16話*「大切な今日」
傍にいることだけを望んだ。
それ以上を望んでも望まれないことを知った。
それでも俺達は変わらない──好きだから。
頭の中で何かが聞こえる。怒っているような、呆れているような声。
それが“彼女”だったらと頬が緩むが、すぐに口を結ぶとゆっくりと上体を起こした。
「まったく……朝寝坊だけは直りませんね」
鳴り響く携帯の目覚ましを止めた“僕”は、溜め息まじりに前髪を掻き上げた。
朝焼けを魅せるカーテンを開き、手洗いと洗面を済ますと、食パンを焼いている間にスーツに着替える。上げた前髪をセットし終えた頃にはポットのお湯も沸き、コーヒーを淹れて朝食タイム。
メールやニュースを携帯でチェックしていると、大きな欠伸が脳内に響いた。
(ふあああ~……おはよう、冬)
「おはようございます、春」
(うわ、またブラック……苦いよー)
「起きたもん勝ちです」
傍から見れば独り言。
だが、脳内ルームの布団から起き上がった春が目を擦りながら嫌な顔をしているのが浮かんでいる。今までは反対だったのに、ニ年も経てば慣れるものだ。
無事『U・B』に就職した僕らはマンションで家賃、光熱、食費一人分の二人暮らしをしている。経済的ですね。
以前に比べて交替の自由度も増し、食器を片付けた“俺”は残っていたコーヒーを飲む。やはり苦くて舌を出すが、目に入ったカレンダーに笑みを零した。今日は日曜日で仕事。でも、赤丸が付いている。
「さっさと仕事終わらせて会いに行こう!」
上着を着ると、いつもはない勢いで家を出た。
* * *
「え? 柳田さん、今日までなんですか?」
自販機で缶コーヒーを買った“僕”は振り向く。
休憩時間のはずなのに、直立不動のまま警護対象を見ているのはガタイ身体に長身、サングラス。さらにスキンヘッドには十字傷という、まさに映画で観るような男性SPの柳田 薫さん。
所属は別会社だが、共同することもあり、僕も何度か組んでいる。
おかげで強面でも根は優しいという事実を知っているため訊ねると、振り向いた彼は無表情のまま頷いた。
「はい……とある会社社長の護衛を長期で請けることになりました」
「それはまた大変ですね……あ、餞別はコーヒーでもいいですか?」
まだ開けていない缶を差し出すと『お構いなく』と、控えめな手を挙げられた。
どこの社長、なんて情報は御法度だが、護衛経験も豊富で短い会話も楽しかった僕にとっては少し寂しいお別れだ。次から誰と組まされるのだろうかと缶コーヒーを飲んでいると、サングラス越しでもわかる視線に首を傾げる。
「なんです?」
「いえ……牛島氏は長期は請けられないのですか? 貴方の実力なら問題ないでしょうに」
『氏』に嫌な同級生を思い出し、眉を顰める。
それが不適切な発言だったと捉えてしまったのか謝罪されてしまい、慌てて手を横に振った。
「評価していただけるのはありがたいですが、僕はまだニ年目の新人なのでコツコツ経験値を積まないとダメなんですよ。それに……長期を請けたら会えなくなる」
最後は独り言のように小さかったが、柳田さんには聞こえていただろう。
でも『そうですか』と短い返答するだけで、すぐ警護対象に向き直してくれた。ありがたいと思う反面、複雑な気持ちで秋空を見上げる。
就職してすぐの頃は想像以上のサイボーグ仕事に昼夜逆転と辛くはあったが、今では体質に適った仕事だと思っている。
子供の頃から政治家や有名人の挨拶回りに連れて行かれ、鍛錬し続けてきた体術や技術も身を結ぶかのように、トップ企業からの依頼もそれなりに増えた。さらに二十歳になった今年からは上客の護衛もどうかと提案されるほど順風満帆だ。
それでも年単位の長期は請けないと決めている。
危険度やお金は関係ない。僕達には結ばれていない、護衛対象がいるから。
* * *
仕事も終わり、時刻は夜の十時。
いつもならすぐに帰宅するが、今夜は自宅マンションではなく一軒のアパートを訪れていた。仕事では出来ないならないニコニコ笑顔の“俺”は両手に袋を持ち、二階角部屋のインターホンを押す。が、出ない。
(留守……)
「なわけないよ」
(ですね……今日は仕事休みですし、電気も点いてましたから)
