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花のフィールド

​22話*「謳い文句」

 暖かい春の連休も明けた五月中旬。
 大学三年になり、単位も順調に取れている私。だが、男のモノより全裸より下半身露出より寝込み襲撃よりも手強い関門に頭を抱えていた。

「しゅ、就活どうしよ……」
「わあ~、一年前にも見た顔ね~」

 

 まさに去年の今頃と同じ家、部屋。向かいに座る紗友里ちゃんの笑顔の前で似た悩みを吐露した。結果はどうであれ解決したが、さすがに今回は人生の岐路のひとつ。
 早い人は来月から就職活動をはじめると聞いて唸っていると、紗友里ちゃんはカップを置く。

 

「就活って言うけど、れいりん、家政婦のお仕事は?」
「あれはバイト。将来を考えて正規雇用はしないって言われてる。紗友里ちゃんは夜のお仕事どうするの?」

 

 この一年でホステスNo.2に上り詰めた紗友里ちゃん。
 普通の会社の何倍もの給料を貰っているお嬢様の就活には怖いもの見たさで興味がある。頬に手を添えた彼女は眉を落とした。

 

「私も悩んでるの。父的には早く結婚してもらいたいらしくて、先日お見合いもさせられたしね」
「ほへー、お見合い」
「その相手がまたお調子者でね、どう反抗してやろうかなって」
「Wow……」

 

 徐々に黒くなる笑顔に冷や汗が流れると、携帯のバイブ音が響く。どうやら私のようで確認すると電話。だが、表示名に眉を顰めると鞄に戻した。鳴り続ける音に紗友里ちゃんは鞄を指す。

 

「いいの?」
「いいの……実家だし」

 

 先日から何度か掛かってきているが、どうせロクな話ではないと無視している。事情を知る紗友里ちゃんも頷くと、一緒にお煎餅を食べながら止まるのを待った。溜め息をついた私に彼女は苦笑する。

 

「お互い厳しい親を持つと大変ね。あ、れいりんはお兄さんも問題か」
「あのだらずは、しごんならん」

 

 いっそう腹が立つ名に煎餅を食べる。
 紗友里ちゃんは笑顔のまま固まっているが、また鳴り響くバイブ音に私は携帯を睨んだ。が、すぐ止まったことにメッセージだと確認すると頬が緩む。

 

「シロウさん帰ってくるんだ。じゃあ、夕飯の買い出ししなきゃ」
「送らせようか?」
「だんだん。駅までお願いします」

 

 つい方言が出てしまったが、頷いた紗友里ちゃんは立ち上がると外にいた使用人に声を掛ける。
 私もOKスタンプを返した携帯を鞄に戻すと、一週間振りに会うシロウさんの好物を作ろうと献立を浮かべた。が、紗友里ちゃんがジっと見ていることに気付く。

 

「なに?」
「ううん……れいりん、先生兄弟と仲良しだなって」
「うん。いろいろあったけど楽しいよ」

 

 笑顔で上着を羽織るが、紗友里ちゃんは『そっか』と呟くと目を伏せた。

 

「でも、家政婦がバイトってことは、れいりん……就職したら家政婦を辞めて、先生の家も出て行くの?」

 

 静かな問いに鞄を持つ手が止まる。
 長い黒髪を後ろに流した紗友里ちゃんは切な気に微笑んでいて、私は笑顔を返した。果たしてそれが本当に笑顔だったかはわからないが、胸の痛みは本物だ。

 


* * *

 


 日暮れの中、買い物袋を手に帰路へつく。
 慣れた道を歩きながら今日は何人いるかな、散らかしてないかな、セックスされるのかなと様々なことを考える。昨日までなら。

 

『就職したら家政婦を辞めて、先生の家も出て行くの?』

 

 紗友里ちゃんの言葉が何度も再生され、表情どころか足取りも重い。それはきっと考えないようにしていたからだ。

 

 過去の家性婦と違って私は好いてもらっている。
 誕生日も祝おうって言ってもらえたから、これからも変わらない、家性婦を続けていいんだと勝手に思っていた。でも違う。住み込みで働かせてもらっているとはいえ所詮はバイト。将来を考えての条件が『正規雇用をしない』なら、ちゃんと就職して出て行くのが恩返しだ。甘えてはいけない。

