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20話*「御挨拶」

 ホールの照明は登壇した司会者だけを照らし、挨拶が進む。
 招かれた人々が静かにその声に耳を傾ける中、閉じられた出入口に向かう三人に黒服が声を掛けてきた。

「牛島、どうした?」
「こちらのお客様が御気分が優れないとのことで、救護室にご案内しようと思います」

 

 顔を伏せたまま口元にハンカチを寄せるあたしと、背を支える冬を黒服は交互に見る。だが、反対側を支える階堂龍介に目を見開いた。

 

「こ、これは階堂様!」
「挨拶はいらないから出ていい? 僕のパートナーなんだけど」
「は、はい! 失礼しました!!」

 

 不機嫌そうな階堂龍介の声に黒服は慌てて扉を半分開く。
 薄暗くなったホールには充分過ぎる明かりが入り込むが、壇上に目を向けている客人達には気付かれることなくホールを後にした。

 

 ロビーに出ても警備の目が刺さるが、見知った男達と真っ青な女に止める者はいない。
 ゆっくりとした足取りで誰もいない廊下を進んでいると、あたしの背を支えて歩く階堂龍介が溜め息をついた。

 

「大丈夫……だったみたいですね。この道でいいんですか?」
「ええ。主催者側は奥にある扉から入る手筈になっていますので、近くにある柱の影にでも身を潜めておけば捕獲出来るはずです」
「捕獲って……それ、僕らの末路じゃ……」
「御門総一郎の警備をしているのは柳田さんですし、顔見知りの我々を捕まえるとは思えません。多分」
「多分って言った!? ちょっ、本当にこの人で大丈……って、風さん大丈夫ですか!!?」

 

 コミュ障、階堂龍介の華麗なツッコミに拍手を送りたい。が、あたしは腹を押さえ、本気で顔を青褪めていた。足を止めた階堂龍介が顔を覗かせる。

 

「ほ、本当に救護室行った方が……」
「うっさい……冬、離れろ」

 

 不機嫌そうに言ったせいか、慌てて背に添えていた手を離す階堂龍介。いや、アンタじゃないと彼の背を叩いてツッコミ。同時に後ろに立つ男を睨む。

 

 ホール内の照明が落ちたことで監視カメラの彩度も落ち、廊下にも今のところカメラはない。普通なら“ちー”になるが、ちーは冬を“苦手”としている。つまり今は強制交替中=腹痛が来ているのだ。これを抑えるには冬と一定の距離を取り、ちーと替わること。だが、眼鏡を上げた冬は離れるどころか腰を抱いた。頭が痛い。

 

「冬……ドS発揮は、あたしじゃなくて階堂龍介にしてよ」
「同じドMでも風様が愉しいです」
「いや、あたしはフツーだって」
「それ以前に僕をMに仕立てないでください」
「「Mでしょ?」」

 

 あたし達のハモりに階堂龍介は壁をグーで叩く。
 そんな男に構わず腰を抱く冬は髪に、耳に、頬に、うなじに、肩に口付けを落とす。くすぐったさと眼鏡の冷たさに手の甲で額を叩いてやった。

 

「何してんの」
「いえ、久々に会ったので身体にも御挨拶をと」
「アホか。挨拶より離れて」
「ちぃになる方がマズいと思いますよ……“アイツ”ですから」

 

 手の甲に口付ける冬に眉を顰めると、壁叩きを終えた階堂龍介の視線に気付く。首を傾げるあたし達に、携帯を取り出した階堂龍介は呟いた。

 

「いえ……二人仲良いので……恋人同士なのかなって」
「よく言われるけど、幼馴染兼元護衛なだけです」
「護衛……?」
「ええ。風様に捨てられたので今はフリーですが」
「アンタ、根に持ちすぎ……というか、あたしがここに来た理由はご存知でしょ?」

 

 冬から離れると細めた目を階堂龍介に向ける。
 同じように見つめていた階堂龍介は数秒の間を置くと頷き、携帯を内ポケットに仕舞った。そのまま何も言わず長い髪を後ろに流しながら廊下を進む。
 あたしも足を進めるが、冬が何かを言いたそうにしているのに気付く。けれど首を左右に振られ、背を押されると階堂龍介を追いかけた。

