家性婦
3の間*「ファン」
*三弥視点
『She is the world to me(彼女はオレのすべて)』
それを聞いた時、罪悪感や不快感が溢れた。
弟が本気だったからじゃない。俺が汚いからだ──。
* * *
「ミツ先生の新作、すっごい人気よ」
「どうも……」
そっけない返事の反面、安堵しながらホットコーヒーにミルクを入れる。
十二月中旬。夜型の俺が珍しく昼間に訪れたのは『ミツ』のペンネームで成人漫画を描かせてもらっている出版社。
打ち合わせスペースには他の作家と編集者の姿もあるが、向かいに座るスレンダー女性。新作の試し刷りを読んでいる俺の担当であり編集長でもある高倉さんの声がひときわ大きく響いた。
「初速ダウンロード数も一位だったし、女性票も高かったのよ」
「女性票? 輪姦ものなのに?」
意外なことに視線を上げると、肩下まであるストレートの茶髪を後ろに流した高倉さんは微笑む。
「元々アナタは酷い描写が少ないし、ブサメンよりフツメンとイケメンの間ぐらいの絵だから女性受け良いのよ」
「それは……いいんすか? レーベルとして」
「いいのよ。女性向け(TL)の優しいエロだけじゃ満足できない女性読者もいるから。私とかね」
笑みが増したことに、カップを持つ手が止まると湯気で眼鏡が曇る。
説得力があるのは男向けとTL、両編集長をしているからだろう。御袋を相手にしているようで苦手だが、担当替えはどうしようもないとコーヒーを飲んだ。
「特に妹シリーズは人気ね。今回も兄弟三人に犯されながら『お兄ちゃんたちのチ〇ポ美味ひぃ♡』って言う妹ちゃんのアップ顔は……大丈夫?」
音読どころかページを見せられ咳き込む。
男だった前担当の時はなんともなかったのに、異性に言われると羞恥だ。それ以上に現実《リアル》で言った女が浮かび、外した眼鏡を拭いていると高倉さんにジと目を向けられる。
「……ミツ先生、彼女でもできた?」
「What!?」
つい英語で返してしまい、手で口を押さえる。高倉さんは気にせず試し刷りを置くと、今週発売された新刊を捲った。
「夏頃から女の子の描き方が変わったのよね。胸も本当に柔らかそうだし、表情もくすぐるし……巨乳ロリっ娘彼女ちゃんができたのかなって」
「ピンポイントすぎるだろっ! 確かに今までっつーか、はじめて小さい女が……っ!?」
タメ口どころか口走りそうになり、慌ててまた口を押える。
冷や汗をかく俺に高倉さんは楽しそうな目を向けるが、特に追及せず続けた。
「プラスになってるから出版社(ウチ)は大歓迎だけどね。それより、まだ淫語に慣れないの? デビューして長いでしょ?」
視線に冷や汗も焦りも消える。
口篭ったまま眼鏡を掛け直すと、高倉さんが前のめりになった。
「……ねえ、相談なんだけど」
小声に視線と耳を傾けると、二度目の驚きに口を押えるのも忘れ固まる。
頬杖を付いた女性はどこか意地悪な笑みを浮かべていた。
* * *
「いらっしゃいな~り」
「少し待っちょってください!」
打ち合わせ後に訪れたのは出版社近くの大型書店。
だが、探すのは本ではなく人。帰宅時間で混雑しているばかりか、久し振りに自分より背の低い女のため見つからない。
「ああ、くっそ……ノッポの長身が欲しい。つーか、アイツ押し潰されてんじゃねぇの? それか、挟まれついでに痴漢……」
エロ漫画の読みすぎと描きすぎの思考。
だが実際、怪しい動きをしている小太りの男が目に入った。人気のない壁側を行き来しながら、とある棚の前にいるひとりの小柄女を窺っている。普通なら退くのを待っていると考えるが、エロ漫画で見る表情に違うと悟った。
さらに、背を向けている小柄女が探し人こと時任家(ウチ)の家性婦だと。
「アイツ……」
どちらに対してかわからない舌打ちが出ると、人混みを掻い潜る。ちびなハレンチ女を丸い身体で隠した男はスカートに手を伸ばした。
「よう、待たせて悪いな」
「あ、三弥さ……わっ、すみません!」
声掛けに、笑顔で振り向いたハレンチ女は背後にいた男の靴を踏んだ。呻く男に謝罪するが、勢いよくブーツの踵で爪先を踏んだのでワザとだろう。
