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01話*「ご勘弁」

 “みかど”は“帝”だと疑わなかったのに“御門”。残念。
 ちなみに秘書の男性は角脇らしい。では、お客様方の名前がわかったところで仕事をしようと皐月ママに笑みを向けた。

「総一郎はピンドンで、角脇さんはバーボンでお願いします」
「わかったわ」
「ちょっと待て。呼び捨てにした挙句、なに勝手に注文入れてんだ。しかもドンペリより高いヤツ」

 

 インターホンに向かう皐月ママの横から華麗なツッコミを入れられる。
 中央の男と座り直した男が片眉を上げているが、あたしの営業スマイルは変わらない。

「お酒はこれから飲む物。お名前は『御門様』と呼ばれるのが貴方は嫌いだから」
「ほう、さっきの会話だけで俺がどういう男かわかったってことか?」
「だいたい、ですが」

 ドレスの片裾を掴み会釈すると、中央の男=総一郎の眉は上がったままだが口元は弧を描きはじめていた。
 休みのあたしを呼び出し“買う”とまで発言した男は言うまでもなく俺様。俺様にもタイプがあるが、あたしの愛想なしと『貴方は誰』発言で呼び方は決まった。

「ありゃ、ワザとか?」
「一見の御客様には必ず聞いていることです。そこで怒る方ならば半分は店から出て行き、半分は交代を求められます。けれど、貴方は笑っていた。それは、あたしみたいな女が嫌いではないということ」
「確かに……総一郎様は面白い女性を好まれますからね」

 口を挟んだ角脇さんを総一郎は睨むが、視線をあたしに戻すと続きを促す。

「『蓮火(あたし)』を知って指名した時点で奇特な方であると同時に、自分の名を公にしない貴方は仕事にも自分にも絶対的な自信を持った方。そんな方は敬称を嫌う方が多いのです。角脇さんは反対のようにお見受けしますが割愛させてください。お酒は……まあ、テーブルを見れば」

 あたしが来るより先に置かれたボトルは五本。三本はワイン、二本はウイスキー。前者は総一郎、後者は角脇さんの前に置いてある。そして四本は空、一本も底が近い。


 ちなみに総一郎は喫煙者。

 山になった灰皿(ハイセット)を取り替えていると、足を解いた総一郎がソファに背と両腕を乗せ笑う。

「くくっ、なーるな。ただの馬鹿の発言かと思ったが、まんまと乗せられたわけか」
「こんなあたしでも会話してくださる貴方様のおかげで」
「本気で期待を裏切るのが得意のようだな。けど、それとピンドンの注文は違ぇだろ」
「あたしが飲みたいんです。ご馳走になります」
「おい、こら」
「あ、お二人が先に飲まれたのも、あたしの売り上げにさせていただきますので」
「ちょっ、待て」

「ちゃっかりしてますね……」

 

 ペ○ちゃん顔のあたしに総一郎はソファから上体を起こし、角脇さんは溜め息をつきながら残りのウイスキーを飲み干した。同時に黒服が入室して来ると、受け取ったピンドンを総一郎に見せる。笑顔と一緒に。

 

「あたしを買ってくれるんですよね?」

 一瞬目を見開かれるが、すぐ意地の悪い笑みを浮かべた総一郎はソファを二度叩いた。

「いいぜ、買ってやる。とっとと来い、風」
「……失礼します」

 

 会釈すると総一郎の隣に座る。
 薄暗い室内じゃあんまりわからなかったけど、近くでみると結構なイケメンでマジマジと観察してしまう。そんな総一郎も目だけ向けると角脇さんが一言。

 

「総一郎様、ご馳走になります」
「誰がお前の分まで出すと言った」
「上司じゃないですか」
「ケチんぼ」

 

 角脇さんに交じって文句を言うと、総一郎の大きな手に顎を持ち上げられた。眉を上げた端正な顔が近付くが、咄嗟に額を叩く。

 

「勝手に触らないでください」
「ちっ、もうちょいでその口を塞げたのによ」
「あたしより、こちらさんが美味しいですよ」

 

 指で唇をなぞる総一郎に笑みを向けると、彼の胸ポケットから覗く煙草を突く。視線を落とした彼は離した手で煙草を取り、あたしもポーチから取り出したライターで火を点けた。

