家性婦
21話*「本当の僕」
「はじめさんっ!」
響き渡る声に、背を向けていた人の肩が大きく跳ねる。
ゆっくりと振り向いた目は大きく見開かれ、前髪で隠れていない灰色の瞳が息を切らす私を捉えた。
「レイ……ちゃん?」
「やっと見つけた……」
幽霊でも見たかのように驚くはじめさんに、息を整えた私は歩き出す。
携帯越しに聞いた音。本来なら鳴らしてはいけない靴音が彼の作品に囲まれた美術館に響き渡る。
朝の七時過ぎ。
天窓は雲に覆われ、電気も点いていない館内は薄暗く肌寒い。独特な場所に違う震えもあるが、佇む彼はYシャツとズボンだけでも精巧な彫刻にも見えた。
でも、近付けば冴えない顔をしているはじめさん。立ち止まった私に頼りない声が届いた。
「一人で……来たの?」
「はい……あ、ここまでは五郎さんに送ってもらいました」
はじめさんの眉がピクリと動く。複雑な気持ちになりながらも続けた。
「ホテルに行ったら美術館(ここ)にいるって聞いて」
「よく……入れたね」
「はい。さすがにダメだと言われたので勝手に入りました!」
「Wow……」
暴露すると口笛を吹かれる。
不法侵入なのは百も承知だが、携帯の電源も切られていたし、呼び出してもらっても来てくれない気がしたからだ。荷物もロッカーに預けてバッチリな私のドヤ顔に、はじめさんは苦笑する。
「でも……防犯カメラあるから、すぐバレると思うよ」
「へっ!?」
「一応……信頼して展示してもらってるからね」
顔が青くなるどころか震えていると、長い両腕が背中と腰に回る。それどころか抱き上げられた。
「ひゃっ!」
「Got you(捕まえた)……大人しくしててね……侵入者さん」
終わった……と、合掌。したが、向けられるのは柔らかな笑み。
それどころか携帯で管理局に連絡を入れた彼は了承を得てくれて、私を抱えたまま自身の作品を回りはじめた。静寂が包む中、僅かな足音と作品の説明してくれる声だけが響く。作者直々のギャラリートークを独り占めなんて贅沢だ。
「あ……この画」
私の呟きに立ち止まったはじめさんは一瞥をくれると笑う。
「ああ……レイちゃんだね」
「っ!」
断言に恥ずかしさが頂点に達し、彼の肩に顔を埋める。
「もう~……こんなの展示しないでくださいよ」
「なんで? 好きだから展示してるんだよ」
「好き……五郎さんも情があって好きって言ってました」
「父さんが? へー……」
口笛に顔を上げる。
先ほどといい、たいして驚いているようには見えず首を傾げた。
「お父さんが来てたの……知ってたんですか?」
「? うん……いつも記帳していくし、ケイくんからも連絡きたしね……感想ははじめてだけど」
なんでもないように言われ呆気に取られる。その様子にはじめさんも首を傾げるが、察したように苦笑した。
「もしかして……ミツくんが心配してた?」
「あー……はい。シロウさんも電話でケンカしてたって言ってたので」
正直に話すと、はじめさんは喉を鳴らして笑う。
珍しい声に目を瞬かせていると、壁際に向かって歩きはじめた。
「確かに昔はケンカしたよ……創作者って将来が見えない職だし、親として心配するのは当然だと思う……でも、そんな父さんを見返したくてできたのが個展(ここ)なんだ」
立ち止まった彼は振り向く。
真っ直ぐな視線に誘われるように見れば、雲間から顔を出した太陽が天窓から射し込む。それは床を照らすが、光を通して見る画はいっそう輝いて見えた。
否。本物の木々、流れる雲、水や風音、匂い。作品が現実にあるような錯覚に陥る。
バルコニーを行ったり来たりしては確認していた意味を知れば感動も人一倍。でも、出てくる言葉は変わらない。
「すごい……」
変哲もない、語彙力もない、ありきたりな言葉。
