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10話*「ド鬼畜兄弟」

~~~~*=総一郎視点に変わります。

  私の目は輝いていた。
  テーブルに置かれた白ぐま、ブラッチモンブラン、あいしゅまんじゅう、ミルクク、あまおうなど十種以上の九州アイスに。

 

「他県に行っても、アイス(それ)を見るとどうにもいかんな。千風、高級なもんが良かったか?」
「とんでもないです! ありがとうございます!!」
「あらあら。高科様、いつもウチの子が申し訳ありません」
「良かったね~ちうり~ん」

  白のカウチソファ中央に座る常連さん、仁ちゃんこと高科様からのお土産に頭を下げると、彼の隣に座る着物の皐月ママと、桃色のエンパイアドレスの百合姉ちゃんは微笑む。すると、仁ちゃんの反対隣に座る帝王様から袋を差し出された。中身に私の目はさらに輝く。

「さ、32アイスクリーム! しかもシーズンフレーバー十五種!! 御門様、よろしいのですか!!?」
「いつもの口調に戻りゃ、やらなくも「帝王様、ありがとうございます!」

 

 深々と頭を下げる私に帝王様は頭を抱えたが、私は嬉しい嬉しいお土産を持って立ち上がる。ドアに向かうと、隆成さんが疲れた様子で入って来た。

 

「もう、小言がうるさい……ああ~千風ちゃん癒される~~」
「はひぃぃぃっ!」

 

 一転、とても嬉しそうな声と両腕に抱きしめられる。
 顔を赤めながらも慌てて身じろくが、微かに耳元に掛かる息に身体が跳ね止まった。そんな反応に隆成さんは笑うとアイスに視線を落とす。

「浮気、かな?」
「はひっ!?」
「まあ、アイス(それ)なら許すけど僕のから食べてね。望むなら食べさせてあげるよ。口「柳田ーっ」

 ふーちゃんの大絶叫が脳内で響き渡ると同時に、後ろから現れた薫さんに隆成さんは羽交い締めされた。引き剥がされたことに、ふーちゃんの薫さんポイントが上がった気がする。帝王様じゃないとこがミソですね。
 動悸が良いような悪いような音を鳴らしながら黒服にアイスを渡すと、帝王様の苛立った声が響く。

「隆成、仕事に戻るんじゃなかったのか?」
「指示はしたよ。総一郎こそ僕を連れ戻しに来たんじゃなかったけ?」
「たまたまてめぇがいただけだ。癒しなら皐月ママでもNO.2でも充分だろ」
「ごめん、癒されない」
「わ~こんなハッキリな御方~はじめて~」

 

 似た微笑みに見えて微妙に違う隆成さんと百合姉ちゃん。
 困っていると仁ちゃんと帝王様に手招きされ、急いで二人の間に座る。隆成さんは不服そうに薫さんの腕を離すと、皐月ママと百合姉ちゃんの間に座った。

 

 席順は帝王様・私・仁ちゃん・皐月ママ・隆成さん・百合姉ちゃん。さすがに六家の内、三家が揃ってることもあって『蓮華』も豪華。

 そんなメンバーは隆成さんも一応含め、全員私とふーちゃんのことを知っているので、カメラのないVIP室にしてくれた。テーブルにはシャンパン、赤ワイン、ブランデーが並び、御摘みも揃うと乾杯。
 久し振りの仁ちゃんと話しながら皐月ママから他の六家のことも聞いた彼は楽しそうに笑った。

 

「ほうほう、階堂と安室もおるのか。親共と違って子連中は嫁作りより遊ぶのが好きじゃのぉ」

 

 ブランデーを飲みながらミルキー帽を外し、スキンヘッドを見せる仁ちゃん。その視線が煙草を吸う帝王様とチーズを摘む隆成さんに向けられるが二人は何も言わない。グラスに付いた水滴を拭きながら私は訊ねた。

 

「お子さんってことは、今の六家の社長さんはお若いのですか?」
「高科(ウチ)はまだ息子がやっとるが他は孫じゃな……ああ、階堂んとこはまだ継いでおらんかったか」
「ええ、龍介はまだ勉強中ですね。あと四家は全員三十前後で交替しました」
「隆成さんが今年の四月で……帝王様は?」
「二年前だな。圭太が……いつだ?」
「四年前ですね~御門様と櫻木様と~幼馴染だと仰ってましたわ~」

 

 あやふやな帝王様の代わりに微笑む百合姉ちゃんがお酒を作りながら捕捉してくれた。てっきり企業のトップ同士なのでギスギスした感じかと思ってましたが意外と仲が良いんですね。

 

「つっても、正月と六家会議以外揃うことなんざ殆どねぇ……はずが、『蓮華(ここ)』にいるとマジで揃いそうだな」
「だね。御老公は通いだして長いんですか?」

 

 煙草を灰皿に潰す帝王様と、百合姉ちゃんからお酒を受け取った隆成さんが中央の方を見る。マーテルXOを飲み干した仁ちゃんは口角を上げた。

 

「バカタレ共め。この『蓮華』は儂が経営権を持っとるのだ。つまり儂の店じゃて」
「「っ!?」」
「わかったらボトボト金を落とせっはははは!」

 神々しい光を放ちながら大笑いする仁左衛門様に私、皐月ママ、百合姉ちゃんは笑顔で拍手。
 そう、『蓮華』は仁ちゃんが創始者で、雇われた皐月ママが管理しているのです。そんな私達とは反対に帝王様と隆成さんの顔が青くなった。珍しい表情にニコニコ笑顔を帝王様に向けると、頭をゆ~くり回される。

「てめぇ……今、Sな顔してんぞ」
「帝王様はMな顔してまあああっっ!!!」
「総一郎、あんまり苛めると怒るよ」

 

 高速回転になった手に隆成さんの冷えた声が響くと、ゾクゾクしたものが背中を駆け上る。同時にふーちゃん信号機が踏み切りのような音を立てたため必死に隆成さんに笑みを向ける。が、帝王様の回転が止まらず、さすがに気持ち悪くなってきた。

「御門様。その辺で止めていただかないと風がリタイアしてしまいますわ」
「もう遅ぇみたいだがな」

 皐月ママの声に手が離されるが、ぐ~るぐる回った頭は帝王様の腕に寄り掛かるように落ちた。ピヨピヨヒヨコが踊る上からは笑う声。視線を上げた先にあった楽しそうな笑みに頬が熱くなると動悸が激しくなる。

 

「……千風よ、御門と櫻木から貰ったアイスを持って来い。あの量では家に入らんじゃろ」
「は、はいっ!」

 皐月ママからブランデーを受け取る仁ちゃんの声に慌てて返事をすると立ち上がる。帝王様には眉を上げられたが、会釈すると静かに部屋から退室した。

 外には残念ながら薫さんはいなかったが逆に良かったと思う。
 会ったら一昨日の彼の言葉を思い出してまたわからなくなりそうだから。仁ちゃんの声も掛からなければ、あのまま帝王様に寄り掛かっていたかったと思う自分も……今日の“私達”変すぎます。

 

 お腹の奥が“ぎゅう”と締まる感じに、きっとお腹が空いてるんだとお許しを貰ったアイスのもとへ歩きだした──。


 

