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​カ​モん!

 幕間5*「よくわからない」
​    ※海雲視点

「藤色さん! この書類、今日までだそうです!!」

「大阪の担当が至急打ち合わせしたいと!」

「海雲さまーっ、私達と一緒にお昼どうですか!?」

「…………うるさい……」

 

 十二月も半ばを過ぎた年末の追い込み、二十八日。

 福岡から帰ってきても休む暇なく机の上には書類の束がドッサリ。束を寺置の机にズラしたら新聞紙で叩かれた。それは俺を叩くためにあるのか?

 

 東京に帰ってきて最初に思ったことは『空港から遠い』。

 会社まで車で一時間以上とか、福岡なら何社回れることか。夜も消えることない灯りに包まれる景色は、真っ暗の中で『カモん』を見つけたのを懐かしく思い出させた。

 

 そんな書類を片す合間に突くのはペンギンのヌイグルミ。

 手の平サイズでハートを持っているペンギンはクリスマスにみきが贈ってきた物だ。会社宛に。

 

「まさかご自宅の住所を教えていないとは思いませんでしたよ」

「まさか贈ってくるとは思わなかったんだよ……」

 

 顔を覗かせた寺置と溜め息をつく。

 会社の住所は名刺を見たらしいが、メールで自宅を聞くのは思いつかなかったそうだ。マジか。大量の荷物の中に紛れていた時はビビッたぞ。新手の寺置の苛めかと思ったぐらい。

 

「それで海雲様はふわもこペンギン抱き枕を贈られたんでしたね」

「……なんで知ってるんだ?」

 

 忙しすぎてクリスマスなんざ忘れていたが、これが届いたのを見た瞬間すっ飛んで見つけた抱き枕。間に合わなかったのにも関わらず、写メが送られてきた……嬉しそうに抱きつくペンギン着ぐるみのみきが。待ち受けにしちまったじゃないか。

 

「まき様が『ニ匹のペンギンうざい』と仰ってましたよ」

「…………妹と連絡取って……いや……いい」

 

 一瞬聞くか迷ったが、背筋に悪寒がしたのでやめた。

 みきの妹まき。双子だけあって顔立ちは似ているが真面目なのか、みきとは違う意味で物事をハッキリ言う。はじめて会った時は寺置に似た雰囲気があったが……考えるのをやめ、寺置の運転で打ち合わせへと向かった。

 

「そう言えば社長から伺いましたよ。例の計画、いつかはと思っていましたが大丈夫なんですか?」

「……早いか遅いかの違いだろ」

「そんなの受け持ったら、みっちゃん様と夫婦なんて遥か先になりますよ」

 

 相変わらず痛いとこを突くことに溜め息をつくと、懐から取り出したチョコを食べる。

 

「……親父を裏切るわけにもいかないからな……男のプライドもある」

「プライドですか?」

「この前みきの通帳を見たんだ」

 

 スカイチャペルで結婚の約束をした日。

 相変わらず支払い関係にワタワタするみきが見せたものは目を疑うものだった。

 

「通帳……また妙なものを。それで?」

「……残高一千万以上」

 

 呟きと同時に急ブレーキをかけられ、前屈みになる。

 おいっ! 急ブレーキは事故の元って知らないのか!! 頭抱えてんじゃねぇ!!!

 

 そんな雰囲気で睨むと『貴方が悪い』みたいな目をバックミラー越しに向けられた……俺かよ。

 落ち着きを取り戻した寺置は緩やかに車を走らせるが、躊躇った様子で話す。

 

「一千万って結構な額かと思いますが、バイトだけで貯まるものなんですか?」

「いや……十六の頃から色々バイトしたり、絵関係で貯めていたらその額だったらしい」

 

 本人曰く物欲がないらしく、バイト代も小遣い五千円以外は半分家、残りは即銀行。母子家庭で節約性がついたせいか貯金に手は出さないが、親しい人間の誕生日などは大きな買い物をするらしい。

