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22話*「はじめて」

 テンパった状態で言うとロクなものじゃないですね。
 しかも最後ドヤ顔な感じで言ってしまったのは気のせいですかね。
 告白できる人って勇者ですね。

 既に逃避状態にある私の身体は徐々に冷え、頭を押さえるふーちゃんが浮かぶ。けれど、目の前の帝王様の表情が何も変わらないのが怖い。

 

「おい」
「はひっ!」

 

 突然の声に身体が大きく跳ねる。
 いつもなら意地悪そうな笑みを向けてそうな帝王様は眉を上げたまま見つめていた。それだけで逃避していた脳も下がっていた体温も急上昇するのは単純か。
 頬を朱に染める私などに構わず帝王様は続ける。

 

「お前、このホテルで行われる内容知ってんのか?」
「も、もちろんです! 帝王様に……最後会うには……今日しか」
「ほう、わざわざ祝いに来たわけか」
「っ……」

 

 言い返す言葉は喉に突っ掛かってしまい、顔を伏せる。
 でも脳裏に百合姉ちゃん、愛姐ちゃん、皐月ママ、駄菓子屋さん。何より腕を組むふーちゃんが浮かび、動悸が激しくなっても目尻が熱くなっても真っ直ぐ彼を見直した。

 

「お、お祝いに来たんじゃありません! むしろ反対です!!」
「祝いの反対とは穏やかじゃねぇな。で、何しに来たって?」

 

 喉を鳴らしながらさっきのテンパった台詞を再度言わせようとする帝王様は楽しそう。絶対聞こえてたと思わせる態度に『コンニャロー!』の意味で肩が震えるが、言わなければと両手に握り拳を作る。前に、頭にチョップが落ちた。

 

「いだいっ!!!」
「タイムアップだ」
「早いっ! まだ一分も経ってませんよ!?」
「ダラダラしてるてめぇが悪いんだろ。こっちで聞いてやるから付いて来い」

 

 後ろを向いた横暴帝王様の背中を蹴りたいと思うが、鋭い目を向けられビビってしまった私はカルガモの親子のように付いて行く。あれ?  私、何しに来たんだっけ?

 

 同じ階の廊下を進んで行くと『関係者以外立入禁止』の立て札に止まるが、また鋭い目を向けられ急ぎ足。いったいどこに行くのだろうと帝王様の背から顔を覗かせると、見慣れた二人の男性を見つけた。満面笑顔で駆け出す。

 

「薫さ~んっ!!!」
「待てこら」
「はひぃぃぃーーーーっ!!!」

 

 抱きつく前に頭を押さえつけられた。む、無念。
 また頭を回される私に久々に会う薫さんは変わらずオロオロし、隣の角脇さんは呆れた様子で口を開いた。

 

「いつもの漫才は結構なので早く中へ。一人くたびれて寝ましたよ」
「早ぇだろ」

 

 溜め息をついた帝王様は角脇さんが手を向けるドアを開ける。
 中に入る彼に戸惑う私だったが薫さんに頷かれ、恐る恐る足を入れた。が、向けられる視線に足も身体も止まる。

 

 控え室になっているのか赤の絨毯が敷かれ、絵画や観葉植物が置かれた部屋の中央には楕円テーブル。赤の生地に金色の縁がある猫脚二人掛けのソファが対面式に置かれ、撫子さんと彼女のお母さんらしき女性が腰を掛けていた。

 

 撫子さんはベージュに花菱の文様と四季の花が花束の形のように描かれた生地に、茜染めの帯が巻かれた着物。ひとまとめに結われた髪には象牙色に花とパールが施された簪。お隣の女性は漆黒のおかっぱに青磁に白と金で描かれた生地と花菱を織り込んだ帯の着物。両方とも高そう。
 呆然とする私に、立ち上がった撫子さんがお辞儀する。

 

「千風さん、昨日はお世話になりました。こちら、母の桔梗です」
「はじめまして。息子と娘がお世話になっております」
「い、いえ、こちらこそ……」

 

 慌てて私も会釈するがお母さんの表情は硬い。あまり隆成さんには似てないが、美形親子です。

 

「総ちゃん、そちらの方がそうなの?」

 

 高い、でも不機嫌な声に、向かいに座る女性に目を移す。
 緩く巻かれた茶髪はハーフアップで胸下まであり、キャメル色のカシュクールにラッフルになったAラインのドレス。耳と首元に宝石がなくてもキラキラ光る女性は、これまた『蓮華』にスカウトしたい美人さん。化粧のせいか年齢がまったくわからず口をパクパクさせてると帝王様がサラリ。

 

「おう、御袋。喰いたい女の千風だ」
「ちょちょちょ、帝王様勝手に……って、御袋!?」

 