 

 それを横目に、角脇さんと皐月ママが乾杯の音を鳴らす。


 

* * *

 


 気付けば閉店近い0時前。
 皐月ママと話があると言われ、VIP室から出たあたしは入り口に立つスキンヘッド男に会釈すると暗幕に入る。スイッチが“OFF”になり、その場にしゃがみ込んだ。

 

「こ、怖かった~!」

 

 目尻に涙が溜まる顔を両手で覆うと、早鐘を打つ動悸を抑えようとする。浮かぶのはさっきまで隣にいた男性。怖い怖い! なんですか、あの“帝王様”!! イケメンさんだし、迫って来られた時は本当に危なかったですよ!!!

 

 結局わかったのはドレスをくれた足立のおじさまの紹介者さんってだけで、帝王様がどこの誰なのかは不明。シクシクしていると店内から誰かが戻ってきた。

 

「ふうりん~どうしたの~?」
「百合(ゆり)姉ちゃ~ん」
「あ~ちうりんね~」

 

 のんびりな声に顔を上げると、優しい笑みを向ける女性。
 腰辺りまであるストレートの黒髪に、白のAラインドレスにはレースやフリル、ダイヤの付いたビジューネックレス。『蓮華』NO.2ホステスの百合さん。

 

 身長は一五五と小柄で歳も二十二ですが、その癒しから“お姉ちゃん”と慕われている。ハンカチを借りて帝王様の話をすると、百合姉ちゃんは笑顔のまま手を頬に当てた。

 

「ああ~御門財閥の御曹司様ね~まだ三十前半だけど~凄腕のIT会社社長さんよ~」
「有名な人……?」
「ん~簡単に言ったら~“六家(ろっけ)”かな~」
「はひっ!?」

 まさかの発言に、治まりはじめていた動悸がまたガンガン鳴り出す。
 “六家”とは大企業の中で特に功績のある企業六つのことで、政府高官の下にも属しているとも言われている。縁あって私もその内の一家に常連さんがいますが、あの帝王様も!?

「ちうりん~大丈夫~?」
「お、お腹痛いです……」

 

 嫌な話に動悸どころかお腹すらピンチ。

 もう一家の常連さんは気前が良くて優しいお爺さんなので良いですが、あの帝王様は私じゃ無理ですよ!

 

「でも~気難しくて~短気だって聞いてたけど~ずっと一緒だったってことは~ちうりん~気に入られたのね~良かったね~」
「いーやーでーす!!!」

 

 微笑みながら数センチ身長の高い私の頭を百合姉ちゃんは優しく撫でるが、私の心は哀しみで沈んでいる。その元凶である帝王様に詳しい百合姉ちゃんに首を傾げると、彼女にも六家の常連さんがいるとのこと。

 

「まなりんにも~別の六家の人~いるよ~」
「へー、結構凄い人達きてるんですね」
「うち~変わった子しか~いないのにね~」
「それ言っちゃダメですよ……」

 

 この『蓮華』は変わり種のホステスが多いのです。
 私を含め百合姉ちゃんも、NO,1の愛(まなみ)姐ちゃんも他の子も一癖二癖以上ある子ばかり。その点トラブルも多いですが、ママの対処法には頭が上がりません。感謝感謝ですと手を合わせていると笑顔のママが顔を出した。

「ふーちゃん。御門様から『帰るから見送れ』ですって。一人で出来るわね?」
「はひいいいいぃ~!」
「ちうりん~ファイト~!」

 

 百合姉ちゃんの小さな両手ガッツポーズと、ママのちょっと悪の微笑みに見送られた。
 

 玄関に近付くとスイッチが“ON”になり、上着を着た総一郎と角脇さんが並んで立っているのが見える。角脇さんより少し身長の高い総一郎は一八十ちょい上のようだ。見上げていると、片眉を上げた総一郎は“あたし”の目尻に触れる。

 

「なんだ、その腫れた目は」
「パトラ○シュが天に昇るとこ観ちゃって……」
「へー、そりゃまた良い場面で……って、もうちょいマシな嘘をつけ! 仕事中にテレビ観るヤツがあるか!!」
「すみません! あたしが悪かったから手を退けてください!!」
「総一郎様、車きましたよ」

