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16話*「ライバル」

 決戦の日。燦燦と晴れた日曜の午後。
 多くの人が行き交う駅前広場で向かい合う私と櫻木撫子さん。彼女の後ろには護衛なのか、黒のパンツスーツの女性二人がいるが、三人は困惑しているように見える。周りを歩く人も私を見て内緒話しているが、構わず頭を下げた。

「改めて、宇津木 千風と申します」
「は、はい……櫻木 撫子です。あ、あの千風……さん。その……頭にいるのは……」
「護衛です」
『ポッポー!』

 

 頭に乗っていた鳩が鳴くと、後ろに列を成していた鳩達も一斉に鳴いた。辺りは沈黙。
 はい、早々に嘘ついてすみません。外で待ち合わせするといつもなんです。勝手に付いてくるんです。そして周り、写メ撮るな。

 


* * *

 


 ホテルの三十階にある喫茶店へ場所を移すと、護衛の方々を外してもらい、人の少ない窓際の四人席に向かい合って座る。
 

 良かった、カメラの範囲じゃない。

 髪をハーフアップにした私はラフな格好だが、撫子さんははじめて会った時のように着物。
 

 上質な小葵の地紋の絹地に、桜楓、菊、楓の丸紋があしらわれた小紋。袋帯は金の引箔地に四季草花。髪は夜会巻きにされ、パールの簪に草履。お名前の通りではありませんが大和撫子。
 ピリピリとした空気はあるが、最初よりは少ない。

 

「いつも着物なんですか?」
「仕事以外はそうですわね。父と兄は鉄道、母とわたくしは和物が好きなんです」
「え、隆成さんって鉄道お好きだったんですか?」

 

 これっぽっちも聞いたことがなかったので驚くと、撫子さんは頷きながら煎茶を手に取る。私は抹茶アイスを口に運びながら耳を傾けた。

 

「主にお父様ですが、隆成お兄様も模型など色々お持ちですわ。それより癒されコレクションが多い気はしますけど」

 

 溜め息をつきながら抹茶あんみつを食べる彼女に、私はスプーンを置くと前のめりになった。

 

「隆成さんのアレってなんなんですかね?」
「さあ? ストレスが溜まり易いのかわかりませんけど……もう、誰が言っても聞いてくださらないので見て見ぬフリなんです。でも、爬虫類だけはやめていただきたいですわ!」

 

 青褪めた顔を両手で覆う彼女に同情するしかない。
 私は農業で虫に慣れてますが、一般の女性にはキツそうです。イケメンなのに残念とはこのことだろうと、今日は一緒じゃないお兄さんを浮かべた。溜め息をつく私に、両手を外した撫子さんは首を傾げる。

 

「隆成お兄様と何か?」
「いえ、その……『癒されコレクション』の一員にされたみたいで」
「まあ。そう言えば、とっっっっても残念そうな顔で急用が入ったと仰っていましたわね。失礼ながら“人”では珍しいですのよ。今まで五人いたかどうかですし」

 

 その五人はどうなったのだろうかと訊ねたいような訊ねたくないような。うん、脳内でふーちゃんが大きなバッテンを作ってるので止めておこう。今日は彼の話ではないので。

 

 座り直すと抹茶アイスを完食、彼女に目を向ける。
 それだけで伝わったのか、撫子さんもナプキンで口元を拭くと一度目を合わせ、小さく頭を下げた。

 

「遅くなりましたが、此度はお忙しい中にも関わらず、わたくしの我侭でお時間を作っていただきありがとうございます」
「こちらこそ、撫子さんのおかげで自分の気持ちに気付くことが出来ました」

 

 同じように頭を下げた私に息を呑む音が聞こえた。
 彼女と会った時は渦だけが巻き起こっていただけの感情。彼女が『会って』と言ってくれなかったら渦は永遠に治まらなかった。むしろ大きくなっていたと思う。だから言わなきゃいけない。
 頭を上げると目を見開いている撫子さんを見据えた。

