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花のフィールド

​20話*「お節介」

「Oh、ゴロー!」

 夜八時。慶二さんと共に帰宅したのは兄弟の母、ジューンさん。
 出迎えた私の次に彼女が抱きしめたのは、リビングで新聞を読んでいる男性。彼女の夫であり、兄弟の父である、時任 五郎さん。

 

 頬に何度もキスされる彼はなんでもないように新聞を捲るが、唇にされそうになると容赦なく叩いている。戸惑う私の横でコートを脱いだ慶二さんは溜め息をついた。

 

「驚かせてすみません。今週帰国するのは聞いていたのですが、まさか今日とは」
「い、いえ。後ろの二人に比べたら……」

 

 視線をダイニングに移すと、置物のように動かない弟二人。
 帰宅してから数時間。いつも喋りまくるシロウさんは電池が切れたように停止し、三弥さんも真っ暗画面の携帯を見下ろすだけ。二人にとって父親がどんな存在かわかるが、ジューンさんは笑顔だ。

 

「急でビックリしたデスよ。ハジメのArt(画)を見に行ったデスか?」
「ああ……ちょうど近くであってな。三弥がデートしているとは思わなかったが」
「「「No!」」」

 

 五郎さんにハモったのは私、慶二さん、シロウさん。三弥さんは何も言わず、冷えたコーヒーに口を付けた。振り向いたご両親に、どこのスイッチが入ったかわからないシロウさんが立ち上がる。

 

「一緒にイチ兄の個展に行ってただけだよ! 家せ「零花さんは住み込みの家政婦さんで、誰かの彼女ではありません」

 

 シロウさんの口を手で塞いだ慶二さんが答える。
 久し振りに聞く正しい呼び方にジと目を向けるが知らんぷりされ『家政婦?』『Yes』と確認し合う両親の声がすると、考え込んだ五郎さんの視線が私に移った。

 

「……学生か?」
「あ、はい。今年で大学三年になります。事情があって去年の春からお世話になってます」
「そうか……我儘なこいつらをよく扱えたな。無理強いなことされてないか?」

 

 室内が静まり返る。
 同時に全員の視線が集まるも笑顔を返した。満面笑顔を。


 

* * *

 


「ああー……マジで心臓に悪いぜ」
「Ya、身構えちゃうよね……怒られそうで」
「普通に……あん、コレが怒られるンンっ!」

 

 左右の溜め息とは違い、私が零すのは矯声。
 夜も0時を過ぎ、自室の電気を消した私は布団に入って七色くじらのナーくんを抱き枕にして眠る。はずが、三弥さんとシロウさんの抱き枕にされていた。

 

 眼鏡を外している三弥さんにはショーツごとパジャマズボンを下ろされ、前から股間に顔を埋めて秘部を。後ろからパジャマ越しに胸を揉むシロウさんには首筋や耳朶を舐められていた。
 五郎さんには大丈夫と答えたが、無理矢理犯されていると暴露すべきだったと後悔する。

 

「No。ムリヤリじゃなくて合意有」
「家性婦だからな」
「もう、さっきまでは言うなって視線ンン」

 

 不満は顎を持ち上げたシロウさんの口に塞がれ、零れる蜜に三弥さんが吸い付く。

 

「しっかし、んっ、お前が……親父に会ってたとはな。はじ兄のこと、なんか言ってたか?」
「っは……なんかっへ?」
「くだらねぇとか妄想とか……酷いこと」

 

 薄暗い中でも不快感が伝わると、シロウさんに頬を舐められる。

 

「イチ兄とDad(父さん)、仲悪いよね」
「そうなんですか?」
「アメリカでも電話で怒鳴ってたの聞いたことあるよ。よくは知らないけどね」

 

 そう言ってシロウさんは視線を落とす。布団に潜って表情は見えないが、事情を知るであろう兄に。
 沈黙が続く中、大きな溜め息と共に顔を出した三弥さんが胸元まで上がってくる。

 

「親父はなんつーか……現実主義者なんだよ。画とか音楽じゃ食っていけないって言うタイプ」
「モデル(オレ)も!?」
「てめぇは御袋が勧めたから文句言われてねぇだけだ!」

 

 脛を容赦なく蹴られたシロウさんがゴロゴロ転がる。涙目でナーくんに抱きつくのを横目にふと気付いた。

 