呆れるが、男に同情する気もないのでハレンチ女の腕を引っ張る。
「気を付けろよ。この前は男の股間を蹴ったんだろ?」
「あれは痴漢だったから良いんです。電車じゃなかったら背負い投げしたんですけどね」
実話に顔を真っ青にした男はそそくさと退散し、一息ついた俺は見下ろした。
「お前、ホント変な男に……」
顔を伏せたハレンチ女に服を握られる。
その手は震えていて、反対の手で抱き寄せると頭を撫でた。
空手をしていてもドアを壊せても、男相手は体格も力も違う。
成人漫画の世界では嫌がる女を犯すほど興奮し支持されるが、女からすれば最低最悪行為。さっきの男のように現実で実行(する)などもっての外だし犯罪だ。わかってる。そんな行為を助長する漫画を描いている自分も汚いと。
「三弥さん?」
我に返ると、見上げるハレンチ女の目に慌てて手を離した。
「ああ、悪い……つーか、なんでこんな棚にいるんだよ」
「あ、そうそ。あったんですよ!」
十八歳未満禁止と書かれた成人向け棚にいる疑問に、ハレンチ女は躊躇いなく手に取った一冊を見せた。笑顔で。
「三弥さんの新刊!」
「What!?」
今日何度目かわからない驚きに慌てて場所を移すと問い詰める。
「なんでだよ! 献本やったろ!?」
「でも、漫画家さんや小説家さんって売れた分が収入になるんでしょ? 出版社の近くなら売ってるかなって……私、クレカ持ってなくて電子は買えないし」
「それでもエロ漫画……だぞ」
「? 私は読みやすくて好きですよ」
首を傾げられ、言葉に詰まる。
女性票が高いとは聞いたが、いざ目の前。しかも知ってる女に買われるのは嬉しさより羞恥。そんな気持ちなど知らず、別の二冊を見せられた。
「あと、はじめさんとシロウさんが載ってる雑誌もあって、大学では来年度のパンフも取ってきました!」
「お前なー……俺らのファンかよ」
鞄から取り出したパンフに載る兄を見せられ呆れていると、はしゃいでいたハレンチ女は目を瞬かせる。と、頬を赤めた。
「えへへ~、フルコンプやがぁ~」
雑誌で口元を隠しても、はにかんでいるのがわかる。
それだけで全身が熱くなると、ズボンが苦しくなってきた。鎮まらないモノに犯すか考えるが、ここだと先の痴漢野郎と同罪だとハレンチ女の頭を掻き回す。
「っだだだ! 三弥さん痛い~」
「バカ言うより食いたいの決まったのか? 俺が奢るとか滅多にねぇぞ」
「あ、そうだった! あのですね」
痛がっていたはずが笑顔になり、苦笑を零すと頭を撫でる。
会計に向かいながら晩飯の話をするのは今夜は兄弟が不在なのと、家性婦(コイツ)のおかげで収入が増えた礼をするためだ。
家性婦。なんて、上手くできた字だと思う。
実際ケイ兄が連れてくる家性婦は全員セックス好きで、俺の玩具指示も悦んで応じた。対して酷く不快に感じたのは女って生き物がエロ漫画通りだったからだ。
俺は望んでエロ漫画家になったわけじゃない。
ほんの気紛れが当たり、金になるならという最低な理由だ。だから漫画だろうと犯すことに抵抗はあるし、悦ぶ女に幻滅する──ハズだった。
「だけん~あだんはもう~彼氏なんて~作らんがぁ~」
「じゃあ、手に持ってるのはなんだよ?」
「デザート」
「ふざけんな……っ!」
『すき焼き! お高いの!! デザート付きで!!!』の願いに、個室で食べる高級すき焼き店を訪れた俺たち。さすが美味いし、ご褒美感があるが、酒を飲む度に愚痴るハレンチ女が気付けば隣に座り、ズボンから取り出した肉棒をしゃぶっていた。
そのまま実家は米農家とか、同棲中の兄の家に世話になってたが性格が合わず同じ大学の元彼と一年暮らしたとか話すのは構わないが、ケイ兄が好きと言うだけあって、コイツのフェラはヤバい。
そこで読み途中だった雑誌、シロウへのインタビュー『好きな女性のタイプ』が目に入る。『明るくて料理好きで寝顔が可愛い小さな女性』と、ありきたりな回答だが記事の日付を考えればハレンチ女のことだとわかる。
「シロウとかどうだ? それなりに顔もセックスも良いし……お前のこと好きだと思うぜ」
「うしゃんくしゃいれす」