~~~~*~~~~*~~~~*~~~~

 


 千風が出て行くと、俺とジジイの間に皐月ママ、ジジイと隆成の間にNO.2が座る。皐月ママに煙草の火を点けてもらうとジジイに視線を移した。

 

「なんでわざわざあいつに行かせた? 黒服に持ってこさせりゃいいだろ」

 

 俺の声に隆成も目を細めるが、ジジイは酒を口に運ぶ。
 その仕草が“しばし待て”と言っているようで内心舌打ちした。まさか隆成だけじゃなくジジイにまで会うとは……千風(あいつ)はどんな運を持ってんだ。
 苛立ちながらシャンパンを受け取ると俺の携帯がバイブ音を鳴らす。見ると不運な男からの着信。

「おう、俺『総一郎ーっっ! てっめ、なんてことしやがんだーーっっっ!!』

 

 耳から離して取って正解だったな。
 グラスを置くと、やかましい声の主の勢いが治まるのを煙草を吹かしながら待つ。段々息が荒くなっているのがわかり、携帯を耳に宛てた。

 

「よう、圭太。どうした?」
『てっめー……俺の叫びを聞いてなかっただろ……じゃねー! 回線を落とすとはどういうこった!?』
「ああっ? 回線工事するって言ってなかったか? てめぇの研究室のみ」
『んなアホな話があるかーっ! おかげで今日分の打ち込みがパアじゃねーかっ!!』
「どんまい」
『ふざっけんなーーーーっっ!!!』

 

 やかましい携帯を耳から離すと煙草を消す。
 ギャーギャー文句を言ってんのは同じ六家で製薬会社の社長、安室 圭太。俺と隆成のもう一人の幼馴染で同い歳。まあ、悪友っちゃ悪友だな。
 そんな男は日々研究室に篭ってやがって、この時間帯は今日の研究データをパソコンに打ってる最中。だが、不幸なことに工事を知らなかったらしい。

『堂々と嘘吐いてんじゃねーよ! なんだってこんな笑えねー苛めしやがんだ!? なんの恨みだ!!?』
「恨みなら数えたくねぇほどあんな。そん中で特大級のこれだ」

 

