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花のフィールド

​28話*「解雇」

 はじめてこの部屋を訪れた日のように室内は静まり返り、外から僅かな笑い声が聞こえる。昼間でも方角的に影が掛かる室内は薄暗く、私の動悸も激しい。
 異なるのは目前の表情。意地悪な笑みなどない、ただ愕然と目を瞠っている慶二さん。緊張と苦衷を堪え、私は続ける。

「……父が入院して……人手が足りないらしく……実家に帰ることになりました」
「帰るって……零花さん、あんなに嫌だと言っていたじゃないですか」

 

 落ち着いた声。でも、困惑しているように見えるのは、はじめさんのキャンバスを派手に壊し、怒り狂っていた私を知っているからだろう。拳を握ると顔を伏せた。

 

「そうなんですけど……兄は卒業するまで帰ってこれないし、母も高齢で心配……なので」

 

 語尾が小さくなっても届いたのか、大きな息を吐くのが聞こえた。
 少しだけ上げた目に映るのは綺麗にセットされていた前髪を荒々しく掻く慶二さん。苛立っているのがわかるのに、不思議と見惚れていると目が合った。

 

「……大学はどうされるんですか?」
「あ……休学します……一年……もう、学生課や学部主任には話して、書類を貰いました」
「一年……」

 

 咄嗟に視線をそらすも胸が痛い。罪悪感とは別の意で。

 

「事情はわかりました……しかし、今すぐ家性婦を辞めることはないでしょう。休学受理まで時間が掛かりますし……それこそ兄弟と話してちゃんと……」

 

 また前髪を掻いていた慶二さんの手と声が止まる。
 私の視界に映るのはお土産の箱。でも、ピントが合わないばかりか霞んでいた。頬を伝って落ちる涙で。

 

「零花さん……」

 

 袖口で拭っても涙が止まらない私の背中に慶二さんの手が回ると抱きしめられる。振り解こうとしてもビクともしない腕に涙はいっそう溢れた。
 背中を撫でる手のように、優しい声が耳元で響く。

 

「零花さん……顔を上げて」
「No……で……んんっ!」

 

 拒否しても無理やり顎を持ち上げられ、唇が重なる。さらに抉じ開けられた口内を舌で蹂躙する強引さに、お土産の箱を床に落としてしまった。

 

「んふっ……ん、んんっ!」

 

 身体は嫌がるどころか疼きを増すが、必死に彼の背中を叩くとリップ音と共に唇が離れる。涎を落としながら見上げる私の頬に手をそえた慶二さんは涙で痛む目尻を指先で撫でた。

 

「……なぜ、泣いているんですか? なぜ、今すぐ辞めるんですか? 別れは辛いですが、一年で時任家(ウチ)にも戻ってこられるのでしょう?」

 

 静かな問いに胸の痛みが増すと頭を横に振る。

 

「無理で……す……私も卒業したら……実家に帰るので」
「? お兄さんが跡を継いでくださるのでしょう? そして零花さんは御実家が嫌いで御両親も残念ながら零花さんを良く思ってらっしゃらない……それなら」

 

 慶二さんは怪訝な顔をするも、私はひたすら頭を横に振る。
 東京に戻れても、復学できても、きっと故郷に戻って結婚しなければいけない。だから時任家には戻れない。そんなの彼等に言っても意味がない、でも知られたくない。
 わからない感情がまた涙になって零れると、慶二さんは既にぐしゃぐしゃな前髪を掻いた。

 

「ともかく、こればかりは兄弟全員と話さないと私の一存では「なんでですか!」

 

 咄嗟の大声に慶二さんの目が丸くなる。対して私は涙を落としながら睨んだ。

 

「慶二さんが私の……家性婦の雇用主でしょ? 他の三人は仕事内容に入ってるだけで……関係ないです」
「仕事内容って……」
「仕事でしょ! 家事と性処理……それとも、性代をたくさん貰っていたからセフレですか!?」

 

 怒号に室内はいっそう静まり、肌寒さを感じる。握った拳も身体も震える。それでも声を振り絞った。

 

「……どっちでもいいです……どっちも解雇……してください」

 

 その場に屈み込んだ私の啜り泣く声だけが響く。
 自分で言っておきながら痛苦を覚えるなんて滑稽だ。でも、どうしようもない。辞めるしかない。お願いだからYesと言ってほしい。

 

「Noです」

 

 ハッキリとした声に顔が上がるが息を呑む。見下ろす慶二さんもまた苦しそうに唇を噛んでいたからだ。
 私を映す目に、揺らいでる目に囚われていると呟きが落ちる。

 