 


「私は、総一郎さんが好きです」

 


 静かに、でもハッキリと告げた私に撫子さんは肩を揺らす。隠れていて見えないが、膝に乗せている手を握っているようにも思えたが、それは私も同じ。
 本人ではないとはいえ、ちゃんと伝えるのははじめてなせいか動悸が激しいし、慣れない名前に身体が熱い。なんとか視線を逸らさずいると、撫子さんは瞼を閉じ、震える声で訊ねてきた。

 

「総一郎様には……?」
「まだ……撫子さんに伝えてから言おうと思ってます」
「なぜ、わたくしに……?」

 

 怪訝な顔で問われるのは至極当然だと思う。
 婚約者でもなんでも気にせず勝手に告白すればいい。会う約束が先にあったとしても殆ど初対面の方に伝える必要はない。彼女の目からも伝わるし、私自身も思う。
 目を伏せると、溶けたアイスが広がるガラスカップを見つめた。

 

「お会いした時は否定していたのに、本当は好きだったと言う私は卑怯だと思っています。職業柄似つかわしくないとも」
「どういうことですの?」
「私の職業はホステスです」
「っ!?」

 

 カップから視線を上げた私に、大きく目を見開いた彼女は手で口元を押さえる。
 帝王様と隆成さんは内緒にしてくれていたかもしれない。それはありがたい。でも、ごめんなさい。

 

「ホステスって……水商売の方なんですか?」
「はい。総一郎さんとはお客様としてお会いしました。隆成さんもご存知です」
「そ、それで好きになったと仰るんですか!? ただ一夜を過ごしただけで!!?」

 

 立ち上がった彼女の大声に周りが注目するが、片眉を上げた私は息を荒げる彼女を見上げる。震える両手を机の下に隠して。

 

「語弊があるようですが、私と彼はお酒を酌み交わし、話をするだけの関係です」
「でも、あの時……お会いした時キスをされていたでしょ!?」
「……しました。望んでしたことではありませんが、拒否ることが出来なかったのは確かです」
「そうやって……すべてを認めれば許されると思っているのですか?」

 

 両手に握り拳を作り、苦虫を噛み潰したような彼女の表情と言葉が重くのしかかる。喉の奥が痛い。閉じた口が開かない。瞳が揺れる。
 彼女が怒るのも無理はないが、押し負けてはダメだと腰を下ろした彼女に必死に口を開く。

 

「貴女に何かの許しを貰おうとは思ってませんし、ホステスを理解してくれとも思ってません。ただ、私はこういう者だという自己紹介をしてるだけです」
「わたくしには……勝手に出てきて、総一郎様を誑(たぶら)かした女にしか聞こえません」

「……じゃあ、アンタは総一郎が“あたし達”に騙された男だと思ってるわけ?」
「っ!?」

 

 突如口調を変え、眉を上げたまま腕を組む“あたし”に、威圧的な態度を取っていた櫻木撫子も困惑する。ちーも慌てているが関係ない。元々ちーだけの問題でもないし、他にも理由はあるが、一番は職業(ホステス)のことを悪く言われるのが我慢ならなかった。戸惑う彼女に構わず言い放つ。

 

「もし、そう思っているなら褒め言葉として受け取っておきますよ。気に入ってもらうのが仕事ですから。けど、あのドSに翻弄されてるのはこっちなの」
「な、なんですの貴女……急に」
「あたしがどこの誰かはさっき言った通り。それ以上でもそれ以下でもない。ただひとつ聞きたいのは、アンタは総一郎のことが好きなのかどうか。どっち?」

 

 目を見張った櫻木撫子を見つめる。
 途中から敬語もやめてしまったが、元々ちーのような回りくどいことも相手の様子を伺うこともあたしは好きではない。こんな場所で『蓮火』を発揮したくはないが、彼女にわざわざ言いにきた理由を述べるにはハッキリしてもらわないと進みようがない。
 そんなあたしの視線に怒りを抑えるように瞼を閉じた彼女は一呼吸置くと、睨み返しながら言った。

