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13話*「名無しの蓋」

※総一郎視点からはじまり、途中で千風に変わります

 『蓮華』を後にし、角脇の運転で新宿を目指す。
 一人で遊びに来たどっかの誰かを降ろすためだが、混む時間帯なのもあって進みが悪い。少し進んでは停まるの繰り返しが一番イライラすんだよなと紫煙を吐きながら、元凶である隣の男にもうひとつの苛立ちを訊ねた。

 

「おやっさんにアポが取れねぇんだが、おめぇは妹との縁談の件、なんか聞いてねぇのか?」

 

 問いに、隆成は片肘を窓に付けたまま顔を向ける。が、パワーウインドーの隙間から出ていく紫煙を追うように目を動かすだけで口は動かない。頭にチョップを落とした。

 

「っだ! 総一郎短気すぎっ!!」
「んなもん今更だ。肯定か否定かぐらいしろ」
「そうは言っても、僕的にはキミと撫子がくっついてもらった方が千風ちゃんを独せだだだだ!!!」

 

 連続チョップを落とす。相手が千風じゃねぇ分、容赦なく食らわす俺に苦笑いしながら降参の手を挙げた。

 

「僕も詳しくは知らないよ。父親的には反対なところがあるらしいけど母親が熱心に推してるんだ。僕も何件か見合い写真貰ったしね」
「なんでまた今頃……」
「さあ? 圭太や龍介……赤司(あかし)にも来てるって聞くけど」
「こぞって結婚どころか恋人一人いないからでしょ」

 角脇の冷たい声に車内が静まり返る。
 数分後、取り出した煙草に火を点けた隆成が笑顔を向けた。

 

「とっとと結婚しろって無言の命令かな?」
「奇遇だな、俺も思ってたとこだ。こりゃ早々に千風を紹介して切らせるか」
「奇遇だね、僕も思ってた」

 

 眉を顰めると、同じように煙草を吹かす隆成は目を逸らした。

 

「まあ、そのためには千風ちゃんの素性を突き止めないとね。でも、総一郎は良家って言うけど『宇津木』なんて名前を僕は聞かないし、パーティーでも見たことないよ」

 

 隆成の紫煙を追いながら考える。
 六家の傘下ではないと千風は言った。あれがふーならまだ嘘を言えただろうが、ちーなら嘘じゃねぇ。だが俺も『宇津木』の名も千風も見たことはない。あの美人顔なら記憶するだろうし、隆成なら癒やされ相手で尚覚えるはずだ。そこでふと助手席に目を向ける。

 

「そういや柳田。千風の家から出て来た男に覚えがあると言ってたが誰だ?」

 

 問いに、サングラスを光らせる男が振り向く。
 一昨日、千風を迎えに行った時に車内から見えた男。身長は一七十前半で、黒髪の前髪を上げたショートにグレーのオーバル眼鏡と黒スーツ。最初は住人かと思ったが、柳田が見たことあると呟いていたことを思い出し、他二人と視線を向ける。低い声が返ってきた。

 

「仕事中は眼鏡を外してらっしゃいますが……恐らく私と同じ民間SPの牛島春冬だと思います。社長の前に何度か組んでいました」
「SPねー……」

 

 警察と民間の二種類があるが、権限の違いだけで内容に変わりはない。俺的には体術系の柳田で充分だが。

 

「以前までは別に護衛対象がいたはずですが、最近は転々としていると聞きます」
「その対象が千風ちゃんだったってことかな。でも来てたんだよね?」
「千風様のお父様と契約をされているのかもしれませんね。まあ、真面目そうな方だったので彼女の性格を考えるとストレスになりそうですが」
「……SP(そん)だけの関係じゃねぇと思うがな」

 吹かしながら呟いた俺に三人の視線が刺さる。
 構わず煙草を消すと、腕を組んだままソファに背を沈めた。一瞬だが目が合った男。その目は角脇でも柳田でもなく完全に俺を見てやがった。確かにSPと言われれば納得するほど冷たくはあったが、口元の笑みは何かが違う。どこかで見た嫌な笑みだ。

 

「ねえ、総一郎」

 

 考えすぎていたのか、我に返った時には新宿に着いていた。
 俺を見つめながら煙草を消す隆成は笑みを浮かべている。

 

