家性婦
25話*「いってきます」
子供の頃から何も期待されていなかった。
幼心にも理解していたからこそ私も望まなかった。でも、ほんの少しだけ。ほんの少しでも“私”を──。
「零花さん?」
「っ!」
呼び声に、はっと顔を上げる。
廊下にいたはずが、いつの間にか違う階の廊下。掲示板の前にいた。外も夕暮れに変わり、どこからか声は聞こえるが人っ子一人いない。否、首を傾げる慶二さんがいた。
なぜと思うより、ヨレヨレの白衣に頬が緩む。
「……白衣を着てる意味、あります?」
「教師っぽいじゃないですか」
「なんですかそれ」
確かに他にも白衣を着ている教師はいるが、こんなにヨレヨレでは顔が良くても清潔感に欠ける。が、変態教師としてなら強ち間違いではない気がした。
「犯されたいんですね?」
「にゃんにも言ってましぇ~ん!」
思考が漏れていたのか笑顔で頬を引っ張られ、涙目になる。たーてたーてよーこよーこと慶二さんは引っ張りながら視線を移した。
「だってそうでしょう? この掲示板の前で佇んでいたんですから」
「ふぇ?」
手が離され、痛む頬を撫でながら視線の先を見ると目を瞠る。チラシがまばらになり、スペースが空いている掲示板。でも、覚えがあるのは“ここ”で見つけたからだ。
思い出すだけで恥ずかしくなっていると、察した慶二さんがくすくす笑いながら私の顎を持ち上げる。
「掲示板(これ)だけで顔を赤くするなんて、本当に淫乱な娘ですね」
「ゆ、夕日のせいでんっ!?」
言い訳は唇で塞がれた。
冷たい眼鏡に身体が跳ねるが、熱い舌を捩じ込まれると相殺どころか熱さが上回る。いっそう気持ち良くなる口付けに荷物が落ちたことも気にせず続けていると、スカートに潜った手がショーツ越しに秘部を擦った。唇を離した慶二さんは笑う。
「濡れているのは夕日のせいではなく、淫乱な証拠でしょ?」
「あぅっ……」
擦られ続けると自分でも蜜が零れ、ショーツを濡らすのがわかる。必死に股間を締めても頑強な抜き挿しに疼きが増し、咄嗟に腕へと抱きついた。
「もう、学校ではNo……っぁん」
「腕へのパイズリ付きとは、さすがウチの家性婦さんは違いますね」
「それこそ違いまぅうっ!」
抱きついたのは良いものの、胸に挟む形となってしまった。
結果、ショーツを擦る度に谷間で腕を扱くことになり、慶二さんは愉しそうに強弱を付けて動かす。さらに反対の手が背中に回るとブラホックを外された上にズラされた。
「やはり、服越しでもナマで扱かれる方がイいですね……ツンと尖った乳首もわかりますし」
「ひゃっ!」
さ迷っていた指が服越しに勃っていた胸の先端を捉えて押す。
それだけで身体が跳ね、蜜が零れた。睨んでも腰をくねらせている時点で負けている私の悔し涙に、慶二さんは腕を速めては胸の先端を擦って摘まむ。そして、勢いよく引っ張った。
「ああぁ……イっちゃンンっ!」
上ってきた絶頂が脳内で弾け、達した。
腕を抜いた彼の手は蜜にまみれ、その手で服越しの胸を揉む。指先で先端を摘まめば蜜のシミが広がり、先端が浮き立った。息を切らしながら壁に背を預けた私はへたり込む。
見下ろす慶二さんも興奮した様子で自身のズボンに手をかけた。
「時任くん」
「「っ!」」
突然の声に、さすがの慶二さんも白衣の裾を広げ私を隠す。
幸い距離があるのと、出っ張った柱に身を屈め隠れている私。還暦を過ぎた経営学部の教授は気付く様子もなく話しはじめた。
「キミが気になっていた宮城の学会なんだけどね」