 

 あたしがここに来た理由はひとつ。一点の雲りなどなくなった想いを告げるため。
 場所も身分も関係なく、我儘だとわかっていてもチャンスを逃すわけにはいかない。その先がなんであろうと決めたのだから。

 

 両手に握り拳を作っていると足音とは違う話し声が聞こえる。
 先頭を歩く階堂龍介の背から顔を出すと数メートル先にスーツを着た男達が数人、閉じた両扉の前に立っていた。その中に一番会いたくない櫻木隆成を見つけてしまったあたしは回れ右。冬の胸に埋まる。

 

「なんですか急に」
「いやー……その先が工事中でさー……あそこだけ穴が開いて異世界にでも飛ばされないかなーって……主に茶髪の男」
「……ああ、なるほど。階堂様」

 

 わけのわからない理由でも察したらしい冬は階堂龍介に声を掛けると櫻木隆成と話に行ってもらうよう頼む。他にも茶髪はいたのに、ピンポイントで櫻木隆成というのが小憎らしい。
 頷いた階堂龍介が向かうのと同時に、冬の胸に埋まったまま自販機の影に隠れる。直後、櫻木隆成の驚く声が響いた。

 

「あれ、龍介。どうしたの?」
「……迷子です」
「ははは、面白いこと言うね」

 

 コミュ障のヤツには荷が重すぎたかと思ったが、笑いながら話を続ける声に安堵する。あたしが出て行っても問題はないかもしれないが、前回の別れを考えると出るに出れない。それ以前にヤツに会いたくない。
 警戒オーラを出していると、自販機に背を預ける冬は櫻木隆成とあたしを交互で見る。

 

「ふぅが苦手とするとは珍しいですね」
「うっさい。アイツもあたしを嫌ってるからいいの」
「“千風”が嫌われてるんじゃないんですか?」
「いや、ヤツはちーをすっごい気に入ってるけど、あたしはNG」
「はあ、捻り潰すとかアイツが言ってますけど……しかし勿体無いですね。ちぃもふぅも愉しいのっだだだ」

 

 階堂龍介がいないせいか、通常呼びになる冬の頬をつねながら自販機から顔を覗かせる。
 両扉の片方が開けられ、拍手と共に数人の男達と六家二人が中に入っていくが、階堂龍介と目が合う。終わったらいっぱい駄菓子あげるね!、の意味も込めて親指を立てた。
 なんとも言えない顔をされた気がしたが、閉じる扉の音を最後に廊下も静寂が訪れる。扉を見つめたまま、あたしは独り言のように呟いた。

 

「鉢合わせしなかったてことは、総一郎も向こうから来るってことだよね……」
「だと思うけど……ひとつ聞いていい?」
「なんですか?」
「ちぃ……なんで御門総一郎に会いにきたの?」
「えっとですね、頑張って告白を……ん?」

 

 頭上から落ちる声が敬語ではない、のんびりとした声。そして“私”に替わってることに気付く。確かに近くにカメラはない。けど、苦手な“彼”がいたからふーちゃんになっていた。でも、私。

 

 抱きしめられる腕も強くなり、嫌な予感に顔を上げると額と額が、鼻と鼻がぶつかった。眼鏡の先にある双眸は私を捉え、口元には笑み。顔を強張らせていると、結んだ唇を舐められた。

 

「はひぃっ!」
「あ、イい反応。でも……あんまり大声上げるとマズいと思うよ。ちぃ」
「じゃ、じゃあ、やめてください“春”ちゃん!」

 

 私の声に笑う人は先ほどふーちゃんにやったように髪に、耳に、頬に、肩に。今度は前から口付けを落とすと、うなじの代わりか、首筋に口付ける。そのまま頭の後ろを固定されると吸い付かれた。

 

「ひゃっ……ん……春ちゃ……仕事……中」
「ん……今は……ちぃとだけだからオフ……冬と“替わった”」
「そん……あぅっ!」

 

