家性婦
19話*「息苦しさ」
草花が芽吹きはじめた三月。
春の訪れよりも待ちわびた今日に、私は大はしゃぎしていた。
「うわぁ~、すごい人! あ、テレビまできてる」
「おいっ、はぐれん……って、言ってる傍から」
人混みに押される私の手を掴んだ三弥さんに引っ張られる。
御礼を言うと溜め息をつかれたが、手を離すことなく『開場なり~』『そげに走らないで~』の声と共に持っていたチケットを見せると会場入りした。都内の美術館で開催される、はじめさんの個展に。
* * *
空想画家『はじめ いち』として活躍しているのは知っていたが、初日から大勢の来場者。特に若い女性が多いことに驚く。
「顔も良いし、ノッポと兄弟って知られてるからな」
「目が見える……全裸じゃない」
「そこに感動するのはお前だけだよ」
会場内にある紹介文と写真をガン見する。
いつも前髪で隠れている灰色の瞳も整った顔も見えるし、絵の具で汚れ跳ねている長い髪も綺麗にひとまとめに結われ、服も着ている美青年。
「コレハ誰デスカ?」
「本人に言って、犯してもらうか?」
携帯を取り出した三弥さんに頭を横に振ると、流れに沿って回りはじめた。
家性婦になる前から決まっていた個展。
私は芸術に対して『綺麗』や『すごい』とか、ありきたりな感想しか抱けないし、はじめさんのことも知らなかった。でも、触れ合うようになった今は言葉で表現するのは難しいが、掴みどころのない空気感や色遣いがまさに『彼』を体現しているような画だと思う。が。
「うわぁ~……これ私だ」
とある作品の前で立ち止まると、口元をパンフレットで隠す。
はじめさんの作品は日付がタイトルになっている。何を想って描いたのか本人も覚えていないため、閃いた日付にしていると雑誌のインタビューで答えていた。
それを踏まえた目前の日付(タイトル)は──私が家性婦になった日。
モデルさんが出て行った日でもあるが慶二さんとの三人セックスの際に、この画の途中を見た覚えがある。人物はいないのに、山に見える二つの黄色は胸、三角になって水を散らしているのはと想像できた。が、経緯を知らないお客さんに見られるのは羞恥で、今もジっと見つめている男性を窺ってしまう。
「……イいな」
「へっ!?」
突然の呟きに肩が跳ねる。
そんな私の隣には黒のトレンチコートに身を包んだ六十代ぐらいの男性。身長は一七十後半、黒と白髪が混じった前髪をピッシリと上げ、チェーンが付いたラウンド眼鏡を掛けている。
覚えのある顔立ちを見つめていると視線が合い、慌てて頭を下げた。
「す、すみません。ジロジロ見て」
「……いや、お嬢さん(レディー)もこの画が好きなのか?」
「え、あ、そうですね……なんか、あったかい感じがします」
笑う私に男性は目を瞬かせる。
暖色で塗られているし当たり前かと恥ずかしくなるが、眼鏡のテンプルを上げた男性は画を見つめた。
「……そうだな。他と比べて慈悲を感じる」
「慈悲?」
「人を描いたんだろう。物と違って並みが激しいから失敗作が多いが、これと次の二、三点は情があって好きだな」
ハッキリとした口調は冷たくはあるが貶しているようには聞こえず頷く。と、画と私を見比べた男性は口元に手を寄せた。
「なんだか……お嬢さんに似てるな」
「へっ⁉」
「失敬……忘れてくれ」
会釈と共に聞き心地の良いチェーン音を鳴らした男性は人混みへと消える。画を凝視していると、三弥さんがやってきた。
「いたいた。そろそろトークイベントはじま……どうした?」
「……この画、私に似てます?」
「? いや、全っ然っが!」
腹パンを食らわす。
自分がモデルだとわかっているからこその悔しさだが、普通なら三弥さん同様わからないはず。なのに気付いた男性は画家なのだろうかと、呻きを他所に首を傾げた。
* * *
「ミツくん、レイちゃん……!」
「きゃっ!」
「のわっ!」
入室してすぐ、長い両腕に三弥さんと二人抱きしめられる。
