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​モん!

 最終話*「カモん!」

 寒い冬から、温かい春に変わろうとしている。

 季節は三月。卒業式に一般入試に引越しに転勤に……と、考えていたら頭を叩かれた。

 

「旅立ちばっか考えるのやめなよ」

「三月って寂しいことが多いよね~」

「姉さん、何も関係ないだろ!」

 

 また鋭いツッコミに頭を守りながら、今日もまきたんに怒られております。

 

 

* * *

 

 

 一月三日、福岡に戻ると早速まきたんに新聞紙で叩かれました。

 あれ? その新聞紙どっかで……と聞こうとしたらまた叩かれたのでそれ以上言いません、怖いもん。

 お秘書さんとはすれ違いの便だったらしく、残念がっていると切っていた携帯にメールが入っていた。

 

『有意義な年末年始を過ごさせていただきました。また支社創設の際に海雲様と参りますね、お姉さん』

 

 ……なんか、聞いたことない文字が見えるのは気のせいかな? この漢字って変換すべき?

 そんなことを考えているとまきたんにジと目されたので携帯を直し帰宅。なのに母には『もう帰ってきた~』と残念がられた! そしてお土産に東京バナナあげるとテンション上がった!! 悲しい!!!

 その後は海雲さんに無事着いたことを報告し、変わらない日々です。

 

 何かがあったとすれば恒例の十日恵比寿の籤引きで万福(団扇)を当て、海雲さんのところに郵送。すると、チョコレートが送られてきました。

 海雲さんお気に入りのチョコと、かな様から宝石のように鮮やかなチョコ……幾らとか考えません。

 

 そしてニ月と言えばバレンタインに海雲さんの誕生日! 忘れてなんかいませんよ!! また内緒で行ってきましたよ!!!

 その辺を語るには長くなるので、別の機会でお願いします……ああ。

 

 それ以外は目新しいことはなく、変わらずバイトを楽しみながら頑張っています。

 海雲さんに会いたくなる時もあるけど、指輪を見ながら毎夜声を聞けるだけでも幸せです。それに三月になれば視察に来るって言ってたし、それまで我慢我慢。

 

 

* * *

 

 

 お昼を過ぎ、今夜もバイトの私は先にお風呂に入る。

 まったり浸かっていると浴室の戸を叩かれ『ボク行ってくるね』の声に返事をすると玄関が閉まる音。土曜の今日、まきたん休みなのに用事があるって大変ですね。母も朝から出てますけど、私が結局バイトじゃどこにも行けない。

 

 寂しさから休み揃えて家族で出掛けたいなと考えていると玄関が開く音がした。あれ、まきたん忘れ物かな。

 湯船から上がった私はタオルも纏わず浴室の戸を開けた。

 

「まきた~ん、忘れも……」

「……相変わらず大胆だな……」

 

 玄関入ってすぐ左に脱衣所もないお風呂があるので、玄関に居る人と思いっ切り目があった。私はゆっくりと戸を閉め、お湯を頭から被り、また戸を開く。

 

「みき……俺を煽って楽しいか?」

「かかかかかかか海雲さーーーーん!!?」

 

 そこには福岡(ここ)にいないはずの海雲さんがシルバーとグレーのタキシード姿で立っていた。なぜ!?

 頭が混乱していると海雲さんは靴を脱ぎ、私の前に立つと誕生日振りのキスをした。

 

「んっ、あん……」

 

 壁に寄りかかると、裸体のままだった肌に手を這わされ身体が疼く。

 この手遣い舌遣い甘さは海雲さんだ──と、浸っていると、玄関が開いた。

 

「はいはい、藤色さんそこまでですよー!」

「…………ちっ」

「りりりりりりんちゃん!!?」

 

 玄関を開いたのは、ミントグリーンのアメリカンスリーブにベージュのボレロを羽織ったりんちゃん。私は海雲さんと離され自室に促された。

 

 まったく意味がわからない私に渡されたのは、胸元に繊細なレースが編みこまれた白のエンパイアドレス。理由を聞く前に『着なさい』という迫力に負け、着るとサイズはピッタリ。

 

「そりゃ、笙子ちゃんと陽菜多ちゃんが作ったんだから当たり前よ」

「え!? このドレス、しょうちんとなっちゃんが作ったの!!?」

 

 肯定返事を貰いながら化粧をされる。いいいいったい何がどうなってるの!?

 海雲さんと昨夜電話した時は何も言ってなかったし……サプライズにしてはなんでりんちゃんまで。混乱している間に『でーきた!』と大きな声を上げたりんちゃんは、私を引っ張って玄関へ向かう。

 

「こんな感じでどうですか!?」

「…………ああ、いいな」

 

 彼女の手によって普段よりもハッキリとした化粧に、髪は高い位置でサイドポニテに花のボンネ。りんちゃん魔法使いですか!?

 そんな私を玄関に背を預けていた海雲さんに優しい笑みで見られ、恥ずかしくなる。そしてりんちゃんは『じゃ!』と言って出て行った……なんなの!?

 

「……みき、俺達も出るぞ」

「で、出るって、この格好でですか!?」

「ああ……戸締り確認してからこい。バックや指輪はいらない」

 

 指輪もですか!?

 な、なんとも言えない台詞に脱力しながら戸締りOK。家の鍵OK。海雲さんに抱えられてOK……じゃない!