 まさかの正体に撫子さんを見ると頷かれ、女性と帝王様を交互に見る。いえいえ、目視的に私より身長はある方ですけど小柄だしお肌も……そもそも、帝王様の歳を考えると。

 

「若作りしてっけど、もう「「ストーープッッ!!!」 」

 

 それ以上言わせるのは同じ女としてマズイ気がしてお母様と一緒に止める。屁でもない息子を見るお母様の不機嫌顔は確かに帝王様に似ています。
 親の前でも変わらない帝王様に半分呆れていると撫子さんのお母さんが口を開いた。

 

「彰乃(あきの)、遊んでないで早くそちらのお嬢さんと総一郎さんの関係をハッキリしていただかないとお披露目出来ないわよ」
「そ、そうね桔梗ちゃん。“縁談成立”にならないものね」
「え……?」

 

 苛立ちながら話す桔梗さんと慌てるお母様に目を見開く。
 それはまるでまだ縁談が成立“してない”と言っているようで、戸惑いながら帝王様を見ると溜め息をつかれた。

 

「やっぱお前、勘違いしてたな」
「か、勘違い?」
「今日のパーティーはな、以前から御門と櫻木で合同開発していた鉄道の制御新システムのお披露目式なんだよ」
「ええっ!? 帝王様と撫子さんの結婚発表じゃなくて!!?」

 

 全然違う話に悲鳴を上げるかのように驚く。
 だって隆成さんは『決まった』って言ってたし、帝王様も電話で話した時は怒ってたし……でも思い返せば案内板にも『合同主催』としか書いてなかったし、百合姉ちゃんも駄菓子屋さんも春ちゃんもなんのパーティーかは言ってなかった。もしかして………早とちり?
 ダラダラと冷や汗が流れてくると帝王様と座り直した撫子さんが補足する。

 

「俺が電話でキレてたのは徹夜明けでシステム上げてすぐに『じゃあ、明日お披露目な』って横暴親父に言われたからだ。まあ、縁談の話が本格化してる話も聞いたが、俺も親父も了承してねぇよ」
「縁談の話は、これを機に紹介しようという母達の間で決められた話だったんです。ウチのお父様はお母様に弱いので、恐らく勢いに負けてお兄様に『決まった』と話たのだと」
「撫子」

 

 桔梗さんの怖い声と顔が撫子さんに向けられるが、彼女は一息つくだけ。
 つまり、お母様方だけが賑わってたということなんですかね。見事絡まった昨日の自分を考えると穴を掘って埋まりたい気分ですが、それだけお母様方はなかよしと言うことでしょうか。

 

「御袋達は親友でな。ガキの頃から将来自分達に子供が出来たら結婚させようなんて約束してやがったんだ。けど」
「男同士でガックリ」
「妹が生まれてワーイ」
「私が現れてアァー」
「そんな簡単な話じゃないのよ!」

 

 ついいつもの調子で話してしまったせいかお母様が両手で顔を覆ってしまった。慌てる私にさらに補足を付け足される。

 それによるとお母様方が結婚した当時は櫻木は六家でしたが、まだ御門は六家に入ってなかったそう。功績が大事なので仁ちゃんみたいに長く君臨出来れば出来ないところもあり、入れ替わりもあって、御門は帝王様のお父様の代で六家に入ったとのこと。

 

「おかげで易々と結婚なんて出来るもんじゃなくなったんだよ。特に入ったばっかのウチとなんてな」
「会社が大きくなるまで我慢しろって総司さんが言うし、撫子ちゃんも総ちゃん好きって言ってくれたから我慢して、総ちゃんの女遊びにも口出ししなかったのに」
「彰乃、最後のは注意なさい」

 

 両手で顔を覆ったままグスグス話すお母様に桔梗さんが呆れたように口を挟む。私は冷めた眼差しを帝王様に向けるが屁でもない様子。そしてお母様の睨みが私に向けられた。

 

「なのに貴女なんてホステスが出て来るから!」
「どんな職業でも出会って好きになったなら仕方ないじゃないですか! そもそも撫子さんはともかく、帝王様の気持ちはどうなんですか!? お母様方の理由よりそこが大事でしょ!!!」

 

 ふーちゃんでもないのに仕事のことだけで頭に血が上った私は反論すると帝王様を指す。その行動に四人も後ろにいた角脇さんも薫さんも目を見開き静寂が包む。と。

 

「彰乃ー……うっせーぞ」

 

 帝王様とは違う低い声に肩が跳ねる。
 同じようにお母様の肩も跳ねると慌てて振り向いた。よく見れば奥にも二人掛けソファが一脚あり、帝王様より少し身長が高くてガタイ、スーツの上着を脱いだ男性が俯けて寝転がって……あれ、どこかで見たポーズですね。私じゃなくてふーちゃんだった気はしますが。

 

