家性婦
23話*「まめなかね」
「ただいま帰り……?」
夜九時を回り、慶二さんが帰宅する。
だが、リビングに顔を出してすぐ立ち止まった。はじめさんの人差し指が口元にあったのと、シロウさんが楽しそうに携帯を向けているからだ。目を閉じたまま中庭に佇む私に。
ザワザワと風の音が続く。
すべての感情を捨て、一点だけを思い浮かべると、ピタリと風が止んだ瞬間に目を見開く──そして。
「せいやっ!!!」
積み重ねていた物に勢いよく手刀を落とす。
バキバキッと十枚ほどの木材が割れると共に拍手と歓声が広がった。
「That's awesome(すっごいね)!」
「なんなんですか……というかあれ、兄さんのキャンバスでは?」
「ふふっ……大丈夫」
押忍と頭を下げた私に拍手しつつも戸惑っている慶二さんに、はじめさんは笑う。そんな彼から許可を得たとはいえ残骸を見ると心が痛み、慌てて破片を集めた。
事の発端は数時間前。実家からの電話を取ってしまったこと。
案の定、口喧嘩になってしまい、怒りのままにパン生地を捏ねたり、うどん麺の生地で足踏みするも収まらず最終手段。本当は瓦割りが良かったのだが、最近の家には瓦も手頃な石もなく、今に至る。
「Ya。ホント、なに喋ってるか全然わからなかったよ」
「『あいちゃどげしゃもね』とか『せついんは、あだんや』とか……方言だよね?」
うどんとパンの晩御飯を終え、再びソファに座る私は恥ずかしさから両手で顔を覆っていた。その隣で、シロウさんがお土産に買ってきたドーナツを食べる慶二さんが口を開く。
「たまに零花さんが口走る『馬鹿たれ(だらくそ)』『怖(おぞ)い』『ありがとう(だんだん)』を考えるに、島根辺りですね」
おっしゃる通りですと頷くと『オレ、馬鹿たれって怒られたのか』と、シロウさんが懐かしい出来事に納得する。咄嗟に英語が出てしまう兄弟のように、私も故郷(島根)の方言が出るのだが、特に今回は親相手だったのもあり押さえられなかった。
「それで、ご家族はなんと?」
「あげな優柔不断(いんぐりもんぐり)の馬鹿たれ(だらくそ)なんざ知らんだにぃ!」
思い出すだけで腹が立ち、慶二さんのドーナツにかぶり付く。
意表を突かれたのか、丸くした目を瞬かせた彼は別ソファに座る二人と小声で話しはじめた。
(だいぶん荒れてますね……)
(ニイ兄が蒸し返すから〜)
(方言レイちゃんも可愛いけど……やっぱりストレスは身体に悪いよね)
コソコソ話を他所に次のドーナツに手を伸ばす。と、慶二さんに腕を掴まれた。そのまま引っ張られると膝に乗せられ、不満気に見上げる。
「なんだに?」
「ただのマッサージですよ」
「マッ……あっ」
ニッコリと微笑まれ身構えるが、両肩に手を乗せた慶二さんはぐっと力を入れて揉む。普通の肩揉みに力が抜けた。
「あ~、気持ちええがぁ~」
「それは良かった。今日は特に動いていたようですからね」
お腹に回った片腕が疲れのひとつである胸を支え、反対の手で首回りを揉む。
気持ち良さに頬が緩んでいると、はじめさんが隣に座り両腕や腰を、床に膝を着いたシロウさんは両脚を揉みだした。
「Oh、家性婦ちゃん凝ってるね。いつもお疲れさま」
「いっぱい……解してあげるね」
「ああぁ……」
強弱をつけながら揉む手は優しくて気持ち良くて吐息が零れる。
次第に熱くなり、汗ばんでいるのに気付いた慶二さんが前ボタンを外してくれると、はじめさんと一緒にブラごと脱がした。
「ふふっ、汗は拭かないと……風邪ひいちゃうね」
「ですね」
「Ok」