「じゃあ、漫画家(三弥さん)も?」
「まあな……けど、俺はすぐ連載とか単行本が決まって実績ができたから許された。はじ兄が海外でも評価されだしたおかげだろうけど」

 

 私を抱きしめる三弥さんの腕は強く、不貞腐れているように見える。顔を寄せれば柔らかい唇が重なり、戻ってきたシロウさんに揃って抱きしめられた。

 

「オレが自由にできるのも自由奔放なイチ兄にDad and Mamが慣れてたからだろうね。ぼーとしてるけど、なんだかんだで長男……上のおかげで下は甘やかしてもらえるんだ」

 

 静かな声には力があった。
 三弥さんは意外そうに弟の髪を混ぜるが、私は胸がチクリと痛む。反対の立場だったからだろうが、美術館での会話を思い出すと二人に頬ずりした。

 

「大丈夫ですよ。はじめさんの画、失敗作もあるけど情があって好きな作品もあるって五郎さん言ってましたから、意外と今は仲良しかも」

 

 包み隠さず話すと二人は互いを見合う。そして苦笑した。

 

「相変わらずハッキリしてんなぁ」 
「むしろ、Dadが好きな作品がどれか知りたいよね」
「私は二人が五郎さんを恐れる理由を知りたいです」

 

 数時間前のだんまりを見るに、余程やらかしたとしか思えない。今も黙ってしまった二人に苦笑すると、廊下から声が聞こえた。

 

『レイカー、まだ起きてるデスかー?』
「はーい」

 

 咄嗟に返事をすると、出入口があるシロウさん側に身体を捻らせる。と、なぜか二人は布団に潜った。
 疑問よりも先に襖が開くと五郎さんに怒られたのか、服を着たジューンさんが廊下の明かりと共に顔を出す。

 

「私とゴロー、明日は七時には出ないとだめデスね」
「大丈夫ですよ。私、五時前には起きるので朝御飯を……っ!」

 

 身体を起こそうとして止まる。というのも、シロウさんがパジャマに顔を潜らせたからだ。慌てて掛け布団を手前に引っ張ると、下着をしていない胸に顔を埋めて揉まれる。さらに後ろから抱きしめる三弥さんは股間に肉棒を挿し込み、腰を動かした。

 

「? どしたデスか」
「い、いえっ……ん、朝御飯……なにが良いっ……ですか?」
「Oh、リクエストOk?」

 

 嬉しそうに手を合わせた彼女に笑顔を返す。が、胸を寄せたシロウさんに両乳首を吸われ、秘部に亀頭を挿し込む三弥さんに身体が跳ねた。

 それでもリクエストしてくれるジューンさんに声を上げることはできず、腰を揺すられては挿入されるモノにシロウさんの頭を抱く。いっそう胸の先端を舌先で転がされては吸い上げられると気持ち良くなってきた。

 

「っはぁ……イいですよ……用意しときますね」
「Oh,thank you! Good night(おやすみ)」
「はぁい……」

 

 投げキッスに手を振ると襖が閉じる。同時に両乳首を口に含んだまま引っ張られ、奥まで挿入された。

 

「っああぁ……もうっ……何シてンンっ」
「いや……隠れてするエロってのもホントやばいな」
「Ya、すっごい興奮した。また来ないかな」

 

 掛け布団もパジャマも捲った二人は息を乱しながらも楽しそう。
 完全に修学旅行生のノリに、生徒に甘いジューン先生はダメだと最終手段を呟いた。

 

「じゃあ、五郎先生に来て「「No way(絶対に嫌だ)」」

 

 即答に父親の偉大さと、お仕置きのすごさを知った。

 


* * *

 


「あ……おはようございます、五郎校長」
「は?」

 

 翌朝五時半。まだ少し寝ている頭で朝食の準備をしていると五郎さんが起きてきた。
 皺のないYシャツにベストとズボン。髪もピッシリ整えられている上に眼鏡も光れば教師に見えるが、昨夜の修学旅行ごっこのせいで昇格した校長と混ざってしまった。
 怪訝な顔に慌てて新聞とコーヒーを用意する。

 

「ありがとう……お嬢さん(レディー)は早起きだな」
「習慣が抜けないのと、はじめさんにお弁当を持って行く約束してるので」
「……という割りには多くないか?」
「はい、私と三人のもあります」

 

