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32話*「キーワード」

 帝王様の口から出た名前。
 当然誰のことかわからない撫子さんと結城さんは互いを見合い首を傾げる。でも、悲鳴を上げたアセトアルデヒドさんと駄菓子屋さんは開いた口が塞がらず、さすがの隆成さんも見開いた目をパチパチさせた。

 私も頭を抱え、椅子である春ちゃんは歯軋りするが、腰を抱く人はなんでもない様子で煙草を吹かす。

 

「最初に違和感を感じたのは二回目行った時」
「二回目って……バレた日の夜ですか?」
「ああ。殴られて、皐月ママがタオルを持ってきた時だ」

 

 額にあてていた手を離すと視線を合わせる。
 そこに全員の目が向けられるのは“殴られて”に反応してだと思われるがそこは帝王様。“どっち”かわからない言い方に感謝すると思い返す。二重人格がバレ、客に殴られた日。そしてタオルを持ってきてくれた皐月ママを。

 

「違和感なんてなかったと思いますけど?」

 

 いたってフツーのことにしか思えない私は口元に手を寄せたまま見上げる。大きな紫煙を吐いた帝王様はオレンジの火が見える煙草の先端を私に向けた。

 

「お前を見る表情(かお)が身内の表情だった」
「はひ?」

 

 確率好きの彼から可笑しなことを聞いた気がした。
 アセトアルデヒドさんと隆成さんも同じなのか、三人揃って変な顔になってしまう。そんな私達に構わず、帝王様は再び煙草を咥えた。

 

「次に、ジジイとの会話から皐月ママもお前の実家を知ってる可能性が浮上した。最初は履歴書かと思ったが、宇津木の名で出しているなら知るはずはないし同姓だってある」

 

 ええと、仁ちゃんがいたということは隆成さんの初来店?
 でも、ママとの会話で浮かぶものはなく、用具室に篭ってる時に何かあったのかもしれないと考えていると帝王様の指が三本立った。

 

「だが、三つのキーワードで見えてくるもんがある」
「三つ?」
「ひとつはジジイ、ひとつは『蓮華』」

 

 一本ずつ折られる指は店のことしかない。
 見つめる私と、煙草を灰皿に潰した帝王様の目が合わさる。

 

「そして……五年前」

 

 見据えるような目と数字に肩が揺れる。そこに、アセトアルデヒドさんから順に呟いた。

 

「スリーのお袋が亡くなったのは五年前」
「創始者である御祖父様が『蓮華』を開店させたのも五年前……そして千風さんは初期メンバーだと伺ってます」
「高科会長様がその皐月ママという方を雇ってらっしゃるなら互いに知った仲だとも言えますわね。そして彼女が千風さんの実家をご存知だとするなら……」
「ママさんと風さんが……何かしらの繋がりを持ってる可能性もアル」
「つまり『蓮華』って店は、千風ちゃんのために出来たと捉えることも出来るね」

 

 三人寄ればなんとやらを飛び越す『六家』総出の回答埋めに感嘆の声を上げそうになる。だが、床に座り直した私はお酒を作りはじめた。

 

「それが本当なら私は『蓮華』を辞めています。知ってる人達の手を借りて返すお金は甘えだと思ってますから」
「台本がなけりゃ違うだろ」

 

 すぐ返されたことに作る手を止めると振り向く。
 眉を顰めた私とは違い、帝王様は口元に小さな弧を描いた。

 

「用意されていたのは『蓮華』って舞台と、ホステスという役。けど、観客(金)は自分でなんとかしろと言われたら甘えじゃねぇ。水商売独特の一人勝負だ」

 

 自身も好きだと言うように、笑みが意地悪なものに変わった。
 ゆっくりと視線をグラスに戻した私は黙り込んだまま手を進める。すると、上体を起こした春ちゃんが険悪な顔付きで帝王様を睨んだ。

 

「やっぱこいつ捻り潰しあああっ!」
「はい、春ちゃんはこれね」

 

 作り終えたグラスで股のモノを勢いよく押し潰す。
 嬉しそうな悲鳴と一緒に倒れる春ちゃんに構わず次のグラスを用意するとビールを注いだ。

 

 その光景に顔が青くなる内の二人。アセトアルデヒドさんと駄菓子屋さんよりも後に『蓮華』を訪れた帝王様。しかもまだ一ヶ月経つかどうかで、来店数は両手で数えられるほど。それだけで次々と出てくる情報は本当に怖いが怒る気はせず、代わりに溜め息を零した。

 

「帝王様にしては、ママ相手に頼りないカードですね」

 