嬉しそうに頬ずりするのは個展主で、先ほどトークショーにも出ていたはじめさん。
弟である三弥さんと搬入などでスタッフさんと面識のある私は控室に入れてもらえた他、はじめさんの計らいで一時間だけ人払いしてもらえた。
備え付けのコーヒーを淹れる横では兄弟が楽しそうに語り合っている。
「そっか、あの色はそれで出すのか」
「今度……家で見せてあげるね」
「マジで⁉ やった!」
今朝はいつも通りに見えた三弥さんだが、やはり私以上に楽しみにしていたようで今日一番の笑顔。
過去を知っていると余計に嬉しくなり、コーヒーを置くと離れて座ろうとするがはじめさんの手に誘われ、二人の間に座ることになった。ついでにまた頬ずりされる。
「もう、トークショーでの真面目なはじめさんはどこにいったんですか」
「ふふっ、オンとオフは違うよ……最近は家にも帰ってないから……二人に会えて嬉しい」
そう笑顔で話すはじめさんは顔色が悪い。
食べてないってことはないだろうが、一時間後にはまた取材や二回目のトークショー。さらに開催中も協賛社との食事会などでホテル泊まりだ。
何より、白のシャツに黒のジャケットとズボン。間違ってないのに間違っている恰好に息苦しさを感じる。三弥さんと顔を見合わせた私は拳を握った。
「は、はじめさん! 明日は慶二さんと三弥さんとシロウさんの四人で来るので、お弁当作ってきますよ!! 肉じゃがと和え物と春巻き入れます!!!」
「和食と中華どっちだよ」
「嬉しい……あ、サンドイッチも欲しいな」
「和洋中⁉」
ツッコミに構わず、目を輝かせたはじめさんに親指を立てると抱きしめられる。シロウさんに似た懐き方につい頭を撫でるが、首筋を甘噛みされた。
「っあ……!」
「んっ……レイちゃんのご飯もイいけど……レイちゃんも食べたい」
「食べっん!」
耳朶を舐め囁く声に身体が跳ねると視線が重なる。瞬間、口付けられた。
いつもより荒く、挿し込まれた舌は熱い。突く舌先に応えるように舌を絡ませれば、いっそう口付けが深くなった。慣れない彼のシャツを握ると、背後から笑い声。
「確かに、間食は必要だよな」
「ぁんっ!」
反対の首筋を三弥さんに噛まれる。
甘噛みではない。歯を立てる彼に文句を言おうとするが、はじめさんに上着を捲くし上げられた。白の下着が露になり、小さな悲鳴を上げる。が、すぐ三弥さんの両手にホックも外され、熱を帯びた乳房が晒された。片方を握ったはじめさんは楽しそうに捏ねくり返す。
「レイちゃんのおっぱい……今日も大きくて柔らかいね……あと」
「ひゃうっ」
指と指の間に先端を挟まれ引っ張られる。
ピクリと肩を揺らせば、後ろから反対の胸を持ち上げて揉む三弥さんとはじめさんの視線が重なり、口角が上がった。
「美味そう、だろ?」
「ね……」
「待っああぁんっ!」
示し合わせるかのように口を開けた二人は胸にしゃぶりつく。卑猥な吸引音が響き、長さも速さも加減も違う舌に先端を転がされる。
「ああぁっ……やめてぇえ」
「んっ……美味しいからヤダ」
「味を変えるんなら……コレでもいっか」
涎を落とすはじめさんが飲んでいたペットボトルのお茶を持った三弥さん。キャップを開けたかと思うと、あろうことか私の胸にかけた。
「ちょっ!」
「イいね……閃けそう」
「だろ?」
戸惑う私とは反対にはじめさんは目を輝かせ、三弥さんは舌舐めずり。ぬるくなっているとはいえ、胸に沿って流れ落ちる様は厭らしい。その雫を受け止めようとはじめさんは谷間を舐め、三弥さんは空になったペットボトルの口径に胸の先端を嵌め込んだ。
そのまま回されると先端と口径が擦り、雫が底に溜まっていく。
「んっ……ミツくん、それ面白いね……レイちゃんの乳搾り?」
「普通ならもっと出るんだけどなー」
「出ませんっ! エロ漫画の見すぎと描きすぎっ!!」
首を傾げながら胸を搾る三弥さんを肩で押す。
振動でペットボトルを離してしまうが、受け留めたはじめさんは底に溜まった雫を見つめた。私と三弥さんも凝視していると、ペットボトルに口を付けたはじめさんはくいっと飲み干す。ほんの少ししか溜まっていなかった雫を。