それでも見上げれば、慶二さんでも見た晴れ晴れとした笑顔が返される。
「ありがと……その一言だけで……個展開いてよかった」
描き続けてよかった。ではないのは、きっと好きだからだ。
好きだから続けるし、技術も備わるし、新しい作品が生まれる。その『好き』を心の底から叫ぶ場所が個展(ここ)で、お父さんに『好き』と言わせたのなら大成功だ。自分事のように嬉しい私も笑顔になる。
「また個展してくださいね」
「気が早いよ……疲れるし……でも、レイちゃん展ならすぐできるかも」
「へ……んっ!」
呆けていると口付けられる。
小さなリップ音が響く軽い口付け。でも、視線が合うとまた重ねられた。今度は彼の首に腕を回し、深く深く。
「んっ、ふ……んんっ」
「ん……蕩けてるレイちゃんイいね……あの画のようにまた筆でナカを掻き回しながら綺麗で美味しい蜜を出し続ければ」
「そんな羞恥展イヤですっ!」
「うん、しないよ」
「へ?」
即答に、なんの話しだったか一瞬わからなくなる。と、ワンピースに潜った手がタイツ越しに股間を擦った。その指は力強くて気持ち良くて、小刻みに反応すれば蜜が零れる。と、靴を脱がされ、傍にあった長ソファに立たされた。
コートを脱がした私の胸やお腹、お尻を撫でながら上体を屈めたはじめさんは、ビリっとタイツを破く。
「あっ!」
「イい音に形……イいなぁ」
恍然の目にスイッチが入ったのがわかる。
慌てて止めようとするも次々に破られ、不規則に開いた穴から覗く肌を舐めながら股間部分も破かれた。濡れたショーツの底を擦られる度に気持ち良さが増す。
「ああっ……あん、あっ」
「ふふっ、蜜が出てきた……んっ」
「っああぁん!」
呟きながら股間に顔を埋めた彼は、ショーツの底をズラすと秘部にしゃぶりつく。吸引音を響かせながら指も挿し込み、ナカを掻き回した。
「ひゃああぁ……閃いたならんんっ……別の場所でしてっああん!」
「……んっ、閃いたけど違うよ」
ちゅぱっと音を鳴らして口を離したはじめさんが顔を上げる。真っ直ぐ私を捉える灰色の瞳に何も言えなくなっていると、口元が弧を描いた。
「僕が今……レイちゃんを犯したいだけ」
艶やかな笑みと唇から零す蜜。
それだけで動悸が速くなり、また秘部をしゃぶられながらワンピースもインナーも捲くし上げられると、お臍やお腹、胸の谷間。ブラから解放された乳房も揉み込まれては食まれ、鎖骨に首筋と上がってきた舌先が唇に触れた。
「んんふっ」
咄嗟に頭を抱き込み、口付けを深くする。
ひとしきり堪能すると白糸を繋げながら離し、視線を絡ませた。気付けばはじめさんも息を切らし、額どころか髪も汗ばんでいる。見えていた灰色の瞳も前髪に隠れてしまったが、見慣れた髪形に笑みが零れた。
「やっぱり……これがはじめさんだなぁ」
満足気な私に、目が丸くなるのが間から見えると口元が弧を描く。
「違うよ……レイちゃんなら知ってるでしょ?」
小声で私の手を掴んだはじめさんは自身の胸板に乗せる。服越しの胸板に。
「家での……本当の僕を」
「っ……!」
指先にシャツボタンがあたる。
それが何を意味するか想像できて頬を赤めるが、既に脱がされ火照っている身体は、手は、自然と彼のボタンを外していく。次第に露になるのは肌という名の胸板で動悸が増してきた。
「どうしたの? 見慣れてるでしょ?」
「ぬ、脱がすのは別っ……!」
くすくす笑う声に刺激されながらボタンを外し終えると、はじめさんは自分でシャツを脱ぎ捨てた。音もなく落ちたシャツよりも目の前の肌に、日差しに照らされた彼に見惚れる。作品よりもやはり彼が綺麗だと。
「きて……レイちゃん」
「んっ……」
伸ばされた両手と笑顔に誘われ抱きつく。
