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04話*「俺の用」

 構ってんじゃねぇよ、本能だ。

 お前を欲しがってんだよ

 千風、ホステス辞めて俺んとこ来い。

 声が響くと、柔らかい唇と舌が口内を掻き乱す。
 知らない、けれど覚えた味が全身を支配していく。それはとても甘美な毒のようで──涙が零れた。

 


* * *

 


『では~次回の紀行をお楽しみに~♪』

 

 聞き慣れたエンディングに閉じていた瞼が大きく開くと──泣いた。
 ああっ『わくわく農業紀行』を観ている最中に寝てしまうなんて! 電気代も勿体無い!! でも、あとで観直そう!!!

 布団に寝転がったままDVDとテレビを消すと、窓の外はオレンジ色の空と星。
 朝日なのか夕日なのか一瞬わからなくなるが、今朝ベランダの家庭菜園の水やりをしたので夕方。と、自信を持っておきながら不安になり携帯を見ると十八時。良かった。

 

 でもこれが仕事の日だったらアウト! けど『蓮華』は土日祝日はお休み!! 連休ごろごろー!!!

 もっとも今週は二日も休みを貰ってしまったので申し訳なさがある。その内の一日は母の命日でしたが、もう一日は皐月ママが『たまには平日に』とくれたお休み。帝王様の登場で崩れましたが。

 起き上がると冷凍庫からホームランバッドアイスを取り出し、べランダの窓を少し開けて壁に寄りかかるように座る。
 涼しい風と口の中で溶けるアイスの美味しさに頬が緩むが、食べる度に思い出してしまう男性(ひと)に頬が赤くなった。

「たった……数回しか会ってないのに……変なの」
 

 それが帝王様のせいだとわかる時点で変だ。
 あの人はお客様。他のお客様と同じ。けれど、私とふーちゃんを知る人……ううん、暴いた人。それだけで他のお客様とは違うのかもしれない。キスも……されたし。

「う~……無理やりとか酷いです……次に会ったら……ん?」

 

 頬を赤くしたままホームランバッドを食べ終えると、携帯が黒電と知らない番号を映す。知らない番号は取らない主義なので無視。すると今度は知ってる番号と音を鳴らし、笑顔で取った。

 

「はいっ、もしも『てめぇ、出れるじゃねぇか!!!』
「はひぃぃぃーーーーっ!?」

 

 番号の持ち主とは違う人の怒声に身体が大きく跳ねる。
 な、なぜ……いえ、それよりもここは知らない人としてプッチンと切るべしと通話ボタンを終──。

 

『おい、千風。ここで切ったら、マジでお前を晩御飯にしてやるからな』
「ばばば晩御飯ってなんですか!? ていうかなんで帝王様が……この番号って薫さんじゃ」
『それだ。てめぇ、いつの間に柳田と番号交換した挙句、名前呼びになった』

 

 電話から帝王様の声と一緒に黒い何かが伝わってくる。さすがIT界の帝王様! 電波すら支配するんですね!!、なんてツッコミは呑み込む。
 

 そう、この番号は帝王様の護衛をしている柳田薫さんのもの。

 コッソリ交換した記念すべき最初の電話が帝王様の声なんてと頬を膨らませているとキャッチが入る。けれど、帝王様の恐ろしく低い声が勝った。

 

『……やっぱ喰ってやる』
「私は御飯じゃありません! いったいなんの用ですか!!」
『ああ、その晩御飯の強制誘いだ。三十分後に迎え行くから用意しとけ』
「ちょ、強制って……ていうか私の家を知ってるんですか!?」

 驚きの発言に咄嗟に窓とカーテンを閉めると動悸が嫌な音を鳴らす。電話口からは楽しそうな声。

 

『くくっ、柳田に家まで送ってもらったのを忘れたのか?』
「あ」

 