固まる私たちを他所に、きゅぽっと音を鳴らして離した彼は舌先で唇を舐める。
「んっ……美味し……レイちゃんのミルクって考えたらもっと」
「やめてやがあああぁぁっ!!!」
悪気もなく微笑まれ、三弥さんに抱きつく。が、ペットボトルを置いたはじめさんも後ろから私に抱きつき、柔らかな唇が耳に触れると囁いた。
「レイちゃん……いっぱい出して」
「何を⁉ 子供作らないとミルクなんて出ませんよ!」
「いや、体質で出る女っだだだ!」
余計なことを言う三弥さんの股間を強く握った。呻く彼を他所に、はじめさんはソファの上で膝立ちになる。
「イいよ……作ろうか」
「「へっ?」」
耳を疑う一言に三弥さんとハモると、はじめさんは下着ごとズボンを下ろす。見慣れた肉棒の先端が彼の視線のように私を捉えた。
「レイちゃんと僕の子……作ろう?」
「That's a bad idea(それはダメだ)!」
とんでもない発言に、さすがの三弥さんも耳まで真っ赤にして止める。対してはじめさんは首を傾げながら亀頭で私の胸を突いた。
「なんで? 僕……レイちゃん好きだよ」
「それは兄弟(俺たち)よりか⁉」
必死な三弥さんに、はじめさんは考え込む。静寂と緊張が増していると呟きが落ちた。
「同じ……かな?」
曖昧ながらも私と三弥さんは胸を撫で下ろす。
そもそも変人だったのを思い出せば突拍子な発言にも行動にも動じたら負けだ。心を落ち着かせるように一息ついていると、なぜか三弥さんも膝立ちになる。
「同じなら“好き”。子作りは互いが“愛”に変わるまでするなって親父に言われただろ」
「あの……三弥さん、なんでソレで突くんっ」
三弥さんまで肉棒を取り出し、私の胸や頬を突くばかりか握らされる。既にヌメっているのが気になり扱くと、声を漏らしながら口角を上げた。
「まあ……俺らが出せば白くはなるだろうけどな」
「…………Ok」
口元を緩めたはじめさんにも肉棒を握らされる。
太さも大きさも違う二本。けれど熱くて硬くて滲んでいるモノ。そして見下ろす視線は同じで、頬を赤めながら同時に扱くと、しゃぶりついた。
次第に亀頭からは白濁が噴き出し、私を真っ白に染める。
それに悦ぶ二人だが、はじめさんの目は虚ろにも見えた。
* * *
「おい、着いたぞ」
「むにゃ……」
帰りの車内で寝ていた私は運転席に座る三弥さんに肩を叩かれ目覚める。気付けば日も暮れ、家に着いていた。
まだ眠い頭で倒していたシートを上げると、膝に置いていた携帯を見る。
「……ヘルプ?」
「はあ?」
呟きに三弥さんが顔を覗かせる。
帰宅予定のシロウさんからメッセージが入っていたのだが、なぜか『Help!』と、泣いてる犬スタンプ。
「腹でも減ってんじゃね? 電気も点いてるし帰ってきてんだろ」
そう言いながら三弥さんは車を降りる。
私もリビングの明かりを確認すると車を降り、玄関の鍵と扉を開けた。同時に駆け足と声が響く。
「Finally I'm home(やっと帰ってきた)!」
「きゃっ!」
「のわっ!」
また長い両腕に三弥さんと二人抱きしめられる。
涙目で迎えたのはシロウさんだが、珍しく上着を着たままで顔も真っ青。
「もうっ、なんで今日って教えてくれなかったのさ!」
「はあ? 今日ははじ兄の個展に行くって「知ってたら帰らなかったってことか、シロウ」
三弥さんに被さった声はとても低い男性のもの。
ビクリと身体を揺らし固まったシロウさんのように三弥さんも顔を青褪めた。静まる中、スリッパの音にシロウさんの腕を退けると目を瞠る。同じくリビングから出てきたスーツの男性も目を瞬かせた。
「なぜ……はじめの個展で会った女性がいるんだ?」
「お、親父……っ!」
チェーンを鳴らしながら眼鏡のテンプルを上げるのは数時間前に会った人。だが、上擦った声で正体を呼ぶ三弥さんに、頭が久し振りにショートした────。