カモん!
02話*「豚バラとキャベツ」
見つめあって数秒。先に目を逸らしたのは男性でした。
「しゃきに目しょらけたふぉう」
「飲み込んでから……言ってくれないか……」
呆れた様子で額を押さえる男性の指摘に、豚バラを咥えたままだったことを思い出し、慌てて飲み込むとお辞儀した。
「カモ~ん!」
「言葉と姿勢が……合ってないと思うんだが」
また呆れられてしまった。なぜ?
そこで脳内リピート。『豚バラ美味かった!』……じゃないや。このお兄さんが入ってきた時、言ったのは……ああ!
「“かっこいい~”と、“先に目を逸らした方の負けですよ”と言いました!」
元気に言ったのに、お兄さんどころか大将にも呆れられ、奥さんには『みきちゃん、野生っぽいわね~』と、のほほん笑顔を返された。なぜ!?
「まあ、あんちゃん。せっかく来てくれたんだ、座ってくれ」
「……お邪魔する」
大将とニ人、溜め息をつきながらコートを脱ぐお兄さんに、私はハンガーを持って行く。
次いで受け取ると礼を言われましたが、妙にくすぐったい。
コートの下も仕立ての良いスーツを着ているお兄さんは、ネクタイもキッチリ締めている。 見た目からして真面目そうだが、顔色が少し悪い。明日もお仕事と言う名の辛い休日出勤なら、大将の美味しいご飯食べてもらおうと一人意気込む。が、ハタっと気付いた。
「す、すみません。さっきオーダーストップしてしまって……」
「いや……迎えの車を待っている間に寄らせてもらったんだ。オススメの焼酎で……水割りを貰えるか?」
淡々とした声。でも、透き通っていて心地良い。私、声フェチでしたっけ?
おしぼりの横に焼酎と水を置き『作りましょうか?』と訊ねると、なんでかとても間を空けて断られた。すると、向かいから大将が顔を覗かせる。
「すまねえな、あんちゃん。やきとり食わせたかったのに、さっき炭火消しちまってよ」
申し訳なさそうに頭を下げる大将に、お兄さんは気にしないでくれと言うように首を横に振った。そんな優しい人にこそ食べてもらいたかったとしょんぼりしていたところで思い出す。
「お兄さんどうぞ!」
勢いよく差し出した皿。それには、大将が私にくれたやきとりが乗っている。
当然何事かと瞬きされるが、一息に捲くし立てた。
「まだこれ、出来立てで暖かいし私も食べてません! ええと、お兄さんが良ければレンチンしてきます!! 豚バラ美味しいですよ!!!」
お客さん相手に必死に何を言っているのか。というか失礼でしょと頭の中ではわかっていますが、行動してしまったのは仕方ありません。多めに見てくれ……るかな。
ビクビクしながらお兄さんに目を移すと、一点を凝視したまま呟かれた。
「豚……バラ?」
はうあっ!、と、稲妻が走ったのは、キューピット天使ではなく泣いている豚さん。
倒れるのを堪えた私は慌てて訊ねた。
「お、お兄さん、県外の人ですね!?」
「? ああ、夕方の飛行機で東京から……」
ああ、なんということでしょう。豚バラは殆ど見ないと県外の友達に言われたのを思い出します。私にとって豚バラはやきとりで一番なのです! その美味しさを知らないなんて損してます!! 美味しい物は得してこそなのです!!!
「では、ぜひとも福岡にいらっしゃった記念に豚バラとキャベツを食べてください! 大将、奥さん、お願いしまっす!! 大急ぎで!!!」
大将がワタワタと皿の上にキャベツ、そして奥さんが専用タレを垂らした上にレンチンしたやきとりを私が乗せる。
「地元ではザク切りキャベツの上に乗せるんですよ。一緒に食べてもいいし、酢ベースのタレだけでも美味しいです」
ニッコリ笑顔が営業より思念を含んでいることに気付いたのか、肩を揺らしたお兄さんは小さく頷くと豚バラを咥えた。動悸が早鐘を打つ私。そして、大将と奥さんが見守る中、食べ終えた串でキャベツを刺したお兄さんは、もごもごするとごっきゅん。
「……美味い」
口調も表情も変わらずでしたが、頬がほんのり赤くなっているのがわかり、自然と笑みを零す。そんな私に『酒のせいだ』とお兄さんは目を逸らすが、残りのやきとりもキャベツも食べてくれました。
暫くするとお兄さんの携帯が鳴り、確認したお兄さんは席を立つとコートを羽織る。
それから会計と言われるが、私からのいらっしゃいサービスにしますと言うと眉を落とした。でも、大将も頷いたからか一礼すると、ポケットから何かの包みを取り出し、私の手に乗せる。チョコレートだ。
「ありがとうございます!」
「……また来る」
微笑む私に、お兄さんの口元も少しだけ上がった気がした。
『カっモ~ん♪』のベルと一緒に遠退く後ろ姿に、また会えるといいなと心のどこかで密かに願う。
そんな素敵な出来事で、今夜の『カモん』の営業は終了した────。