 そう言えば例の話が終わった後、会議の帝王様と角脇さんと別れて薫さんに送ってもらったのを思い出す。番号と名前呼びをOKしてもらったことも。

『もっとも、俺がさっきまで“社長命令”って言うまで黙秘してやがったがな』
『申し訳ありません……千風さん』
「薫さん……!」

 謝罪する薫さんの声に目尻が熱くなると、帝王様の舌打ちと不機嫌な声が届く。

『ともかく三十分後、着いたらまた連絡する。今度は俺ので出ろ』
「あ、ちょっ……!」

 

 止める暇もなく無機質な音が響く。ご、強引にも程があるとツッコミを入れたいが、その強引さを考えると本気で迎えに来る!!!と、慌てて立ち上がると電気を点けた。

「ええと、化粧して髪の毛……服どうしよ」

 

 仕事ではないとはいえ相手は御門様。
 そんな彼とまさか休日にも会って御飯……ファミレスなわけないですよね。ドレスコードかなと積み重なった箱の前で立ち上まると自分の立場を思い出す。

 『蓮華』は休日お客様と会ってはいけない、という規則はない。
 けど、私は体質上、同伴もアフターもしていないホステス。他の人に誘われても断り続けてきた。なのに二重人格を知られたからと容易に彼と会って……いいのかな。

 ふーちゃんが守ってきたものを私がダメにしてしまったことで、心の奥底の何かにヒビが入った気がする。他にも私のことを知る人なんているのに……なんで。

 わからない渦に嵌ってしまったのか、しばらく顔を伏せているとインターホンの音で我に返る。

 

「え? え? もう三十分!?」

 

 そんなに呆けてたのかと焦るが、時計は十分ちょっとしか進んでいない。
 瞬時にドS帝王様のことだから実は近くにいて嫌味言いながら着替えを見る戦法を考えてしまい、二度目のインターホンが終わる頃には玄関のドアノブに手を付けていた。

 

「ちょ、ちょっと待っ『千風様』

 

 呼ばれた声にピタリとドアノブを握る手が止まる。
 淡々とした低い声は男のものだが、帝王様でも角脇さんでも薫さんでもない。けれど知っている声に“あたし”は目を細めた。

 

「……なんの用?」
『定期確認です。お変わりはないですか?』
「ない。他に用がないならとっとと帰れ」
『……本当に?』
「っ、くどい!」

 

 皮肉を感じ、苛立った返事をする。
 それから少しの間を置いて『わかりました』とだけ言った男は扉から離れていった。階段を降りる音が消えると、大きな溜め息と共に眉間を押さえる。

「すっかり忘れてた……さっきのキャッチはアイツか」

 

 来る前に連絡を寄越せと言ってあるが総一郎のと被ったな……勘繰られなきゃいいが。と、前髪を上げているとまたインターホンが鳴った。何かを思い出して戻ってきたのか、インターホンは二回三回と鳴り、さらに苛立つ。

 

「くどいって言ったでしょ! アンタね、用事があるんなら一回で済ませてよ!!」
『…………ほーう、なら俺の用はひとつだ。ここを今すぐ開けろ』
「っ!」

 

 さっきのヤツと同じように淡々としているが、その声は地を這うように低い。掛け時計を見れば約束の三十分、の、五分前。色々とツッコミたいが、とどのつまり、扉の向こうにいるのは!!!

 

『おい、聞こえてんだろ千風……いや、ふー!』
「…………ふーさんの御宅は御隣でござる『おーい柳田ー。このドア、ブチ破ってくれー』
「はひぃぃぃーっ! それだけはご勘弁をー!!」

 

 気が緩んでしまったのか“私”に替わると慌てて鍵とドアを開ける。
 涼しい風が入り込むが、その先にいる人。手すりに背を預け、右手に煙草を持つスーツ男性に全身が熱くなった。眉を上げていた帝王様は携帯灰皿に煙草を入れると私の前に立つ。

 

「ちーじゃねぇか。なんだ、家ん中でもカメラ回して遊ぶとは、やっぱドMだな」
「わ、私はフツーです!」
「くくっ、その格好で言っても説得力の欠片もねぇよ」
「は……っ!?」

