top of page

05話*「危険な人」

 日が沈みはじめた東京の街を、今日は角脇さんの運転で進む。
 さすがに休日なせいか混んでいるが、仕事の癖で私の口は始終開いていた。

「じゃあ、薫さんと角脇さんは同級生なんですね」
「はい……小中高と同じです」
「総一郎様の護衛に挨拶に来られた時は驚きましたよ」
「不思議な縁ですね」
「おい……この席順おかしくねぇか?」

 

 ずっと黙っていた帝王様に私達は振り向く。角脇さんはミラー越しに。
 後部席には運転席側に帝王様、助手席側に私、真ん中に薫さん。何かおかしいとこありますかね?

「ち~か~ぜ~」
「はひぃぃぃーーった!」


 地を這うような声に慌てて薫さんの腕に抱き付くとチョップが頭に落ちた。頭を押さえる私と腕を組む帝王様に薫さんはオロオロ、角脇さんは溜め息をつく。
 だ、だって帝王様の隣に座ると何されるかわからないし、帝王様より薫さんの方が好ったたたた!

「総一郎様、女性の頬をつねるのはどうかと思います」
「なってねぇ躾をしてるだけだ。の割に、真面目そうな男を連れ込んでるみてぇだな」
「はひ?」

 

 頬を擦っていると窓を見つめる帝王様の機嫌が悪いことに気付く。疑問に答えてくれたのは他の二人。

「……お電話に千風さんが出られなかった時……アパートから男性が出て来られたんです」
「スーツに眼鏡をかけた、二十代ぐらいの方でしたね」

 

 それだけで“彼”だとわかり、一瞬口を結ぶと帝王様の痛い視線が刺さる。けれどすぐに笑みを向けた。

 

「それは多分、二〇三号室の草鹿(くさが)さんだと思います。彼はホストをしてま……草鹿は本当だよ」

 車内に備え付けられたカメラのスイッチを総一郎に押され“あたし”へと替わる。納得してないといった顔と逃がす気のない眼差しに溜め息を零すと柳田さんの腕を放し、脚と腕を組んだ。

「……アイツは父の部下」
「父親の?」
「そ。一人暮らしの娘(あたし)を心配して定期的に寄越すの。別に彼氏じゃない」

 

 月によって変わるが、だいたい二、三回。扉越し確認しては帰るだけ。
 あたしはお年寄りかと苛立ちながら視線を窓の外に向けるが、同じ顔の総一郎がスモークフィルムに映る。白状したのに何よ的なツッコミを入れようとしたが、総一郎はパワーウインドの隙間を少し開けると煙草を取り出した。
 そういや、こいつのライター持ったままだったと鞄に手を伸ばすが、仕事用バックじゃなかったと
頭を抱える。

「なら、なんでお前(ふー)に替わっていた?」

 

 別のライターで火を点けた声と悩みが被ったせいか、何を言われたのかわからなかった。視線を移すと、紫煙が窓の隙間を通って外へと逃げていく。気付けば外も車内も暗くなるが、明るい街のライトで煙草を吹かす男の瞳があたしを捉えているのがハッキリとわかった。

 

「家にカメラ類は一切なかった。なのに俺が来た時“ちー”じゃなく“ふー”だったのはなんでだ」
「……勝手に上がり込んだ挙句、物色したわけ?」
「目視だけだ。元よりカメラを苦手とするお前が置くとは思わねぇ……なのに替わってやがったのはソイツが原因……か?」

 

 最後、確認を取るような言い方をしたくせに確信に聞こえたのはなぜか。そして総一郎とヤツを間違えたせいで危機的状況を招くとは……あたしとしたことがミスった。
 内心ちーに謝りながら腕と脚を解くと背をシートに預ける。一息つきながら瞼を閉じた。

「……どうにも嫌いな相手を前にすると機器関係なく強制的に替わるみたいでね。ちーにとって、あいつがそうってわけ」
「ほう、じゃあ俺は嫌いじゃねぇってことか」
「嫌いだったら初対面でも替わるから総一郎は……」

 

 言いながら、ちーが両手で大きなバッテンを作って跳ねているのが浮かんだ。その意味に慌てて隣の隣の男を見る。煙草を車内の灰皿に押し潰した総一郎の顔は──ニヤリいいいぃぃ!!?
 すかさず隣の男の背中を押した。

「必殺、柳田さん壁(ウォール)!!!」
「え……?」
「必殺、社長命令。柳田、背後の女を俺に寄越せ」
「えっ!?」
「薫が究極の選択みたいに焦ってますね……ともかく御三方、着きましたよ」
「この場面で着かないで!」

 

 話には一切入ってこなかった角脇さんの淡々とした声に余計悪寒が走るが本当に車が停まった。窓の外を見ると数奇屋造りで出来た料亭。やっぱファミレスでも百円寿司でもなかったかと淡い期待が消え去る。
 

 というか降りたくない。そりゃ、お腹は空いてるんだけど柳田さん壁(ウォール)が崩壊したら……!

