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27話*「探り合い」

 店に入って早々、皐月ママと百合姉ちゃんに祝福された。
 それはとても気恥ずかしく、すぐ顔が真っ赤になる。おかげでまた二人に笑われ慌てるが、ここからは仕事。浮ついた気持ちではやっていけないと両手で頬を叩くと『風(あたし)』へと替わった。
 休ませてもらった分、しっかりと働かなきゃ。

 

 だが、今夜のお客様方は父の話を挙げる人が多かった。
 重役が通うクラブなら仕方ないと割りきれても“あたし”を知っている人がいたらと、肩に妙な力が入る。そのせいか、十一時頃にはどっと疲れが押し寄せていた。

 

「てめぇ、それが客を迎える顔か?」
「最後に帝王とかいらなっだ! ご指名ありがとうございますっ!!」

 

 激しいチョップと共に、御門総一郎様のご来店です。

 


* * *

 


 出会った時と同じVIP室には空いたワインが三本とおつまみ。L字ソファに座るのはあたしと総一郎。
 珍しく角脇さんも柳田さんもいないことに不思議がっていると、煙草を吸う総一郎の要約を受ける。どうやら柳田さんがあたしを送った後、車を壁に擦りつけたらしい。それがまた角脇さんの車だったものだから説教中だとか。『薫さん可愛い』と言うちーとは反対に、あたしと総一郎は呆れる。

 

「柳田(あいつ)なー……いざという時は頼りになるんだが、どっか抜けてんだよな」
「そもそもアンタに護衛って必要?」

 

 タメ口なのは既にチョップが落ちたから。
 氷の入ったグラスを混ぜ、口直しのウィスキーを注ぐと水で割る。

 

 社長様に護衛は有りだと思うが、春冬の足を防御したことといい、総一郎には不要に思えてしょうがない。父親を見ても“自分の身は自分で守れ”タイプだし、違和感がある。
 混ぜ終えたグラスに氷を足していると、総一郎は煙草を灰皿に置いた。

 

「俺も必要ねぇとは思ったが、六家の社長となると色々と面倒があってな。やむを得ずってやつだ」
「どうせボンボンは何も出来ないんだだだだ!!!」
「そういう連中を跪かせるために鍛えてはいる」

 

 荒々しく頭を回す手を必死に止めると下ろす。ついでに、その手をしみじみと眺めた。
 やはり女のあたしより一回り以上も大きく、指も太いし長い。こんなデカイ手でよく携帯とか打てるものだと感心しているとデコピンを食らった。

 

「っだ~!」
「くくっ、俺を暇にさせるからだ。まあ、俺や隆成にとって六家の名は重くねぇが、圭太や龍介は参ってるだろうな」
「あー……納得」

 

 額を両手で押さえたまま頷く。
 注目度が上がる分、仕事関係者やマスコミに狙われるのはつきもの。今の六家の社長は高科を除き三十前後って聞いたから、プレッシャーは相当のはずだ。総一郎や櫻木隆成のように反撃スキルを持ってるなら相手方が御愁傷様だが。
 コースターの上にグラスを置くと了承を貰い、自分のを作りながら訊ねた。

 

「そういえば、あと一家ってどこ? 実は『蓮華』の常連だったりするわけ?」
「それが本当なら戦慄が走るが、野郎は関西在住だ」
「関西?」

 

 マドラーで混ぜる手が止まり、視線を上げる。総一郎は灰皿に置いていた煙草を消した。

 

「日本の企業内でランキング化されたトップ六社が六家だからな。当然関東以外だっている。圭太も出身は名古屋だし、ジジイだって本社は違うだろ?」
「言われてみれば……北海道だったような」
「まあ、来週の会議で嫌でも揃うがな」
「専用会議があるんだっけ。集まって何す……なんでもないです」

 

 以前、仁左衛門様が言っていたことを思い出すが、さすがにトップ企業に口出しするのはマズいと口を結んだ。グラスを上げた総一郎に合わせるように乾杯を取り、ウィスキーを喉へと通す。お高いお酒様はやはり美味いと頬を赤めていると、グラスを置いた総一郎はソファに背を預けた。

 

「敵情視察って名の腹の探り合い」
「なんの話?」
「なんのって、会議内容を知りたいんじゃねぇのか」
「教えていいの!?」

 

 まさかの話に驚くが、喉を鳴らしながら笑う総一郎に煙草を見せられ、慌てて火を点ける。紫煙を吐きながら彼は続けた。

 

