S? M?
いえ、フツーです
12話*「背後霊」
多色のライトが夜の銀座を灯す。
所々でドレスを身に纏った同業者が車に乗り込んだお客様を見送り、『蓮華』の前にも車が二台。一台は仁ちゃん、一台は帝王様。隆成さんはタクシーで来られたようですが、帝王様に送ってもらうよう。不穏な空気が漂ってますが。
「なんで俺がてめぇを送らなきゃなんねぇんだ。ジジイので帰れ」
「ははは、腐れ縁は腐れ縁同士仲良く千風ちゃんについて話し合おうか」
「てめぇと恋バナするぐれぇならジジイとした方がマシだ」
「あ、私も聞きたいです。帝王様の過去女性歴いいぃぃっっ!!!」
「申し訳ありません、御門様」
頭を回される私の代わりにママが頭を下げるが、百合姉ちゃんと一緒に微笑んでいた。回転が定番化した証拠ですね。
ついでに隆成さんの微笑みも定番の黒色。
『来るなーっ!!!』と、ふーちゃんの発狂が響くが、帝王様は私を回し続ける。終いには隆成さんにも撫でられた。荒く回る手と優しい手に何がなんだかわからない私とは違い、二人は会話を続けた。
「総一郎って独占欲の塊だよね」
「その上、籠に閉じ込めて出す気がねぇてめぇよりはマシだ」
「ははは、総一郎が誤解招くから逃げちゃったじゃないか」
料亭時のような危険な会話に急ぎ仁ちゃんの下へ避難する。
後部席に乗る仁ちゃんは半分開けた窓から楽しそうな笑い声を上げた。
「全力で逃げねばならぬな、風」
「仁左衛門様までお戯れはよしてください……」
櫻木隆成から離れたこと、カメラがあることで“あたし”に替わると溜め息をつく。まだ時刻は九時過ぎだというのにクタクタだ。強制交替続きがこんなにも疲れるとは思わなかった。
元凶である櫻木隆成をちーに殴ってもらおうかと珍しく弱気になっていると、腕を組んだ仁左衛門様の目が向けられる。
「風、強制が辛いのであれば櫻木にも言うた方が良い。もう一人に固執しておるヤツならばカメラを避けるじゃろうしな」
「……不本意ですが、それが良さそうですね」
この数日だけで二重人格(あたしたち)のことを知る人が増えるなんて……知られて悪いものではないが、契約が切れる前に実家に戻されるのはごめんだ。
ムカムカする口元を押さえるあたしに、仁右衛門様は一息つく。
「まあ、父親には何も言わんでいいじゃろうがあやつ……ほれ、最近見らぬが主の背後霊」
「背後……ああ、アイツなら先週来ましたよ。すぐ追い返しましたけど」
誰のことかわからなかったが“あたしの”と聞き、一人が浮かんだ。仁左衛門様は頷く。
「あやつには報告を入れておけ。部下と言うても主人は主なのじゃから独自で防衛戦を張ってくれるじゃろ」
「解消したはずなんですけどね……聞くかはわかりませんが一応伝えておきます」
面倒なの半分、頼りたくないの半分。結局は大きな溜め息をつくしかないあたしに仁左衛門様は笑う。
「そう嫌そうな顔をするでない。なかなかに面白い道筋が出来てきたではないか」
「面白いのは仁左衛門様だけです。あたしはコツコツ農家に嫁ぐ準備をしたいだけなのに」
「ホステスのどこがコツコツだ」
「千風ちゃんと牧草ロール、似合ってるね」
「はひっ!」
突然の声に身体がビクリと跳ね、後者の声に“私”へと替わる。
同時に帝王様の手が頭に、隆成さんの手が肩に乗った。色々なドキドキが混ざる中、なんでもないように仁ちゃんが割って入る。
「次の六家会議は来月下旬に開催するぞ」
「ああっ? またクソ忙しい時にしやがんな」
「高科は御老公が出席されるんですか?」
「いや、あんな疲れるもんに出るわけなかろう。若いもんで勝手にせい」
会長とは思えない台詞が出ましたね。
二人も呆れ半分で仁ちゃんと話しはじめたので私は席を外す。常連と言ってもお客様同士の大事な予定を聞くわけにはいきませんから。
その隙に二重人格のことを隆成さんに話す許可を皐月ママから貰った。百合姉ちゃんと二人、心配そうな顔をされたが大丈夫と笑みを作る。けれど、帝王様の背中を見つめるだけで崩れた。