 会話の途中で携帯をNO,2に手渡す。首を傾げながら自身を指す女に頷くと、耳に宛て、緩~い声を発した。

 

「もしもし~圭ちゃ~ん。百合で~す。今度~いつ~来てくれますか~?」

 

 独特な声に漏れ漏れだった圭太の声がピタリと止んだ。携帯を返してもらうと静まり返った男に言う。

「てめぇの罪がわかったか?」
『ちょ……ちょっと待て……落ち着こう……ドパミンを抑える薬を』
「脳なんざとっくにイカれてんだから飲んでも意味ねぇだろ」
『相変わらず腹の立つヤローだな! なんだっててめーがそこにいるんだよ!! 俺は隆成にしか教えてねーぞ!!?』

 

 完全に白状しやがった男に苛立つと、今度は隆成に携帯を投げた。数度瞬きした男は耳に宛てると変わらない笑みと声で話す。

 

「御機嫌よう、圭太。え? 俺は全然御機嫌じゃない? 僕のせいでデータがパア? ははは、明日があるじゃないか。バッカだなぁ圭太は」
『ド鬼畜兄弟めーーーーっっ!!!』

 

 嘆きの声に兄弟じゃねぇとツッコミを入れたい。ついでに俺はドSでド鬼畜は隆成だって訂正も。煙草を取り出すと皐月ママに点けてもらうがジジイが楽しそうに笑っているのに気付き、一度吸うだけで灰皿に潰した。

 

「賑やかなもんじゃな。千風がおったらもう少し楽しくなりそうじゃが」
「……ジジイ、千風はどこの名家だ?」
「ほう、なぜそう思う?」

 取り出した煙草を皐月ママに点けてもらったジジイは、細めた目で吹かす。同様に俺も目を細めた。
 『蓮華』の創始者つーのは驚いたが、そのジジイが千風を選んでいること、千風自身がエラく懐いてんのに妙な違和感を覚える。名前呼びからして、ちーとふーを知ってるのは間違いねぇし、仕事以外の縁があるように思えた。

 

 礼儀作法は置いといて、名家の出だと思わせたのが一昨日迎えに行った時の『父の部下』発言。
 一人娘を心配する父親ってのはわかるが『部下』まで付けられると別だ。最初はジジイの血縁者かと思ったが、六家が一堂に集まる会議や正月の席では見たことがない。どっかに隠し子がいるか、政府高官が怪しいとこだ。

「ほうほう、ただのパソコンオタクかと思うたら考えるヤツじゃったか」
「オタクじゃねぇ、プログラミングの要領だ」
「総一郎、深い入りで考え込むの好きだよね。千風ちゃん、あんまりそういうの好きじゃないと思うよ」
「うっせぇぞ。俺は知りてぇもんは暴きたくなる性分なんだ」

 

 圭太との会話を終え、携帯をテーブルに置いた隆成は笑いながら懐から煙草を取り出す。NO,2に火を点けてもらうと甘ったるい匂いが混じった紫煙を吐いた。人前じゃあんま吸わねぇが、考えれば“千風”はいねぇな。昔と変わらず癒されるもんと癒されないもんでは対応が天と地ほど違う。
 そんな厄介男に気に入られた千風が遅いことに立ち上がると、煙草を潰したジジイの口が開いた。

「御門の。主の性分に習って儂も答えは言わん。あん子の胸の内を暴ければそれで良し、暴けねばそれまで」

 

 その目は子供が楽しい遊びを見つけたようにも見えるが、上座から見下ろす鋭さもある。だが、食ってかかるように口角を上げた。

 

「……暴けたら、御捻り寄越せよジジイ」
「ほうほう、そんときゃ上等なもんを用意しておこうか。千風もエラくボロを出しとるようだし、可能性はなくはないかもしれんな。のぉ、皐月?」
「ですわね」

 

 不適な笑みを向けるジジイに皐月ママはくすくすと笑う。
 妙な違和感を覚えたが、席を立とうとした隆成がジジイに足止めされている間に暴いて終了させようと足を進めた。

 

 すると、携帯をNO.2から受け取る。ついでに一枚の紙が付いて来た。
 書かれてあるものに目を丸くするが、意地の悪い笑みを向けるとNO,2は微笑む。圭太も妙な女を見つけたと思うが、考えれば『蓮華(ここ)』にいる女は全員六家と同じ『変人』だったな。

 

 その中でも普通だった俺を変人にしやがった女。
 アイスだけで釣れまくる浮気性の女を一本釣りするため、部屋を後にした────。

*次話、千風視点に戻ります

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