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33話*「バカみたいに」

『ど~も、はじめまして。借金取りですわ』
『……はひ?』

 意外な人が来たことに緊張も何もなくなったのを覚えている。
 でもそれは“私”の印象で、ふーちゃんは別の何かを感じているようだった。

 

 

 

 


 天井から注がれる光から、サイドテーブルの淡い光だけになった寝室。
 傍にあるベッドには泣き伏す私と、背中を撫でてくれる帝王様が寝転がっている。沈黙を破るように彼が口を開いた。

 

「赤司と喋ったことがない……?」

 

 どこか訝しい声に頷く。
 母に借金のことを聞かされた“私達”は連帯保証人になることを決め、彼と会った。でも、その日を最後に“私”で会うことはなく、会話らしい会話も今日がはじめてに等しい。

 

「つまり、ふーが相手してたわけか」
「はい……はじめて会った後『アイツが来たら替われ』って言われて……」
「だがお前達は牛島春冬と違って自由交替は出来ねぇだろ」

 

 無造作に流れていた私の髪を片手で掬った帝王様は首筋に口付ける。
 くすぐったさに彼のバスローブを握ると、涙でボヤけた目に厚い胸板が映る。それに寄り掛かるように額をくっつけた。

 

「それどころか当時は強制交代すら出来ませんでした……まあ、あの人も来てたのは明け方近くで、替わることはなかったんですけどね」
「そんな時間に来る借金取りも迷惑もんだな」
「あ、いえ……どうもふーちゃんが勝手に連絡取ってたみたいで」

 

 考えさえお見通しの私達の間で隠し事は出来ない。
 でも、片方の意識がない……つまり寝ている時は別。余程内容を聞かれたくなかったのか、私が寝ている間にふーちゃんは彼と会う約束を取り付けていた。そして返済までの四年間。私はなんの違和感も持たず悠々と過ごしていたのだ。

 

「真実を知ったのは返済後……倒れた時でした」
「倒れた?」

 

 驚くように目を丸くした帝王様に、瞼を閉じた私は思い返す。

 

 去年の冬。完済確認のため訪れた英 赤司。
 私としては年に数回会う……裏側で見るぐらいで、ただ『終わるんだ』という安堵感だけだった。でもふーちゃんは朝から苛立っていて、彼と会ってからはいっそう増すばかり。どうしたのか聞いても答えてくれず、確認を終えた彼はいつもの笑顔で労った。

 

『確かに全部ですね。お疲れさんでした』
『なら、もう二度と来るな』
『あらら、そんなつれなくせんでもええやないですか。僕とお嬢はんの仲やのに』
『っ、うっさい!』

 

 そう、ふーちゃんが叫んだ時、激しい眩暈に襲われた。
 そのまま倒れてしまったのか“私”が目覚めた時には既に英 赤司の姿はなく、傍には春ちゃん……冬くんがいた。その顔は今まで見たことないほど苦痛に歪んでいて、静かに今までのこと、ふーちゃんが護ってくれていたこと、すべてを教えてくれた。

 

「だから冬くんは……私のことが嫌いだし……私も苦手なんです」

 

 苦笑する私に帝王様は眉を顰める。
 本人に言われたわけじゃない。でも、あの呆れにも怒りにも見える顔を見れば責められているのがわかった。『貴女が何も気付かなかったから』と。

 

 思い知った私は目覚めたふーちゃんに何度も何度も謝って泣いてを繰り返した。
 なのに冬くんのように何も言わず、ただ『ごめん』って。罵倒された方がどれだけ楽だったか今でも思う。でも、小刻みに震える身体は私じゃなく、背を向け泣いているふーちゃんの本音だとわかった時、私は決意した。

 

 もう、何も隠さないで。
 辛いなら代わって。
 貴女は私だから、私だって背負うよ。
 拒絶していいんだよ。

 

「それから……強制交替が出来るようになったんです。ふーちゃんと近付けたようで……嬉しかった」
「それをキッカケに……牛島春冬を振ったのか?」

 

 また予想外なことを言われ、涙で腫れた顔でも見上げた。どこか冴えない様子の帝王様に笑うと胸板に寄りかかる。

 

「……片方ぎこちない恋愛はダメなんです。相手が同じ春冬でも」

 

 春ちゃんがふーちゃんをどう思ってるかは知らない。
 でも、ふーちゃんは暴走気味の春ちゃんを苦手としているから、恋愛として一緒にいるのを考えると窮屈になってしまう。私と冬くんだったらもっと。
 これが互いに一人の人間としてだったら上手くいってたかもしれない。でも私達は二人で、私は彼女が大事だから一緒にはなれない。

 

「まあ、関係なくスキンシップしてくるので放置してるんですけどね」
「だから付け上がるんだろ。どう考えても俺が出来たからって諦める野郎じゃねぇぞ」
「お、珍しく弱気……あうっ」

 

