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15話*「祝賀金」

 付けたくなかった想いに名前が付いた。
 『好き』という名前が。

 その相手が帝王様なんて思いもよらなかったけど、私とふーちゃん二人の想いが重なってはダメだ。偽りではない、本当の気持ちだと“千風(わたしたち)”が言っているから。
 だから私は彼に食べられてもいい。たとえ──。

 

「セフレでも!」
「ちーちゃん、私は反対よ」
「はひ?」

 

 正面に座るママの制止に、帝王様から貰ったドレスを纏った私は拳を下ろす。
 開店から二時間。お客様がお帰りになった私は今の想いを告げようとママの部屋で話をしていた。何しろお客様を好きになってしまったから。

 

「それは構わないわ。私はホステス(娘達)に好きな人と一緒になってもらいたいから。それがお客様でも」

 ソファに座るママは微笑みながらコーヒーを飲むが、カップを置くと目が細くなる。口元とは違い笑っていないのがわかり、ゴクリと喉を鳴らした。膝に両手を乗せたママは『でもね』と話しはじめる。

 

「片想いはダメよ。好きな人とはちゃんと両想いにならなきゃ……私の気持ち、貴女ならわかるわよね?」
「で、でも、帝王……じゃない、御門様に私……好きとか言われたことないです」

 

 何度か『喰わせろ』とか『俺のところに来い』は言われたが、彼から『好き』や『愛してる』を聞いたことがない。つまり私のことは中ぐらいの女って意味じゃないんでしょうか。
 それを考えると胸がチクリと痛み、顔を伏せると声が掛かる。

 

「告白してないなら彼が貴女をどう想ってるかなんてわからないわよ」
「そうですけど……」
「恋愛対象に見られてなくても、諦める気が貴女にないなら頑張って彼に好きになってもらいなさい。『蓮華(ウチ)』の旗を担いでる以上、負け戦なんて御免よ」

 

 静かに、けれど強い声で告げるママに伏せていた顔を上げると大きく頷いた。仕事の時と似た“戦い”の笑みで。
 この気持ちが本物でありたい、それを隠し続けるよりは伝えたい、そのためにも撫子さんと話を付けなきゃいけない。ぎゅっと握り拳を作ると、ドアを叩く音と一緒に黒服が顔を出した。

 

「風さん。七番テーブル、百合さんのヘルプお願いします」
「はーい」

 

 笑顔で返事すると立ち上がり、ドアに近付くと“ON”になる。
 直後『風』と呼ばれ振り向くと、皐月ママの真剣な目が“あたし”に刺さった。

 

「貴女も……それでいいのね?」
「……あんな男に“あたし達”の相手が勤まるかは知りませんけど、不満はありません」
「あらあら、ふーちゃんはSね。本当、あの人とソックリ」
「あたしはフツーです……じゃ」
「あ、そうだわ」

 

 部屋から出る前に振り向く。立ち上がった皐月ママの口元には弧が描かれていた。

 

「もし本当に貴女達が『セフレ』の位置だったら戦の準備を整えておくわね。私の大切な娘達を遊んだ罪は重いもの」
「…………いってきます」

 

 静かにドアを閉めた。
 満面笑顔を見たけど気のせいだよね。遊んでもらうのが『蓮華(ウチ)』だよね。戦って何!? と、珍しく総一郎の身を案じながら席を目指した。

 

 暗幕から出ると今夜も重鎮方が来店しているようで見知った顔が数人いる。
 しかし、百合姉の客か。あんまり付いたことないからどんな人だろ。ともかく仕事の話しばかりする人は嫌だな。跪けたく……いかん、別のとこの客にそれはマズい。特に愛姐と百合姉相手は。

 

 将軍(ママ)に続いての最強武将(トップ)に身震いしていると、個室ではない白ソファが並ぶ奥の席に第二将軍の百合姉を発見。けれど、飾られた観葉植物によって相手は見えない。近付くと百合姉が笑みを向けた。

 

「ふうり~ん、この方が~圭ちゃ~ん」
「は?」

 

 挨拶する前に客紹介されてしまった。けれど『圭ちゃん』の名に六家を思い出し、視線を隣に向ける。
 

 ソファに背を預けているのはネープレスのツーブロックマッシュの黒髪にブラウンの眼鏡。そして黒のホワイトストライプが入ったスーツの男。目視だが総一郎より若干背が高く、ガッチリした体つき。さらに総一郎と櫻木隆成にも負けないイケメン。だが、二人とは違う“へ”の口。

 

「どこがワンコなの?」

 