 目を瞠る私に春ちゃんは笑うだけで吸い付いた首筋を舐める。
 脳内ではふーちゃんが『こいつは無理』プレートを掲げ、信号を赤にしてるのが浮かんだ。私が冬くんを苦手なように、ふーちゃんも春ちゃんが苦手だから。

 

 そんな私を抱きしめる幼馴染、牛島 春冬も──二重人格。

 

 私達と同じように互いのことを知り、記憶も共有している二人の切り替えは単純に“仕事”。SPの仕事以外はのんびりな“春”。仕事中は真面目な“冬”。小さい頃から私の護衛といって一緒にいた春ちゃんに冬くんが生まれたのは中学生の頃で私もふーちゃんも唖然とした。
 なぜ彼がそうなったかはわからないが、隆成さんのように愛情表現が強くて困る。

 

「困るって……ちぃ、俺……泣くよ」
「泣きたいのは私です! なんで抱きしめたり口付けるんですか!!」
「だって、会うの去年の十二月以来で嬉しくて……定期確認もこの間の電話も冬とふぅだったし」
「仕事だからです……今日の仕事も終わったなら、早く報告しに帰らないと怒られますよ」

 

 見上げる私に、前髪を混ぜていた春ちゃんの手が止まった。
 仕事着にインカムを付けてますが“仕事中”の彼は眼鏡……まあ、ダテ眼鏡ですけど、外して仕事をしている。それを付けている+SPの彼が勝手にウロウロ出来るはずがない。つまり、ホテルの警備でここにいるわけではないのが推測できた。

 髪にあった手が離れると前髪が下がり、外した眼鏡を胸ポケットに入れた彼の口元に弧が描かれる。“あたし”は眉を顰めた。

 

「……父の仕事?」
「ええ。旦那様の側近がこのパーティーにお呼ばれされていたので護衛に。まあ、すぐ別件で退室されましたが」
「その帰りにあたし達を見つけたわけね」
「ご名答。アイステーブル見てたら可愛い耳と尻尾を振らす人がいたので、手綱を締めないと、と、残らせていただきました。まあ、春を抑える方が大変なんですけどね」
「ドSとドMめ……」

 

 溜め息をつくあたしに冬は苦笑する。
 それは互いに彼女と彼の後から生まれた者同士、通じるものがあるせいか。あたしがまだいるように、彼もまだ春と共にいなければならない理由があるのか今でもわからない。いつまで共にいられるのかも。

 

 顔を伏せるあたしの頬を撫でた冬に抱きしめられる。
 それは雨の日の櫻木隆成と同じで何かを感じることはない。それが答えだと静かに顔を上げ、見つめた。

 

「春冬……あたし達、好きな人ができたよ」
「…………俺達に言う意味ってあるんですか?」
「あるよ……春ちゃん達は家から離れた私達を何より気にかけてくれた……幼馴染」
「幼馴染ね……ちぃにとってはそんぐらいの相手なんだろうけど……俺はその関係ヤなんだよねー」

 

 替わり替わりになった最後の春ちゃんに疑問符を浮かべると、彼の目が私とは違うところを見ているのに気付く。声を掛けようとした瞬間、力強く抱きしめられ、春ちゃんの右足が高く上げられた。同時に後ろで何かと何かがぶつかる音と低い声。


 

「そのヤな理由っつーのはなんだろうな」


 

 不機嫌な声は電話越しではない本物で、背筋にゾクリとしたものが駆け上る。
 顔を上げた先には意地の悪そうな笑みを向ける春ちゃん。威嚇のような瞳に振り返ると彼の足と別の足が宙で交差している。別の足の持ち主は不機嫌だが、どこか楽し声に問うた。


「1.自分は幼馴染じゃなく護衛だ、2.千風が男として見てくれねぇ、3.俺が気に食わねぇ。どれだ──牛島春冬」
「1ハズレの2アタリで3……大アタリ、かな──御門総一郎」


 二つの足が下ろされると、先ほど見た時とは違い、ネクタイもせずジャケットとシャツのボタンを外した男性。けど、その表情も瞳も春ちゃんと同じものを向けた────帝王様。

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