硬く熱い胸板と乳房が擦れ合い、口付けながら彼のズボンと慣れない下着を一緒に下ろした。飛び出したモノがお腹にあたり、はじめさんは一息つく。
「ん……やっと解放され……っあ!」
両手で肉棒を捏ねながら先ほど彼がしてくれたように首筋も肩も、ツンと尖った胸の先端もお臍も舐める。さらにソファの上で膝立ちになると、手の中で熱くなり、血管も見える肉棒にしゃぶりついた。
「ああぁっ……レイちゃ……!」
「んっ、んっ、んんんっは……んっ」
亀頭を軽く舐めては吸うと離し、両手で寄せた乳房で肉棒を挟むとまたしゃぶりつく。はじめさんの腰に合わせて胸も口も動かせば、口内で肉棒が脈を打った。
「っはぁぁ……レイちゃんもホント……僕たちとのセックス大好きだね」
「んんっ……はじめさんも好きンンで……か?」
「うん……好き」
「んんっ!」
頬を赤めた笑みと共に亀頭から白濁が飛び散る。
ねっとりと顔と胸に付いた白濁を指に絡め舐めていると、ズボンを脱ぎ捨てたはじめさんに抱き上げられ、タイツもショーツも脱がされた。
何も纏っていない男女が抱き合い、熱い息を零す。
それはとても卑猥だし、シてはいけない場所。でも、熱を帯びたモノと視線が重なり合うとダメだった。
「っ──!」
容赦ない楔が挿入され、必死にはじめさんの首にしがみつく。上体を丸めた彼はいっそう深く押し込み、腰を打ちつけた。
「あんっ、あああぁ……ああぁンン!」
「っはぁ……レイちゃん……イいよ」
「ああぁ……閃いた……んあっ、です……かああぁっ」
「ううん……純粋に気持ち良い」
笑顔でイいところを突かれ、のけ反る。
達した私は長ソファに俯せに寝転がるも、腰を持ち上げたはじめさんは突くのをやめない。むしろ増す一方だ。
「ひゃうっ、うっ、あんっ、ああぁん!」
「ああぁ……レイちゃんのナカ……すごい」
愉悦に浸りながら呟くはじめさんは腰を速める。
蜜音と嬌声が館内に響き渡るが、なんでもないように押し込まれた。
「っああぁあ奥はっ奥はイっちゃ……!」
「うん……イいよ、出して……僕も出……したいけど、みんな怒るだろうなぁ……残念」
「ひゃあああぁぁあ゛あ゛っ!」
溜め息をつきながらも、最奥を抉じ開ける勢いで突かれ達した。
力なく突っ伏す私の背中には白濁が散り、その上に胸板を重ねたはじめさんに抱きしめられる。首筋を舐めながら胸を揉む彼は息を切らしながら囁いた。
「んっ……レイちゃん、もう一回」
「はじめさ……電話の時と違っ……て……元気です……ね」
「? 疲れてはいたけど……普通だと思……どうしたの?」
初電話と深刻な声に慌てて来たのに杞憂だったようで、うなだれる私は目を瞬かせる彼の胸板に力ない肘を入れた。
「……回し蹴りさせてください」
「え、嫌だけど……なんかごめん?」
「もう、お弁当もあげません!」
「お弁当!」
満面笑顔で抱きしめられた挙句『ありがとう』と感謝され、膨らんでいた頬が萎(しぼ)む。毎度ながらこの兄弟は機嫌を取るのが上手いし、囲む彼の作品たちも喜んでいるように見えた。
その後、ちゃんと片付けて管理局に謝罪した私は気疲れか、はじめさんが泊まる部屋で休ませてもらった。変わらず全裸で何かを描いていたが襲われることなく爆睡。
目覚めたら昼過ぎで、休みだった慶二さん、三弥さん、シロウさんが集合し、お弁当を一緒に食べた。同じように心配していた弟たちも呆れたが、今までで一番の笑顔を見せる長男に誰も文句は言えなかった。
数日後。
紗友里ちゃんと再び訪れた個展の入り口には新作が飾られていた。はじめさんにしては珍しく風景と一緒に人間(ヒト)が描かれ、タイトルも日付ではなく──“0”。
意味深な笑みを向ける時任家長男は意外と食わせ者かもしれない────。