カモん!
30話*「戦いの火蓋」
海雲さんの部下、おっくんのように人懐っこい笑みを向ける楓さんのお兄さん。そうじさん。あんまり楓さんと似てないのは性格が反対だからかなと考えていると、突然抱きつかれた。
「ひゃうっ!?」
「ん~丁度良いサイズで抱き心地も良い~」
「身長のこと言ってますか!?」
もう諦めついていたハズなのに、かな様の“ちんちくりん”から敏感になってしまった。そんなぎゅうぎゅうにされる私を助けてくれたのは楓さん。
「……兄さん止めてください。みきさんは兄さんよりも年上ですよ?」
「え、マジ?」
「マジだ」
瞬きするそうじさんと共に低い声。
三人振り向くと、壁に手をつけた私服の海雲さんが睨みながら立っていた。
「……みきを下ろせ、楓仁」
「か、海雲さん……!」
「なになに、そんなラブなの海兄ちゃん?」
まだ離そうとしないそうじさんに向かって、ゆっくり近付いてくる海雲さん。私は手足をバタバタさせると泣き叫んだ。
「楓さんに名前呼ばれました~~~~!!」
「「「は?」」」
「あっははははは!」
素っ頓狂な声を三人が上げると、立ち止まった海雲さんの後ろから爆笑する声。この声は。
「あはは……ダメ……どうしましょ海人さん……今日腹筋ヤバイわ……!」
「華菜子、笑いすぎだ。一昨日振りだね、みきちゃん」
「ダンディさん、お疲れ様です! そしてかな様笑いすぎです!!」
「ダンディさんとかな様って……マジか、海兄ちゃん……」
呆れた眼差しを向けるそうじさんに海雲さんは答えない。
腕が緩んだ隙に抜け出した私は呆然とした様子の楓さんの前に立つと手を差し出した。
「“かえでん”って呼んでいいですか?」
「かえ……でん……?」
「みき……長くなってるぞ……」
「じゃあ俺は俺は? 婚約者ちゃん!」
まだ呆然としている楓さんの横からそうじさんが顔を出し、改めて自己紹介すると漢字は“楓”に“仁”とのこと。ふむふむと頷くといつもの癖がでた。
「よろしくお願いします、仁(じん)くん!」
「改名された!?」
「騒がしいぞ楓仁!」
楓仁さん改め仁くんの悲鳴と共に野太い声が響き渡る。
見ると、かな様達の後ろに仁くんと楓さんのお母さんである淑女さん。そして横にはダンディさんのようにスーツを着てるけど体格もシッカリとし、白と黒が混じった髪に口髭と厳つい顔の男性。恐らくご主人さん=お父さんだと思うけど……小さい。
いえ、ここにいる人達が私を除けば平均的に高いだけだと思いますが、ブーツを脱いだ楓さんよりちょっと小さいから、一六十ちょっと?
「なんだ嬢ちゃん、その目は?」
厳つい顔に太い眉が寄せられ、重い空気が流れる。でも私はその人目掛けて駆け出した。泣き叫びながら。
「ち~パパさ~~ん!!!」
「な、なんだねキミは!?」
また全員の眼差しを受けるが、気にせず泣き付いてしまった。
この安堵感はなんでしょうね! “ち~パパさん”が“ちっこいパパさん”の略なんて決して言えませんが!!