 片眉を上げ、つい攻撃(ツッコミ)。
 脳内でちーが叫んだが後悔はしてない。だって、どう見ても『俺様』な感じがするし、昨日の話しと違う気がする。
 そんなあたしに百合姉はくすくす笑い、隣の男は髪を掻き回した。

 

「くっそ! やっぱ、あのド鬼畜兄弟に付いてる女だな!! 腹立つ!!!」
「お褒めに預かり光栄です。そのド鬼畜兄弟の次男に『蓮華』を教えた貴方様をどうしてやろうかと考えている風です」
「言いやがんな、てめー……」

 

 微笑みながら自己紹介したあたしに、睨んでいた男は溜め息をつくとグラスに手を伸ばす。
 『ド鬼畜兄弟』と言われ“あの二人”が浮かぶあたしもどうかと思うが、間違いではないので隣に座る。男は眉を上げたまま顔を向けた。

 

「一応自己紹介しとく。安室 圭太。歳はあの二人と同じ三十二」
「はあ、ご丁寧にありがとうございます。あ……安室って、もしかして病院も経営されてます?」

 

 二人と違ってまともに見える男に、ふと気付いた事を訊ねると頷かれる。大元は製薬会社になるようだが系列に病院もあるらしく、あたしは頭を下げた。

 

「お世話になりました」
「はあ?」
「昔、母が入院していたことがあって、お世話になったんです」

 

 目を丸くする安室圭太と、レモンウォッカを注ぎ終えた百合姉は互いを見合う。
 身体が弱かった母は入退院を繰り返していたのだが、当時あたしはまだ中学生で『やすしつ』と間違えて読んでいた。それがまさか六家で、目の前に社長がいるとは人生何があるかわからんもんだ。

 

「なんか一人納得してやがんな……意外すぎてアドレナリンが下がったぜ」
「昨日の~腹いせに~来てくれたのにね~」

 

 微笑む百合姉の言葉に、安室圭太と二人、眉が跳ね上がる。
 まさに昨日、この男の告げ口で櫻木隆成が現れ、あたしは“いらん”とほざかれ、総一郎まで来るわ襲われるわ……まあ、久々に仁左衛門様とも会えたし、大量アイス貰えたし、今月のノルマも達成出来たのでプラマイゼロではあるか。
 しかし、ウォッカを一気飲みした男の苛立ちの方が上だった。

 

「そうだよ! あんのド鬼畜隆成のせいでドS総一郎に回線切られたんだ!! しかも戻んねーし!!!」
「ああ、総一郎ならやりそう。ちゃんと抗議しました?」
「今朝したさ! そしたら超不機嫌声で『永遠回線に遊ばれて逝け』だと!? てっめーは龍介か!!!」
「圭さんなんてそのまま呼吸困難に陥って『無残な叫び死』って明日の朝刊に載ればいいんだ」
「ぶほっ!!!」

 

 割って入ってきた冷たい声に安室圭太が盛大にむせ、百合姉が背中を擦る。
 本気で見出しになりそうだと思いながら、気付けば目の前に立っていた男を見上げた。

 

 身長は一七十前半。髪はうなじ辺りで結われ、腰辺りまである真っ直ぐな漆黒。青のシャツ以外はネクタイもズボンも靴も黒で、上着を抱えている男。けど、綺麗な顔立ちなのに冷めた目を向けていた。すると、後ろからひょっこりと別の顔が覗く。

 

「ふふふ、楽しんでるかしら」
「愛姐!?」

 

 男よりも少し身長の高い第一将軍(愛姐)は昼間と変わらず楽しそうな笑みを浮かべながら隣の席に座る。男も何も言わず愛姐の隣に座ると、安室圭太が声を振り絞った。

「りゅ、龍介……てめーなんで……ここ」
「お互い様でしょ……万年真っ暗ジメジメ地下室の引き篭もり男がキノコのように地上に出てくるなんて……今日の僕ツイテナイ。愛さん、焼酎魔王の芋とキノコソテーお願いします。そこの男(キノコ)使っていいんで」
「てめーもド鬼畜兄弟と一緒にアセトアルデヒドを上げて寝込んじまへ!!!」
「この人達、なに言ってんの?」

 

 まったくもって理解出来ない会話に百合姉と愛姐を見るが、笑みが返されるだった。
 ちなみにアセトアルデヒドとは一般的に二日酔いの原因になる分子、らしい。どうやら仕事上、安室圭太は因子とかの専門用語を喋り、階堂龍介は捻くれ者のようだ。櫻木隆成も合わせれば総一郎がすっごい“まとも”に思える。

 

 というか本当にキノコソテーが出てきたんだけど……メニューになかったよね?