 ヌプリと、太い指が後ろから挿入される。
 根元まで食い込ませる勢いに喘ぐと、肩に顔を埋めた帝王様は耳朶を甘噛みしながら囁いた。

 

「あのドMをどう調教しやがった?」
「……………………踏んだり踏んだり踏んだりしゃぶったり?」

 

 布越しにあるモノを握ると視線を上げる。が、目が据わっている帝王様に暫しの間を置くと、握ったモノをゆっくり捏ねはじめた。挿入されたまま止まっていた指が強引に動かされる。

 

「ひゃぁあっ!」
「指より大層なもん咥えてんじゃねぇか」
「帝王様のよりは……小さいで……ああっ!」
「ほう、なら大きいの咥えるか? 口じゃなくてこっちで」

 

 口元に笑みを浮かべた帝王様は挿し込んでいるのとは反対の手で私の片脚を持ち上げる。寄せられると、蜜を零す間に私が握るモノが宛てがわれた。手の中で増す硬さと熱さに、浅い息を漏らしながら聳り立つ肉棒を取り出すと捏ねる。くすりと笑う声が落ちてきた。

 

「素直に挿入させないのがお前だな……っ」

 

 両手で扱きながら胸板を舐めると帝王様は息を漏らし、膣内の指を止める。乳首、胸筋、鎖骨へと上がる私は舐めながら言った。

 

「質問に……戻りますけど……ん、私にとって英 赤司は……わからない人です。でも、ふーちゃんを苦しめる人は許しません……だから」
「ああ……ふーが隆成を嫌ってんなら、赤司を嫌う理由もっ……だいたい予想出来る」
「はひ……んっ!」

 

 目を丸くすると顎を持ち上げられ、口付けられる。
 荒く性急な唇に息さえままならないが、肉棒から離した両手を彼の首へ回すといっそう深く口付けた。胸の先端が擦れあっても、股を突くモノがあっても止まらない。

 

 そのままバスローブを脱がされると、唇を離した帝王様が上体を起こす。
 同じようにバスローブを脱いだ彼は息を切らしながら唾液を落とす私に跨がると、脚を持ち上げて太腿に口付ける。

 

「まあ、そっちの答えはふー本人に言わせるさ……今は素直に答えた褒美と、嘘付いてやがった罰をちーに与えるのが先だ」
「罰って……あああぁっ」

 

 屈曲させた両脚を持ち上げられ、蜜を零す秘部に亀頭が挿し込まれた。
 そのまま腰を突き上げられると大きく身体が仰け反る。緩急をつけながら打ち立てる刺激にシーツを握りしめた。

 

「あっ、あっ、あっんんん!」
「まったく……色々面倒かける女達だな……っ」
「っあ、ごめんな……あああっ!」
「何謝ってんだ。喋れって命令したのは俺だ」

 

 目尻から涙を落とし喘ぐ私とは違い、意地悪な笑みを浮かべる帝王様は腰を打ち続けながら両手を伸ばす。揺れる乳房を掴んだその手は、尖りきった先端を摘んだ。

 

「や、ああ、胸は……引っ張っちゃああっ!」
「っ、締めやがって……好きなとこ弄られてそんなに嬉しかったか?」
「言わな……あああぁ!」

 

 くいくいと引っ張られる乳首のように頬は赤くなり、快楽が駆け上る。
 こんなことしていい状態じゃないはずなのに、身体は悦ぶように求めるようにナカを締めつけ、帝王様の呻きと汗が落ちてきた。見下ろす彼の目に動悸は高鳴り、両手を伸ばすと抱きしめる。

 

「ふっあああ……あん、あ……帝王さ……まんんっ!」

 

 ただ揺すぶられるがまま喘ぐ私を、抱き返した彼は首筋に頬に口付ける。そのまま耳元で息を乱しながら囁いた。

 

「過去も思ってることも全部洗い浚い喋れ……お前らじゃどうしようも出来ないことなら俺がなんとかしてやる」
「ふっ、あっ、ああっ……」
「ただお前らはバカみたいに笑っとけ……それが俺の好きな恋人(ちーとふー)だからな」

 

 柔らかな声が全身を巡ると、大きく目を見開いた私は息を漏らしながらゆっくりと彼を見る。そこにある小さな微笑と目に、込み上げる感情がなんなのかはわからない。それでも私は言いたい、伝えたい、もう一人に。ふーちゃんに。

 

 口付けるこの人を好きになったことは間違っていなかったと──。

 


 

 


 

 目覚めた室内は薄暗く、“あたし”の頭はぼんやりしている。
 けれどすぐ起こったことを思い出すと唇を噛むが、慌てて隣を見た。が、誰もおらず安堵する。

 

 倒れてから何があったかはわからない。
 でも、安らかに眠るちーを感じるに“何かが”終わったのがわかる。起こした腰の痛みや全裸の理由も。

 

 屈曲させた脚間に顔を埋めるが、動悸はまだ嫌な音を鳴らし、瞼を閉じるだけで闇に引き込まれそうになる。それを振り払うように辺りを見渡すと、床に置かれた自分のバックから携帯が光っているのに気付く。
 手を伸ばし、受信メールを確認すると鈍い腰を起こして着物へと着替えた。