彼と出逢ってから少しずつ変わりだす自分が怖い。
呑み込まれそうな想いがいつか噴水のように吹き出したら止まらない……そんな気がする。その想いを閉じ込めるかのように両腕で身体を抱きしめ、これ以上彼が入ってこないことを祈った。
当然そんな気持ちを裏切る帝王様は仁ちゃんがいても皐月ママ達がいても堂々と口付けをしやがりましたけどね。しかも隆成さんには用具室で帝王様に付けられた痕の上に吸い付かれ、笑顔を向けられる始末。
そんな彼の頬に『ピーヒュロ~♪』と音を鳴らす物が当たるのを目撃すると、仁ちゃん以外の六家の出禁を祈り直した。
絶対他もロクなもんじゃないです。
* * *
店の黒服に家まで送ってもらうと時刻は深夜二時前。
ドレスを脱ぎ、化粧を落とすと、保冷バックを持って冷凍庫を開ける。棒アイスのブラッチモンブンランだけバックに残すと他は冷凍庫へ。片付けると、袋を開けながら寝室にしている和室に入った。
電気を点けないままカーテンを開けば月と星明りが静寂な室内を照らす。
壁に寄り掛かって座る私はブラッチモンブランを咥えると、チョコとクッキークランチで覆われ、中にはバニラ。三つが混ざり合った美味しさに頬っぺたが落ちそうになった。
でも、そんな幸せは溜め息をつくと消え、携帯を取り出すと電話帳を開く。
早々人と会うこともお客様に名刺を渡すこともないせいか、寂しい件数の電話帳。その中に先週登録された“帝王様”の名を見つめると、鞄から取り出した名刺、隆成さんを登録する。
「あ……名前どうしましょう」
携帯にロックを掛けているとはいえ、もしものために名前を暗号化している私は悩む。暗号といっても呼び名ですが、隆成さんは隆成さんとしか呼んでないし『名無しの権兵衛』は余計に怪しいと思いますよ、ふーちゃん。
脳内で掲げられたプレートを却下すると悩む。結果──ジョリーヌさん。
「これでよっし」
満足気の私とは反対に、ふーちゃんは言葉を失った気がする。
だが、既に私の頭は土日のどちらで会うかを思案し、お誘いが帝王様の婚約者さんであることを思い出すと肩が落ちる。一回しか会ってない私と会いたがるのは、やはり恋敵という意味なのか。近付くなオーラもすっごい出てましたし、よほど撫子さんは帝王様が好……。
続きに蓋を閉めると、連絡は明日しようと登録だけ完了させる。
そのまま指を動かし、ある名の電話ボタンを押した。無機質な呼出音が続き、時計に目を移す。
時間を考えれば隆成さんのように明日掛けるべきかもしれない。
でも夜型だし、仕事中かもしれない。何より“私達”の電話を無視出来るとは思えず、ブラッチモンブランを食べ進める。と、『プツッ』の音と同時に声が届いた。
『何っちいああああっ!』
慌てた様子でも、どこか嬉しそうに出た声と悲鳴には何も返さず、ブラッチモンブランを食べ終える。数秒後、いつもドア越しで聞く声が届いた。
『お疲れ様です、千風様』
「アンタまだ仕事中?」
『いえ、帰宅途中です』
さっきとは違い冷静な声。でも、電話であろうと苦手なヤツに変わりないせいか“あたし”へと替わる。そんな男からは人混みの声が過ぎ去るような音が聞こえ、もしやと眉を上げた。
「冬(かず)……自転車に乗ったまま電話してるでしょ」
『今から降ります』
「捕まっちまへ」
すると『キキーッ』と嫌なブレーキ音。
苛めかとも思ったが律儀に降りたらしく、静かな場所に移動しているのが電話越しでもわかった。妙な気配りをする幼馴染に溜め息をつく。
そう、この電話相手。牛島 春冬(うしじま はるかず)はあたしと同い歳の幼馴染。家は警備会社を経営していて、実家にいた頃はあたしの護衛もしていた男。
そのため仕事服はスーツだが、なぜかマウンテンバイクで移動という柳田さんとは別の意味で目立つSP。昔は車の後ろから追い駆けて来るのが怖くて恥ずかしかった。