「ひゃっ!」
乳房を揉むという名のマッサージをしながら慶二さんは首筋を、はじめさんは腋を、スカートを捲ったシロウさんは太股の汗を舐め取る。
くすぐったさと恥ずかしさに身動ぐも、ガッチリとホールドされていて『気遣い』を受けるしかない。が、徐々に気持ち良いが疼きに変わる。
「Wow、これも汗かな?」
「ちょ、違……っ!」
くすくす笑いながら、シロウさんはショーツの底に付いた染みを舐める。刺激に身体が跳ねると涎が零れ、顔を寄せた慶二さんに舐め取られた。触れた唇に口付ける。
「んっ……どうしました? 零花さんは何もシなくていいんですよ」
「……っ、代金です」
「あ、僕も欲しい」
「オレも!」
意地悪にそっぽを向くが、笑顔のはじめさんとシロウさんに挟まれてしまい、交互に口付ける。軽くだったり、舌で唇を舐められたり挿し込まれたりと様々だ。
その度に前のめりになり、慶二さんが背中を舐めながら股間に何か……ではなく、明らかに肉棒を挿し込む。ショーツ越しとはいえ、擦れ合えば合うほど蜜が零れ、見下ろせば亀頭が出てきたり引っ込んだりしていた。
「んっ、もう……卑猥マッサージじゃなンンンっ」
文句ははじめさんの唇に塞がれ、慶二さんが揉む乳房をシロウさんがズボンから取り出した肉棒で突く。慶二さんの手で広げられた乳房で肉棒を挟むと、私の意思とは関係なく扱きだした。
「Oh……パイズリマッサージ……イいねっ」
「っん……手コキマッサージも……ね」
「ちょっ……いつの間に私がマッサージする側にいぃっ」
文句は出ても、はじめさんの肉棒を扱き、胸の谷間から出てくる亀頭に舌を伸ばすのは自分の意思。さらに腰を動かせば慶二さんのも扱いていることになり、背後で笑う声が耳をくすぐる。
「何もシなくていいと言ったのに、零花さんは働き者ですね」
「…………家性婦、ですから」
頬を赤めた呟きに、額、耳、頬に口付けが落ちた。
同時にシロウさんが乳房を持ち、慶二さんが私の腰を持ち上げる。そして、はじめさんがショーツを下ろすと、蜜を零す秘部に慶二さんの肉棒が挿入された。
「あぁ……あああぁぁんっ!」
「っはぁ……そんな家性婦さんの心意気に感謝して……ナカをたくさ……んっ、マッサージ……シましょうか」
「ふふっ……口の中もシようね」
「んぐうぅっ」
ぐりぐりと腰を回されると、膣内のモノがイいところも苦手なところも突く。それだけで達してしまいそうなのに、はじめさんに頭を撫でられると肉棒を咥え込まされた。
慶二さんは文句を言っているが、はじめさんは笑い、胸で扱いていたシロウさんが白濁を飛ばす。次いで背中と顔にも飛び、違う肉棒マッサージを受けながらまた新しい白濁を掛けられた。
それはとても気持ち良くて嬉しい。
なのに、心は酷く痛んでいた。どれだけ白濁にまみれても、結局は性処理の家性婦。それだけの器だと。
*
*
*
「なんでそんなネタになることを撮影してねぇんだよ」
「するわけないでしょっととと」
「お待ちどうなり~」
「ゆうにどうぞ~」
咄嗟に声を上げてしまったが、外だったことを思い出す。
慌てて口をつぐむと、焼いてもらった豚玉と海鮮ジャンボのお好み焼きが届き、向かいに座る三弥さんと手を合わせた。
原稿明けで昨日は爆睡していた彼だが、今日は引き篭っていた反動で外に出たいと、デパートに付き合ってくれている。そして、昼食のお好み焼き屋で昨夜の話しが出てしまったのだ。
「つーか、三人はお前が島根出身って知らなかったのか」
「? 三弥さんに教えましたっけ?」