 


* * *

 


 昨日ではないが、百合姉、安室様、階堂様、愛姐、あたしの順と並ぶ。また豪華席になんて言えばいいのかわからず、キノコソテーを口に運んだ。
 あ、ヤッター、松茸だ。美味い。節約が響いているのか、あまりの美味しさに頬が緩むと、焼酎を飲む長髪男に愛姐が手を向けた。

 

「彼が六家の一人で階堂 龍介様。龍、彼女がさっき話したウチのNO.3の風」
「はじめまして、風です。昼間はお世話になりました」

 

 考えれば今日、彼のメールで総一郎と会えたものだ。
 まあ、散々啼かされた件については色々言いたいけど、気持ちに名前が付いたので文句はやめておこう。そんなあたしの会釈に階堂龍介は視線だけ向けた。

 

「……別に、たまたま休み時間だっただけ。でも……まさか総さんから御礼言われるなんて思わなかった……僕コワイ明日ヤスム」
「マジかよ、俺も篭ろう。つーか、総一郎に会ったのか?」

 

 眼鏡を拭く安室圭太と一緒に震えている階堂隆介を見ると、焼酎を置いて頷いた。

 

「ここに来る前……本店(ウチ)で会いました。用は隆さんの妹だったので、礼はついでぽかったですけど……」
「隆さんて、櫻木隆成様のことですか?」
「風、櫻木様の妹様は龍の店で働いてるのよ。彼女、和装に興味をお持ちだから」
「はひっ!?」

 

 愛姐の補足に、ちーの口癖が出てしまった。
 全員の目を受けてしまい、恥ずかしくなる。口元を押さえながら階堂は呉服をしているのを思い出すが、そこに櫻木撫子がいるとは思わなかった。むしろなぜ愛姐が知ってるのか……は、聞かない方がいいな。

 

 でも、彼が『蓮華』に来る前に来たってことは、あたしと別れてから総一郎は行ったってこと? なんの話し……って、そりゃ縁談の件か。何……話したんだろ。

 

「おい、スリー……イライラしてるようだが、カルシウム不足か?」
「安室様がジョリーヌを破壊してくれたらスッキリするかと思われます」
「やめろ! 俺のコルチゾールが多量分泌しちまう!! あれには関わるな!!!」
「圭ちゃ~ん、なんか~したの~?」

 

 微笑むあたしと百合姉に安室圭太は顔を青褪め、ウォッカを一気飲みする。ド鬼畜兄弟と幼馴染って可哀想だと同情していると、階堂龍介からニボシ&アーモンドの皿を差し出された。視線付きで。
 カルシウム摂れって意味かと思ったが、暫しあたしを見つめていた男は口を開く。

 

「……総さんが『喰いたい』って言ってたの、貴女ですか?」
「そうですけど、何か?」

 

 否定しなかったあたしに男二人は目を見開き、女二人は楽しそうな笑みを向ける。気にせず礼を言ってアーモンドを口に運ぶと、視線を逸らした階堂龍介は焼酎を手に取った。

 

「……別に、そんな可哀想な人がいるなんてご愁傷様だなって」
「残念ながら好きにさせた分はキッチリとお支払いいただかないと『蓮華』の名が廃(すた)りますので、ご愁傷様は御門様ですよ」

 

 微笑むあたしに男二人は顔を見合わせる。
 それから暫しの間があったが、安室圭太は総一郎に似た意地の悪い笑みを作り、階堂龍介も口元に弧を描いた。

 

「面白い調合が見れそうだな。隆成も混ぜれば反発係数にどんだけ差が出るか」
「愛さん、試合結果教えてくださいね」
「ふふふ、店に来てくれた時にね」
「じゃあ~ふうりんの~勝利を祈って乾杯~」

 

 喜劇ネタにされそうだが、実際日曜に櫻木撫子と会う約束をしてしまったのだから後戻りは出来ない。総一郎を好きになったことも。
 溜め息をつくとグラスを手に持ち、戦前に気合を入れた──先に六家から祝賀金も貰って。

 


「総一郎ーっ! てっめ、この女のどこがいいんだよ!? 悪魔じゃねーか!!!」
「圭さん……お金貸してください……僕、今日カード持ってきてない……あの人コワイ」


 携帯に向かって大声を上げる安室圭太と、震えながら彼の裾を掴む階堂龍介に見送り側(あたしたち)は満面笑顔。ご来店、ありがとうございましたー!

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