カモん!
24話*「ファンクラブ」
「はじめまして。海雲さんとお付き合いさせてもらっている辻森みきと申します」
「こちらこそ、息子が世話になっているね。海雲の父で『Earth』の社長もしている、藤色 海人(あまと)だ。よろしく、みきちゃん」
「ダンディなお父様ですね!」
室内に沈黙が漂う。
笑顔で挨拶したのに、なぜ?
早くも腰が辛い中、最上階にある社長室に恐れ多くも海雲さんとお秘書さんの三人で通されました。夕日が射し込む窓辺を背景に、椅子に腰掛けていたのは社長さんで海雲さんのお父様。
少し白髪が混じったオールバックに、薄く口髭と顎鬚の高級スーツを着こなす紳士な男性です! ダンディです!! 海雲さんの将来もバッチリ!!
「良かったですね、海雲様」
お秘書さんは笑顔で、海雲さんは片手で額を押さえ、社長さんは笑っている。なぜ!?
一笑い終えた社長さんは立ち上がり、私に握手を求めた。身長は若干海雲さんの方が高いかなと思いながら握手に応える。大きな手であったかい……お父さん元気かな。
「よろしくお願いします。ダンディさん!」
「はははは! 聞いたとおり面白い子だ。海雲が折れたのもわかるな」
「……うっせー」
お父さん相手だと言葉荒くなる海雲さんに三人で笑うと、改めてソファに腰をかける。美味しい紅茶をいただきながら出会った時の話などをしていると、ふとお父様=ダンディさんに訊ねられた。
「みきちゃんは東京にいつまでいるんだい?」
「三十一日夜の飛行機で帰ります」
始終無言だった海雲さんがカップの音を大きく立て、お秘書さんも目を見開いた。視線は私に向けられ、瞬きするお秘書さんの口が開く。
「三箇日までとかではないのですか?」
「毎年二十八日から三十一日にきて帰るので、今年もそうですよ」
「……海雲、お前に会いにきてくれたんじゃないのか?」
「……よくわからない」
海雲さんの顔色が悪い! これは勘違いさせた!? しましたよね!!?
慌ててバタバタ両手を振る私は海雲さんにアピールする。
「あのっあのっ! 確かに二十九と三十は予定ありますけど、二十八と三十一日は海雲さんと年の最後過ごそうと……海雲さんの予定も聞かず勝手にきてすみません」
なんの予定も決めてないことを言った時のまきたんの呆れ顔を思い出す。はい、ダメな大人です。
しゅんとしていると頭を撫でられ、顔を上げる。そこには苦笑する海雲さん。
「……別に俺も三十まで仕事だしな。年最後にみきがいるなら充分だ」
「その分お仕事も早く終わりそうですしね」
「はははは、それは好都合」
三人の言葉に嬉しくなって微笑んでいると、またダンディさんに訊ねられた。
「ところでみきちゃん、泊まるところは?」
「何も決めてなかったのでネッカフェです」
笑顔で言うと、三人に勢いよく止められた。あれ?
* * *
ダンディさんとの挨拶後、海雲さんは残念ながらお仕事に戻っていきました。女性社員さんが見つめていたりとやっぱり人気者ですね。
私はお秘書さんと部下の方と一階のカフェで軽くご飯を食べることになりました。それにしても周りからチラチラ見られるのはお秘書さんが一緒だからかな? 隣のお兄さんもカッコイイからファンの人かな?
そんなニ人は深い溜め息をついた。
「……どー見てもバレましたよね」
「当然でしょう。堂々と拉致ったあの方が悪いです。私の苦労を……」
「あはは……は……いや~俺もあんな藤色さんはじめて見ましたもん。すごいっスね。え~と……」
「あ、はじめまして。辻森みきです」
「はじめまして。藤色さんの部下で奥村 太一と言います」
人懐っこい感じの満面笑顔の挨拶。海雲さん達とは全然違うタイプで、私も笑顔で応える。
「よろしくお願いします……おっくん?」
「あははは、おっくん良いね。みきちゃん」
「奥村くん、敬語と“さん”付けなさい。その方は年上ですよ」
「……え?」
優雅にコーヒーを飲みながら奥村さんこと、おっくんに訂正を求めたお秘書さんに、おっくんの顔色が悪くなる。大丈夫かな?
