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花のフィールド

​07話*「ノッポ」

「時任家って、外国人の幽霊か妖怪います?」
「「はあ?」」

 突拍子もない問いに、運転席に座る慶二さんと助手席に座る三弥さんが怪訝な顔をするのがバックミラーに映る。が、露出狂の変態しかいないと頭を横に振った。

 

「ケイ兄、犯そうぜ。俺、穿いてんのに理不尽」
「外出時は当然のことですが、同感です。駐車場に停めたら犯しましょう」
「ダメです」

 

 二人のシートを叩くと、車窓に広がる空に目を移した。

 


* * *

 


 三人で訪れたのは休日で賑わう大型ショッピングモール。
 午前中に転居届などの手続きを済まし、食料品の他、私の日用品や衣服を買いにきたのだ。本当に時任家に住んで良いんだと実感が湧いてくる。

 

「むしろ、よく逃げ出しませんでしたね。だいたいの方は、はじめ兄さんと三弥くんでリタイアするんですが」
「この女がハレンチ通り越してのビッチなっが!」

 

 軽い腹パンを三弥さんにお見舞いすると下着売り場に足を入れる。頬が赤いのは否定できないからだ。

 セックスしまくる時任家もだが、無理矢理犯されて嫌がるどころか悦ぶ自分も異常だと理解している。男性経験は元彼一人なのに、一気に三人も……まさか男性なら誰でも良いのかと今度は血の気が引いた。

 

「零花さん、どうされました?」
「ひゃっ!」

 

 突然の声に驚くと振り向く。
 背後にいたのも声も間違いなく慶二さんなのに、不思議と昨夜とその前の夜に見た影と重なる。特に肩にあたる胸板は似ていて、ポツリと呟いた。

 

「……慶二さん、寝込みを襲ったりしてないですよね?」
「はあ?」

 

 車内でも聞いた声に『しまった』と思うも後の祭り。
 眉間に皺を寄せた慶二さんと、ジと目で兄を見上げる三弥さんに慌てて近くにあったブラジャーを手に取った。

 

「す、すみません! 変な夢を見ただけで……す、すぐ選びますね」
「ケイ兄……隣のホームセンターで俺のドア注文よろしく」
「……わかりました」

 

 眉間を押さえながら封筒を手渡した慶二さんが去って行く。
 反省していると、持っていたブラジャーを三弥さんに奪われた。興味深そうに触ってはひっくり返すが、タグを見ると眉を顰める。

 

「お前、コレ入らねぇだろ」
「え? ああー……そうですね」

 

 視線に自分の胸を見下ろす。
 明らかに彼が持っているサイズより大きいのはわかっている。羨ましいと言われるも、肩は凝るし痴漢には遭うし嘲弄されるしブラジャーも値が張る上に種類がなくて利点がない。

 

「うわっ、たっけぇ」

 

 顔を上げると、絶句した様子の三弥さんが携帯を見ていた。
 横から覗くと、ランジュエリー。しかも、大きいサイズのブラジャー専用サイトだった。検索していることに引くが、三弥さんは平然と画面をスクロールする。

 

「値段知ると、ほいほいブチ切るの描けなくなるじゃねぇか……お、コレとかそのブラに似てていいんじゃねぇ?」
「あ、ホント。可愛い」
「サイズどれだよ」
「これ……えっ!?」

 

 つい答えてしまうと、三弥さんはカートに入れた。さらに『他は?』と別のページを見せられるが慌てて止める。

 

「あ、あの。別にここでも売ってると……」
「? 昔から御袋に『『欲しい』はあてにならないデスが『良いな』は本当。だから惜しまずお金でもなんでも出しなさい』って言われてて、お前『良いな』て顔してたから……違うのか?」

 

 小首を傾げられると動悸が速くなる。
 だって本当に『可愛い』の後に『良いな』と思ってしまったから。『欲しい』じゃなくて『憧れ』。

 

「今から頼めば明日には届くし、お前みたいなヤツのためにある通販なんだから使えよ。金ならさっき、ケイ兄に貰……」

 

 封筒を取り出す三弥さんの手が止まるのは、彼の服を握った私が肩に寄り掛かったから。見上げると、はにかんだ。

 