* * *
さてさて向かいましては峰鳶家。反対側のこちら藤色家がソファに家長順に座っていますが、峰鳶家の方が一名多いので援軍で私が腰を下ろします。ちなみにお秘書さんは既にとんずらしてました。いけませんね。
両家の睨み合いが行われる中、今まさに戦いの火蓋の幕が明ける──。
『チーン!』
合図のようなベルが鳴ると、ほんわか笑顔を向ける六十代ぐらいのエプロンを着た女性が顔を出した。
「はいはい、何か御用ですか?」
「あ、すみません。荒木さんを呼ぶ呼びベルでしたか」
藤色家の家政婦さんである荒木さんを間違えて呼んでしまい、私は頭を下げる。
その光景に全員の目が刺さるが、構わず荒木さんに手を振った。それにしても呼び鈴まであるなんてすごいですねと思っていると海雲さんに頭をぐしゃぐしゃにされた。その表情は呆れを通り越してお疲れな様子。
「みき……大人しくしててくれ……」
「だって、さっきからみなさん何も話さないじゃないですか! 私の沈黙忍耐は十分しか保ちません!!」
「もう少し努力をしろ……」
つまりまだ座って十分。されど十分。
しかも重たい空気が漂う中、目の前になんのベルかわからないのがあれば押したくなるものでしょう。普通はいけないと思いますが、部外者からすればこの空気は痛すぎます。
「大体みなさんお揃いで何するんですか!? こんな一堂に会するなら明後日のお正月待って大掃除でもしましょうよ!!!」
部外者の私がどやかや言えるものではありませんが、本当に沈黙は苦手なんです。
その指摘に毒気を抜かれたのか、両家溜め息をつきながら、ちーパパさんから順に口を開いた。
「……藤色。なんなんだこの嬢ちゃんは……俺ぁ頭が痛いぞ……」
「海雲も良い嫁を見つけてきただろ?」
「ただのバカなちんちくりんでしょ。面白いのは認めるけど」
「それにしたっては礼儀がなっていません。こんな方を華菜子先輩は迎えられるのですか?」
「母さん……」
散々な言われようは目を瞑っておきましょう、うん。
そこで一旦解散となり、海雲さんの案内で仁くんと楓さんの四人で部屋に荷物を運ぶことにした。海雲さんが言うには『Earth』と峰鳶さんのところで合同開発する案が出ているようで、今回は親睦も深めるために三箇日までお泊りするらしいです。恐怖の年末合宿にしか聞こえないんですけど。
「仁くん達のところも機械系の会社なんですか?」
「海兄ちゃんとこは中型や小型系でウチは大型。今じゃ大小備わったもんがなんとかで今回の話が出たらしいよ」
会社同士の話を聞いていいのか一瞬不安になりましたが、海雲さんは頷いている。でも普通会食とかで家族同士でお泊りすることはないような……と疑問に思っていると、海雲さんが補足した。
「親同士、昔から付き合いがあるんだ……御袋達は先輩後輩、親父達も幼馴染同士で、俺も子供の頃から楓仁と楓嬢とは顔馴染みだ」
「なのに今は仲が悪いんですか?」
訊ねる私に海雲さんも仁くんも苦笑している。
色々あるものなんですね。子供側としてはなんとも言えませんが。
そしてもちろん私は海雲さんのお部屋にお泊り。
十八畳もある部屋なのに変わらずベッドに本棚にソファぐらいしか物がない。海雲さん、無趣味ですか?
「俺の趣味は外でするものだからな……」
「まあ、機械系ですから……うんっ」
荷物を置いた瞬間、その場に押し倒され口付けられる。
床にはカーペットが敷かれ、痛くも寒くもない。むしろ海雲さんの体温で身体も口内も満たされる。ゆっくりと腕が背中やお尻を這い、下肢を割って──。
「だだだだだダメですよ、海雲さん!」
「また止めるのか……?」
「私もしたいですけど晩御飯前に果てたらマズいです!」
「……したいならいいだろ。呆れて寝たと言っておく」
「なおさらマズいです!」
ただでさえ峰鳶さん夫婦に良い印象持たれてないのに、私がバカしたらダンディさん達に迷惑が掛かります! ご厄介にもなってるのに!!
そうこう言い合っている間に首筋にお腹に花弁が付けられ危険になるが、ダンディさんのお呼び出しが掛かって止まってくれました。舌打ちされた気もしますがセーフ。
呼び出しは海雲さんだけだったので私は楓さんの部屋へ向かう。
楓さんにはまだあだ名OK貰ってない(かな様もですが)し、女子同士お喋りもしたい。ルンルンで部屋に着くと、ドアを叩いて名乗る。お部屋にいたようで『少し待ってください』と言われ、癖のように辺りを見渡した。
白い壁に立派な絵画や壺にお花。
ライトも窓枠も一般で見れる代物ではなく、手がウズウズして……ん?
何かに引っかかっていると、ドアが開かれる。
「……お待たせしました」
「あ、突然すみません。入っても大丈夫ですか?」
「……はい」
ちょっと不安そうな表情をされたけど中に入れてもらえた。ほっ。
海雲さんの部屋より狭いが、ふわふわピンクのベッドや棚など何回か泊まりに来ていないと用意されない家具がある。可愛いな~女の子だな~少女だな~と、また見渡していると、勉強机に置かれた可愛い桜模様の筆箱が目に入った。隙間から見えるのは──。
「あああぁぁーーーーっ!!!」
「はいっ!?」
突然の叫びに楓さんも悲鳴を上げる。
慌てて振り向いた私は、ちょっと身長の高い楓さんの両肩を掴んだ。
「楓さん、もしかして漫画描いてます!?」
その問いに、彼女の目が大きく見開かれた────。