カモん!
01話*「かも~ん♪」
寒さが本格化してきた十一月半ば、福岡県のある町。
金曜日の夜と駅近なのもあって、少し路地に入ったところにある居酒屋にも来訪『カっモ~ン♪』のベルが響き渡った。振り向いた私も一際元気な声と笑顔で迎える。
「カモ~ん!」
「ようっ、みきちゃん。四人、邪魔すんぜ」
やきとりをメインにした居酒屋『カモん』。
そこで私、辻森 みきはアルバイトをしています。
「渡辺のおじさま、今日もお疲れさまです」
笑顔で常連さんにお辞儀をし、奥の畳席へと案内する。
カウンター八席、畳席四つと小狭いですが、アットホーム感があり、十年も前から店主である大将と奥さんニ人で切り盛りしているのもあって常連さんが多いのです。家が近い私も幼い頃から両親によく連れられ顔見知り。その縁もあってバイトさせてもらえて感謝感謝です!
「お嬢ちゃん、いくつだい?」
おしぼりとお冷を置くと、渡辺のおじさまの隣に座っていた同僚らしき男性に声を掛けられる。渡辺のおじさまは『おい、高津』と止めていますが、私は含み笑いを返した。
「いくつに見えます?」
ちなみに自分でいうのも悲しいですが、身長は一五三。
髪は腰あたりまである黒の天パを団子にして結び、化粧は薄く『ホントにしてんの!?』と友達によく言われるほど。
そんな悲しい自分を高津のおじさまがジっと見つめる。
「……未成年じゃ居酒屋働けないし、二十歳とか?」
「それでお願いします!」
笑顔で手を挙げると、高津のおじさま、そして同じく初来店の若い男性は瞬きする。反対に渡辺のおじさまは笑いながらビールを四杯注文した。
渡辺のおじさまはご存知だったかと思いますが、私、二十五です。
女性に年齢を聞くのはアレですが、実年齢より下に見られると嬉しい。悲しいところもありますけど!
そんなことを思っている間に渡辺のおじさまが耳打ちしたらしく、謝罪された。
でも私は『なんで言っちゃうんですか、ピチピチ二十歳~』と口を尖らせ、高津のおじさま他、カウンターに座っていた別のお客さんにも笑われる。
でもこれでいいのです。お疲れのみなさんにイヤな空気は吸わせません! 笑顔と笑いでふっ飛ばします!! もちろん一番は大将の美味しい料理!!!
「おっ、わかってんじゃねーか、みっちゃん」
大柄な体格に無精髭を生やした大将が大笑いでやきとりを焼きはじめる。どうやら口から出ていたようです。
恥ずかしながらも大きな笑い声が今夜も『カモん』を賑わした。
* * *
お客さんも帰り、気付けば『かも~んかも~ん♪』と時計が0時を告げた。
『カモん』の営業は深夜一時、オーダーストップは0時。鳴り終わるのと同時に、ちょっとほっぺとお腹がぽっちゃりな奥さんが顔を出す。
「みきちゃん、もう食事のお客さんもいないしあがっていいわよ。裏に唐揚げやだし巻き玉子置いているから食べて帰ってね」
「うわ~い!ありがとうございます!!」
まかないという名の晩御飯まで出してくれる大将達には頭が上がりません。涙目で感謝を告げていると大将がカウンター越しに串を数本差し出す。
「ほいよ、今日最後の焼きたて豚バラもだ」
「うわ~い! バラちゃんいっただきま『カっモ~ン♪』
我慢出来ず、美味しそうな匂いを漂わせる豚バラを口に含んだ瞬間、来訪を告げるベル。突然のことで咽そうになるのを堪えましたが、来訪者に咽てしまった。
入口に佇むのは、一八十はある長身に漆黒の短髪をアップにし、仕立ての良いダークコートに身を包んだ無口そうな青年。豚バラを咥えたまま私は拍手した。
「ふぁっふぉいい~」
「……は?」
お互いなんとも言えない声が『カモん』に響き渡る────。