「だんだん……」

 

 小声のお礼は周囲に掻き消されたかもしれない。
 でも徐々に三弥さんの頬が赤くなり、聞こえていたのがわかる。それが嬉しいのと身長差がちょうど良くて、すっぽり入る肩に顔を埋めると頬を擦った。すると手を掴まれ、誘導される。彼の下腹部へ。

 

「っ!」
「扱け」

 

 声にならないものが出ると囁かれる。
 少しだけ顔を上げると意地悪な笑みがあった。けれど手に感じるモノは熱くて、視線を戻すとズボン越しに撫でる。

 

「俺は扱けって言ったけど?」
「だ、だって……こんなとこで」

 

 下着売り場に人が少ないといっても休日。
 近くを通る人やお店の人だっている。いつバレるかわからない場所ではと頭を横に振るが、私のスカートに手を潜らせた三弥さんはショーツ越しに秘部を摘まんだ。

 

「ひゃぅっ!」
「で、他は何を買う?」

 

 携帯を見せられるが、ショーツを弄る手は止まらない。
 そればかりか執拗に秘芽を攻められ、吐息が零れた。聞き逃さなかった三弥さんの舌舐めずりに頬も身体も熱くなると、周りの目がないことを確認し、彼のズボンに手を潜らせる。
 指先に当たるモノをゆっくりと扱いた。

 

「っ……コレもいいんじゃね……って、売り切れかぁっ」
「ああっ……残念……んっ」

 

 ハンガーラックを前に身体を密着させて携帯を見る私たちの手は互いのモノを弄っていた。後ろには人一人が通れる通路があり、誰かが通る度に反応しては弄る手も強くなる。
 気付けばショーツは濡れ、亀頭からも先走りが滲んでいた。

 

「ああっ……三弥さ……このままじゃ……イっちゃ……」
「なら……着衣室でハメてやろうか……俺もやっぱ脱ぎてぇし」
「そっ、それは別の意味で……っぅ!」

 

 携帯を見るのをやめた三弥さんに耳朶を舐められる。
 ネットリした舌遣いと、ズボン越しに私のお腹を押すほど勃ち上がったモノ。さらに濡れたショーツの底をズラし、蜜を零す秘部に指を挿し込まれると快楽が上ってきた。

「っあぁ……ひゃメ……イっちゃ「きゃあああぁぁ!」

 

 蕩けていた思考は女性の悲鳴で覚醒し、手を引っこ抜く。
 突然のことに心臓が早鐘を打つが、鬼気迫るものではなく黄色い悲鳴で、女の子の集団が通り過ぎて行った。

 

「ウソウソ、本当にっ!?」
「間違いないって、向こうにいたの!」

 笑顔の会話に小首を傾げていると、三弥さんは大きな溜め息を吐く。

 

「あぁ……くっそ、萎えた」
「良かったです……聞くに、芸能人でもいた感じですかね」
「テレビ観ねぇからわかんねぇよ」
「私も空手家ぐらいしか「芸能人以上にわかんねぇよ」

 

 ツッコミにまた首を傾げる。
 遅くまで稽古だったのでテレビを観る暇もなかったし興味もない。それより両手に付いた精液をどうにかするのが先だ。

 

「あの、お手洗いに……」
「ああ。その後、服を買ってこいよ。下着は上下セットで頼んだから」

 

 気付けば『ご注文ありがとうございました』が携帯に表示され、お金の入った封筒を鞄に差し込まれる。服選びに付き合ってくれないことに気付くと、三弥さんは唸りながら髪を掻いた。

 

「裸(はだか)家系って知ってんだろ。興味ねぇつーか、わかんねぇよ」 
「でも、家には服が散乱してましたし、ファッション雑誌もありましたよね?」
「ありゃ、シロウ……弟のだ。あのノッポなら付き合うだろうけどな」

 

 そこで、いまだ会っていない兄弟を思い出す。
 三人の関門をクリアしたのは良いが、末弟の関門を突破しないと正式な家政婦ではないのではと不安がよぎった。が、三弥さんは呆れた様子で手を横に振る。

 

