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19話*「失念」

 翌日の夕刻。新宿某ホテル。
 正面玄関には続々と運転手付きの高級車やタクシーが停まり、準礼装(セミフォーマル)の招待客が中へと入っていく。よく見れば『蓮華』で見たことのあるお客さんもいて、再度参加者名簿に目を走らせた。

 

「よっし、私のお客さんはいない!」
「その名簿……どこから」
「友情秘密です!」

 

 キャミドレープのドレスに白のショール。胸元と耳には宝石が光り、編み込んだ髪を左で流す私は後部席のシートに背を預ける。百合姉ちゃんから貰った(秘)名簿を小さく畳むのを横目に、隣の人は溜め息をついた。
 すると、スーツを着た白髪に口髭のある六十代ぐらいのお爺さん運転手さんが顔を向ける。

 

「龍介坊ちゃん、そろそろ行ってもよろしいですかな?」
「あー……ヤダヤダ。勝手に行って勝手に暴れて勝手に喰われて勝手に終わればいいのに」
「はい、参りましょうか」

 

 慣れたボヤきなのか、運転手さんは笑みを浮かべると停めていた車を発進させ、ホテルへと向かう。
 不機嫌そうに腕を組み、ブラック・タイのタキシードを着ているのは愛姐ちゃんの常連で六家の一人、階堂龍介様。

 

 そんな方となぜ一緒にいるかと言うと、ぶっちゃけ乗り込もうにも招待状なんか持ってない。そこで名簿に彼の名前を見つけた百合姉ちゃんが愛姐ちゃんに連絡。半ば強制……パートナーにしてもらったのです。
 うなじ辺りで結われた長い黒髪を弄りながら、彼はブツブツと不満を漏らした。

 

「なんで僕が……圭さんが行って笑い取って追い出されて地べた這いずり回って都市伝説化すればいいのに」
「アセトアルデヒドさんはお仕事入ってましたから……もしかして駄菓子屋さんもお仕事入ってました?」
「風様、お気になさらないでください。坊っちゃんの今夜の仕事はパーティーに出席すること。それを欠席なさろうとしていたのですから」
「蒔竹、余計なことは言わなくていい……ていうか、店の時と性格変わってません?」

 

 不審な目を向ける彼に、背景に花畑を描くほどの笑みを返すと沈黙が訪れた。するとホテルの正面玄関に到着し、設置された防犯カメラで“あたし”に替わる。

 

「よっし! 行くぞ、階堂龍介」
「ちょっと待って! 駄菓子屋も意味不明だけど急に呼び捨てってなんですか!? 明らかに性格変わってますよね!!?」
「ああ、そうか名前。階堂様、階堂さん、龍介、龍介さん、龍介くん、龍ちゃん、たっちゃん、たっつー、たつろー。どれがいい?」
「最後の方おかしいでしょ! いったいなん……っ!!」

 

 華麗なツッコミを入れる男に瞬きを繰り返す運転手の薪竹さんとドアマン。
 その眼差しが二十七にもなって恥ずかしいのか、階堂龍介の頬が赤くなるのがわかり、彼の肩を叩く。両肩を思いっきり揺す振り返された。いや、一応パートナーで来てるんだから呼び方は大事ですよ。というか絶対『六家で一番静か』ってウソでしょ、愛姐。

 そんなことを思っていると背中を押され、絨毯に足を着ける。
 

 目前には『蓮華』とは違う、明るすぎる世界が広がり、嫌なカメラも黒服も多数。動悸が嫌な音を鳴らすが、隣に立つ階堂龍介の視線に深呼吸をすると、敵陣へと足を進めた。


 

* * *

 


 ホテルにある大宴会場は白を基調としたヨーロッパ雰囲気にシャンデリア。
 ビュッフェスタイルのテーブルにはこれまた豪華な食材を使った料理の数々が並んでいる。でも、あくまで目的は総一郎捜し。呑気に食べてる暇はない。たとえ何種類もあるアイスが光っていても。

 

「ガン見してるじゃないですか……」
「見る分はタダ……タダ……アイス」
「招待客なんですから食べるのもタダですよ」
「よっし行こう!」
「総さんがアイスに負けちゃったよ……」

 