長時間交替に慣れたとはいえ、仕事疲れの冬は脳内ルームで横になっている。それでも寝る気配がないのは扉の先にいる彼女を気にしているからだ。
インターホンを押しながらドアスコープを覗くと、ちゃんと何かで塞いでいるのか中は見えない。ならばと、玄関ポストを指で押し上げた。
「ちっいっだ!」
覗き込んだ瞬間、菜箸に眉間を突かれた。
見事な撃退方法に悦びながら後退するが、当然それは春だけ。眠気も飛んだ“僕”は眉間を押さえたままドアを叩いた。
「千風様、さすがに菜箸は危ないですよ。春だったから良かったものの!」
『春ちゃんで良かったですね』
(揃ってSだなぁ)
悦びのツッコミを無視していると、ガチャリと鍵を開ける音。
数歩下がれば扉も開き、胸元まで伸びた茶髪を揺らす幼馴染──千風が顔を出した。
「もう、なんの用ですか。定期確認なら先週したばかりでしょ」
不満気なちぃに一息吐くと、袋をひとつ差し出す。
渋々受け取った彼女だが、中身を見ると大きく目を見開き、すぐに顔を上げた。その瞳はキラキラと輝いているようにも見えて、可愛いさと嬉しさに頬を火照らせた“俺”は笑顔で伝える。
「誕生日おめでとう、千風」
大切な今日は恒例のアイスケーキをプレゼント。
そして二十歳という、もうひとつの記念はお酒でお祝いだ。
「はひ~、幸せ~」
「あは~、最高~」
美味しそうにアイスケーキを頬張る千風。
スーツの上着もネクタイも脱ぎ、俯けで椅子と化した俺も満面笑顔。お尻で背中を踏まれるばかりか、部屋に入るのも引っ越し以来。千風の匂いしかない畳に頬ずりしながら嗅いでいると頭を叩かれた。
「とっとと帰ってください、変態」
「やだー……会うの久し振りなんだもん」
「お互い忙しいですからねー」
棒読みでアイスを食べるちぃに頬を膨らませる。
俺はSPで昼夜問わないシフト制、千風は夜が本業のホステスで土日が休み。昔と変わらず携帯にも出てくれないし、月にニ、三回様子を見に訪れる定期確認も扉越しか冬でしか会わない。
「ああ、最っ高の放置期間からやっと開放された!」
「最高なら良いじゃないですか」
興奮している隙に立ち上がった千風は、残りのアイスケーキを冷凍庫へ持って行く。このタイミングでなんてSだなあと悦びながら彼女の携帯を手に取ると、指で数度押し、元の場所に置いた。
それから亀クッションを抱きしめると、ニ年振りの部屋を見回す。
知らない家具や物はもちろん、洗濯物や食器を見ると千風も一人(二人)暮らししているんだと感慨深くなる。でも、カーテンの隙間から見えるベランダにはプランターの影。変わらないと思う反面、積み重なった箱の数々が仕事相手からの贈り物だと考えるだけで喉奥がムカムカする。
「……そういえば、また客とケンカしたそうですね」
自然と伸びた手が、ポケットの中のICレコーダーを押す。
亀クッションを枕に仰向けとなった“僕”の視線に千風……ふぅは眉を顰めた。それから一息吐くと隣に座り、開けた缶酎ハイを飲む。
「相変わらず耳が早いっていうか、アンタも一枚噛んでるようなもんか」
千風が勤めている店は創業ニ年と浅い。
だが、その創業者と店長が彼女も僕もよく知る人物だったのは就職して知ったこと。千風は気付いていないようだが、彼女の父親が絡んでいることは明白。感謝すると同時に、店の黒服を『U・B』の人間にすることを母に頼んだのだ。
さすがに顔見知りがいるせいか僕達の仕業だとわかったようで、今もまた睨まれている。やれやれと起き上がると、後ろからなだめるように抱きしめた。
「ふぅも懲りませんね。自分の職業わかってます?」
「人のトラブル知ってたり、玄関ポスト覗いたりするアンタに言われたくない」
「それは春で、俺じゃないですよ」
人称が彼女の前で変わるのも慣れたもの。
苦笑まじりに髪を撫でると、首筋に付いた傷跡を舐める。ピクリと動くと同時に睨まれるが、構わず食むと舌先でチロチロ舐めた。
「ちょ、冬……ん」
「一昨日は首で、その前は頬を叩かれたんでしたっけ」
いつもの強気な態度で接客しているせいか、客とのトラブルが多いと聞く。