「はい」
顔だけ向ける慶二さんに教授はのんびり続ける。
今の内に下着を戻そうと背中に両手を潜らせるが、突き出した胸が何かに当たった。視線を移せば、影が掛かっていてもわかるほど大きくて浅黒い肉棒。
「*#$£☆★׶ΣΨДИфーーっぐ!?」
衝撃、羞恥、怒り。様々な感情を言語化できなかった悲鳴は慶二さんの手に塞がれた。老眼鏡を上げる教授は笑顔で首を傾げるが、慶二さんは笑顔で話を続ける。
その下で慌てふためく私の胸を亀頭がツンツンと服越しに突いた。
研究室とは違い、大変危険な場所と相手。
わかっているはずなのに曝け出すのは変態の息を超えている。本気で解雇されますよと手を離された頬を膨らませるが、昂っている身体は、舌先は、自然と亀頭を舐め上げた。
「っ!」
腰を揺らした慶二さんは声を堪える。
その額からは汗が流れ、口角を上げた私は膝立ちになると上着に肉棒を潜らせた。熱いモノをブラをしていない乳房で挟み、ゆっくりと上下に動かす。
「っあ……」
「どうされましたかな?」
「い、いえ」
咄嗟に出た声を慶二さんは手で押さえる。
壁と白衣で隠れていても、大声を出せば近付いてバレるかもしれない。私も彼もわかっているのに谷間でいっそう熱く硬くなるモノを扱いては捏ねて離すと、服越しに肉棒の型が浮き出た。戯れだと理解している慶二さんの視線は鋭いが息は荒く、ヌメったモノが谷間を滑らせる。限界が近い証拠だ。
「それじゃ、出張扱いにしておきますね」
「はぃ……お願いしまっ……!」
教授が背を向けたと同時に扱きを速めると、慶二さんは壁に寄り掛かる。瞬間、腰が震え、谷間に熱いモノが散った。
上着をたくし上げると肉棒がズリ落ち、粘り気のある白濁が乳房を染めていた。持ち上げた乳房に顔を寄せた私は白濁を舐め取る。
「んっ……慶二しゃんの味」
「零花さん……エロすぎます」
「んんっ」
額の汗を拭いながら身を屈めた慶二さんに口付けられる。
早急で荒々しいが気持ち良くて、両手を首に回した。が、そのまま抱き上げられるとショーツをズラされ、止める暇もなく挿入される。
「あっぁンンンっ!」
嬌声はすかさず唇で塞がれ、激しい腰使いと蜜音が廊下に響き渡る。
お尻を押さえ込まれると繋がりが深くなり、最奥を容赦なく突くモノにすぐ絶頂が駆け上ってきた。
「──っ!」
ぎゅっと瞼を閉じた先は真っ白になり、引っこ抜かれたモノから飛び散った生温かいモノがお腹に掛かる。息を切らしながら座り込んだ慶二さんの膝に座った私は力ない身体を胸板に落とした。
「慶二しゃ……ほんと……解雇しゃれま……よ」
「犯したくなる……っはぁ……零花さんが悪いです……これで出張とは……ミスりましたかね」
眼鏡を外した慶二さんの溜め息に首を傾げると、レンズを拭きながら答えてくれた。
「聞いていませんでしたか? 週末開催される学会に出席するため、二泊三日で宮城に行くんですよ」
「えっ、慶二さんもいないんですか!?」
疲れも忘れ、声を上げる。
戸惑いを感じたのか、眼鏡を掛け直した彼はしばし考え込んだ。
「そういえば、はじめ兄さんと三弥くんもでしたね。シロウくん……も、土日休みは殆どないですから……零花さん、御一人ですか」
気付いたように見下ろされた私は顔を伏せたまま黙り込む。
シロウさんは仕方ないと思っていたが、慶二さんまでとは予想外で、汗ばんだシャツをぎゅっと握りしめた。すると、頭を撫でられる。