 そんな気持ちが見え見えだったのか、柳田さんと角脇さんが呆れた眼差しで総一郎を見つめる。眉を上げた当人は手を伸ばすが、一台の黒の高級車が隣に停まった。後部席から現れた男に全員の目が向く。

 身長は角脇さんぐらい、総一郎よりは明るいショートの茶髪は肩に付くか付かないかで毛先が跳ね、黒のストライプのスーツにワイン色のネクタイをしている。
 そんな御三方にも負けないイケメンは柔らかい笑みをなぜかこちらに向けた。

「良かったですね、薫。イケメンらしいですよ」
「あ……いや」
「やっぱ、デザートに千風を喰うか」
「こ、怖いこと言わないでください!」

 

 カメラをOFFにされ“私”に替わると、帝王様は溜め息をつきながら車から降りた。そのまま隣のイケメンさんのところへ向かう。

 

「よう、隆成。早かったな」
「タイミング良かったみたいだ。正月以来だね、総一郎」

 

 どうやらお知り合いのようです。
 イケメンさんが二人並ぶとキラキラオーラが凄いですね。光と闇で真っ二つに違うオーラですけどと考えていると帝王様の痛い視線が刺さり、スススー……と頭を下げた。イケメンさんがこちらを見ている気がします。

「あれ、いつもの二人以外に誰かいる?」
「あいつがズワイガニって言わなきゃ、てめぇを呼ばずに済んだんだがな」
「ああ。料亭(ここ)、持ち込んだのを料理してくれるからね。下ろすからちょっと待って」
「渡したら即行帰っていいぞ」
「ははは、寝言は寝てから言ってよ。僕もお腹空いてるんだからさ」

 

 笑いながら後部席を開けるイケメンさんがどうやらズワイガニさんの持ち主さんのようです。というかまさか私のために料亭(ここ)に?

 いえいえ、ただのお土産渡しだと顔を横に振る。


 すると反対のドアから出た薫さんにドアを開けられ、フィルム越しではない帝王様の目と目が合った。それだけで頬が熱くなり、咄嗟に薫さんの背に隠れる。が、ガッシリと頭を掴まれてしまった。

 

「千風~!」
「はひぃぃぃっ!」
「え、総一郎まさか女の子連れて……」

 

 大きな発砲スチロールの箱を両手に抱えたイケメンさんは騒ぐ私達を見ると、目を見開いたまま停止。その視線に私達も彼を見つめたまま停止。数秒後、イケメンさんはキラキラ笑顔で両手に持った箱を帝王様に渡した。

 

「はい、総一郎。お土産」
「おう、サンキュ」
「じゃ、僕は帰るよ」
「おう、そうか……じゃねぇ! 何ちゃっかり千風を持ち帰ろうとしてんだ!! 止めろ柳田!!!」

 

 発砲スチロール箱を持った帝王様の怒声に私を抱っこし、そのまま自身の車に乗り込もうとしていたイケメンさんが柳田さんに止められる……あれ、もしかして誘拐一歩前でした?

 


* * *

 


 静謐な個室にある掘り炬燵に足を入れた私と帝王様の向かいにはイケメンさん。
 角脇さんと薫さんはお隣のお部屋らしいですが……正直そっちがいいです! 居心地が悪いです!! 特にお隣の人となんてったたたた!!!