「総一郎はさ、千風ちゃんが好きなの?」
「……そういうてめぇはどうなんだ? 癒されるだけなら手を引いとけ」
「あ、はぐらかした。僕は……どっちつかずってとこかな。今のとこ」

 

 小さく笑う男に眉を顰めるとドアが開く。
 大勢の人混みと雑音が目と耳に届くが、背中越しに見る隆成が振り向くと一昨日の男と重なった。

 


「でも……好きになったら、総一郎にはあげないよ」

 


 その微笑はいっそう冷たく、夏なのに背筋に悪寒が走るほど。
 何も返さずドアが閉まる音を聞くと、三本目の煙草を取り出す。が、指の間に挟んだまま膝を叩くのは思い出したからだ。

 一昨日の野郎の笑み、どっかで見たと思ったらそうだ。癒されるもんが誰かと被った時に見せる隆成の──宣戦布告の笑み。

 何が“好きになったら”だ。充分越えてんじゃねぇか。
 煮えたぎる想いに煙草を捻り潰すと、口元に笑みを浮かべながらひとつのことを思う。

 

 ああ、くっそ千風を啼かしてぇ……!

 


~~~~*~~~~*~~~~*~~~~


 

「ふえっくしゅん!」

 

 正午前。今日何度目かのクシャミに、マスターが冷房を上げようとするが手を横に振る。
 温かいカフェオレを飲む私はレンガ造りの古風ある喫茶店奥の四人席に座っていた。ピアノソナタを聞きながら店内にいる人も読書をしたりパソコンを開いたりと静かな時間が流れる。が。

 

「あ、ちーち!」

 

 開いたドアから響くチャイムと官能声に全員が振り向き、その姿に目を見開いた。
 柔らかなウェーブが掛かった茶髪のロングに、Vカットで大きく開かれた胸元、タイトミニドレスにボレロ。ハイヒールを履いているせいか一七十後半まである高身長に、パッチリとした瞳に紅色の口紅。耳元と胸元で光るダイヤを揺らしながら手を振る女性は私の向かいに座るとショルダーバックを下ろした。

 

「待たせて悪いわね」
「いいえ、時間通りですよ。愛姐ちゃんこそ今夜も同伴ありますよね?」
「このまま行くから大丈夫よ。軽く食べたいんだけど、ちーちは何か食べないの?」

 

 互いに笑みを浮かべると『蓮華』No.1ホステスの愛姐ちゃんは髪を後ろに流しながらメニューを見る。
 

 モデルのようなスタイルと美人顔の愛姐ちゃんはNo.1の称号通り平日も毎日同伴あり、指名も売上げもトップで、休日もデートに誘われたりと大忙し。なのに素敵なお肌。羨ましいです。
 そんなことを思っていると私の前にバニラアイスが乗ったフレンチトーストが出てきた。

 

「はひっ!?」
「アイス五段パフェにしてあげようかと思ったけど、六家に大量アイス貰ったって聞いたからいいわよね。あ、奢るから気にせず食べなさいな」
「あああありがとうございまってええっっ!!?」

 

 呼び出した私が奢られていること、アイスを貰ったこと、愛姐ちゃんの前に置かれたカツサンド。何からツッコめばいいのかわからず慌てるが、ナイフとフォークでサンドを切る愛姐ちゃんに手を合わせるとありがたくいただいた。アイス最高っ! あ、もちろんフレンチトーストも。

 

 ざわついていた店内もヴァイオリンソナタに曲が変わった頃には落ち着き、私達も食後のコーヒーを飲みながら近況を話す。毎日同伴の愛姐ちゃんは店でも滅多に会わないので話すことがいっぱいですが、その中でも六家について話すとカップを置いた手を組んだ。

 

「なーるね。ゆーりから御門様と櫻木様が永久に付いたのは聞いたけど当人から聞くと複雑だわ」
「愛姐ちゃん……隆成さんが永久付いたの私……初耳なんですが」
「あら、そうだったの? 残念だったわね、ふーふ」

 

 笑う愛姐ちゃんにふーちゃんが膝を折るのが浮かんだ。
 複雑な心境から抜け出そうとコーヒーを飲むと、百合姉ちゃんにも聞いたことを訊ねる。

 

「愛姐ちゃんに付いている駄菓子屋さんはどんな人ですか?」
「駄菓子屋? ああ、龍のこと。あの子が子連中の中じゃ一番静かよ。性格に難あるけど」
「他の六家を知ってるんですか?」

 