覚えがない私は首を傾げるが『なに言ってんだてめぇ』と、呆れ顔をされた。どうやら以前、彼と食事に行った際にお酒効果で話していたようだ。
「実家は米農家。親とは不仲で兄貴が嫌いって言ってたろ」
「Wow……」
美味しいすき焼きとセックスぽいことは覚えているのに、まったく会話は覚えておらず両手で顔を覆う。羞恥で真っ赤な私を他所に、ジュースを飲む音がした。
「で、実家からはなんて?」
グラスを置く音と低い声に両手を離す。
海鮮ジャンボを食べながらも眼鏡の奥にある目は鋭く、話をそらすことはできないようだ。箸を置くと顔を伏せるが、周囲の声よりも嫌な心臓の音が響く。それでもなんとか重い口を開いた。
「父が……倒れて入院したって……それで兄と連絡つかなくて……知らないかって」
「はあ?」
脈絡のない話し方をしたせいか三弥さんは片眉を上げる。食事を再開する私に戸惑いつつ、整理するように前髪を掻いた。
「えっと……まず、親父さんは大丈夫なのか?」
「数ヶ月は入院ってだけです。もともと肝臓悪かったんに、アルコール飲み過ぎて自業自得だがぁ」
「おう、そうか……で、兄貴に連絡つかねぇからお前に連絡してきて、一緒帰ってこいって?」
「いんや。兄にしか興味ないに」
慶二さんには少し話したが、実家は古い風習が根付いている。そのひとつが長男至上主義。
長男=兄は宝であると祭り上げるが、女である私には何も期待せず、ただ粗相のない従順な女にと教育された。もっとも、この体系のせいで子供の頃から痴漢や変質者に遭い、汚点だと見限られてもいる。
おかげで上京すると言っても特に止められなかった。先に出て行った兄の時は泣きながら説得していたのに。
「……兄貴は学生か?」
「二つ上」
「ならもう社会人か」
「留年した馬鹿たれ(だらくそ)なんで学生だに」
また大学四年生と言いながら豚玉を食べると、三弥さんは絶句する。だが、何かに気付いたように前のめりになった。
「なんで知ってんだ?」
「彼女さんとは仲が良いのでたまに連絡し合ってますし、月はじめには必ず近況を聞いてくるに。今月はまだなので、どうせまた携帯代を払い忘れて親も連絡つかなかったんだがや」
「ど、どういう兄貴だよ……」
顔を引き攣らせる三弥さんに私も溜め息をつく。
どんな兄かと問われれば、はじめさんのように家族想いで、慶二さんのように真面目で、三弥さんのようにまあ気遣い上手で、シロウさんのようにいつも笑顔な人だ。
「? それのどこが嫌なんだよ。親からの扱いはアレだが、兄貴は良いヤツに聞こえるぞ」
「ほんなら、いのーけん。お疲れさんでした」
「お疲れなり~」
首を傾げる三弥さんの後ろでバイト生が終わりの挨拶をしているのが見えると、豚玉を食べ終えた私は腕を組む。
「んー……一言で言うと天然なんですよ。それがまた一緒にいると腹が立っ(きしゃが悪う)てイライラ(えらくら)して……こん人なんだが」
「は?」
解いた手で掴んだのは、バイト終わりの男性。
腕を掴まれた彼はピタリと立ち止まると、ゆっくりと振り向く。同じく三弥さんも丸くした目をゆっくりと上げた。
身長や体格ははじめさんほど。軽いウェーブが掛かった短い黒髪に、Vネックのシャツとスウェットにリュックとラフな格好の彼は、睨み上げる私に満面笑顔を見せた。
「よお、零花! 元気にしてた(まめなかね)?」
「見ての通りだに……ハチ兄」
「Get out of here(ウソだろ)っ!?」
まさかの事態に方言と英語がコラボするが、私はただ不満気に実兄を見上げた────。