 

「将来か……ん?」

 

 溜め息まじりに顔を上げると、家の近くに数人の女の子たちがいた。歳は同じぐらいだと思うが、一斉に向けられた視線に身体が跳ねると足早に通りすぎる。家に入ると大きな息を吐いた。

 

「はふー……なんだろ、あの子たち」
「シロくんファンだよ」

 

 頭上からの声に顔を上げると、階段からはじめさんが下りてくる。靴を脱いだ私を『おかえり』と抱きしめてくれた彼は買い物袋を持ってくれた。

 

「あ、ありがとうございます……て、ファン!?」
「あ、家性婦ちゃん。おかえ……?」

 

 風呂上がりのシロウさんが脱衣所から顔を出すが、私ははじめさんの背中に隠れる。『どしたの?』と聞きながらやってくる彼に、はじめさんは玄関扉を見た。

 

「ファンの子……まだいるみたいだよ」
「Oh.sorry。大丈夫? 何かされなかった?」
「刺される~」
「What!?」

 

 半泣きの私にシロウさんは驚き、はじめさんは笑う。
 ひとまず食材を片付けるとリビングソファに腰を下ろすが、出窓から外を窺う全裸男二人に両手で顔を覆った。

 

「シロくん……人気者だね。秋には写真集も出るんだっけ?」
「イチ兄だって年明けに画集が出るじゃない。でも、家まで着いてこられたらありがた迷惑だよね。事務所に言わなきゃ」

 

 シロウさんは大きな溜め息をつく。
 そんな弟の濡れた髪を撫でたはじめさんが替わるようにお風呂へ向かうのを見送ると、シロウさんに抱きしめられた。が、咄嗟に押し返す。

 

「Nooo~、なんで~」
「つ、つい……こんな格好で撮られたら確実に刺されるなって」
「オレは家性婦ちゃんと噂になるなら大歓迎だよ」
「お仕事なくなりま……あっ!」

 

 隙をついて膝に抱きつかれる。
 すりすりと膝枕に収まった笑顔に溜め息をつくと、彼の肩に掛かっているタオルで濡れている髪を拭いた。僅かに届くシャワー音を聞きながら呟きを零す。

 

「シロウさん……モデルにならなかったら、なんの仕事をしてました?」
「What?」

 

 突然の問いにシロウさんは仰向けになる。
 職業を考えると四兄弟は特殊だが、馴染んだ職の兄たちとは違い、母の伝手という彼が今の自分に近い気がした。髪を拭かれながら考え込むシロウさんは眉を落とす。

 

「んー……なんだろ? 兄ズみたいに将来の夢とかなかったし、モデルの話がなかったらスクール卒業後にアメリカに戻るつもりだったしなー」

 

 独り言に苦笑してしまうのは、はじめさんの予想が当たっていたからだ。シロウさんは小首を傾げるが、服越しに私の胸を指で突いて揺らす。

 

「でも、ファッション好きなのは本当だから、向こうでも服関係か結局モデルになってたと思うよ」
「すごい自信ひゃっ!」

 

 気を抜いたせいか上着を捲られた上、下着をズラされ露になった乳房を掴まれる。
 口を尖らせ睨むも、勝ち誇った顔のシロウさんにウソは見えなかった。他の三人もだが、真っ直ぐな目からやり遂げる意志を感じる。将来も御先真っ暗な私とは大違いだ。

 

「家性婦ちゃんは?」
「え?」
「My dream(将来の夢)。何かあるの?」

 

 ただの質問返しだろうに、ちょうど考えていたせいか戸惑う。それでも正直に話した。

 

「その……まだわからなくて。情報大に入ったのも、学んだ方が役に立つかなってだけで……特に夢があるわけじゃ」
「Oh。なら、オレのお嫁さんは?」
「はいっ!?」

 

 予想外の話に目を瞠ると、シロウさんの長い両手に頬を包まれる。

 

「オレ、レイカのこと大好きで愛してるから、いっぱい幸せにするよ。もちろん、途中で夢を見つけても応援する」

 

