カモん!
03話*「とういろうみぐも」
目覚めの朝は『ちゅんちゅん』と可愛い鳥の声ではなく『ドルルルーン!』という工事音。
この工事、いつ終わるのかな~。今日も寒いですね~。夏生まれで九州育ちの私には辛いですよ~と内心思っていると、ペンッと頭を叩かれた。見上げれば瓜二つの顔。でも口元は“へ”の字。
「姉さん、もう十時。ボク、出るよ」
「おっはよ~う、まきた~ん」
同じ黒の髪は肩までの天パで、もこもこコートを羽織って車の鍵を持っているのは双子の妹“まき”。
そう私は双子なのです! 私がお姉ちゃんですよ!! まきたんは『ボク』っ娘ですよ!!!
思考が読まれたのか、さっき以上に強く叩かれてしまった。
しくしく泣きながら叩かれた頭を撫でていると、妹は大きな息を吐く。
「ボク、仕事行くよ。あ、お母さんが買い物メモ置いてるからよろしく」
「ほいほい了解です。まきたんもいってらっしゃーい」
「ご飯ちゃんと食べなよ」
気のない返答と一緒に玄関を出る音がすると、車のエンジン音が聞こえた。
布団から出た私は洗面と着替えを済まし、洗濯機を回している間に母の買い物メモを見ながら近所のスーパーへと出掛ける。
母は事務職をしていて、朝から夕方までの勤務。
まきは介護福祉士として老人ホームで働いているため早出や夜勤と忙しいですが、姉妹仲も家族仲も良好です。高校ニ年の時に両親が離婚し、母子三人暮らしですが、時たま父は顔を出すので寂しくはありません。
そして私は居酒屋『カモん』で週五日アルバイト。つまりフリーター。
二十五にもなってと親戚からは言われますが、ニ人が朝昼頑張ってくれている間に洗濯や掃除、買い物など家のことで少しでも助けになればと……ちゃんと就職した方がいいのはわかってるんですけどね。
炊飯器の予約をすると、外のスピーカーから夕方四時を報せる『夕焼け小焼け』が流れる。
ぶっちゃけうるさいですが、バイトの時間が迫っていることを教えてくれるので文句は言えません。『カモん』の開店は五時。なので三十分前には着いて準備です。
バタバタと髪を整え軽く化粧をすると、温めた冷ご飯をオニギリにし、ふりかけをかける。それを持ってレッツゴー! アパートを出ると線路が邪魔をしますが、それさえ越えれば『カモん』へは徒歩十分!! ご近所バンザーイ!!!
踏み切りで足止めされている間に、ニつ握ってきたオニギリをひとつ食べ終え『カモん』へ元気よく入る。
「おっはようございまーす!」
「おはよう、みきちゃん」
「みっちゃん、今日もよろしくな」
奥さんと大将も下準備をしながら元気に挨拶を返してくれて私も笑顔になる。
早速エプロンを着て、机や椅子を拭き、外に出て表の掃除開始。寒いですが玄関は大事な入口ですからね。気合いを入れるように背伸びをするとエプロンポケットに手を入れる。と、チョコレートが出てきた。
「あ、昨日の……ないと思ったらエプロンに入れたままだったんだ」
包みを見ながら昨日の真っ黒お兄さんを思い出す。
昨日はあれから大丈夫でしたかね。顔色も悪かったですし、細身で弱そうですからカツアゲされてませんかね。福岡はヤンキーや暴走族どころか、ヤーさんも多いですからね。
そんな大変失礼なことを考えながらチョコレートを口に含んだ。
「んっ!?」
ふんわりと甘く蕩ける食感は今まで食べたことないほど美味しい。
『冷蔵庫に入れておけばよかった!』と悔いながらも、脳内にはウフフ春にチョコ畑が広がっ……たと思ったら急に目の前が真っ暗になった。あれ? 夜? チョコ畑は?
我に返ったように顔を上げた先には、昨日の真っ黒お兄さんが覗き込んでいた。
「うひゃあっ! 真っ黒チョコ畑お兄さん!!」
「……は?」
素っ頓狂な声を二人で上げる。
いえ、違う違う。お兄さんはえーと……と考えながら大事なことを忘れていた。
「す、すみません! えっと、お名前伺ってもいいですか?」
「……ああ、そうか」
いつもは来店時お客さんに名前を聞くのですが豚バラばかりでしたからね、うん。
お兄さんは昨日と同じダークコートですが、前は留めずスーツが見えている。それだけで色っぽいのはなぜ?
そのスーツのポケットから取り出した名刺を受け取った私は読み上げた。
「『Earth(アース)メーカー社取締役』……“とういろうみぐも”さん?」
「……そんな読み方されたの……はじめてだ」
まだ思考が春なせいか首を傾げると、大きな溜め息をついたお兄さんと目が合った。
「……藤色(ふじしき) 海雲(かいうん) だ……君は?」