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​カ​モん!

幕間1*「ちっこい女の子」
​    ※海雲視点

 真っ暗闇の中、一本道が永遠と続いている。周りは底の見えない穴。

 途方もなく、出口なんてないのではないだろうか……墜ちた方がいいんじゃないか。

 

 そんなことを考えていると、何かに叩かれ目を開く。

 横に座る腐れ縁で秘書の寺置が丸めた新聞紙を持っていた。何すんだと睨むが、いつもと変わらない笑顔を返される。

 

「飛行機に乗っている時に不吉なこと考えないでください」

「…………お前の下だけ穴が開けばいっだ!」

 

 また叩かれた。こいつ一人、降ろしたい。

 

 俺は『Earthメーカー社』という機械系の会社で取締り役をしている。

 もっとも二十八の若さでその任に就けたのは『社長の息子』としてが大半だと思われているだろう。本当は作るのが好きだから製造現場で働きたかったんだが、クソ親父め。

 

 そんな文句を内心吐きながら寺置とニ人商談のため、はじめての福岡へとやってきた。

 飛行機を降りると東京より暖かいし夕方なのに明るい。ゆっくり観光したいところだが『修学旅行じゃないんですよ』と寺置に言われ、休むことなく車で合流場所へと向かった。俺はそんなにはしゃいでいたか?

 

 福岡空港は市街地にあって新鮮だ。

 指定の場所はあまり聞いたことない地域だが、渋滞の時間帯でも四十分で着いた。まだ心の準備なんぞ出来てないが……初日の仕事をするか。

 

 

* * *

 

 

 気付けば夜も遅く、時刻は0時になりつつある。

 商談はなんとも言えないと言うより、まだ様子見といった感じだった。また明日も粘るしかないが、ぶっちゃけ俺は商談(こういうの)は得意じゃない。むしろ置物のように無言だった寺置の方が絶対向いている。あの笑顔で有無を言わせないとかな。

 

「失礼な、そんなことしませんよ。私が海雲様を助けないのはほら『獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす』と言うのと一緒です」

「助ける気がこれっぽっちもないことはわかった……」

「はいはい。私は車を取ってきますので、その辺りで少々お待ちください」

 

 背中を力強く叩かれ睨む。が、既に寺置は遠ざかっていた。

 歩道に寄ると大きな溜め息をつき、懐から取り出したチョコレートを食べる。疲れた時(主に寺置相手)は甘い物が良い。若干高めのチョコだが自分へのご褒美だ。程なくしてプライベート用の携帯に寺置からメールが入る。

 

『緊急の電話が入りましたので、その辺のお店でお待ちください』

 

 数秒沈黙すると辺りを見回す。

 時刻は0時過ぎ。だが東京とは違い既に真っ暗の中、駅前だというのにコンビニすらない。さらに辺りを観察すると左にマ●ク、右に居酒屋……酒でも飲むか、寺置の名前で領収きってやる。

 赤い提灯に『やきとり』、のれんには『カモん』と書いてある。ウェルカム仕様か!

 ガラリと開けると頭上から『カっモ~ン♪』の声……なんだ、この気が抜ける声は。

 

 店内を見ると客はおらず小じんまりしているが、先ほどまで大勢が居たような熱がある。大柄な男がカウンター越しに居て、俺の前には……ちっこい女の子が目を見開いたまま串物を食べて咽ている。食いついたままは危ないぞ。

 そんな心配を余所に、そのまま拍手どころか喋った。

 

「ふぁっふぉいい~」

「……は?」

 

 あまりにも唐突で変な声が出てしまったせいか目を逸らす。

 するとまた『しゃきにめしょらけたふぉう』と意味不明なことを言われたが『先に目を逸らした方の負けですよ』と知った時はさらに意味がわからない。

 

 大柄な男と一緒に溜め息をつきながらコートを脱ぐと、ちっこいのがハンガーを持ってきた。

 礼を言ってコートを手渡すと、嬉しそうな笑顔を向け、椅子に登ってコートをかける。なんだか可愛い。

 

 オーダーストップだったようで申し訳なくなるが、快く迎えられた。

 ちっこいのが焼酎を『作りましょうか』と言ってきた時はさすがに子供にマズイだろと遠慮したが、今度は焼き鳥を数本乗せた皿を差し出された。

 忙しいヤツ……じゃない。耳慣れない名前を聞いた気がして呟く。

「豚……バラ?」

 豚なら豚やきじゃないのか……?

 そう思っていると、ちっこいのの頭に稲妻が落ちたような気がした。そしてその小さな身体のどこから出てくるのかわからない迫力で豚バラとキャベツを推してきた……キャベツなんかつくのか!?

 

 ちっこいの他に大柄な男、大将とその奥さんの目を受けながらが豚バラを食べた。

 塩が絶妙に混じった脂に、間には長ネギではなく玉ねぎが挟まっている。食べた事ない食感だがキャベツも一緒に食べると良い口直しになった……うん。

 

「……美味い」

 

 そう言うと、ちっこいのは満面の笑みを見せた。

 恥ずかしくて残りの焼き鳥を夢中で食べる。頬が熱いのはあれだ……酒のせいだ。

 

 しばらくすると寺置からメールが入り『着きました。見当たりませんが補導でもされました?』と、普段なら怒鳴るだろう。だが美味いのを食べた後は怒る気もせず会計を頼む。そこで思い出す。あの焼き鳥、ちっこいののじゃなかったか? 全部食べちまったぞ!?

 その焦りが見えたのか、ちっこいのは笑顔のまま言った。

 

「福岡と『カモん』へようこそ記念ですから、御代は気にしないでくださいね」

 

 さすがにそれはどうかと思ったが大将にも頷かれ、代わりにチョコレートを手渡した。

 こんなんで良いのか心配になったが、ちっこいのは嬉しそうに礼を言った。こんなに裏表もない笑顔がよく出来るもんだ。

 その笑みにつられて頬が緩んだが、店を出ると同時に鳴る『カっモ~ン♪』のベルに真顔へ戻る。

 

 元の場所に戻ると、寺置が運転する車の後部席に座る。

 ホテルに向かう間、車内は静かだが、頭の中ではちっこいのの笑顔しか浮かばなくなった。明日もあの近くで商談がある。時間あれば寄ってみようと薄く笑うと、ミラー越しに寺置がニッコリ微笑んだ。

 

 

「気持ち悪いです」

「お前の腹黒笑顔よりマシだっ!」

 

 

 前座席に向かって一蹴り入れてやった────。

                    本編 /

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