 

 さっきの涙を完全に拭き取ってなかった自分に反省。しかし、女の頭を本気で回す男もどうかと思う。訴えたいが客に出来るはずもなく、数メートル離れた店の前に黒のベンツが停まるのが見えた。

 運転席からはスキンヘッド男が現れ、後部席のドアを開ける。
 二人は歩き出し、あたしの背後では黒服達が頭を下げるが、あたしは固まったまま。フツーならあたしも車の所まで行ってお見送りだが、駐車線をエラく越しているせいで“あれ”の範囲外だ。このままじゃ“ちー”になる。それはマズい。けど、見送りしないと怒られる。

 

 悶々と迷う中、確かスキンヘッド男がいる辺りは大丈夫だったのを思い出し、走るとまでは言わない早歩きダーッシュ!
 車に乗り込もうとする帝王様そっちのけで、スキンヘッドさんに肩をピッタリと付け並んだ。そんなあたしの珍行動に、三人は凝視する。

 

「お前……柳田と何やってんだ?」
「お見送りですよ」

 

 冷や汗をかきながら隣の“やなぎだ”さんに笑みを向ける。すると片眉を上げた総一郎の手が、あたしの手を引っ張──

 

「見送りなら、ちゃんとこっちで「ごごごごご勘弁くださいっ、帝王様!!!」
「「「は?」」」

 

 範囲外に出たせいで一瞬“ちー”になるが、素っ頓狂な声を上げられた隙に“やなぎだ”さんの隣に戻る。呆然と見つめる三人に“あたし”は笑顔。

 

「それでは、またお時間ある時はぜひ『蓮華』にお立ち寄りくださいね」
「なんでしょう……いま一瞬……総一郎様?」

 口元に手を当てた角脇さんの横から足を出す総一郎。
 目の前に立つ男にあたしは笑みを維持するが、また顎を持ち上げられ、細い目と目が合った。心臓が嫌な動悸を鳴らすほど怖く、低い声が発せられる。

 

「お前……なんだ?」
「……『蓮華』のホステスです」
「……そういや、名刺もらってなかったな。出せ」
「持ってません」

 

 総一郎は顔を顰める。
 普通は店と自分の名、携帯番号の書かれた名刺を渡すのだが『蓮華』では絶対ではないし、あたしはお客様からいただくことがあっても連絡したりはしない……だって。

「会いに来てもらうのが仕事ですから」

 

 開店前に食事して一緒に店に来る同伴も、帰りに飲みに行くアフターも、あたしの体質上無理だ。その分、指名を受けてからが勝負。名刺ではなく、自分を売り込むのがあたし。
 意地の悪い笑みを向けるあたしに目を丸くした総一郎だったが、先ほどとは違う楽しそうな声を出した。

「くくっ、お前も大概Sだな」
「いえ、あたしはフツー──っ!」

 

 笑みを向けるが、すぐ目の前には端正な総一郎の顔があった。そのまま近付いてくる唇に──口付けられる。

 突然のことに慌てて離れようと身じろぐが、腰を抱かれ、顎を固定されてしまい動けない。そればかりか歯列を割って舌を差し込まれた。

 

「ちょ、ん……んんっ!」

 

 長い舌に舌が捕まり、口内には一緒に飲んだワインとは別に、知らない煙草の味が広がった。
 数秒後、唇が離され文句を言ってやりたかったが、息を整えるのに必死で何も言えない。幸い、車と男三人に囲まれ見られなかったようだが、平然とした様子の総一郎を睨む。けど、指であたしの唇をなぞりながら口角を上げた。

「互いの名刺変わりだ。お前の味はシッカリ覚えたぜ」
「なっ……!」
「また次に会った時は楽しみにしておけ。永久指名(買った)分、キッチリお前にも払ってもらう」

 永久指名なんて知らんと呆然とするあたし他二名。
 だが小さく笑う男が車に乗ると、慌てて二人も乗り込み、車が出る。間際、総一郎と目が合うが、その瞳は──とても愉しそう。

 夏が近付く深夜の銀座で、なぜかあたしの心は冬に戻った────。

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