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花のフィールド

​11話*「八つ当たり」

 脱衣所の明かりしかない廊下は肌寒いが、全裸男女に挟まれているおかげで震えるほどではない。むしろ暖かく、人肌パワーを知る。が。

「ったく、帰国するなら連絡しろよ……って、おい!」
「Oh、いつもミッツのはおっきいデスね。食べてイいデスか?」
「No way(絶対に嫌だ)!」

「私を挟んだまま話さないでください~!」

 

 女性の手が私の股間を通り、三弥さんの肉棒を握っては逃げられるを繰り返す。卑猥な攻防に涙目になっていると階段の明かりが点き、徹夜らしきはじめさんと慶二さんが降りてきた。

 

「どうしたの……」
「何を騒いで……おや」
「Oh。ハジメ、ケイジ!」

 

 廊下の明かりが点くと、女性が二人に抱きつく。驚きはするも、慣れた様子で頬のキスを受けた。

 

「お帰り……父さんは?」
「ゴロー、まだ仕事デスね。シローは?」
「えーと……いないようですね」

 

 ボードを確認した慶二さんがチラリと私を見る。
 思うことはあるが、残念そうな女性こと時任家のお母様と息子三人が全裸なことに脱力するのが先だった。

 

 それから少し経った、朝六時。
 はじめさん以外は服を着て(三弥さんは上着だけ)ダイニングで朝食を取っていた。

 

「So good(美味しい)! アナタ、料理上手。素晴らしいデス」
「あ、ありがとうございます」

 

 ご飯に味噌汁、鮭に玉子焼きと普通だが、お母様は嬉しそうに食べてくれて照れる。

 

「それで、アナタは誰のGirlfriend(彼女)デスか? ミッツ?」
「ぜってぇ身長で決めたろ……」
「レイちゃんは家政婦だよ」
「そういえば、紹介がまだでしたね」

 

 テーブルに突っ伏している間に慶二さんが紹介してくれたようで、お箸を置いたお母様が手を差し出す。

 

「時任 じゅーんデス。よろしくデスね、レイカ」
「よ、よろしくお願いします」

 

 握り返すと、実母には感じたことない暖かさが伝わる。
 だが、お母様=ジューンさんの屈託のない笑顔がシロウさんと重なり、胸が痛んだ。必死に笑顔を返すも『お茶を淹れますね』と逃げるように手を離し、キッチンへ向かう。

 

 同時にはじめさんが英語でジューンさんに声を掛けるが、今はぬくもりが消えた手を握った。


 

* * *

 


「レイカー、College(大学)ないなら出掛けるデスよーっ!」
「え?」

 

 正午前。洗濯を終えると、スカートスーツにスカーフ。大きなサングラスを掛けたジューンさんに声を掛けられる。慌てるも、有無を言わせない勢いに負け、気付けば彼女が運転する車に乗っていた。
 助手席で冷や汗を流す私とは違い、ジューンさんはご機嫌だ。

 

「レイカはケイジのStudent(生徒)なんデスね?」
「学科は違いますが……でも、よく教えてもらえて助かってます」
「Ya。ハジメとミッツの手伝いもしてると聞きました」
「あははー……まあ、ちょっと」

 

 さすがに母親を前に性関係は言えず苦笑いすると、赤信号で停まったジューンさんが突然顔を近付けてきた。

 

「それで、誰とのSexがイいデスか? それとも今はシローが気になりますか?」
「はいっ!?」

 

 サングラス越しでも目と目が合う。そらすようにドアに寄り掛かった私は羞恥半分で訊ねた。

 

「知ってたんですか……?」
「どちらもYes。SexはMy(私)もSons(息子たち)も大好き。だから、トラブルにならない程度にと言ってます。もちろん、シローにも」

 

 語尾が落ちると、サングラスに不安気な私が映る。前を向き直したジューンさんは青信号になるとアクセルを踏んだ。

 

「ハジメから聞きました。シローとトラブってると」
「トラブルってほどじゃ……」
「No。今までも家性婦の話は聞いてましたが、こんなに続いた子はじめて。特にシローが手放さないのは」
「はい?」

 

 手放すというか家性婦ですよ。性処理係ですよ。むしろ昨日で嫌われましたよと言いたいが、ジューンさんはふふっと笑う。

 

「レイカなら、シローをニッポンに留まらせることができるかもデスね」

 

 その声は口元とは違い、切なさを滲ませていた。

 


 

 

 


「Mom(母さん)!? What's up(どうしたの)」
「Hello、シロー。仕事デスよ、仕事」
「家性婦ちゃんまで……」

 

 突然現れた私たちに当然シロウさんは驚く。
 無事なことに安堵するが、視線に堪えきれず顔を伏せてしまった。そこにシロウさんを呼ぶ声が響き、見ていた彼の靴が消える。

 

 ここは都内にある某社のスタジオ。
 よくシロウさんがモデルを務めている雑誌の撮影らしく、たくさんの機材やスタッフさんが揃っていた。そんな場所の関係者パスを貰えたのは、ジューンさんのおかげだ。

 

「これはこれは、Mrs.時任。ようこそ」
「Hi、元気デスか? 自慢の衣装を持ってきたデスよ」

 

 笑顔で関係者と握手を交わした彼女は既に運ばれていたキャスター付きクローゼットのメンズ服を見せる。ジューンさんの職業=ファッションデザイナー。

 

 海外での販売がメインらしいが、シロウさんが業界に入ってからは広告塔になり、日本にも支社があるそうだ。時任家は本当に多才だと感服しながらも会話の邪魔はできないので、機材の隙間から撮影を見学する。

 

