、また昨夜のように一夜で百万飛ばす気満々の女を黙らせるのが先だった────。
*次話、千風視点に戻ります