「会議って言っても、近況を話すぐらいで内密ってもんじゃない」
「近況?」
「前期はどうだったとか、今なに作ってんだよとか、最近お前んとこの株大丈夫かとか」
「……日本の未来とかじゃないんだ」
「んな大それたことするわけねぇだろ。ランキング化されている以上、他は敵も同然。どんだけ連中から内部情報(カード)引き出して、一位(トップ)に躍り出るかの策を練るのが六家会議だ」

 

 グラスに口を付ける男は意地悪そうな笑みを浮かべている。それは心底愉しんでいるようにも見え、溜め息をついた。

 

「男って勝負とか一位とか好きだよね」
「否定はしねぇな。特に今回は階堂から龍介、高科も孫、何より隆成が初参戦するのを考えると腕が鳴る」
「うっわ~……」

 

 最後の名前に心底同情した。主に安室圭太。
 口元に手を寄せていると飲み干した総一郎が目に映り、新しいのを作ろうとする。が、手で遮られ、その手でアイスペールを引き寄せた男はトングで氷を掴んだ。

 

「んじゃ、お前とも一勝負」
「は?」
「次の内、俺はお前のなんの情報を知ったでしょうか」

 

 ただの来店ではないのかと目を見開く先で、トングから離された氷がテーブルに落とされる。

 

「ちょ!?」
「その一、父親のこと」

 

 ドクリと、氷ではない何かが喉からお腹に向けて落ちる。同時にもうひとつ、氷が落とされた。

 

「その二、母親のこと」

 

 様子を伺いながら話す彼に動悸がうるさく鳴るが、口を開くことはない。さらにもうひとつ、氷が落とされる。

 

「その三、幼馴染のこと。さて、どれだ?」

 

 キンっと、氷がテーブルに当たる音が響き、口元に弧を描いた総一郎の目があたしを捉える。その目、“暴いている”時の目は苦手だ。すべてを見透かしたような目は自白させる麻薬のようで、口を開きそうになる。けど、本当に彼が知ったかは不確かで、迂闊に選ぶことは出来ない。
 意を決したようにトングを奪うと新しい氷を落とし、口を開く。

 

「その四、猫を飼いはじめたどっかの社長のこと」
「……引っ掛からず、すんなりと白状しやがったか」
「隠す気がないことを隠したとこで、どっかのドSを悦ばせるだけでしょ。ちなみに、その三について話した方がいいかなあって手札があるんだけど、どうする?」

 

 トングを鳴らしながら笑みを浮かべるあたしに、総一郎の口元が“へ”の字になる。してやったりで楽しくなるが『言って大丈夫?』と、心配するちーの声に沈黙。
 すると、立ち上がった総一郎は固定電話を取り、何かを頼む。トングを置いたあたしも立ち上がるが、ピタリと身体が止まった。あれ……気のせいか。

 

「“私”に替わって……る?」
「カメラを止めるよう皐月ママに言ったからな。さすがジジイが選んだだけあって、わかる責任者だ」
「お、横暴!」
「抗議は認めたママにしろ」

 

 恐らく今の彼と同じ笑みを浮かべているであろうママが脳裏を過ぎる。
 近付いてくる帝王様に後退りしてしまうが、大股でやってくる彼に腕は簡単に捕まれ、ソファに押し倒された。股に割って入る膝と、跨り、真上から見下ろす人は今朝まで共にいた人。好きな人。でも激しく鳴る動悸は歓喜より困惑。私の顎を持ち上げた帝王様は口角を上げた。

 

「その三の情報は誤算だったな。俺の持ってる手札と交換しろ」
「こ、交換も何も、帝王様の手札って隆成さんとのキっん!」

 

 重なる唇と唇は押しつけられるように強く、押し入った舌が口内を、思考を支配していく。それはお酒の力だけではない、彼という存在が狂わせ、酔いしれる。でも今はまだ溺れてはダメ。

 

「て、帝王様……まだ仕事中なので……」
「俺が閉店(ラスト)までの客だ。そしてお前達を連れて帰る」
「も、持ち帰り禁っん!」

 

 また唇によって遮られ、素足を撫でていた手がドレスを巻くし上げる。すると、冷たいものをショーツ越しに感じた。

 

「な、何っ!?」

 

 唇を離し、見下ろした先には帝王様の手。その手にはテーブルに落とし、溶け出していた氷があり、ショーツに擦りつけられていた。

 