 聞いたことあるにしては詳しい気がして首を傾げると、愛姐ちゃんはコーヒーの御代わりを頼みながら答える。

 

「付き添いのパーティーで見たことあるわ。どこも無駄に顔は良いけど癖があるわね」
「相変わらずお顔が広いですねー」
「伊達に一番じゃないのよ。で、アンタは何に悩んでるの?」

 

 熱々のコーヒーを口に運ぶ愛姐ちゃんの瞳に、胸の奥で渦が巻きはじめた。
 その渦がわからず相談、と言っても何をどう言えばいいかわからず戸惑う。すると、カップを置く音と真っ赤なマニキュアが塗られた指がテーブルを叩いた。

 

「シンプルにいきましょう。まず、六家のことを聞いてきたってことは彼等についてよね?」
「はい……」
「その中で、一番アンタが問題にしてるのは誰?」
「帝王……御門様です」
「それはちーちだけ? ふーふは?」
「同じ……です」
「客が付いたって意味の問題じゃないの?」

 

 “客”に両手を握りしめると、さらに深くなる渦に顔を伏せた。すると、唇に愛姐ちゃんの指がつく。前のめりになった愛姐ちゃんの瞳は鋭い。

 

「彼を──“男”と見た?」
「っ!」

 

 大きく見開いた瞳と熱くなる頬に愛姐ちゃんは笑うと指を離す。
 そして携帯を取り出すと、早打ちをはじめた。

 

「なーるね、そっちの相談。でも、その悩みはアタシに聞かなくてもアンタが素直になればいいだけよ」
「す、素直……?」
「そう。アンタの悩みっていうのは御門様をお客様として見ることが出来ないってことでしょ?」
「ち、違いま「否定してて胸が痛くならない?」

 

 遮られた通り、すぐ胸の奥から痛みが襲う。
 携帯を打ち終えた愛姐ちゃんの笑みは優しいけど、どこか帝王様にも似た意地悪な笑みにも映った。

 

「否定の言葉を出した時に胸が痛くなるなら彼はアンタにとって客じゃないわ。今までの客とは違う想いがあるでしょ? アンタはそれに名前を付けたくなくて無理やり名無しの蓋を被せてるだけ」
「ふ……た」

 

 声が震える。だってそれは私自身思っていたこと。
 ただ見ているだけ、隣でいるだけで良かったのに、その蓋を開けたら我慢も何も出来ない我侭な人間になってしまいそうで怖い。蓋をしないといけない。仕事……だから。
 そうやってまた蓋をしようとすると『ちーち』の声に引き戻される。愛姐ちゃんは眉を上げていた。

 

「ちーち、確かにアタシ達の職は名前だけで世間に冷たい目で見られるかもしれない。それはアンタもアタシもゆーりも覚悟して入った世界だわ。でもね」

 

 渦が徐々に上がってくると、閉じた蓋がカタカタ揺れる。それ以上聞いてはダメだと警報が鳴っても、もう遅い。

 

「誰かを好きになることに職種は何も関係ないわ」
「す……き」
「たとえ相手が社長でも客でも変人でも宇宙人でもなりーでも、ふーふと二人その人を考えてしまうなら立派な恋よ。後ろめたいことなんて何もない正直な想いに蓋を閉めちゃダメ。二人で開けて向き合いなさい」

 

 そう優しく微笑まれると──蓋が飛んだ。
 噴水のように広がる気持ちはもう抑えられないほど多くの気持ちを溜め、目尻から雫を零す。

 


「てめぇ、良いとこにいやがった!」

 


 前に、遮られた声で我に返る。
 出入口を見ると、シャツを腕まくりし、数個空いたボタンにネクタイはなしという完全クールビズな御方。もっとも昨日現れた時のように苛立ってるし、なぜここにと逃げる暇もなく目の前で立ち止まった男性に頭をガッシリ捕まれる。

 

「おいっ、千風」
「はひっ! ななななんですか帝王さっ!?」

 

 不機嫌声に顔を上げると、すぐ目の前には帝王様の顔。
 噴き出した想いのせいか、いっそう動悸が速まり溺死しそうになる。そんな私の前で眉を上げた彼は口を動かす。


 

「てめぇ、ちょっと啼かせろ」
「………………はひ?」

 


 瞬間、ふーちゃんがデカイ蓋で噴水を止めた────。

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