 

「女の子に暴力は感心しないな」
「俺の勝手だ」

 

 また頬をつねられ擦っていると、上着を脱いだイケメンさんに笑みを向けられた。恥ずかしくて顔を伏せる私に帝王様は溜め息をつき、イケメンさんはくすくす笑う。

 

「可愛いね。僕は櫻木 隆成。総一郎とは同い歳で幼馴染なんだ」
「幼馴染?」
「ついでに言うと六家だ」
「はひっ!?」

 

 まさかのVIP様に顔を上げると目を見開く。向かいのイケメンさん。もとい、櫻木さんも同じ顔をした。

「六家知ってるなんて珍しいな。どこかの社長だったりする?」
「と、とんでもないです! 帝王……御門さんとは仕事先の関係で……あ、申し遅れましたが、宇津木 千風と申します」
「千風ちゃんね。早速だけど今夜僕のとこに来な「カニと一緒に寝ろ」

 

 帝王様の不機嫌声に櫻木さんの頭をチョッキンチョッキンとカニさんが過ぎて行くのが見えた。それにしても六家で櫻木……櫻木……櫻……あっ、と思い出したように両手を叩く。

 

「もしかして櫻木鉄道の方ですか!?」
「おい、なんで俺を知らねぇでこいつんとこは知ってんだ」
「嬉しいね。利用してくれてるのかな?」
「感謝状はお断りしてしまったのですが、通学でお世話になりました」
「「感謝状?」」

 

 頭を下げると二人がハモる。
 学校が電車通学で、よく盗撮をしてる人を見つけてはふーちゃんが蹴っては付きだす、気付けば賞状を貰うまでになったのです。お断りしましたが。
 そんな懐かしいことを話す私に二人は顔を見合わせる。すると小さく戸を叩く音と同時に襖が開き、櫻木さんの秘書さんが顔を出した。

 

「失礼します。隆成社長、会長からお電話です」
「ん、ちょっと失礼するよ。ついでに諸々の対策強化も言っておこうかな」
「しゃ、社長さん!?」

 

 驚きの声を上げると櫻木さんは笑いながら部屋から出て行った。若いからてっきり役員さんかと思っていたのですが……恐る恐る帝王様を見ると頷かれる。

「四月になったばかりだがな。つーか、千風」
「は……ひっ!」

 

 返事をする前に大きな腕が首と腰に回り、顔は帝王様の胸板に収まり抱きしめられていた。突然のことに顔を上げると首に回っていた手が頬を撫でるが、彼の顔は怖い。

「て、帝王様?」
「さっきの話……ふーで捕まえたってことは、ソイツらはお前を撮ってたってことだな?」

 

 心臓が大きく跳ねる。
 目を見開いたことで肯定だとわかったのか、小さな舌打ちをされると口付けられた。その唇は荒く、不規則に舌が口内で暴れだす。

 

 私は焦っていた。たったあれだけでどうしてわかるのか。どうして他の人ではない私だとわかったのか。小さく開いた目で、私の口内を自身の味へと変える彼を見つめると唇が離れた。静かな個室に荒い息が響く。
 息を整える私の下唇から垂れた唾液を手で掬い取った帝王様は、それを舐めた。

「電車内でふーになるには携帯か鞄類に忍ばせた物……つまり狭い範囲の機器になる。そんなの自分が撮られてねぇとならねぇだろ」

 

 他人の時だって捕まえました、なんて情報を言っても無駄だと彼の顔が言っている。その洞察力が恨めしい……やっぱりこの人はふーちゃんが感じた通り危険な(ヤバイ)人だ。
 次第に震えはじめる私に帝王様は一息つくと私を抱きしめ、優しい手で髪を撫でながら耳元で囁いた。

 

「お前、やっぱり俺のとこに来い」
「なんで……そうなるんですか」
「ちーとふーを知り、尚且つ俺のことが嫌いじゃねぇなら問題はねぇだろ」
「っ……それは」
「否定しても車内カメラを確認すりゃ、証拠が出るぜ」
「そそそそそれ消してください!!!」

 

 脳内で珍しく土下座するふーちゃんが浮かぶが、顔が真っ赤になってわからなくなる。その熱さが帝王様にも伝わっているのか、不敵な笑みを向けると同時に耳朶を舐められた。

 

「ひゃぅっ!」
「その声は料亭(ここ)を出た後に出せ。薄暗い部屋で、ちーもふーも一緒に抱いてやる」

 向けられた笑みと見つめる瞳は欲心を含んだ熱い瞳。耐え切れず咄嗟に叫んだ。

「だだだだ抱かれるなら薫さんがいいです!!!」

 

 既に茹でダコどころか爆発寸前だったせいか、大きく叫んだ声が木霊する。
 丁度入ってきた櫻木さんは目を丸くし、数秒止まった帝王様は私を抱えたまま立ち上がるとドカドカと隣の部屋に乗り込んだ。

 


「柳田ー! てめぇ、ク「やめてくださーーーーいっっ!!!」

 


 静謐な料亭に迷惑なお客が来店────ごめんなさい。

bottom of page