 俺のペンギンも小さいが、調べたら五千円ぐらいだった。道理で手触りが良いはずだが色々と矛盾している。

 

「はあ、それはまたすごい。絵関係は最近見ないとまき様は仰っていましたが……で、男としてなんか負けたと?」

「……そんなところだ……最近の女は怖いな」

 

 普段ニコニコとボケかましているくせに、妙なところで真面目で頑固で突拍子で、ホントよくわからない女を好きになったもんだ。それでもベッドの上で啼かした時は甘美な声と淫らな姿は欲望をそそる……考えたら逢いたくなって沈んだ。寺置、呆れてるだろ。

 

 打ち合わせ終わったら電話してみるか。

 

 

* * *

 

 

「藤色さん、なんで怖い顔してるんスか?」

「奥村くん、放っておきなさい」

 

 夕方の会社で部下の奥村と寺置が何か行っているが耳に入ってこない。

 打ち合わせが終わった後みきに電話をかけたが出なかった。『カモん』は今日から三箇日まで休みだと昨夜電話で言っていたから出ると思ったんだが……出ない。

 

「イライラしてますね。やっぱ仕事疲れっスかね?」

「逢いたい時に逢えないって辛いですよね」

「……え? え!? もしかして藤色さん女いるだっ!!!」

 

 後ろがうるさいな。

 一週間我慢できたから大丈夫だと思ったが、さすがに二週間以上になるとキツイ。一度考えはじめると一気に欲望が渦巻く。やっぱり寺置に止められても空港でヤっとけばよかった。

 そうイライラしながら席に着く俺に、女子社員達が声をかけてきた。

 

「海雲さん。今日の帰り一緒に飲みに行きませんか?」

「金曜ですし、年末最後ぐらい」

 

 みきと同じぐらいの歳だろうが、綺麗に整った顔立ちに合う化粧とセットされた髪型に制服。仲畑さんのように『美人』とは思うが何も揺るがず、大きなため息と一緒に手を横に振った。

 

「……遠慮する。三十日まで仕事あるからな……テキトーにしといてくれ」

「それじゃ~三十日はOKなんですか~? その指輪の件とかお聞きしたいんですけど~」

 

 周りがざわついた気がする。

 俺の左手薬指には『あの指輪』が嵌めてあり、何人か隅で聞かれはしたが堂々と聞かれるのも変な感じだ。急でニつでも八十万以下だった分、結婚指輪はちゃんとオーダーしないとな。みきには怒られそうだが。というか撫声はやめてくれ……特にイラついている今は。

 沈黙を貫いていると寺置が割って入ってきた。

 

「はいはい、みなさん。面白い話は良い仕事をした後にしてくださいね。海雲様には大事な案件が待ってますので、邪魔したら仕事増やしますよ」

 

 嚇しのような声で全員を引き下がらせるのはさすがだ。そして案件はマジだったのか、コンニャロー。仕事をドッサリと置いた寺置は笑いながら奥村とニ人、部署から出て行った。

 仕方ない、こうなったら仕事に没頭するか。

 そう意気込むように仕事を再開して数分。机の電話が鳴り、フロントからだとわかると受話器を取った。

 

「はい、藤色です」

『寺置です』

「じゃーな」

『こらこら、大事なお客様がお見えですよ』

「……客?」

 

 ついさっき出て行ったヤツが何バカやってるんだ。というか今日はもう客の予定ないだろと溜め息をつく。

 

「どちらさまだ」

『こちらさまです』

 

 ふざけてんのかてめーと言いそうになった瞬間、別の声が耳に届いた。

 

 

『海雲さ~~~~ん!』

「…………………………は?」

 

 

 その声に固まる。

 ちょっと待て……なんで東京に……会社にいるんだ、と、混乱しながらも勢いよく受話器を置くと駆け出した。やはり予想斜め上をいってわからない!!!

 

 受話器の声は昨夜も聞き、悶々の種になっていた────みきだった。

                    本編 /

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