 指した帝王様を見ていると、立ち上がったお母様が寝転がる人の元へ駆け寄り、思いっきり背中を叩いた。あれ、あれもどこかで見ましたねと角脇さんを見る。そして聞いたことある台詞。

 

「った……なんだよ」
「総ちゃんが食べたい子連れて来たの! とっても生意気なの!! 総司さんも何か言って!!!」
「おめぇ以外を苛めていいってか……」
「それはダメー!」

 

 半泣きにも近い状態で両手に握り拳を作ったお母様が男性の背中を何度も叩く。
 そろそろアレが来そうな予感に顔を青褪めた私は止めようとしたが時既に遅し。見事なチョップがお母様の頭に入った。

 

「痛っ!」
「うっせーから少し黙っとけ……喋ったら今夜の相手しねぇぞ」

 

 頭を両手で押さえるお母様に同情の眼差しを送る。
 同時にほぼ間違いない予想を立てると、溜め息をついた帝王様が上体を起こす男性に向かって言った。

 

「そろそろホールに入らねぇとマズいくせして何寝てんだよ、親父」
「おめぇが喰い物獲ってくるってとんずらしたんだろ、バカが」
「ああっ?」

 

 眉間に皺を寄せる帝王様に、ドカリと音を鳴らしながらソファに背を預ける男性は“へ”の口。
 帝王様よりは黒に近い茶色の髪はソフトモヒカンにされ、薄っすらと顎鬚があるが、まんま帝王様だと言えるほどソックリな──お父様、ですね。

 

 お母様の頭を掴み立ち上がったお父様に私は無意識にファイティングポーズを取るが、なぜか帝王様のチョップが落ちた。

 

「いだいっ!」
「ポーズより頭を守れ」

 

 まさかの攻撃に頭を押さえていると目先で立ち止まったお父様は顎鬚を擦りながら私を見下ろす。

 

「また妙な女を見つけてきたな。まあ、ともかく。そこの傍若無人息子より偉い会長兼不本意だが父もしている御門 総司だ。ドS属性で、向こうはドM属性の妻、彰乃」
「あ、はじめまして。傍若無人息子様に振り回されながらお金を落としてもらっている宇津木 千風と申します。フツー属性です」
「揃ってその紹介やめろ。大人として」

 

 帝王様のツッコミに構わず名刺を渡されるが私は持っていないため御詫びを入れると、お父様は手を横に振った。

 

「あらかた話は聞いてる。嬢ちゃんが総一郎の喰いたい獲物……で、いいのか?」
「おじ様、わたくしも入れてください」
「お、撫子嬢ちゃんも参加すんなら告っていいぜ」
「総司さん!」
「彰乃、喋ったな。今夜なし」

 

 口を挟んでしまったお母様は慌てて口元を押さえるが、お父様は撫子さんと私を楽しそうに見るだけ。立ち上がった撫子さんは帝王様に真剣な目を向けた。

 

「千風さんと違ってわたくしは幼い頃からお母様方の縁談関係なく総一郎様が好きでした。食べられても構いません」

 

 大胆発言に聞こえるが頬は赤く、組んだ手は震えている。そんな真っ直ぐな彼女に顔を背けたくなっていると帝王様に頭を掴まれた。

 

「いっだ!」
「てめぇ、さっき堂々と告ったくせに何負けようとしてんだ」
「はひっ!? 私がいつ告りました!!?」
「ああ? 御袋に向かって言ったのは告白じゃねぇのか」
「は……ひっ!?」

 

 そう言えば何か口走ったような……ああ、また勢いで言ったしまったと頬を赤くする私に全員の目が向けられた。帝王様とお父様に限っては意地の悪そうな笑み付き。
 そんな羞恥にふーちゃんと耐えると、動悸を激しくさせながら口を開いた。

 

「わ、私も……ふーちゃんも帝王様が……好きです……食べられて……食べて……やります」

 

 呟きのような声が今度こそ聞こえたかどうかは自分の心臓音でわからない。でも、頭を掴んでいた手を離されたことで顔を上げると、意地悪なんてない笑みを向ける帝王様。見たことない笑みに固まると帝王様は撫子さんを見る。

 

「妹、悪ぃが俺はお前を“隆成の妹”しか見たことない。面白みがねぇからな」
「面白み……ですか」
「ああ。苛める楽しさを考えると妹じゃ物足りねぇんだ」

 

 瞼を伏せる撫子さんから私に向き直った帝王様は私の顎を持ち上げ、顔を近付ける。大きな手から伝わる暖かさと見つめる眼差しに動悸の激しさは増すばかり。それがわかっているのか、いつもの意地悪な笑みに戻した彼の口が開かれる。

 


「俺が喰いたいと、好きだと駆り立てるのは──千風達(こいつら)だけだ」

 


 はじめて聞く『好き』に目を見開くと同時に唇が塞がれた────。

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