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​カ​モん!

   幕間2*「一致」
​    ※海雲視点

『おはようございます。一時間後にはお迎えに参りますので起きてくださいね。じゃないと博多湾に沈めますよ』

 

 返事も待たず切れた電話に、寝ぼけた頭が少しずつ目覚めてくる。

 なんで嚇しの電話で起きなきゃならねぇんだ、しかも男ヤローの声でとか文句も一緒に。

 

 ホテルは海沿いにあり、博多湾が一望できる。

 さらに目前には福岡タワーという、ほぼ最上階エグゼクティブルスイート。

 わざわざ親父が用意したらしいが、殆ど外で商談のため寝るだけで終わりそうだ。幸い寺置とは別室だが、ヤツは普通のゲストルーム。俺もそっちでいいと言ったら『さびしんぼのチキン野郎ですね』とかぬかしやがった。

 

 ……朝から苛立つのはダメだな。

 洗面を済まし、フィットネスセンターで軽く汗を流すと身体も温まり、頭のエンジンも掛かる。部屋でひとっ風呂浴びて出てくると、キッチリとスーツを着こなした寺置が待っていた。

 

「おはようございます、海雲様。相変わらず前髪を下ろしていると童顔ですね」

「……お前、もう口を開くな」

 

 こいつはどうしてこうも一言多いんだ。

 溜め息をつきながらスーツを着ると、ストレートの短髪で若干目を隠す前髪をヘアワックスでアップに整える。上着を手に取り、ホテルのレストランで朝食を終えると車に乗り込んだ。

 

 車内では寺置と今日の予定を確認しながらチョコレートを一口。

 その甘さから昨日のちっこいのを思い出し頬が緩む……今日も頑張るか。

 

 

* * *

 

 

 商談は早めに終わった。

 昨日訪れた会社で、今日は社長とニ人で話をし『合意』で進めることになったことに安堵していると笑顔寺置に拍手される。腹立つな。

 

 するとどこかのスピーカーから『夕焼け小焼け』が流れてきた。

 懐かしさに耳を澄ましていたが、間近で聴くと音質が悪く、うるさい。寺置とニ人苦笑いするほどに。

 

「次は六時から博多ですね。車を取ってきますので少々お待ちください」

 

 一礼した男を見送ると、昨日の居酒屋へ足が向かう。

 まだ五時前で開いていないかもしれない。それに、ちっこいのが今日もいるとは限らない。そんな不安を抱きながら路地に入ると……いた!

 

 昨日のちっこいのが箒を持って掃除をしていた。

 向かいの店のじいさんや通りすぎる主婦に笑顔で挨する様子に、俺の動悸は不覚にも激しく鳴る。しかも昨日やったチョコを美味しそうに食べていることに、足が一歩一歩ちっこいのへと向かった。

 ちっこいのは目の前に俺がきても気付かない。

 一八三センチの俺に丁度よくスッポリ入りそうな大きさだなと考えていたら顔が上がり、目が合った。それだけで心臓が大きく跳ねたと思ったら『うひゃあっ! 真っ黒チョコ畑お兄さん!!』と悲鳴を上げられた。

 ん? 真っ黒? まあ全身真っ黒だな。腹は寺置の方が真っ黒だが。チョコ畑は……昨日のチョコだろうが、お兄さんは違う気がする。

 そう解釈していると名前を訊ねられ、そう言えば名乗っていなかったと思い出す。

 ポケットから名刺を差し出すと小さな両手が受け取り、確認するように読み上げた。が。

 

「『Earthメーカー社取締役』……“とういろうみぐも”さん?」

 

 ちょっと待てーーーーっ! ひとっ文字もあってないぞ!? “ふじいろ”とは間違えられたことあるが見事に全文字間違えるとか奇跡か!!?

 脱力しながら訂正すると、ちっこいのを見る。

 そんな彼女が『藤色……海雲……さん』と、一文字ずつ呼ぶ度に激しい動悸が邪魔をし、彼女の名を訊ねる声が聞こえたか不安になる。こんな子供相手に俺は大丈夫か……でも知りたい気持ちの方が強い。

 

 すると、ちっこいのは急に店の中へと走って行った。

 そんなにマズイこと聞いたかと顔を青褪めるが、すぐに戻ってくると何かの裏紙を差し出される。

「辻森みきです! よろしくお願いします!!」

 紙には『辻森みき』と、丸っこい字。

 その必死さが可愛すぎたのか、往来なのも忘れ久々に声を出して笑ってしまった。ちっこいのこと、辻森みきは顔を両手で覆っていたが、構わずチラシ=名刺を受け取る。

 スッキリした気分で大将に挨拶するが、途中彼女の名を呼ぶと恥ずかしくなった。

 苗字だけだっていうのに……こんなの寺置に見られたらと考える背後から聞き慣れた声と空気が届く。

 

「お待たせしました、海雲様」

 

 ニッコリ笑顔を見た瞬間『見計らってやがったな』と悟った。

 内心舌打ちをするが、ビクビクしているように見える彼女に瞬きする。まさかこいつの腹黒さに気付いているのか?

 すると寺置も名刺を渡す。と。

 

「寺置 守さん……で、よろしいですか?」

 

 ……一発か、なんか腹が立つぞ。寺置のくせに。

 そんな悪態を付いていると予想外の発言が飛び出した。

 

「そんな、三つしか違わないじゃないですか」

 

 沈黙が漂う。

 ……ん? 三つ違い? ちょっと待て、それはつまり……寺置とニ人、無言で考えていると大将が小声で『みっちゃんは二十五だぞー』と告げ口。二十五。

 

 二十五っ!? 俺達の三つ下!!?

 大将の子だと思っていたせいか、成人していたこと、三つ違いに驚く。同時に全身が熱くなった。マズイと思っていると寺置がちゃっかり握手しているのを目撃。『ヘタレ』とか言うなコラ。

 しかも『お秘書さん』とか呼ばれて車へ勝ち逃げしやがった……俺は何故か『藤色のお兄さん』だ。

 少し悲しい気がするが俺も握手をする。

 緊張で手が冷たくなっていたが彼女の手はとても温か……と思ったらまた店に走って行った。今度はなんだと汗を流していると何故かオニギリを持ってきた。

「お仕事頑張ってくださいね!」

 その笑顔に…………ああ、そうかと気付く。

 オニギリをチョコと交換するとニ人で微笑み、俺は車に乗り込む。彼女はずっと見送りの手を振っていた。

 車内でチラシに書かれた名前をなぞりながらオニギリを食べるとシソ味。だがその刺激は何故か甘く感じる。そんな頬が緩んでいたせいか、ミラー越しに見ていた寺置が溜め息をついた。

 

「小学生ですか貴方は。初々しくて恥ずかしくなりますね」

「うるさい……」

 

 付き合いが長いせいか簡単にわかった男に笑みを零す。

 そう、俺は彼女に………辻森みきに“恋”をしたと確信した。たった一日半でありえないだろうが、彼女の笑顔を見る度に湧き上がる気持ちと握った手の温もりは偽りではない。今までにない高揚感と欲望感は一致している。“彼女を手に入れたい”。

 

「……ひとまず、ロリコンじゃなくて良かったですね」

 先にどっかでガムテープ買って、寺置(こいつ)の口を封じよう────。

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