カモん!
34話*「お嫁さん」
今朝から海雲さんに愛され腰が痛いです……けど。
「ほらほらー、ちんちくりーん行けー!」
「いっきま~~~~す!」
髪をひとつの三つ編みにした私は、スタートを切るように廊下の雑巾掛けをはじめた。
大晦日の今日、藤色家では突然の大掃除がはじまったのです。
なぜ!?、と訊ねたら『ちんちくりんが大掃除しろって言ったじゃない』と、かな様に言われ何も言い返せませんでした。同じように三つ編みをしたかえでんが窓を拭きながら心配そうに見つめる。峰鳶家まで巻き込んでしまってすみません。
「みきさん、代わりましょうか?」
「じょーぶ、じょーぶ。まだまだ若いですからね~、かえでんの方が身長あるので窓お願いですよ~」
「ちんちくりーん、もう一周~」
「ひえ~~~っ!」
この家の廊下広すぎなんですよ! それを私一人なんて酷いですよ!! 美味しいおやつに乗せられましたけどね!!!
内心文句を呟きながら床を拭いていると、玄関から青のつなぎ服を着た海雲さんと仁くんが入ってきた。
「海雲さ~ん、転職ですか~」
「……違う」
「あっはは、俺らは車とか外の掃除だからね」
なるほどなるほど動きやすい服でですね。
それにしても海雲さんも仁くんも楽しそう。やっぱり男同士で好きな話は盛り上がるのかなと笑顔になっていると、海雲さんに手招きされた。近付くと、内緒話をするように耳打ちされる。
「……楓仁は会社を継ぐ気があるらしい」
「え、今までなかったんですか?」
「……まぁ、子供の頃に『継げ』と言われても反抗的にはなるな……俺もそんなもんだったし」
どこか納得している海雲さんに、同じ境遇にいることに気付くと確認するように問うた。
「海雲さんは継ぐ気ありますよね?」
「……あったりなかったり」
「うえっ!?」
「あれ、でも海兄ちゃん継いだら婚約者ちゃんどうすんの?」
よくわからない返答に困っていると、仁くんがひょっこりと顔を出した。
その問いに気付く。海雲さんは『カモん』のバイトを続けたければ良いって言ってたけど、結局は遠距離になるんだし、もし『結婚』とかになったらどうなるのか。
まだ見ぬ未来に顔が火照りはじめていると、海雲さんに手を取られる。光る指輪にキスが落とされた。
「……今から役所行くか?」
「ひぇうえあうあ!!?」
変な声を上げると仁くんとかえでんが笑う。
海雲さんは『もう慣れた』みたいな顔で溜め息をつくが、恥ずかしくなりながらも私は胸の内をポツポツ語った。
「ええっと……私は別に東京きてバイトを……」
「就職とかしねーの?」
「兄さん!」
「あ、っと……会社系は苦手で……」
私が“苦手”と言うのが意外だったのか、三人は瞬きを繰り返す。
いやいや、私にだって苦手なものありますよ! 犬さんにはオニギリを取られて追い駆けられてから苦手だし!! しめじは苦いし!!!
その答えに呆れた眼差しを浴びてしまった。なぜ!?
「なので……そんな私でも海雲さんが許してくれるなら……いつでもお嫁さんになりたいです……」
恥ずかしそうに微笑むと、仁くんとかえでんは顔に真っ赤にし、海雲さんは数秒硬直する。と、お姫様抱っこをされた。うひゃあああーーっ! かえでん、資料用シャッターチャーンス!! つなぎ服の海雲さんですけどねーーーーっっ!!!