「ああっ……冷た……っん」
「まだまだ序の口だぜ。浮気癖のあるお前達に与える罰は」
「浮気って……隆成さんも春ちゃんも……あっ、待ってよ……やっ!」

 

 携帯の動画モードで“あたし”へ替わると、開いた胸元にも氷を落とされる。
 肌を伝う滴の冷たさに身じろぐ身体は腕と脚に阻まれ、顔は口付けで止められた。身体は冷たいのに、舌が絡まる口内は熱い。徐々に息遣いは荒くなり、抵抗が弱まってくるとショーツを下ろされた。

 

「やっ、ここでしないでっ!」
「罰を増やしておきながらよく言う。隆成と牛島春冬“も”ってなんだ? ひとまとめってことは野郎とも今日話したな?」
「しっ……知らないっあぁあ!」

 

 たった一文字で勘繰られ白を切ろうとするが、秘部に宛てられる氷に声が上がる。そのまま容赦なく指を挿し込まれると、違う音を鳴らしながらナカを蹂躙していく。

 

「ああっあ……ああっ」
「どうだ? さっきシミジミと見ていた指が入る感覚は」
「っあああぁあ!」

 

 無骨な指を思い出し、熱くなる頬と共に愛液が零れた。胸元に顔を寄せた総一郎は谷間に零れた滴を舐め取りながら話す。

 

「それじゃ俺も手札……教えようか。隆成は裏手札だからな」
「ち、違ったの? ……っん、あ」
「出した手札が全部白なわけねぇだろ。お前の母親、空木ちよのことだ」
「え……」

 

 快楽を与えられていた身体がピタリと止まる。
 不自然すぎるとわかっていても、どうすることも出来ない。だって予想外だ。父のことは他の客からも名前が挙がったから対応は出来る。けど、彼が出した名は……。

 

「空木ちよ。本名、宇津木 千世(ちせ)。二十数年ほど前に宝輝歌劇団のトップ娘役を担い、その演技力と美貌は当時の男役に勝るほどの人気だった。が、就任二年で健康面から退団し、ファンだったお袋は泣きに泣いたらしい」
「……知ってる人……まだいたんですね」

 

 動画が切れ“私”に替わると、胸元から顔を上げた帝王様が頬を寄せる。
 膣内から指も抜かれ、当たる唇はさっきと違って小さくて弱くて、くすぐったい。急に優しくなった彼に苦笑を漏らした。

 

「私……そんなにしょげた顔してます?」
「まあ、やる気を失う程度の顔はしてるな。お袋の考えが当たっていたのも驚きだが」
「ああ~……またハメられた。帝王様酷いです」
「認めたのはお前だが、パンフを見れば俺でもわかる。何しろ舞台に立てばふー、下りればちー、ソックリだったぞ」

 

 くすくす笑いながら頭を撫でる帝王様の胸板に顔を埋める。
 別に宇津木の姓は他にもいるのだから、それが自分の母とは限らない。でも、間違いなくそれは母の名で、隠すことも否定することも出来なかった。まだ知っている人がいたと喜ぶ反面、似ていると言われて恥ずかしくなる。
 頬を胸板で擦っていると、頭上から声が落ちた。

 

「俺が持ってる手札は今のところこれだけだ」
「意外ですね。てっきりその先も知ってて出した手札かと思いました」
「父親は八割方予想はついているんだが、大物すぎて確証がない」
「相変わらず百パーセントにこだわりますね。そういうところ好きですけど、真っ黒
に染めてから出してくださいね。それが大ハズレだったら笑ってあげます」

 

 ニッコリ笑顔を向ける私に、一瞬帝王様の顔が歪んだ気がする。けれどすぐいつもの意地悪な笑みに戻った。

 

「……なら先に、真っ白だった三番目の手札を染めてもらおうか。お前のココで」
「は……あぁんンンっ!」

 

 勢いよく秘部に二本の指を挿し込まれ、愛液が溢れだす。
 優しかった手も口付けも激しさに変わり、身体が熱くなれば氷を落とされる。忘れていた快楽に再び襲われると、彼を求めるように手を伸ばし、懇願した。それは当然“白状”という名の交換付きで、うるさく鳴っていた動悸は歓喜に変わる。

 

 それがいつまた鈍い音を響かせるかはわからない。
 ひとつ言えることは近い内にバレてしまうということ。暴かれてしまうということ。その時、私達は話すことが出来るだろうか。認めることが出来るだろうか。


 自分が荒澤 忠興(ただおき)────今朝辞任した、総理大臣の娘だと。

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