カモん!
05話*「秘書のお兄さん」
微笑む眼鏡のお兄さん。
どこかで感じたことがある空気にビクビクしていると、藤色のお兄さんが口を挟んだ。
「……おい、あんまり脅かすな」
「申し訳ありません。あまりにも面白い表情(かお)でしたので」
顔!? 顔が悪いんですか!!?
生まれた時からのお付き合いとオサラバはできないんですけど……かくなる上は!
「いえ“顔”ではなく“表情”の宛て字です。整形なんてしなくてもバカほど可愛らしいとはお嬢さんのことですね」
「ああそっち……良かった」
「……最後にサラッと失礼なこと言ったのは無視(スルー)でいいのか?」
安堵する私とは反対に、藤色のお兄さんは呆れた顔をする。
え? 何か他にありました?
そんな疑問を余所に、眼鏡のお兄さんから名刺を受け取る。
「改めまして私、海雲様の秘書をしております……」
「寺置(てらおき) 守(まもる) さん……で、よろしいですか?」
聞き返すと、眼鏡のお兄さんは『はい』と微笑んでくれた。
やったー! 今度はあってた!! これ以上の恥はヤですもんね!!!
脳内でガッツポーズをしていると、藤色のお兄さんがなんとも言えない表情で寺置のお兄さんを見つめた。なぜ?
そこで私も自己紹介しようと、また名刺を作るため店内に走ろうとする。が、藤色のお兄さんに止められてしまった。なぜ!?
そんな私達に寺置のお兄さんは楽しそうに笑う。
「辻森みき様ですね。先ほど往来で紹介されていましたので記憶しております。海雲様の笑い声と共に」
「お前……どこから聞いてたんだ……」
若干引き気味の藤色のお兄さんに顔を赤くする私。
ホント、どこまで聞こえてたんでしょ。でもちゃんと挨拶はしなければと頭を下げた。
「改めて、辻森みきです。えっと藤色のお兄さんとは……」
「その……“お兄さん”はやめてくれないか……気恥ずかしくなる」
「確かに二十八の我々には痛い響きですね」
「そんな、三つしか違わないじゃないですか。でもニ人共その歳で取締役と秘書ってすごいですね!」
笑顔で顔を上げた私に、二人の顔が固まったように思えた。次いで長い沈黙。
失礼なこと言ったのかと思う反面、知っている空気にも似ていた。考えていると大将が小声で『みっちゃんは二十五だぞー』と告げ口。すると寺置のお兄さんに手を差し出された。背景にキラキラが見えます。
「よろしくお願いします“みっちゃん様”」
「おまっ……無視(スルー)と同時に何ちゃっかり……」
「うるさいですよ、ヘタレ」
「っ!?」
よくわかりませんが、寺置のお兄さんは藤色のお兄さん相手だと辛辣です。秘書ですよね?
そこで考える。秘書……秘書のお兄さん……。
「よろしくお願いします、“お秘書さん”!」
「……なかなか侮れないお嬢さんですね」
目を細められてしまった。なぜ?
でも手を差し出されたので、寺置のお兄さん改めお秘書さんと握手を交わす。それを終えると彼は車へと戻り、私は藤色のお兄さんにも手を差し出した。
「改めて、藤色のお兄さんもよろしくお願いします!」
「……ああ、よろしく」
藤色のお兄さんは気恥ずかしそうに握手してくれましたが、握った手がビックリするほど冷たかった。疲れてるのに辱め受けたから? また今から仕事だから?
何度目かの混乱で足がまた『カモん』へ向かうと、握ってきたオニギリをレンジで温める。それを急ぎ藤色のお兄さんに渡した。
「お仕事頑張ってくださいね!」
笑顔の私に藤色のお兄さんは沈黙。
オ、オニギリは違ったかな……冷ご飯だし。またしても『やっちまった!』状態ですが、藤色のお兄さんは受け取ってくれた上、あのチョコレートをくれた。
「礼は……礼で返さないとな」
「それじゃ、ず~とお礼の繰り返しですね」
くすくすと笑う私にお兄さんも『そうだな』と笑うと、車の後部座席に乗り込んだ。
エンジン音と一緒に進む車に、私は手を振って見送る。手に持つチョコレートが熱くなってきたのは私の身体が熱くなっているせいなのか、藤色のお兄さんが笑っているのを見る度に胸がドキドキと熱くなる。ギャップ萌え以前に風邪かな……帰ったら熱を測ろうと、開店準備に戻った。
けれど帰宅後、迎えたのは仁王立ちした妹。
それはもう背景にキラキラを背負い、普段見ない笑顔を浮かべていた。
「姉さん、炊飯器の予約が翌朝の八時になってたよ」
お秘書さんに似た空気はまきたんだったんだね!
そんな気付きたくもないことを知ると同時に土下座した────。