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​モん!

  29話*「お名前」

 様々な眼差しに、私も冷や汗が止まらない。

 救いは海雲さんが肩を抱いてくれていること。そんな彼が最初に口を開いた。

 

「……御袋、俺達は先に本宅へ帰るぞ」

「ははっ、は……ええ、良いわよ。あたしは海人さんと峰鳶と一緒に行くから」

 

 かな様はやっと笑いを堪えるが、私を見ると吹き出した。

 淑女さんも笑みを浮かべているけど目は笑っておらず、謝るべきか悩む。すると先に淑女さんが前に出た。ビクりとした私をスルーした彼女は海雲さんに微笑む。

 

「海雲さん。よろしければ楓も一緒によろしいですか? 楓仁(そうじ)が先に着いていると思いますので」

「……俺は構いませんよ。みき、いいか?」

「は、はい」

 

 “かえで”って言うのは娘さんのことですよね? あと“そうじ”ってことは息子さんもいるのかな?

 そんな想像をしていると、かえでさんがサラサラの黒髪を揺らしながら前に歩み出て、お辞儀をした。

 

「……はじめまして、峰鳶 楓と申します。歳は十四、よろしくお願いします」

「じゅじゅじゅ十四歳ですか!? ははははじめまして、辻森みきです! えっと二十五です!!」

 

 十四歳って、私の十以上も下じゃないですか! 最近の十代の方わからない!! しかも私より頭hito

つ分も身長あって良いな!!!

 ぐるぐる目を回す私に慣れているのか、海雲さんは私を引きずりながらお秘書さんとかえでさんを連れて会社を出た。手を振るほしりんが見えたので、ちゃんと振り返しましたよ。

 

 

* * *

 

 

 車内は静かだった。

 エンジン音も殆ど聞こえないなんて素敵な車さんですね。まあ、右隣の海雲さんは元々喋る人ではないですし、左隣のかえでさんも喋らず、運転中のお秘書さん……は、この状況楽しんでますね?

 沈黙が得意ではない私はかえでさんに話しかけた。

 

「えっと……かえでさんの字は……漢字ですか?」

「……「木」に「風」です」

「なるほどなるほど。あ、私は平仮名で「みき」です」

「……そうですか」

 

 淡々とした口調は海雲さんとはじめて会った頃を思い出す。

 くすくす笑っていると楓さんに眉を顰められ、慌てて手を横に振った。

 

「ちょっと思い出し笑いと言いますか、漢字の名前が羨ましいんです。私も最初“未来”で“みき”だったんですけど、母が産まれた私を見て『平仮名っぽい』って変えたらしいんですよ」

「「ぶっ!」」

 

 静かだった車内に突如吹きだす声。

 海雲さ~ん、お秘書さ~ん。顔を逸らしてますけど肩がバッチリ揺れてますよ~と、ニ人の肩を叩く。笑いを堪える海雲さんが頭を撫でた。

 

「『っぽい』な……」

「ええ。瑞希様の判断は正しいかと思います」

「なんですか、ニ人とも!」

「平仮名の方がみきっぽくて可愛いってことだ……」

 

 妙なフォロー入れられても……平仮名側としては羨ましいんですよ。

 そんな私達を楓さんは目をパチクリしながら観察しているようにも見え……ん? 観察?

 何か引っ掛かりを覚えていると、お秘書さんが話しはじめる。

 

「海雲様みたいに大層なお名前付けられても名前負けするだけですからね」

「海雲さんはなんで“うみぐも”さんなんですか?」

「おいっ、お前ら」

 

 苛立った海雲さんは前座席のお秘書さんに蹴りを入れ、私の頭をぐしゃぐしゃに回す。

 

「いたたたっ、すみませ~ん」

「笑いながら謝るな」

「あはは……で、お名前の由来は?」

「…………海よりも雲よりも……大きな男に……」

 

 全員が沈黙。

 するとまた運転席を蹴り、私の頭はぐしゃぐしゃ混ぜられる。先ほどとは比べ物にならないほど強い手に、楓さんを死守せねばと抱きついた。

 突然のことに彼女は小さな悲鳴を上げるが、柑橘系の良い匂いに私はニコニコ。海雲さんは呆れている。

 

「……さすがの俺も楓嬢にはしない」

「それを狙った避難です!」

「足りないようだな……」

 

 怒りの手に捕われた私は膝に乗せられ、羞恥に身体をバタバタさせる。

 ちなみに楓さんの由来は紅葉のことで、落ちる葉は翼になってどこまでも行けるように……らしいです。お秘書さんは『そのまんまですよ』と言われましたが、守るより攻めのような……と、ちょっとオタク脳していたら、信号待ちの時に叩かれました。すみません。

 

 そのおかげか、楓さんの雰囲気が柔らかくなった頃には海雲さんの御実家に到着しました。

 御実家は小高い丘にあるセミクローズドの外構に、白を基調とした洋風のニ階建て。車も五台停められる豪邸。花々なアーチ状の階段を上り、玄関に入ると天井は高く吹抜け。大理石ヤッホーに気後れした私は海雲さんに掴まりながら歩く。

 

 広さを聞いたら『10LDK』とか言われました。

 十って幾つだけっと頭が追いつかなくなってきました。長い廊下に、大きな庭とプールがあったのは見なかったことにしましょう。

 

 マンションと変わらない大きさのリビングにあるソファに座ると、ふかふかで身体が沈みました。ジタバタしていると海雲さんが抱き上げてくれましたが、そのままキスされる。

 

「んっ、ふぁん……んっ」

 

 口内は舌と唾液が入り交じり、このまま深く溺れ……る前に、なんだか視線を感じる。視線を動かすと楓さんがジー……はうあっ!

 我に返り、慌てて海雲さんの背中をペシペシ叩くと不機嫌な顔を向けられるが、私も負けじと首を横に振る。

 

 その思いが伝わったのか、溜め息をつきながら私を下ろし『着替えてくる』と出て行った。

 動悸が治まらない中セーフと思うが、刺さり続ける視線にセーフではないと悟る。ソロリと振り向いた。

 

「あのー楓さん……恥ずかしいところ見せてすみません……」

「……恥ずかしいものなんですか?」

「あ、いえ……人様に見られるのと見られないのでは違ってですね……」

 

 彼女のジと目はちょっと苦手です。

 まきたんとお秘書さんみたいな冷たい視線ではないけど、どこか知っているような視線でもある。どこだっけと考えていると楓さんが呟いた。

 

「……お付き合い……されてるんですか?」

「は、はいっ! えっとまあ一応婚約してまして……これが指輪で……」

「へ~これがね~」

 

 婚約指輪を見せるとジーと興味深そうに見ている。

 やっぱり女の子は気になるもんですよ……あれ? 今、別の声が混じってませんでしたか?

 

 お秘書さんとは違う高い声……と、横を見ると男の人。

 一七十ぐらいの身長に、茶髪のミディアムマッシュスタイルで、お目めが少し大きく、耳に小さなピアス。呆然とするしかない私に、楓さんが手を向ける。

 

 

「……兄の楓仁で、十八です」

「よろしく~婚約者ちゃん」

 

 

 おおおおお兄さんんん!? しかも年下さん!!?

 十代怖いよ~~海雲さん早く戻ってきてくださ~~~~いっ!!!

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