 キッチンに戻った私の笑顔に、カウンター越しの五郎さんは眉を顰める。
 仕込んでいた肉じゃが、インゲンとゴマの和え物、揚げたて春巻き、サンドイッチは卵にツナにトマト。慶二さんのはご飯と梅干しに替えて、玉子焼きに唐揚げを足す。三弥さんのは倍に入れて、シロウさんにはおにぎり。

 

 たまに慶二さんにお弁当を頼まれるが他二人は在宅業務、一人は仕事場で出るため用意する必要がない。それでも一人分を作るよりはたくさん、この一年で知った兄弟の好きな物をお弁当箱に詰める。

「五郎さんとジューンさんのもサンドイッチなら用意できますよ?」
「……お構いなく」

 

 やんわりと断られるが、そうですかーと鼻歌まじりに肉じゃがを詰める。が、ずっと眺められると鼻歌も続かず、そっと視線を上げた。気付いた五郎さんの口が開くが、エプロンポケットに入れていた私の携帯が鳴り、了承を得て確認すると電話。その名に目を瞠った。

 

「えっ、はじめさん!?」

 

 意外どころか、初の着信に慌ててスワイプする。

 

「も、もしもしっ!?」
『…………あ、レイちゃん? ……おはよう』
「お、おはようございます。どうしました? 何かありました?」

 

 突然のことでテンパる私に、はじめさんはくすくす笑う。だが、すぐ黙り込んでしまった。どこかを歩いているのか靴音だけが電話越しでも聞こえるが、今は動悸の方が激しい。

 

「はじめさん?」
『……ううん。ちょっと声……聞きたくなっただけ。じゃ、また……』
「えっ、ちょ、はじめさん!?」

 

 靴音が止まると同時に切れた声はか細かった。
 あまりにも突然で不可解な電話に不安が拭い切れない。それが表情に出ていたのか、見つめていた五郎さんは少しの間を置くと溜め息をついた。

 

「……はじめが泊まってるホテルはわかるのか?」
「え……あ、美術館の近くです」
「六時五分……まあ、大丈夫か。行きたいなら車を出してやるが?」
「えっ!?」

 

 思い掛けない申し出に慌てふためく。
 だが、時計を見上げながらも私を映す目は答えしか待っていない。ぐっと拳を握ると、エプロンを脱いだ。

 

「十五分で支度します! 車の鍵は玄関にあります!!」
「明確に伝える姿勢は好ましいな……ジューン、予定が入ったから先に行く。お前は慶二に送ってもらえ」

 

 奥の寝室で眠る妻に声を掛けながら上着を羽織る五郎さんの後ろで、お弁当箱をひとつ紙袋に入れた私も自室に向かう。まだ寝ている二人がいるが、構わず用意しながら声を掛けた。

 

「三弥さん、シロウさん! 朝御飯は自分たちでよそってくださいね!! お弁当は蓋を開けたままにしてますけど冷やしているだけなので、あとで閉めてください!!!」
「What……?」
「弁当……?」

 

 ナーくんを抱きしめるシロウさんと布団から顔を出した三弥さんの目がぼんやり開くが、既に部屋を後にした私は玄関に置いていた紙袋を手に家を出た。
 エンジンが掛かっている車の助手席に座ると、操作していた携帯を懐に仕舞う五郎さんに問う。

 

「あの……なんで」
「……はじめが誰かに頼ることはなかったからな。よほど、お嬢さんといると心地良いらしい……あの画が描けるほど」

 

 独り言にも聞こえるが『あの画』がどれを指しているかはわかる。
 それがとても恥ずかしいような嬉しいようなで両手を握りしめると、眼鏡のテンプルを上げた五郎さんは『まあ』と続けた。

 

「ただの……お節介だ……親の」

 

 小声なのに、チェーン音より響いた声。太陽よりも熱を帯びているように見える表情に笑うと、シートベルトを締めた。

 


「お父さんも心配してましたよって言っておきますね」
「言わなくていい。それより、ホテルまでの道を教えろ」
「ええぇっ!?」

 


 まさかの発言に声を上げるも苦笑にしかならないのは強引なところは慶二さん、照れ方は三弥さん、思い立ったら行動はシロウさん。そして、とびっきり不器用な息子想いの横顔は兄弟想いのはじめさんに似ていたからだろう。

 

 兄弟の父親だと────。

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