 三杯目、四杯目とお酒を作りながら呟く。
 当然、私以上に皐月ママのガードは固い。だからこそ証拠的なものが何もない今までの説明でママが納得するとは思えず、五杯目を作り終えると不審な目を向けた。
 交差した帝王様の目が天井に向けられると、ポツリと白状する。

 

「まあ、開口一番『千風と親戚なんじゃねぇのか』って、鎌は掛けたな」
「「「自信家め」」」

 

 アセトアルデヒドさん、隆成さんと三人ハモる。
 けれど、ソファに背を深く沈めた帝王様は腕を組むと喉を鳴らした。

 

「後は歌舞伎町ホステスとして君臨していた頃の話とかな」
「ああ、百合に聞いたことあるぜ。なんでも皐月ママは昔、月に億単位の売り上げを記録し続けたことがあるホステスだったって」
「愛さんは……そんな伝説に憧れたって言ってましたね」
「ははは、女が怖いのか、男がちょろいのか、怖い世界だね」
「お兄様方がそれを言いますの?」

 

 今まさにクラブ通いしている男達に、撫子さんの容赦ない言葉が突き刺さる。隆成さんの笑顔が固まった気がしていると、春ちゃんがまた上体を起こした。

 

「結局調べてんじゃん……あ、ちぃ。俺は飲めないよ」

 

 文句を言いながらグラスを返す春ちゃんの反対の手は眼鏡がない目元を指している。一息吐いた私は受け取ったグラスをテーブルに置き、全員分のお酒を作り終えると一人ずつ手渡した。不快そうな顔を横目に、最後のグラスを帝王様に差し出す。

 

「春ちゃんが言ったように、ママのこと調べたんですか?」
「いや、伝説情報は親父からで、特別調べてはねぇ。ただお前の両親が誰ってことと、母親とママ似てんなって言ったぐらいだ……まあ、決め手は赤司の話をしたことだろう」

 

 持つグラスが揺れ、私は顰めっ面になる。
 反対に、くすくす笑いながらグラスを受け取った帝王様はソファから背を離した。

 

「よくよく考えれば、ママの笑顔と放置系のS加減は隠れSちーと似てんな」
「私はフツーですし、そのままソックリお返しします」

 

 完全父親似である彼の隣に座り直すと、後ろから抱きしめる春ちゃんと二人であっかんべー。当然チョップが頭に入り、揃って俯く。けれど、叩かれた頭に手が乗せられると自然と顔が上がり、目が合った。

 

「以上で俺の話を終えるが、採点は?」

 

 いつもと違い真面目な顔と声に身体は熱く、動悸は高鳴る。
 でもすぐ背中を向けたふーちゃんが浮かび、春ちゃんに返されたグラスを手に取った。見渡せば帝王様と似た表情で見つめる人達がいて、瞼を閉じると深呼吸をする。

 

 そして、ゆっくりと評価を下した──。

 


 

 

 


 静かな室内で瞼を閉じたまま耳を澄ます。
 けれど聞こえてきたのはドアを開く音で、電気を点けるような音も聞こえた。

 

「やっぱ、ふーは出てこねぇか」

 

 瞼を開くと、バスローブ姿の私はベッドから上体を起こす。
 同じバスローブを着た帝王様は濡れた髪をタオルで拭きながらベッドに座るが、しょげた様子の私に大きな溜め息をついた。すると頭を撫でられ、小さな笑みを零すと彼の膝に頭を乗せる。同じ匂いがする。

 

「あれだけ飲んだのに、よくお風呂に入れますね」
「俺はなんでもいけんだよ。しかし、隆成までリタイアするとは……さすが『蓮火』様」
「次は天下の御門様を沈めたいです」

 

 互いに皮肉ると意地悪く笑う。
 答え合わせのために私が作ったお酒。それは最初の飲み合いで観察し見いだした各々が苦手とするお酒。様々な種類が揃っているといってもやはり好きな物を飲みたいもので、必然的にハブかれてしまう類がある。

 仕事の場合は当然避けるが、勝負の今回は逆手に取らせてもらった。

 

 『六家』に属しているせいかおかげか、みなさん注がれた物は飲むという文句でもあるように全員が飲み干してくれた結果、結城さんは笑い上戸になり、撫子さんは熟睡。駄菓子屋さんは嬉しそうに結城さんに抱きつき、アセトアルデヒドさんは意識朦朧。隆成さんは見たことないほど不機嫌な顔をした。

「ああ見えて隆成はビール嫌いだからな。『千風ちゃん、明日は気を付けてね』とか言ってたぞ。キラキラ笑顔で」
「逃げよう逃げようぁ!」

 