 アイステーブルに向かうあたしに、階堂龍介は呆れた様子で付いてくる。
 会場内は既に数百人以上が集まり、挨拶を交わす人達、談笑する人達で賑わっていた。階堂龍介にも何人か挨拶に来たが、本人は覚える気がないのか始終無心無言で、なぜかあたしが立ち回るハメに。コミュ障すぎる男にパートナー間違いをした感が否めない。

 

 しかし、さすがにイケメン顔の男は婦女子に人気のようで視線が刺さる刺さる。当然痛い視線があたしにも刺さるが、ドロ沼愛憎劇の数々を店で見ているせいか、へのかっぱ。それよりアイスが美味い。

 

「コワイ……女の人コワイ……」
「褒め言葉として受け取っておきます。それで、どうでした?」

 

 アイスカップを手に出入口近くの壁に背を預けるあたしの視線に、顔を青褪めていた階堂龍介は一息つく。

 

「総さんか隆さんに面会を求めましたけど、忙しいからと追い返されました……まだ会場内にはいないので別室じゃないですか?」

 

 同じ六家の階堂龍介でもダメか。
 総一郎がいるなら角脇さんと柳田さんもいると思って柳田さんにメールしたけど返事来ないし困ったな。主催者側の挨拶とかはじまったら近寄れないし、まさに結婚会見とかされたら居た堪れない。ここはもう、ちーをウロウロさせて櫻木隆成を釣った方が早いか? それか迷子のアナウンスを流してもらうか? 迷子の総一郎くん総一郎くん……って。

 

「……どうしました?」

 

 スプーンを咥えたまま会場の外を見つめるあたしに、階堂龍介も視線を動かす。その先には数人の男達がロビーで話し、中央には──総一郎。

 

 黒のスーツを着た男は珍しくシャツとジャケットのボタンを留め、アッシュグレーのネクタイ。けど、眉は吊り上がっていて、苛立っているのがわかる。
 久々に見る男に動悸が早鐘を打ちはじめ、頬も熱くなってきた。

 

「……行かないんですか?」
「あ、うん……階堂龍介。ちょいとあそこの不機嫌なお兄さんをナンパしてきてよ」
「僕!?」

 

 自身を指す階堂龍介に頷くが首を左右に振られる。
 コミュ障め……いや、いざ目の前にすると躊躇うとか、あたしらしくもないんだけどね。うん、無茶ぶりしてごめんよ。

 

 彼の肩を小さく叩くと深呼吸。
 意を決したようにアイスカップをボーイに渡すと、速まる動悸を抑えながら足を出入口に向けた。


 

「荒澤さん?」
「っ!?」

 


 背に掛けられた女の声に身体が揺れると足が止まる。
 動悸は悪い意味でうるさく鳴り、額から汗が流れた。出来れば振り向きたくない。このまま総一郎のところへ向かった方がいい。そんなあたしの意志とは反対に身体はゆっくりと振り向いてしまった。

 

 そこには同じ身長の女性。
 大きなリボンが腰に付いたイブニングドレスに、茶髪のセミロングはピンクのリボンバレッタで留められ、真珠のイヤリングを揺らしていた。振り向いたあたしに、女性はぱっと嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

「やっぱり、荒澤さん! 久し振り」

 

 両手を合わせる女性に後退りするが、総一郎よりは小さい階堂龍介の胸板に当たる。そっと耳打ちされた。

 

「楠木財閥のお嬢さんと知り合いなんですか……?」
「知り合いじゃない……けど、同級生……」
「同級生……」

 

 静かに呟く階堂龍介の横で、あたしは内心舌打ちする。
 つい『蓮華』の客ばかりに気を取られてて、こっちのことを失念していた。まさか、こんな大勢がいる中で同級生と出くわすなんて……最悪だ。

 

「高校以来だよね。荒澤さんは就職だっけ? あ、今日はお父さんの代理? 今お父さん大変みたいだから色々言われてるんじゃない?」
「あらさわ……?」

 

 懐かしむように話す楠木さんに階堂龍介は眉を顰めるが、握り拳を作るあたしの耳には届かない。今は関係ないとわかっていても呼ばれる度に呼吸が荒くなる。ちーも身体を丸めているのが浮かぶ。