「どちらでもない……いえ、確かに貴女は家性婦ですが……私たちは……私は……っ」

 

 声を詰まらせた慶二さんは手早くズボンのチャックを下ろす。この体勢は危険だと慌てて身体を起こそうとするが、肩を押され、背中にソファが、頬に肉棒の先端が当たった。
 恐怖よりも雄の臭いに、知っているモノに、願っていたモノに身体が疼く。それでも嫌々と顔を横に振ると頭を捕まれ、唇に肉棒が宛がわれた。

 

「ふゅっ!」
「ほら……いつものようにしゃぶってください……あーん」

 

 苦痛に顔を歪ませた声は冷たい。でも、私を映す目だけは熱く、調教された身体は、口は、震えながらも開き、先端を咥えた。

 

「ふっ……んっ」

 

 甘噛みしたり、しゃぶる舌が次第に速くなる。それは私の髪を撫でながら腰を動かす慶二さんも同じだった。

 

「ああ……イいですよ……さすが零花さん……もっと奥……喉奥までシてください」
「ふぐっ!?」

 

 愉悦を含んだ声と共に片膝をソファに乗せた慶二さんは前のめりになる。そのまま両手で私の頭を掴むと、激しく揺すぶった。

 

「んっ、んぐっ、ふっ、ンンンっ!」
「ああぁ……もう……貴女の口しかっ……昂らないのに……辞めるだなんて……酷い女ですねっ」
「ンンン゛ん゛ん゛っ!」

 

 容赦なく捩じ込まれたモノが喉奥を突く。
 嘔吐いても涙が零れても彼の膝を叩いても止まらず両足をバタつかせると、根元まで咥え込まされた。

 

「~~~~っ!!!」

 

 口内射精と同時に引っこ抜かれる。
 白濁、唾液、胃液。多様なモノを吐き出し咳き込む私は涙目だが、構わず抱き上げた慶二さんにソファへ転がされるとスカートをたくし上げられた。さらに濡れきったショーツを下ろされ、混濁していた意識が戻る。

 

「やっ、ダメんんっ!」

 

 吐出したモノなど気にせず口付けられる。
 荒々しくても髪や頬を撫でる手は優しく涙ぐむと、勢いよく挿入された。

 

「っあ、ああぁっ!」

 

 ぬめったモノが、咥えていた肉棒がナカを進んでいく。意地悪などない、ただ奥へと突き進み何度も突いた。

 

「ゃああ……ダメえぇ!」
「何がダメですか……気持ち良い、でしょ?」
「ひゃあああぁぁっ!」

 

 激しく攻め立てられる結合部からは蜜が噴き出し、のけ反る。その身体を逃さぬよう、深く繋がるように抱きしめられると、息を切らしながら耳元で囁かれた。

 

「零花さ……好きで……す……愛してます」
「っあ……あ、あ……慶二さ……」

 

 全身に響く官能的な声に身体もナカも熱くなる。それは肉棒も同じで、視線が絡み合うと口付けた。同時に予鈴が鳴り響くと、感じたことのない滾りがナカで弾ける。

 

「──っ!」

 

 木霊していた音が消えると、荒い息遣いと熱だけが室内を包む。
 覆い被っていた慶二さんも大きく息を吐きながら上体を起こし、ズルりと肉棒を抜いた。いつもならすぐ白濁が飛び散るのに出てこない。代わりに、私の股間から零れ出た。蜜ではなく、白濁という名の精液が。

 

 泣き腫らした目で見上げれば、汗を袖で拭いながら眼鏡を外した慶二さんの目と目が合う。また涙が込み上げると、彼の手が伸びた。

 

「Noで……す」

 

 呟きに手が止まる。
 大粒の涙を落とす私は、しゃくり上げなから言った。

 

「卒業したら私……結婚……せんと……いかんが」
「なっ……零花さんっ!?」

 

 一驚の隙に起き上がった私は急いで部屋から出て行く。
 呼び声に振り向くことなく、蜜とは違うモノと涙を落としながら出口のない暗闇へと駆けていった。

 


* * *

 


「れいりん、ご飯は?」

 

 柔らかな声に瞼を開いても世界は真っ暗。
 けれど、布団の隙間から月夜と共に微笑む紗友里ちゃんが見えると力ない手を出し、いらないと左右に振った。

 

「だよね……あのね、さっき電話があったの……時任先生から」
「っ!」

 

 その名に手を引っ込めると、掛け布団を握る。紗友里ちゃんは淡々と続けた。

 

「れいりんを捜してたから、ウチで預かってますって伝えたよ。帰る気もないみたいですって」

 