 そそくさと後ろを向くが、のし掛かった帝王様にうなじを吸われ、吐息を漏らしている間に耳朶に口付けが落ちた。舌も挿し込まれる。

 

「ひゃあっ!」
「逃がさねぇよ。まだ大事な部分を喋ってもらってねぇからな」
「だ、大事……んっ」

 

 耳元の囁きに振り向けば唇が塞がれる。
 お酒も抜け、煙草の味もしない口付けはなんだか不思議でもっとしたくなる。

 

「合格点は貰えたが、まだ赤司の話を聞いてねぇぞ」

 

 叶うことなく離れた唇からは忘れたい名前が容赦なく放たれた。
 彼の話に間違いという間違いは見当たらず、私が補足することは殆どなかった。両親についてもママについても完敗に近い。それでも一番言いたくなければ、聞いてもらいたくない人に顔を伏せると溜め息が落ちてきた。

 

「他の連中を酒で潰すほど野郎の話をしたくないか……なら質問を三つだけする。それだけ答えろ」

 

 根堀り聞く気はないというように帝王様はベッドに寝転がる。そのまま私を抱きしめるが、首筋に吸いつくとバスローブの中に手が潜り込んだ。

 

「ちょっ……あ」
「逃げようとした罰だ。質問その一、なんで母親は関西である赤司の会社に頼んだ?」

 

 襟元を広げられると、ブラをしていなかった胸が露になる。
 質問に答えるとも言ってないのに、手持ち無沙汰になった帝王様は胸を揉み込むと先端を舐めた。突然の刺激に声を漏らすと『言え』と言うように、もう一方の手でショーツを擦られる。

 

「あ……か、関西旅行の時に……会ったからです」

 

 唇を震わせながら答えた私に帝王様は『なんだそりゃ』の顔になる。
 母はのんびりとしていながらも活発な人で、病気でも暇だからと言ってよく旅に出ていた。当然学校だった私は血の気が引く思いだったし、その時に英 赤司の父親と会ってるとは思わなかった。

 

「ちょっと待て。借金しておきながら旅行に行ったのか?」
「あの頃はそんな重大な病気って知らなかったんです……それで名刺を貰っていたことを思い出したらしくて」

 

 目を泳がせる私に帝王様は呆れたような顔になる。
 でも一息つくと、胸の先端とショーツ越しに秘部を弄りはじめた。湿るショーツに疼く私に関係なく帝王様は考え込む。

 

「となると、都内にある支部の方か……よっし、質問そのニ。牛島春冬はどこまで知ってる?」
「はひ? え、ええと……だいたい知ってると思いますよ。私と違って六家に入ってたのを知ってたぐらいですから」

 

 相変わらずの予想外の質問に疑問符しか浮かばない。
 でも真剣な様子に、つい両頬を引っ張ってしまった。仕返しとばかりにショーツを剥がされると、焦らすことなく指を挿し込まれる。

 

「ひゃああっ!」
「悪戯好きなヤツだな」

 

 口元に笑みはあるのに黒い。怖い。
 内心謝罪を繰り返すが、太い指が膣内を蹂躙するように動き、蜜も喘ぎも増す。

 

「ああぁ……っんあ」
「最後の質問だ……ちーは赤司のことをどう思ってる?」

 

 膣内の指を動かしながら帝王様は自身のバスローブを解く。
 下唇から唾液を零す私は厚い胸板に抱き寄せられるが、顔を上げることは出来ない。すると抜かれた指が頬に触れ、蜜が唇につく。それをしゃぶるように舐めると耳元で囁かれた。

 

「ふーは野郎が“大嫌い”のようだが、お前自身はどうなんだ」

 

 わからない味を呑み込みながら考える。
 私自身と言われても一番に浮かぶのはふーちゃんで、今では英 赤司は関係ない人。それでも視線を上げれば見下ろす目と合い、また顔を伏せる。黙ってる間は暇だろうに何もされないまま時間が立つ。

 

「よく……わからないんです」

 

 静かに口を開くと顔を上げる。
 しっかりと自分を見ている彼の顔がぼやけているのは、自分の頬に零れる涙のせいか。でも好きになってしまった人に偽ることは出来ないというように言葉を紡いだ。


 

「あの人と会っていたのは……ずっとふーちゃんで……私は殆ど喋ったことないんです」

 


 目を瞠ったように見える帝王様に涙が頬を伝う。
 『六家』の前で話すことは出来なかった彼のこと。当然だ。

 

 “私”は────知らないのだから。

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