カモん!
04話*「名刺交換」
「藤色……海雲……さん」
教えてもらった読み名を呟く。
うん! 一文字もあってなかったですね!! ごめんなさい!!!
土下座をしたい気持ちでしたが、何かを待っているような目に戸惑う。そこで自分が自己紹介をしていないことに気付くが、さらに気付く。
私、名刺なんて持ってないっ!!!
脳内では『よろしくお願いします』と、淑やかな名刺交換の図が浮かぶ。
でも、フリーターである私に名刺なんてものはありません。昔、漫画やイラスト関係ので作ってはいましたが、あれはペンネーム。そもそもリアルで出してはマズイ物。ではなくて、名刺名刺……と、混乱する頭で足が店内に向いた。
「ちょっと待っててください!」
仰天している藤色のお兄さんと、何事かと顔を覗かせる大将と奥さん。
店内に置いてある『カモん』のミニチラシの裏にボールペンを走らせた私は、急いで彼の元へ戻るとチラシを差し出した。
「辻森みきです! よろしくお願いします!!」
帰宅時間で人が多く往来する歩道で、深々と頭を下げて大声を出す私は何をしているのか。そんな羞恥心は欠片もなかった。
しばらく沈黙が続き恐る恐る顔を上げると、藤色のお兄さんの肩が揺れている。そこでやっと恥ずかしいことをしている事に気付くと同時に、藤色のお兄さんが辱めに遭って怒っているのではと顔を青褪めた。瞬間。
「……っははははははははっ!」
大声とは言わない。でも今までで一番大きな声で笑いはじめた。
その表情にポカンとするのとは裏腹に動悸が激しく鳴る。無口な人が笑うギャップってすごいですね! クリティカルヒット!! 効果は抜群だ!!!
……なんぞ一人で考えていたら、藤色のお兄さんの笑いが微かに止んだ。
「……すまない。つい職業柄名刺を渡してしまっただけで……君は別に名乗ってくれるだけで良かったんだ」
「そ、そうでしたか!」
なんという勘違い! テンパってる時って怖いですね!! 顔が寒さを吹き飛ばすほど真っ赤ですよ!!!
羞恥に顔を両手で覆っていると、手からはみ出したチラシを藤色のお兄さんが受け取る。
「だが……この『名刺』はありがたく貰っておく……ありがとう」
少し微笑んだように見える彼に、私の胸をキューピット子豚さんが矢を放った気がした。
ああ、イケメンさんすごい……ギャップすごい……今すぐポックリ逝っても大丈……豚バラ一本食べてからだったら。脳内が大ダメージを打っていると大将が顔を出した。
「おおっ! なんだ昨日のあんちゃんじゃねーか」
「こんばんは……昨日は夜遅くに美味しいやきとりと焼酎をありがとうございました」
昨日と変わらない口調でお兄さんは大将にお辞儀をしている。
さっきの笑みを大将にも見せたかったのにと、ちょっと残念に思いながらも、自分だけと考えると嬉しくなった。すると大将が大声で笑う。
「そんなん良いってことよ。もうすぐ開店だから今夜こそ最高級の焼いてやるぞ」
その言葉に私も目を輝かせるが、藤色のお兄さんは眉を落とす。
「……申し訳ない。これから打ち合わせに向かうことになっていて……昼まではこの近くだったんですが……」
軽く頭を下げるお兄さんに私も大将も残念と肩を落とす。
でも、昨日ちょっと寄ってくれただけなのに覚えててくれていたのを考えると、とても嬉しくなった。
「また『カモん』に来てくれてありがとうございます!」
笑顔で言うと、藤色のお兄さんは顔を少し逸らす。
私は首を傾げるが、彼は視線を逸らしたままポツリと呟くように話しはじめた。
「車を待つ場所が昨日と同じだったので様子見で……そしたら辻森……さんが立っているのが見えて……」
ふああっ! 辻森さんって!! 苗字だけど呼ばれちゃいました!!!
内心ワタワタ頭が茹でダコの私に大将が大笑いする。よく見ればお兄さんの顔も赤くなっているのがわかり、互いに恥ずかしくて沈黙。すると道路脇に一台の車が停まった。
黒色でなんかピカピカしてて高級車っぽい……あ、運転席から眼鏡のお兄さんが出てきた。イケメンさんですね!
「お待たせしました、海雲様」
柔らかい口調で海雲……さま……様……様っ!?
名前で『様』付けなんて殆ど聞いたことないせいか、また混乱しながら眼鏡のお兄さんを観察。
藤色のお兄さんと同じぐらいの身長で黒の短髪ですが、緩くウェーブが掛かって細いフレーム眼鏡をしています。お兄さんのより長めのコートをキッチリ留めて着てますが……似た雰囲気のニ人ですね。私みたいに双子とか?
「いえ、ただの腐れ縁ですよ」
ニッコリと眼鏡お兄さんに指摘され固まる。
読心術がおありですかっっ!?