けれど、かな様が海雲さんの頭を叩いた。
良い音に私は感心するが、海雲さんは無言ながらも睨んでいるように見える。そんな彼の頭を撫でていると私も叩かれた。
「っだ!」
「そういうバカはあたしと海人さんに許可取ってからよ~」
「……おい」
「か、かな様、もしかして私ではダメなんでしょうか!?」
ちんちくりんちんちくりんと散々言われ、良い印象を持たれてない可能性に顔を青褪める。わからない笑みを見せるかな様に不安が襲いはじめていると、リビングから淑女さんが出てきた。
「華菜子先輩。主人達が呼んでいるのですが……」
「はいはい。ちんちくりん、答えを知りたいなら頑張って掃除なさ~い。あ、それと指輪外しておきなさいよ」
「まだダメだからですか!?」
「指輪汚すんじゃないわよ!!! ……って、こと」
物凄く怖い顔にマッハで頷いた。
宝石のお仕事しているだけあって説得力あります、すみません。
私は指輪を外すが、箱を持っていないので取り合えずポケットに入れる。淑女さんには相変わらず痛い視線を送られるが、気にせず掃除に戻った。
* * *
ないないないないないないないない!!!
時刻は夜の七時。大掃除を終え、お駄賃のお菓子を食べ、お風呂に入って年越し蕎麦食べて年越すぞ!……に、なるハズでした。
真っ青な顔でポケットや髪を逆さにするがない。果てには下着を残し、服を全部脱いだがない。
「…………大胆だな」
「ふひゃはああああ!!!?」
いつの間にかいた海雲さんに驚く。
いえ、ここは彼の部屋なので居てもおかしくないですけど、赤面しながら急いで服を着る。けれど後ろから抱きしめられ、首筋にキスを落としながら胸を弄られた。
「で、どうかしたのか……?」
「い、いえ……んあっ……ちょっ、探し物」
「何か落としたのか?」
「そそそそ掃除中に落としたかもなので探してきます!」
「おい?」
許してください! 私もしたいけどダメなんです!!
内心謝りながら部屋を出た私は、廊下にいた仁くんとかえでんに泣きつくように事情を話した。
「婚約指輪をなくした!?」
「み、みきさん、それは……」
「ふええ~ん、申し訳ないです~」
「「いや、それ言う相手が違う……」」
ニ人がハモッた!
けれど、さすがの私もそれ以上は言えず黙ると、ニ人は顔を見合わせた。
「と、ともかく探そうぜ。外したとこは俺らも見てんだしさ」
「そ、そうですよ。どんな指輪か見せてもらっているので一緒に探しますよ!」
「ゴミ箱行きになっていなければいいんですが……」
不吉な発言に二人は黙る。
でもネガティブはダメだとニ人に協力してもらい、探しはじめた。さすがに海雲さん達には言えません。
唯一のお手伝いさんである荒木さんにも聞いてみましたが見ていないと言われ、今日掃除をした廊下を中心に探すが見つからない。まさか大理石と同化……いやいやと首を振ると、庭と水の張ったプールが目に入る。まさかとドアを開けると、かえでんに止められた。
「み、みきさん、さすがに外には」
「いえ、だって庭で草むしりしたので……」
まさか草むしりまで頼まれるとは思いませんでしたが、うおりゃあと元気良くむしってたので、その拍子に落としたかもしれない。かえでんの制止を振り切り外へ出る。が、さすがに寒い。カーディガン羽織って来ればよかった。
冬でも綺麗な水が入っているのは金持ちならではでしょかと裸足になってプールの周りを探す。寒いのは我慢我慢。プールは透明で底も見える……良かった、水の中にはなさそう。
安堵していると、かえでんが上着を持ってやってきた。
「みきさん! 早く中に入らないと風邪を……」
「楓、こんな時間に何をしているのですか?」
かえでんと一緒に、ドアの傍にいる不機嫌な淑女さんの声が混じった。
かえでんが肩をピクリと揺らし顔を青褪めるのは、漫画のことを強く反対されていて苦手意識を持っているからだそうです。お母さんなのに。彼女の前に立った私は頭を下げた。
「すみません! 私が指輪を探していたのを案じてくれただけなんです」
「指輪……?」
「あっ、いえあの……」
つい、本当のことを言ってしまい、しどろもどろになる。すると淑女さんはポケットから何かを取り出した。
「それは、この安っぽちな指輪のことですか?」
「あああああーーーーっ!!!」
それは紛れもなく海雲さんから貰った指輪。けど、安っぽち?
久々にちょっと嫌な気分になりましたよ────。