「誰もいないなら零花さんもゆっくりされてください。それこそ朝比奈さんとどこかに行かれたり……労わなければいけないのは私たちなのですが」
慶二さんの手と声からは気遣いが伝わる。
それはきっと、この場から時任家へ、私を家性婦へ導いたのが自分だからだろう。でも、まったく問題じゃない。むしろ天の計らいにも思えて、撫でる慶二さんの手を両手で握ると頬に添えた。
「……大丈夫です。みなさん、お仕事ってわかってますから」
小声でも静寂が包む廊下には充分なほど響く。
でも、早鐘を鳴らす心臓の音はどうか聞こえないでと願いながら微笑んだ。
「お土産……楽しみにしてますね」
上手く笑えなかったのか怪訝な顔をされる。
それでも大きな手の平に頬を寄せれば撫でてくれた。優しい手に本当の笑顔になると、一息ついた慶二さんは腰を上げる。
「ええ……四人分のお土産がきますから、零花さんも身体を万全にして迎えてくださいね」
「Noンンっ!」
不吉な発言にしか聞こえず拒否るが、満面笑顔で肉棒を口に突っ込まれた。容赦なく腰も振られ苦しい。でも、行為より場所より、見下ろす目と破顔が嬉しくて喉奥まで咥え込んだ。
密かに誓った決意を呑み込むように。
*
*
*
迎えた、週末の朝。
慶二さんをフェラで起こし、徹夜していたはじめさんを叱って抱きしめられ、夜型の三弥さんを叩き起こして挿入(キレ)られ朝食。シロウさんからの『地方ロケ行ってくるね~』メッセージに返信する頃には見送りの時間になっていた。
いつもなら慶二さんだけだが、今日は嫌々に服を着ているはじめさんと三弥さんも玄関に揃い、手には旅行鞄。外にはタクシーが停まっている。
「携帯は持ちました? ティッシュとハンカチは?」
「ガキじゃねぇんだから忘れるわけ」
「あ……携帯がない」
「兄さん……」
ポケットを叩くはじめさんに私と三弥さんは呆れる。その横で溜め息をついた慶二さんが自身の携帯から兄の携帯に掛けた。呼び出し音が聞こえるリビングに走った私はテーブルに放置されていた携帯を持ってくるとはじめさんに渡す。
「はい、はじめさん。もう忘れっひゃ!」
受け取った手は私の背中に回り、抱きしめられる。
頬に感じるのは肌ではなく衣服。馴染みがない感触に苦笑を漏らしていると頬ずりされた。
「レイちゃん……いってくるね」
「……はい。夜、寝る以外で全裸になっちゃダメですよ。二人も」
抱きしめ返すと背後を見た。
互いを見合った兄弟は肩をすくめるが、はじめさんの左右に並ぶと私の頭を撫でたり引っ張る。その顔は笑っていて、笑顔を返した。
「いってらっしゃい」
その言葉に背中、頭、頬にあった手が離れる。
意味深に見つめるはじめさんの姿が見えなくなるまで手を振ると、ガッチャンと、扉の閉じる音が響いた。さっきまで感じていた暖かさも急激に冷え、静寂が包む。
一人になった玄関で手を下ろすと、一息と共に呟いた。
「……私も行かなきゃ」
笑顔も消え、重い足取りで背を向ける。
食器を片付け、サンルームに干していた洗濯を畳み、各々の部屋に置き、軽めに掃除。正午過ぎには自室で支度を整え、簡易鞄を手に廊下へ出た。
壁ボードの『1』から『4』には不在の×。
自分(『0』)の○も×に変えると、行き先を書かず外に出た。
「いってきます……」
普通の言葉。いつも言っている言葉。
それが寂しく思えるのは望んでいないからか、会えないからか、罪悪感があるからか。それでも最後だと歩き出す。
向かうのは実兄が待つ空港。そして、実家だ────。