 

 喉を鳴らしながら笑う帝王様の手が私の胸元を突く。
 首を傾げながら見下ろすと裸足、そしてレースの付いたロングキャミソールしか着て……ない。

 

「はひいぃ──っん!」

 

 羞恥に顔は真っ赤に染まり悲鳴を上げるが、口付けに引っ込んだ。腕が腰に回り、頭を上げられるとさらに深くなる。

「ふっ……ん……っあ!」

 

 唇が離れたのになぜだか寂しくなった。
 けれど私を抱き上げた帝王様はそのまま玄関へ足を入れると床に押し倒し、また口付ける。ドアが大きく閉まる音など気にせず何度も何度も。

 

「あっ、やめ……帝王さ……んっ」
「さっき……“喰え”って目で見ただろ」
「そ、そんな……ああっ」

 

 否定したかったが、キャミソール越しに大きな片手で胸を揉まれる。次いで親指と人差し指で先端を摘まれ、刺激に襲われた。それが面白いのか、笑みを浮かべた帝王様は肩に顔を埋めると首元を舐めながら囁く。

 

「感じてるな……千風」
「ひゃっ……あんっ」

 

 全身を伝う声に下腹部が疼くと、見計らったように空いた手が太腿を這ってショーツを撫でる。耳元で『濡れてるぞ』と楽しそうに言われ頬が熱くなると、はしたない蜜が零れた気がした。それに気付いたのか、帝王様の長い指がショーツの中に一本入り、蜜を絡めると秘芽を擦る。

「ああっ……それ、だめ……あ」
「気持ち良いんだろ? ここも尖ってやがる……ん」
「ひゃっ!」

 

 胸の先端を弄っていた指がなくなったと思えば、キャミソールだけでなく先端まで口に含まれ吸われた。同時に擦る手も早くなり、指が膣内へと入る──前にインターホンとドアを叩く音。

 

『総一郎様ー、大家さんというお婆さんに通報されそうだったので止めてください。あと、櫻木様からお電話です』

 

 呑気な角脇さんの声に帝王様の動きが止まる。
 あ、そう言えば真下は大家さんの部屋でした。女の子一人は危ないから、いざという時は通報任せな☆、とか星マークまでバッチリ見えましたね。今度肩揉みに行きましょう。
 すると、頭上で溜め息をついた帝王様は私を抱えたまま床に座ると、私の頭を荒く掻き回した。

 

「さっさと着替えて来い。普通の服でいい」
「じゃ、じゃあ出て行ってくださいよ……」
「てめぇは普段キッチンで着替えてんのか」

 

 玄関入ってすぐ右はキッチン、左にお手洗いとお風呂。そして和室と洋室に区切られた部屋と順に目を向けられ、頬を膨らませながら立ち上がる。そんな私を見送る帝王様は髪を掻きながら不機嫌そうにドアを見た。

 

「隆成の用件はなんだ?」
『質問、今から北海道の土産持って行っていい?』
「答え、フザけんな。却下」
『ズワイガニは新鮮が一番なんだよ、と言ってます』
「クール便で送れ、と言ってます」
「ズワイガニ……」

 

 つい美味しそうなカニさんが頭を過ぎり、声に出してしまった。
 そんな私をなんとも言えない顔で見る帝王様に和室のドアを静かに閉める。ごめんなさい。

 

 急いで布団を畳むと着替えて化粧をし、バックも仕事用からお出かけ用に変える。
 最後に家の鍵と携帯を手に取ると不在通知が二件。一件は知ってる番号で、一件は知らない番号。でも、後者は最初出なかった番号と同じ……帝王様のだ。


 姿見に映るのは、首元に新しく付けられた赤い痣。

 拒むことが出来なくなっている自分がわからず、ストールで隠すと携帯を見つめる。けれど、不機嫌な呼び声に慌てて指を動かすとバックに放り入れた。

 

 隙間から見えるは────帝王様登録完了の文字。

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