 

「かかかか海雲さん! 自分で歩きますよ!!」

「……せっかくのドレスを汚すわけにもいかないだろ。どうせすぐそこだ」

 

 抱えられたまま家を出ると歩きだす。

 周りの人から仰天な目で見られるのが久々すぎて心臓が飛び出しそう。恥ずかしくて海雲さんの肩に顔を埋めていると、どこかの戸が開く音が聞こえた。次いで頭上からは『カっモ~ン♪』。

 

「…………へ?」

 

 それはいつも聞く音(ベル)。

 不思議に思いながら顔を上げると、大きなクラッカー音と一緒に副音声ではない大勢の『カモん!』の声が聞こえた。

 

 紙吹雪が舞う中、私は何度も瞬きする。

 ここは私のバイト先『カモん』。だけど、居るのは大将と奥さんだけじゃない。母、まきたん、お秘書さん、ダンディさん、かな様、りんちゃん、こうちゃん、りんちゃんのご主人さん……呆然としながら呟く。

 

「みなさんお揃いで……なんのイベントでしょ……?」

「姉さんの結婚式ってイベントだけど?」

「はいぃぃっ!!?」

 

 わわわ私、いつの間にそんなイベントを起こしたの!? せ、セーブしたっけ!!?

 すると久々に聞く大笑いが響く。

 

「あっははははは! 本当ちんちくりん、何度会っても笑えるわ」

「こんなバカな娘でホントすみませんね~」

「いやいや、海雲には丁度良いぐらいだし、華菜子と私も楽しいですよ」

 

 あれれ? 母達は会うのはじめてですよね? なんでそんなに仲良しなんですか?

 そんなことを思っていると、ダンディさんがiPadを差し出す。かえでんやちーパパさん達、峰鳶家が映っていた。『みきさ~ん』と元気に喋ってるけど……ええっ、生中継ですか!?

 

「全国放送ですよ、みっちゃん様」

「ウソっ!!?」

「ウソに決まってんでしょ……寺置さんもバカ言うのやめてよ」

 

 スーツ姿でくすくす笑うお秘書さんの横で溜め息をつくまきたんは胸元にギャザーを寄せたローズのドレープドレスに真珠のアクセ。まきたんの足だし服なんて久々に見っだ!!!

 叩かれながらも周りを見るとみなさんスーツにドレス……その姿に私は海雲さんを見た。

「……本当に……結婚式?」

「ああ。みきは式をしたくないと言ってたが……身内だけでもと思ってな」

「みっちゃんに内緒でマズいかと思ったが、あんちゃんから話を聞いて、ぜひ『カモん』(ウチ)でやりたくてな」

 そんな随分前の我侭を……それで母もまきたんも大将も……わざわざダンディさん達まで。

 すると、立ち上がった母から一枚のカードを手渡される。そこには──。

『幸せな人を見つけれて良かったな。おめでとう。父より』

 

 

 その字と言葉に私は顔を伏せたが、母は優しく頭を撫で、耳元で小さく『幸せになっていいんだよ』と囁いた。

 

 ずっとずっと溜まっていた想いが全部放たれたハズなのに、胸は痛くて悲しくて……でも嬉しくてポロポロ涙が出た。でも、かな様に『泣くと化粧が崩れる!』と止められ周りは爆笑。すみません。

 

 必死に泣き止もうとしていると、前に出てきたまきたんが私の手を取る。

 そしてと額と額をくっつけると微笑んだ。

 

「もう、ボ……私のことも心配しなくていいからね。みきが幸せならそれで充分だから……ありがとう姉さん、幸せにね」

「ま……き……」

 

 もう、みんか揃って私を泣かす気としか思えない。

 そんな涙をまたポロポロ流していると海雲さんが舐め取った。

 

「ぴぎゅっ!」

 

 変な声が出たーっ!

 まきたんだけ呆れて他の人は爆笑。羞恥のおかげか涙が止まると、海雲さんがポケットから取り出した箱を開ける。中にはシルバーにピンクダイヤをあしらった指輪……またいつの間に。

 

「牧師がいないから……寺置にしとくか?」

「藤色のお兄さんやめて!」

 

 そう反論したまきたんの頭を撫でるお秘書さんにくすくす笑っていると、優しい手に左手を取られた。ゆっくりと私の左手薬指に新しい指輪……本当の証が付けられる。

 私もかな様から同じデザインでダイヤのない指輪を受け取り、海雲さんの左手を取ると薬指に嵌める。海雲さんは笑った。

 

 

「いまさら聞くまでもないな……と言うか、指輪はもう嵌めたし、無効できないぞ」

「……はい。今日から“彼女”じゃなくて海雲さんの“お嫁さん”で全部海雲さんのものです!」

 

 

 そう言った瞬間、私はジャンプした。

 跳びついた私を抱き止めてくれた海雲さんと熱い口付けを何度も交わす。周りから色々な声が聞こえるけど、貴方しか見えてません。ずっと欲しかった想いが今こうして私の前に、周りにひとつの輪を繋げてくれた。

 

 『カモん』で貴方に出逢えた瞬間から新しい扉が開き、これからも続いていく。

 ずっとずっと、貴方と一緒に────。

 

 

 

 

~Fin~

                   本編 / あとがき

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