『頑張って追い付いたんですから褒めてくださいよ』
「それが余計怖いってーの! 明らかに頑張りどこ違うから!! だからちーに嫌われるんでしょ!!?」
『なぜでしょうね?』
「自分の胸に聞けっ!!!」
ワザとの男に腹が立ち、持っていたブラッチモンブランの棒を折る。当然幼馴染の縁であたし達の二重人格を知っているが、ちーは彼を苦手としていて話したがらない。こっちとは。
『それで、御用件は? わざわざ掛けて来たということは急ぎでしょ』
「あ……うん」
落ち着いた声に熱くなった体温が下がる。
本当は冬にも言いたくないが先週来た時に勘繰られてそうだし……まだ味方だと思いたい。口篭りながら総一郎達に会ったこと、実家を知られる可能性を伝えるが、黙り込む冬に冷や汗が流れる。
「……やっぱ、マズい?」
『別に……貴女にとって深刻なだけで俺は違いますよ。確認しますが、御門総一郎と櫻木隆成だけですね?』
「な、なんで……?」
深刻な声に、息を呑んだように聞き返す。返ってきたのは溜め息。
『いえ、六家全員にバレたらどんだけアホな「冬ーーーーっっ!!!」
夜中なのも忘れ、静寂な室内に大声が木霊する。
荒い息を吐くのも響くが、気にすることなく冬は続けた。
『ともかくお話はわかりました。問題ありそうなネット情報は遮断しておきます。もっともIT界の御門相手では難しいところもありますが』
「総一郎はネットに頼る男ではないと思うけど……」
『でしょうね。あの男は自身で追求する方と見ます』
あたしはともかく、嫌々に総一郎のことを話す冬に違和感を覚える。もしかして仕事で会ったことあるんだろうか。
『先週の定期確認の時に目が合いました』
「はああぁっ!?」
最近の話に耳を疑う。
確かに総一郎達も冬を見たって言ってたけど、てっきり一方的に見られたんだと……違うんかい。しかも目が合ったって最悪だな。
『それに、向こうのSPとも組んだことあるので俺の情報にも制限を掛けた方がいいですね』
「拍車掛けんのやめてよ……」
『ボロを出した上に、そんな男と関わった貴女が悪い』
あたしかい! アンタもでしょ!! 溜め息つきたいのはこっちだ!!!
そんなツッコミを入れたところで流されるだけなので堪える。と、静かに問われた。
『で、御門総一郎とはどういう関係で?』
「え、あー……きゃ、客?」
『ふーん……』
ピンポイントで総一郎を名指しされ、しどろもどろになってしまう。
けど『暴く』と宣言されても、官能的な声で囁かれても、甘美な口付けをされても、水音を零しても……客だ。あたしの隙が多すぎて招いてしまった結果。
そう言い聞かせるように熱くなる身体と動悸を手で押さえるが渦が増えるだけ。互いに何も言わず、無機質な時計の音だけが響いていると『ふぅ』と呼ぶ声が届く。
『あまり六家に関わらない方が良い……関係ないとはいえ……見方によっては立場が危うくなる。『蓮華』を続けたいと言うなら尚更……ね』
「うっさい……」
敬語ではない、のんびりとした声にざわつき通話を切った。
畳んでいた布団に身体を落とすが動悸の激しさは止まない。痛みを増す胸を押さえながらシーツを握りしめると、“私”は喉が痛い口を開いた。
「春ちゃんの……バーカ」
呟きを漏らすと時計の音が続く。
その音と針が回り続けるだけで、どうすればいいかなんて答えは見つからない。けれどひとつだけ示された道。
「…………相談しようかな」
大きく息を吐くと携帯に手を伸ばし、明日の昼に会えないかメールを送る。
時刻は三時。非常識な時間帯でも数分で短い『OK』と、ハートのデコが返って来た。苦笑いしながら返信するとカーテンを閉め、敷いた布団に潜る。
『考えてもわからない時は相談しなさい』
その言葉に甘えたくなくても、いざとなるととても心強い。それは年上だからなのかNo.1だからなのかはわからないけど聞いてもらおう。
愛姐ちゃんに────。