「アイツに関門とかねぇよ。女なら誰とでも寝るしヤるから」
「い、いくつですか?」
「十九。まあ、アイツのせいで辞めた家性婦もいたけどな」
「変な性癖があるとか?」

 

 他三人も酷いからなぁと過去の家政婦さんに同情していると、私の携帯に自身の連絡先を入力した三弥さんは深い溜め息をついた。

 

「好きになっちまったから」
「はい?」
「アイツ、恋愛感情もたれんの嫌いだからな……ファン作ってなんぼの仕事のくせによ」

 

 眼鏡の奥にある目は鋭い。だが、すぐ視線を私に移すと胸の谷間に携帯を差し込んだ。

 

「ちょっ!?」
「じゃ、俺は本屋にいるから終わったら連絡寄こせ。あ、制服やメイド服でも良いぜ」
「買いませんっ!」

 

 真面目顔にフンっと背を向けると歩きだす。
 谷間に携帯が挟まったままだが、両手が汚れているし落ちる気配もないので腕で隠しながら手洗いへ向かった。途中、時任家の四男を推理する。

 

 十九歳で仕事をしていて滅多に帰ってこない。
 服好きで、ファッション雑誌が献本で届くならライターや編集者。でも三弥さんはファン作ってなんぼって言ってたから、それこそ芸能人?

 

「検索したら出てくるかな……えっと、名前はシロウ……ん?」

 

 ピタリと服屋の前で足を止める。
 若い男性用だが、並んでいる服と一緒に雑誌が広げられていた。商品が紹介されましたという記事だが、目に留まるのは着ているモデル男性の名前──“SHIRO”。

 

「……あ、SHIROか。はじめさんが『シロ』って略してたから見間違い「Oh,there you are(ああ、いたいた)!」

 被さった英語に振り向くと、手を振りながら笑顔で駆けてくる男性がいた。
 Vネックにジーンズとラフな格好だが細身でスタイルが良く、ロングカーディガンとストールが少女漫画のように靡(なび)いている。が、中折れ帽にサングラスと怪しいし、それ以前にデカい。肩幅はさほどないが身長が慶二さん以上。というか、二メートル近くある。

 迫ってくればくるほど長身が際立つのは私が短身だからか、笑顔で向かってくるのが異様に怖くて逃げ出した。

 

「Oh、なんで逃げるのー」
「そっちこそなんで追い駆けてくるんですか! というか誰ですか!?」
「誰って……あ。携帯落ちたよ、家性婦ちゃーん」
「っ、その呼び方……きゃっ!」

 

 耳慣れた呼び方につい振り向くと、携帯を拾った男性に抱え上げられた。

 

「Got you(捕まえた)!」
「ちょちょちょ離してください! 痴漢っ、変態っ!!」
「あはは、元気でイいね。犯したくなっちゃう……と、ここはマズいか」
「きゃっ!」

 

 呼び方といい口癖といい完全に一致するが、抱えられたままメンズ服売り場を駆ける。背後には先ほど見た女の子たちがいたが、すぐ見えなくなった。というのも、着衣室に入ったからだ。
 シャッとカーテンを閉め、女の子たちが通り過ぎたのはいいが、抱えられたまま密着している私にとっては大問題。

 

「ちょっ、三弥さんみたいなこと考えないでください!」
「Wow、サン兄が?」
「その呼び方……やっぱり貴方っきゃ!」
「こっちの方がわかってくれるよね」

 

 荷物と一緒に下ろされると反転される。
 鏡に映る私の後ろには帽子とサングラス取った男性。金茶の髪はベリーショートで、垂れ目は黒というより灰。はじめさんと同じだ。

 

 長い両手が躊躇いもなく下から上着に潜り、胸を弄る。
 さらに覚えのある感触。いつの間に脱いだのか、大きな肉棒が股間に挿し込まれ、耳元で囁かれた。


 

「オレは、時任 シロウ。四兄弟の末っ子で、たまに雑誌モデルもしてるよ。よろしくね、家性婦ちゃん」
「なっんんっさ!」

 


 先ほどの雑誌に載っていたモデルと重なると口付けられる。
 薄暗い布団の中でされたのと同じキスを────。

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