そっか私の方が年上ですかー。
おっくんは私のひとつ下の二十四歳だったみたいで、ペコペコ謝られてしまった。こんな年上女でごめんなさい。そんな彼に普段の海雲さんのことなど聞いていると、お秘書さんが席を立つ。
「海雲様の様子を見てきます。すぐマンションには帰れると思いますので、少々ここでお待ちになっていてください。奥村くんお願いしますね」
「はい」
「了解ス」
お秘書さんは微笑みながらエレベーターへと向かう。
私は結局一人暮らし中の海雲さんのマンションに泊まることになった。三泊四日もと遠慮しましたが『婚約者だろ』の一言で撃沈してしまい、思い出した今も顔が赤くなる。すると向かいのおっくんが楽しそうに笑いはじめた。
「くるくる表情変わって可愛いっスね」
「ふひゃはいっ!?」
また意味不明な返事におっくんは大笑い。結構笑い上戸なのかもしれない。
恥ずかしくて視線を逸らすと、同じ制服を着た美人な女の人が三人やってきた。三人は私の前に立ち止まり、おっくんは険しい表情をしている。
「おっくんの彼女さんですか?」
「ちちちち違いますよ!確かに部署は同じっスけど!!」
「同じ部署……ってことは海雲さんとも?」
「海雲“さん”……?」
真ん中の茶髪で、ふんわりセミロングの女性の眉がピクリと動いた。
あわわ女性が眉顰めてはダメですよ! 美人さんが台無しですよ!!
内心ワタワタしていると左の黒髪ショートボブの女性と、右の後ろ髪を団子にした茶髪の女性が口を開く。
「海雲様が女性といるって聞いたからわざわざきたのに……」
「とんだ無駄足だったわ」
可笑しそうな口調で海雲……さま……様……様っ!? お秘書さん以外にも“様”付けの人っているんだ!!!
女性で海雲さんを“様付け”ってことはと、無意識に私は立ち上がった。
「もしかして海雲さんのファンクラブの方ですか!?」
「「「「は?」」」」
おっくんまで混じった変な声と視線だったが、気にせず続ける。
「海雲さんカッコイイですからあるのかなって思ってたんです! あるなら私も入会したいんですけど出来ますか!?」
「え、えーと……」
「ちょっちょっと、アンタなんなのよ!?」
「あ、そうでした。私、辻森みきといいます。お姉さん方のお名前は?」
三人のお姉さんは若干引き気味に左から高月さん、森星さん、春日さんと教えてくれました。下の名前までは教えてもらえずちょっと残念。すると春日さんが私の前に立って顔を寄せる。
「それで? 貴女は海雲様とはどういう関係なの!?」
「お付き合いさせてもらっています」
笑顔で答えると『ビシッ!』と大きな音が聞こえた気がする。あれ? おっくん、顔色悪いけど大丈夫?
三人のお姉さん方の足元もふらついていて、心配になった私はカフェの店員さんに会社にお医者さんがいるか訊ねるが、おっくんに大丈夫だと制止をかけられた。三人も首を縦に振りながら口をパクパクさせている。
「おおおおお付き合いって……海雲様……と!?」
「はい。ちゃんとしたお付き合いは今月入ってすぐなんですけど……あの通り隙がないので、ぜひお姉さん方に海雲さんの趣味とか聞いてみたりカッコイイところとか語り合いたいんです!」
意気込んで言ったのに、四人の沈黙が続く。
だってお秘書さんは苦手なことは教えてくれても好きなことは教えてくれなかったんです。会社内の海雲さんもカッコイイんだろうなとワクワクしていると、エレベーターから海雲さんとお秘書さんが降りてくるのが見え、私は手を振る。
お姉さん方は仰天の目を向け、海雲さん達は眉を顰めたまま近付いてきた。
「海雲さん、私こちらのお姉さん方とお喋りしてきていいですか!?」
「「「「なっ!?」」」」
「「は?」」
六人の眼差しが私に集中する。中々ない体験に私もちょっと怖い。
戸惑った様子で海雲さんがお姉さん方を見るが、三人は頬を赤くし『結構です!!!』とお辞儀して去って行ってしまった。
海雲さんはわからないといった様子で私を見る。
「……なんかあったのか?」
「海雲さん部に入会し損ねました」
「……は?」
ガックリしていると、やっぱりわからないといった顔の海雲さん。顔を青褪めたおっくんは、お秘書さんに泣き付いている。
「あの人なんなんスか!? 寺置さんの弟子っスか!!?」
「奥村くん、ちょっと二人っきりでお話ししましょうか」
お秘書さんのニッコリ笑顔に、おっくんが膝を折った。
やっぱり、お医者さん呼ぼうか────?