「Oh……」
はじめて弟に同情した。
ジコチューで恋愛感情を持たれるのが嫌いなノッポが本気なのは確かなのに、今までのノリが裏目に出ているようだ。伝えるか悩んでいると、吸い上げた肉棒を離したハレンチ女が涎を落としながら見上げる。
「でも……最初より受け入れてもりゃえてるのはわかりましゅ。みにゃしゃん良い人……家性婦なっへよひゃった」
呂律が回ってないのに、はにかみだけで顔が、肉棒が熱くなる。畳に寝転がった俺は眼鏡を外した瞼を腕で隠した。
「うっせーよ、酔っ払い……けど俺も……お前で良かった」
腕を退けると、目を丸くしたハレンチ女の頬が徐々に赤くなる。そしてまたはにかみを見せると指さし通りに俺へと跨った。躊躇いなくスカートを捲り、ショーツの底をズラした真下には雄々しく勃った肉棒。
亀頭に秘部を擦りつける顔は嬉しそうだが、俺は意地悪く笑う。
「声は出すなよ。場所が場所だからな」
「え……っあ!」
目を瞠った瞬間、腰を浮かせ挿入する。
身体を浮かせたハレンチ女は前屈みになると両手を畳につけ、俺は腰を突き上げた。
「あっ、ふゅっ、ああぁっ」
「声……っ」
指摘に口を押えたハレンチ女は足音がする襖を見る。
その隙に両手で腰を持った俺は上下に揺すり、巨根をナカへと押し込んだ。口を押える手が両手になるが、決して嫌とは言わない。それどころか自分から腰を動かし、卑猥な音と一緒に結合部から蜜を散らす。
「ふっ、うぅあ……あぁ」
口を押さえていても矯声が漏れる。
何度も挿入し続けたおかげか兄弟のせいか最初より断然ナカは広く、ハレンチ女も涙目ながらも嬉しそうだ。
今までの家性婦同様セックス大好きな女。なのに本人は違うと否定する。俺も犯すのに抵抗と苛立ちがあるのに、コイツ相手は犯したくなる。幻滅したはずなのに期待する。
矛盾しているし認めたくはないが、失礼なことを言ってもドアを壊してもケンカしてもどっか抜けてても、笑ってるのを見れば許せる女(コイツ)のことが好きなんだろう──愛の意で。
「──っ!」
口角を上げると根元まで挿し込む。
その衝撃に達したハレンチ女の上体が胸板に落ち、抜いた肉棒から白濁が散った。互いに息を切らすが、肩に乗るハレンチ女の顎を持ち上げると口付ける。
「んっ、ふ……」
「っはぁ……彼氏候補……俺とかどうだ?」
唇から涎を垂らすハレンチ女は虚ろだった目を見開く。が、苦笑した。
「もう~、次は恋人設定れすか~」
シロウの轍を踏んだことに頭を抱える。
揃って自業自得だが、ふにゃりと締まりのない笑顔に一息吐くと、ハレンチ女の上着に両手を潜らせた。下着から掬い出した乳房を揉みながら頬を舐める。
「あぅ……三弥しゃん、くすぐったい」
「嫌いか?」
「好き、れすけど……あ、なんかいつもより優しい」
「女向けだと、まず感度だろ?」
「え……ああっ!」
耳朶を舐めながらの囁きにハレンチ女は目を丸くするが、両胸の先端を引っ張ると矯声を上げる。控えめに引っ張るのはいつものように仕事。否、初のTL漫画を描くためだ。
高倉さんの提案には驚いたし悩んだが、恐怖より心底好きな男に啼かされる女を描く方が愉しそうだ……それに。
「画家に大学講師に漫画家にモデル……ネタには困らねぇしな」
エロ漫画家なんて汚くて恥ずかしいものだと思っていた。
でもそれは俺だけ。少なくとも兄弟は歓迎どころか手伝ってくれるのを今は知っている。そのキッカケをくれた女を三人が好きなことも。
「まあ、兄貴たちが本当かは知らねぇけど……まんまこの状況を描いてみるのも有りか」
「? っああぁ」
ハレンチ女は首を傾げるが、赤く実った胸に吸い付けば甘い声と蜜を零す。
先の痴漢と違って兄弟に犯されて笑顔を振りまいても許せるのは、コイツだからと根拠のない納得感があるからだ。そんな家性婦が四兄弟に愛される逆ハー物語を描くのも悪くない……ただし。
「最後に勝たせてもらうのは俺だけどな」
屈曲させたハレンチ女の両脚を持つと肉棒を宛がう。はにかみながら見上げる目は俺だけを映し、舌舐めずりすると挿入した。
創作内だけでなく、自分を好きになってもらえるように────。