 屈託のない笑顔と私だけを映す灰色の瞳。『大好き』な表情に全身が熱くなった。
 告白にも取れる言葉を、外にファンもいる人気モデルに言われたらイチコロだろう。そうでなくとも嬉しいし、ドキドキもする。けれど謳い文句だ、勘違いはダメだと勢いよく彼の顔に胸を落とした。

 

「Oh!」
「はいはい、ありがとうございます。私も大好きですよ~」
「棒ひょみ! ていうか、気持ち良い通り越して苦しいっ」
「良かったですね。隠れMのシロウさんにはご褒美でしょ?」
「っ!」

 

 顔に胸を押し付けながら、シロウさんの胸の先端を指で突く。それだけで身体が反応したのがわかり、意地悪く笑うと捏ねたり引っ張る。

 

「っあ……は……っ、レイカっあ!」
「んっ」

 

 捏ね返しながら反対の先端を舐める。
 舌先で突けば突くほど尖るのが嬉しくなっていると、胸に埋まるシロウさんの手が乳房を握った。

 

「ひゃっ!」
「っはあ……はあ……お返し、んっ」
「ひゃうっ!」

 

 圧迫されていたせいか感じていたせいか、顔を赤めたシロウさんも意地悪く笑うと片胸にしゃぶりつき、片方を揉む。私がシているように舌先で先端を捏ね返し、甘噛みしながら引っ張ると、互いの身体が跳ねた。

 

「ああぁ……シロウさ……そんなに吸っちゃダメえぇ……」
「Why? んっ……感じてるんでしょ」
「それは……あ、シロウさんで……しょっ」
「待っ……!」

 

 目の端に映っていた肉棒を掴む。
 見る見る手の中で大きく硬くなるソレを強弱をつけながら扱けば先走りが滲んだ。息を切らすシロウさんも破顔する。

 

「あっ……ちょ、レイカ……ホント、気持ちすぎ……っあぁ」
「もう……こんなの絶対他の人には見せられません……ねっ」
「っああぁぁあ!」

 

 意地悪く笑いながら力を込めて扱くと、白濁が宙に舞う。
 びゅるびゅると彼のお腹や私の手に落ちるが、間を置かず根本から搾るようにまた肉棒を握ると扱いた。大きくのけ反ったシロウさんは私のお腹に腕を回すと啼きつく。

 

「っああ゛あ゛……待っ……レイカっぁあ、また……イくって」
「イいですよ……あっ」!

 

 逃げる肉棒を追い駆けて前のめりになっていたせいか、浮いた腰を持ったシロウさんがお尻を揉みながらスカートを覗く。と、くすりと笑われた。

 

「Oh、ぐっしょぐしょ……っあ……レイカも感じてたんだね……カワイイ」
「あんっ!」

 

 私の両脚を広げた彼は股間に顔を埋めると、ショーツ越しに、次いで指でショーツの底をズラすと秘部を舐める。卑猥な蜜音と刺激に気持ち良くなるが、私もまた両手でシロウさんのモノを扱きながら、伸ばした舌で先端をしゃぶった。
 次第に増す音と息と快楽に絶頂が駆け上る。

 

「んんっ……イいよ、レイカ……一緒っあ……イこう」
「はいぃんんんっっ!」

 

 身体を丸めた彼の腰にしがみつくと、喉奥まで肉棒を咥える。同じように秘部に顔を押し付けたシロウさんも勢いよく蜜を吸い上げ、互いに熱いモノを噴き出した。しばらくして口笛が響き渡る。

 

「Wow……レイちゃん、シロくん、すごいね」
「Ya-……」

 

 風呂上がりのはじめさんが楽しそうに顔を出すが、蜜と白濁にまみれた私たちは動く力がない。それでも自然と口付け舐め合いながら、ソファカバーを洗わなきゃ、床を掃除しなきゃと考える。散らかすことは減っても、こればかりは増えるばかりでどうしたもんかと苦笑するが、ふと思った。


 もし、私が家性婦を辞めたら──?

 


「? レイちゃん、電話だよ」
「っ! は、はいっ、もしもしっ!!」

 

 嫌な考えに慌ててはじめさんから自分の携帯を受け取るとスワイプした。相手も確認せずに。

 


『ああ、零花! ほのっと出たがぁ』

 


 呆れ声に息が詰まる。
 考えよりも嫌な親の声に────。

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