 

「ねえ、荒澤さん。聞いてる?」
「あ……うん。ちょっと……人を捜してるから……また後で」
「ええ! そんなこと言わず……あ、お父さん紹介するよ」
「ちょっ!」

 

 目の端に総一郎が会場ではない方に歩いて行くのが見え、制止を掛けたが手を引っ張られる。慌てて階堂龍介を見るが、どこかで見た社長さんに声を掛けられ困惑した様子。それはあたしも一緒で、必死に楠木さんの手を振り払おうとしても彼女の足は止まらない。

 

「く、楠木さん。後で伺うから……」
「大丈夫大丈夫。すぐ終わるから」

 

 まったく人の話を聞かない人を投げ飛ばしてやりたいが、周りの視線に顔を伏せるしかなく、呼吸がし辛くなってきた。ヤバい……このままじゃ──。

 


「ああ、千風様。こちらにいらっしゃいましたか」


 

 閉じていた瞼が開く。
 同時に引っ張られる力も止まり、顔を上げると、驚いた様子で楠木さんが後ろを見ていた。つられるように振り向くと目を瞠る。目先に立つのは紺色のスーツに赤のネクタイ。漆黒の前髪を上げ、黒のオーバル眼鏡をかけた男。

 

「……冬」
「うそ、牛島くん!?」
「ご無沙汰しております、楠木様」

 

 手を離した楠木さんの声に幼馴染、牛島 春冬は会釈した。
 先日ドアと電話越しに声は聞いたが、会うのはいつ振りか。そんなことを考えていると、あたしと楠木さんの間を手で遮った冬は背をあたしに向けたまま話す。

 

「楠木様。誠に申し訳ありませんが急ぎの用が出来ましたので、御挨拶はまた別の機会にでもよろしいでしょうか?」
「え、ああ、どうぞ……」
「ご配慮感謝致します。では、参りましょうか、千風様」

 

 再度会釈した冬は手を差し出す。一瞬躊躇ったが会釈すると手を取り、その場を後にした。

 出入口に向かう歩幅はあたしに合わせるようにゆっくりで、握る手は温かい。顔を上げると目が合うが、開かれた口からは淡々とした声。

 

「胃薬でも用意しましょうか?」
「……いらない。それよりこんなとこで何してんの」
「仕事に決まってるじゃないですか。貴女に解雇されてから行き当たりばったりな生活なもので」
「助けてくれた礼に殴ってやる」
「それは“アイツ”が悦びますね」

 

 くすくす笑われ、あたしはそっぽを向く。
 解雇という名の護衛解消をしたのだから当然『急ぎの用』とやらは嘘だが、まさかここで会うとは。一種の腐れ縁かと溜め息をつくと、慌てた様子で階堂龍介が駆け寄ってくる。当然隣の男を怪しむ顔をしていて、手を離すと紹介した。

 

「あたしの背後霊です」
「はじめまして、背後霊です。階堂龍介様」
「背後霊に名前を知られてる!?」

 

 会釈する冬に階堂龍介は肩を揺らした。この人、からかいあるなー。
 無意識に頷いていると、顔を上げた冬は左耳に付けたインカムに手を宛て、何かを話しはじめる。その間にあたしも階堂龍介に訊ねた。

 

「総一郎は?」
「あ……っと、もう奥に行っちゃいましたよ」
「また振り出しか……」

 

 タイミングの悪さに肩を落とす。
 そろそろ時間的に挨拶か何かはじまりそうだし、やはりアナウンスをしてもらうか。それか、最悪入ってきたところを捕まえ……あたしが捕まるな。うん。

 

「御門総一郎に会いに来たんですか?」

 

 考え込むあたしの上から冬が顔を覗かせる。
 近いぞコンニャローと眼鏡を突きながら頷くと、冬は視線だけ天井に向け沈黙。その長さに眼鏡を奪い、メガネっ娘になってみる。

 

「……連れて行ってあげましょうか?」
「え?」

 

 突然の声に顔を上げると冬の唇が額にくっつく。驚くあたしに関係なく、唇を離した男は微笑んだ。


「千風様がお望みなら、彼のいるところへ案内してあげますよ?」


 なんか怖い────。

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