 

 音を立てないようドアを開くが明かりはない。
 総一郎も誰もいないことがわかるとリビングに置いてあったカードキーを手に、部屋を後にした。

 

 明け方なのか、窓からは薄っすらと日の出が見え、廊下も静かで冷たい。
 カーペットが敷かれた上では靴音すら吸収され、自分が本当に存在しているのかわからなくなる。一緒にいるといっても“あたし”が後に生まれたのは変わらない。だから“あたし”は“千風”ではないのかもしれない。一人の時、そう考えることがある。

 

 普段抑えていることを考えるのはまだ不安定なせいか、ちーに聞こえてないせいか、はたもや同じ境遇のヤツがいるせいか。立ち止まると、待合のソファに座るスーツの男は明け方の景色からあたしに目を移した。

 

「ブサイクな顔してますね。御門総一郎にフられました?」
「部屋にいなかったからそうかもね」
「……ふぅらしくない返し方ですね」
「アンタもね、冬」

 

 溜め息をつくと、眼鏡を外したメール主の向かいに座る。
 腕と足を組んだ冬も替わるように溜め息をついた。

 

「御門総一郎なら仕事とかで会社に戻ってますよ。朝には戻ると言ってましたけど」
「総一郎と話したの?」
「……まあ、多少なり。それよりちぃが『六家』に家庭事情を喋りましたよ」

 

 眉を顰めたまま話を逸らした冬は春より総一郎を嫌っているように思える。
 どちらかと言えばちー対応に似ているが、今は総一郎が知っていたこと、ちーが喋ったことについて耳を傾けた。全員が見ていた中では仕方ないと思うが、酒で沈めるとは……ちー、Sだな。
 内心笑うが、今は別のことだと冬に目を向けた。

 

「で、アンタはなんでホテル(ここ)にいたの?」

 

 総一郎の前に連絡を寄越した冬は仕事だと言っていた。
 でも、六家会議があるのを知っていたのを考えてもホテルの仕事に偶然就けるとは思えない。そもそもどうやってあたしが訪れたのを知ったのか不審な目を向けると、冬は一息吐いた。

 

「このホテル、雅臣……安心院(あじむ)がやってるんですよ」
「安心院 雅臣……ああ、二次元しか愛せない親友とこ」

 

 敬称を付けない名に同級生を思い出すと、冬は否定することなく頷いた。

 

「なので万が一のことも考え、貴女がホテルに来たら連絡を入れるよう頼んだんです。恐らく受付付近にいたと思いますよ」
「なーる……でもアイツって、タダで了承する男じゃなかったでしょ」
「ええ、ちゃっかり俺と春分と言って、二つ条件を出されましたね。そのひとつが朝からこのホテルで行われた会議の護衛」

 

 前髪を弄る顔は嫌々に見えるが、構わず二つ目を訊ねる。と、弄っていた手が止まり、目が細められた。突然のことに背筋が伸びると静かな間が続き、ゆっくりと冬の口が動く。

 

「『魔法少女リリネットあるか』プレミアム限定あるかフィギュア」
「…………は?」

 

 予想外の言葉に目が点になる。
 魔法少女? りりねっとあるか? プレミアム? 限定? フィギュアあああぁぁあーーーーっっ!!?

 

「ちょっ、何それ!? アンタそんな趣味あったの!!?」
「あるわけない。と、言いたいですが、残念なことに春が持ってるんですよ」
「持ってんの!?」
「ええ、ちぃに似てるとかで数体」
「焼き払え!!!」

 

 時間も考えず叫ぶと『巨神兵に命じる殿下みたいなこと言いますね』と拍手された。伸ばした背筋が脱力したように丸くなり、ソファに寝転がる。

 

「もういいわ……で、本題は?」

 

 頬をソファに擦りつけながら視線を上げる。
 メールには『起きたら待合室』の指示だけだったが、受信時間は数時間も前。あたしが起きるのを待っていたのを考えるとバカらしい。けど、英 赤司に次いで幼馴染(あたし)にも用があると言ってたのを朧気ながらも覚えてる。つまり、未だスーツの上着さえ脱いでない冬は──仕事中。

 

 身体を起こしたあたしに察したのか、立ち上がった冬はゆっくりと頭を下げる。
 先ほどまでとは異なり、辺りを包む空気は静かで毅然としている。肌寒さを覚えるあたしの耳に、普段ドア越しに聞く声が届いた。

 

「お父上、荒澤 忠興様の命をお伝えに参りました」

 

 ピクリと肩が揺れるが、構うことなく顔を上げた男は仕事の目であたしを見据えた。

 


「契約期間が終わりましたので、実家にお戻りください──千風様」

 


 真っ直ぐ向けられる目と昇りはじめる太陽の光。
 照らされるあたしはどんな顔をしていたかはわからない────。

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