 

「好きです。幼き頃からお慕いしてました。それは今も変わりません」

 

 真っ直ぐな瞳は眩しい。
 たった二週間前に会ったあたしとは違い、彼女はずっと総一郎を見てきて好きになったように思える。アイツのように。
 考えてはキリがないと、一息つくと腕を解いた。

 

「……じゃあ、宣戦布告成立ね」
「宣戦布告……?」
「ホステスでも六家でも関係ない。本気で総一郎が好きならアンタと取り合ってやるって意思表示をしにあたし達はきたの」

 

 櫻木撫子は口を開けたまま瞬きを繰り返す。その表情が面白くて、総一郎がよくするような意地の悪い笑みを向けた。

 

「総一郎を好きだとわかったのはアンタのおかげだから、ライバルに挨拶しておこうっていう魂胆……だったんですけど、完全に私達が悪者ですね。ごめんなさい」

 

 苦笑しながら謝る“私”に撫子さんの口は開いたまま。驚かしすぎたかと顔の前で手を左右に振ってると、近付いてくる足音と笑い声が響く。

 

「ははは、ダークヒロインみたいだね千風ちゃん」
「隆成さん!?」

 

 振り向いた先にはスーツのシャツを腕まくりにし、上着を持った隆成さん。
 変わらない笑みを向ける彼の後ろには撫子さんの護衛二人が私を睨むように控えている。怯む私を余所に隆成さんが撫子さんの頭を撫でると、目尻に涙を浮かべた彼女は抱きついた。

 

「あーあ、もう一人の千風ちゃんにコテンパンにされちゃって。珍しいね、撫子」
「す、すみません……というか隆成さん、聴いてましたよね?」

 

 罪悪感を覚えながら彼と目を合わせると笑みを返されたため肯定と捉える。
 ふーちゃんに替わって気付いたが動画類の気配があった。恐らく揉めていた私達を気にした護衛の人が彼に状況説明するためにしたのだとは思うが、先ほどの会話を聴かれていたと思うと恥ずかしい。本当に私ってば悪役ですよ。

 

「気にしなくていいよ。そもそも撫子は先に振られてるんだから」
「はひっ!?」
「お兄様っ!」

 

 顔を真っ赤にさせた撫子さんは隆成さんの胸を叩く。が、くすくす笑う彼は彼女の隣に座ると定員さんに注文しながら私を見た。

 

「先週の火曜、龍介から総一郎が階堂(店)に来たことを聞かなかった?」
「あ、聞きました。撫子さんに会いにきたと」
「そ。で、会いにきた理由ってのが撫子に婚約を解消してもらいたいって話だったんだよ」
「ええっ!?」

 

 アイスコーヒーを受け取る彼に驚くしかない私の脳内で、ふーちゃんが帝王様と隆成さんの写真を貼った人形を叩いてるのが浮かぶ。
 そ、それって完全に今日の意味がないってことですか!? カッコ良くふーちゃんが宣戦布告したのに!!? あ、私の写真を貼って殴らないでふーちゃん!!!
 脳内サスペンス劇場に慌てる私に撫子さんはハンカチで目尻を押さえ、横では隆成さんがコーヒーに入れたミルクをストローでかき回す。

「そ、意味がない。千風ちゃんが撫子に宣戦布告したことも、総一郎が解消しようと言っても」
「はひ……?」

 

 ストローで回される氷と氷がぶつかる音を響かせながら語る彼の真意がわからず、撫子さんと共に首を傾げる。音が止むと、彼は変わらない笑みを向けた。


 

「結局は親同士が言えば縁談成立だからね」

 


 ガラス窓から射し込んだ光で綺麗な笑みにも見えたが、ふーちゃん以上の悪者にも見えるのはなぜか────。

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