 含み笑いに背筋が寒くなったのは気のせいだと思いたい。
 唯一、紗友里ちゃんは時任家に住んでいると知っている。逆に私も彼女が知っていることを慶二さんに伝えたし、何かあったらと朝比奈家の電話番号も教えていた。
 複雑な気分になっていると、枕元までやってきた紗友里ちゃんが膝を着く。

 

「それで? 家政婦辞めるついでに先生を強制猥褻で訴える?」
「え゛っ!?」

 

 身体が跳ねるどころか震えるが、それは満面笑顔の彼女に対して……そもそも。

 

「な、なんで強制猥褻……?」

 

 いまだ家“性”婦とは言ってないのに、断言に驚いてしまう。血の気が引く私に紗友里ちゃんは大きな溜め息を落とした。

 

「あのね……泣きながら電話してきたうえに、いかにも強姦されましたって格好してたら気付くよ。久々に心臓(タマ)取ってやろうかなって思っちゃった」
「ひいっ!」

 

 語尾にハートが付いた気がして恐怖する。
 震える私に、笑顔だった彼女は一息つくと眉を落とした。

 

「まあ、家政婦を辞めるって聞いたら犯人は一人だし……れいりんにとっては嫌じゃなかったみたいだから我慢してあげる」

 

 目が丸くなると、苦笑しながら頭を撫でてくれた紗友里ちゃんは部屋から出て行く。
 戸が閉じる音が僅かに響き、静寂が戻る。しばらく月夜に照らされた襖障子の影が布団に掛かるのを見つめていたが、恐る恐る携帯を手に取ると、切っていた電源を入れた。眩しい光に目を細めるが、ホーム画面が映ると同時に震動する。

 

「わわわっ……!?」

 

 慌てて布団に潜って確認すると目を瞠った。
 慶二さんどころか三弥さんとシロウさんから大量のメッセージと不在着信。はじめさんからも一度だけ着信が入っていた。

 

「っ……!」

 

 伝わったことに唇を噛み締めると電源を落とす。
 また暗闇に戻るも動悸が激しく、震える身体を抱きしめた。なのに股間に触れてしまう。今までとは違う熱いモノが放出された場所を。

 

 端から見れば強姦だろう。
 今までにないほど強引で苦しくて痛かった。でも、不思議と恐怖はなかった。口では『ダメ』と言っておきながら、ナカに出されても嫌じゃなかった……むしろ。

 

「好き……って……愛してるって……」

 

 官能な言葉を思い出すだけで火照り、蜜が零れた気がした。
 でも違う、上辺だけだ、また馬鹿を見る。苦しいのに嬉しいなんて矛盾している。嘘だと否定しないと決意が壊れてしまうと必死に瞼を閉じた。

 

 早く、忘れなきゃ……。


 

 

 

 


「Hey,Come here(こっちきて)」

 

 翌日の正午過ぎ。
 大学で講義を受けている最中にドアが開くと流暢な英語が響き渡った。気だる気だった講師も生徒も私も自然と目を向けた先には長身で隠れていた顔を室内に潜らせ、サングラスを外した男性。ニッコリと微笑む──シロウさん。

 

「きゃあああぁぁ!」
「ウソっ、SHIRO!? なんでなんで」
「こら、お前たちまだ授業ああー……」

 

 まさかの訪問者に黄色の悲鳴が響くと、ほぼ半数が彼に駆け寄り、授業どころではない。何より笑顔で応対しているように見えるが、狼狽する私をハッキリと捉えた目は笑っていない。
 唾を呑み込んだ私はパソコンを片付けると鞄を持ち、彼の視界から消えるように屈んだ。

 

 扉の近くにはシロウさんがいる。でも今は囲まれているし、廊下にも人だかりができている。紛れ込めばやり過ごせると抜き足差し足、雑踏に揉まれながらシロウさんを通りすぎた。沈痛な面持ちなど見せず廊下に出る。

 

「よっしゃ、Got you(捕まえた)!」
「ひゃっ!」

 

 瞬間、お腹に回された腕に引っ張られた。
 咄嗟のことに拳を握るが、振り向くと怯む。鼻高々と私を抱きしめ意地悪く笑うのは──三弥さん。

 

「な、なん……きゃ!」
「うっせー、顔(ツラ)貸せ」
「ちょちょちょ~!」

 

 問答無用で拉致られるが、周囲はシロウさんに釘付けで誰も気に留めない。対して振り向いた三弥さんとシロウさんの視線だけが重なった気がした。

 

 任務完了────と。

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