フツーならクビだろうが、彼女のように一風変わった事情や性癖を持つホステスが売りの店のため、選んだ客が悪いと出禁にされるらしい。手をあげるヤツには当然の報いだが、傷跡や赤くなっている部分を見ると腸が煮え返る思いで、頬に噛みついた。
「っやん! ちょ、何すんの」
「……んー、治療してるだけ」
「治療……ていうか春!?」
驚いたように振り向いたふぅに微笑んだ“俺”は、噛みついた箇所を舐めながら両胸を揉みしだく。久し振りの柔らかい感触に手が徐々に荒々しくなってくると、ふぅの表情が蕩けはじめた。
「や……バカ、やめ……」
「ダメだよ、先週揉まれたって聞いたし……ふぅは胸、平気だもんね?」
「っんん!」
赤くなった耳を舐めながらブラジャーから掬い出した乳房を、乳首を、服越しに引っ張る。声は抑えたものの、大きくのけ反ったふぅは倒れ込み、キャッチした缶酎ハイを口に含んだ俺は口付けた。
「ふっ、ん、んんんっ!」
胸とは違う柔らかい唇、抵抗する舌と歯。
何より甘い味はアイスやお酒だけじゃない。千風という女の子を実感させるほど甘美で何度も口付ける。
「んっ……酔い潰されないよう飲み慣れとかないとね……それより、ツンツン尖ってるココを冷やした方がいいかな」
「ひゃっ!」
服を捲り露になった大きな乳房。
中央の可愛いピンクの先端は尖っていて、治めるようにお酒をかけた。
「ひゃあああぁんん!!」
「あ、ごめん。ふぅはMだから、もっと尖っちゃったね……じゃあ」
見た目とは反対属性にくすくす笑いながら、お酒がかかり、ビンビンに尖ってしまった先端にしゃぶりつく。
「やああぁ! 舐めないで吸わないで……替えないでええぇ!!」
揉みしだきながら勃ち上がった先端を舌先で舐めては吸い上げる。
そのままICレコーダーを切ると、一際大きなちぃの嬌声が響き渡った。それだけで下腹部が疼いた俺は千風の下半身の方を向いて跨り、取り出した肉棒で真下にある唇を突く。
「はい、プレゼントの棒アイス。しゃぶっていいよ?」
「これのどこが……アイスんんっ!」
「あはっ!」
睨む目に構わず肉棒を押し込むと、生暖かい口内に包まれる。
ちゅぷちゅぷとしゃぶる音や息遣いに興奮が増すが、それは目の前でもじもじ動いている千風の下腹部も同じ。両手で脚を広げると、案の定濡れきっているショーツを舐めた。
「ひゃううぅ!」
「ああっ……ちぃ、最っ高……っああ!」
悦んでいると肉棒を噛まれる。
だが、ご褒美としか思えず、腰を上下に動かしては抜き挿しさせた。シミを増やす無意味なショーツもズラすと、愛液まみれの秘部に吸い付く。もちろん、ICレコーダーをONにして。
「やあぁぁっ! だから替わらないでええぇぇ!!」
「大好きなくせに何いってるんですか。ちゃんと冷やしてあげますよ」
涙目のふぅに意地悪く笑う“僕”は、指で割れ目を拡げるとお酒をかける。
「あああああぁんッ!」
「ああ、イっちゃいましたね……でも、まだまだイかせますよ……誕生日ですからね」
「あ、ああ……冬ぅ」
激しい呼吸を繰り返しているのを他所に、お酒と愛液、さらに噴出した潮を舐める。指で膣内を掻き回せばまた零し、吸い上げては零し、何度も絶頂の声が響いた。
次第に充満する匂いはアルコールか、千風という女か。
酔いしれる意味を知るには少しばかり早いかもしれない――。
*
*
*
時刻は朝の四時。
初秋とはいえ明け方は寒く、布団で眠る千風も丸くなっている。
(冬……きたよ)
はみ出ていた肩に布団を掛けていると、静かな声に顔を上げる。
次いでカーテンの隙間から確認し、夜明けを頼りに見ていた数枚の紙を棚に戻すと音を立てないよう玄関を閉じた。昼間の暑さとは打って変わる寒々しい風に身震いしたのは一瞬。
トントンと階段を上ってきた男に、身体と一緒に鋭い視線を向ける。
ヨレヨレの白シャツは腕捲りされ、黒のベストにズボン。濃茶に染められたショートの髪は寝起きのように毛先が左右上下に跳ねている。だが、赤のオーバル眼鏡の奥にある目は細められ、何かを含んだような口元が弧を描いた。
「おはようさんです。しかしほんま、兄(あん)さんもようやりますな~」
数年前、扉越しに聞いた声と姿が重なる――――。