 カメラマンの指示で立つシロウさん。
 その服装は意外にもスーツで、前髪も上げている。年齢に合わない長身と大人びた顔立ちがハマり、殆どNGもなくシャッターが切られた。さらにベストになったり、帽子やサングラスと小道具有のショットに女性スタッフの黄色い声が増える。

 

 彼を知らない頃の私なら同じように騒いでいたかもしれない。
 今も充分カッコイイと思うし、胸が高鳴るショットもある。でも、“大好き”まではない。

 

 時任家に住んでしまったせいか、私にとっての彼は人の話しを聞かない我儘な末っ子で、紳士で楽しくて笑顔にしてくれる。それはテレビでも同じだが、甘えてくるのは家だけ。大人の表情を見せても十代らしい一面を見せるのが私にとっての“SHIRO”──ではなく、“時任 シロウ”だ。

 

「セックスは大人すぎるけど……」

 

 苦笑を漏らすと『カット』の声が響き、シロウさんはほっとした様子を見せる。それはよく慶二さんに怒られずにすんだ時に見せる表情で、自然と笑みが零れた。すると目が合い、ご機嫌な私は小さく手を振る。が、ふいっと顔をそらされてしまった。

 

 拗ねているように見えたが、ジューンさんの声に私はその場を後にした。

 


* * *

 


「家性婦ちゃん……何してるの?」
「あ、シロウさん。お疲れさまです。ちょっとこれ、上げてくれませんか?」

 

 備品庫の奥でダンボールを持っていると、シロウさんが顔を出す。
 撮影時と同じスーツだが、上着もネクタイもなく、シャツボタンも殆ど空いている。脱がないだけ偉いと頷く私と背後のダンボール山を見比べた彼は溜め息をついた。

 

「Ok……って、重っ!」

 

 手渡したダンボールの重量に驚くも、難なくダンボールの山に乗せる。が、まだあるよーと見せる私に顔を青褪めた。

 

「No way(ありえない)……一人で運んできたの?」
「入り口までは台車使いましたけど、奥(ここ)までは通路が狭いので一人で運びましたよ。でも、積むには身長が足りなくて……きてくれて助かりました」

 

 力には自信があるのでお手伝いを買って出たが、高い場所に置くには不利な身長。シロウさんが羨ましいと、バケツリレーで手渡すと苦笑された。

 

「サン兄にも言われたよ。足半分よこせって」
「私にもください」
「No。家性婦ちゃんは今のままでいいよ……っと!」
「きゃっ!」

 

 次のダンボールを持とうと屈んだお腹に腕が回ると抱え上げられる。視界が高くなり、足も着かない私はジタバタ動いた。

 

「下ろしてください~」
「Why。大きくなりたいんじゃないの?」
「そういう意味じゃなんっ!」

 

 振り向くと口付けられる。
 逃げようとしても態勢が不安定で、しがみつくしかない。それを狙っていたのか何度も口付けられ、舌を絡まされる。

 やっと離れた時には息を切らし、ダンボールの山に座らされた。それでもシロウさんの方が背は高く、前屈みになる彼に身体が強張る。と、肩に頭が乗った。

 

「もう……意味がわからない。昨日は怒ってたくせに今日は笑ってるし……オレたちの家性婦なのに働いてるし」

 

 大きな溜め息と愚痴に驚くが、次第に緊張も解けると首に腕を回し、抱きしめた。目を丸くする彼に、くすくす笑う。

 

「女の機嫌は天気みたいなものです。長引く時もありますけど、だいたい私は一日で元に通りますよ」
「……ビッチって言ったのに?」
「根に持ってたら、このまま首を折ってます」
「Nooooooo!!!」

 

 満面笑顔で腕に力を込めると、悲鳴を上げるシロウさんは逃げようとする。私は笑いながら髪を撫でた。

 

「思い返せば三弥さんにも言われたことありますし私も頬を叩いたので、おあいこです。むしろ、モデルの顔を叩きやがってって嫌われたかと思いました」
「……思わないよ。八つ当たりしたオレが悪いんだから」
「? 大学で何かありました?」

 

 彼の様子がおかしくなったのは大学、慶二さんと三人でシた後からだ。見つめる私に、シロウさんは頭を横に振る。

 

「オレ……『好き』や『愛してる』って言われても信用してないんだ……この顔と職業上、ちやほやされるの知ってるから……って、家性婦ちゃん、stop stop!」

 

 また腕に力を込めていると背中を叩かれる。顔を上げたシロウさんは眉を落とし、私は無表情で問うた。

 

「つまり、セフレぐらいの女が良いと?」
「……Yesっだだだだ! Sorry sorry!!」

 

 人のことをビッチって言っておきながら同類だし、ファンに失礼すぎると制裁を食らわす。すぐにギブアップと、両手で背中を叩かれた。

 

「そ、それなら……げほっ、兄ズもだよ!」
「はい?」

 

 どういう意味なのか腕を離すと、上体を起こしたシロウさんは涙目で訴える。

 

「げほっ……他の三人も絶対にGirlfriend(彼女)は作らないで……来るもの拒まずでSexはシてた」
「ほほーう」
「だから……ニイ兄が家性婦ちゃん“だから”好きって言ったのが信じられなかったんだ……イチ兄もサン兄も……一人に執着するなんて……」

 

 困惑しているのが伝わり、怒りも鎮まる。
 つまり、シロウさん的に私はセフレ感覚なのに、他三人は違う気がしてモヤモヤしていたと。実際三人がどうかはわからないが、シロウさんも一緒に愛撫してくれていたのを考えると昨夜はじめさんが言っていたように──。

 


「シロウさんも私を好きになってくれたんじゃないんですか?」
「What!?」

 


 “身体を”と、付け足そうとしたが、シロウさんは顔を真っ赤にしたまま動かなくなってしまった────あれ?

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