カモん!
19話*「着ぐるみ」
十二月に入り、福岡も寒くなりました。
ご飯が炊ける音を聞きながら朝ご飯はご飯と漬物にしようかな~と、ペタペタ歩く。すると後ろから蹴られ、反射のように振り向くと、ムッスリ顔の妹まきが腕を組んで立っていた。
「まきたん、人を蹴っちゃダメだよ。私ならいっだ!」
頬を膨らませたまま注意すると同時に、またお尻を蹴られる。
擦る私に、まきは溜め息をついた。
「姉さんってMなの? それとせめて味噌汁つけ……いや、そんなことはどうでもいいや。ひとまずソレ、脱いで」
「なんで? あったかいのに」
鋭い目を向ける妹に首を傾げる。
私が着ているのは顔だけ出ているペンギンの着ぐるみ。先日お店で見かけて、ふわもこ素材に感動して即買したのです! 尻尾も付いてるんですよ!! まきたんも羊を買ったよね!!!
「藤色のお兄さん来るのにそれで出る気かああーーーーっ!」
「いったあ~~いっ!」
「あんたら朝から何やってんの?」
頭に見事ヒットした妹の手刀と同時に母が顔を出す。
そうです。今日は海雲さんが我が家にいらっしゃる日なのです。
* * *
「それはそれは、みっちゃん様らしいですね。その姿でお出迎えしてもよろしかったのに」
「寺置さん、バカ言わないで下さい。このバカ姉は本当に出るんですから」
「良いですよね? 海雲様」
「………………」
「なんで藤色のお兄さんは明後日の方向を見てるんですか」
「既にみっちゃん様がやらかしたのでは?」
「……付き合ってるのって、みきじゃなくてまきだったの?」
「いやいや、私ですよ母!」
六畳の居間で、母、私、まきと座り、向かいにスーツ姿のお秘書さん海雲さん。
居間といってもこたつがあるので違和感があります。まあ、まきたんとお秘書さんが揃ってる時点でなんとも言えませんが。
「この際まきも一緒にお嫁に行けばいいのに……とまあ、改めて。みきとまきの母の瑞希(みずき)です」
「藤色海雲です。みきさんとお付き合いさせていただいています」
「秘書の寺置守と申します。まき様に色々お世話になっております」
「あらま、揃って世話になってんのね」
「ボク、世話になった記憶ないんだけど……」
「私、お送りしましたよ」
微笑むお秘書さんに、まきたんは『交換条件でしょ』と言い合っている。二人、いつの間に仲良くなったんでしょ……仲良く……かなあ?
首を傾げていると、海雲さんが深々と頭を下げた。
「先日はみきさんに怪我を負わせてしまった他、ご挨拶も遅れてしまい申し訳ありません」
もう治ったのにと胸がズキズキするが、隣の母はケラケラと笑う。
「頭のネジなんてとっくに飛んでるんだから、いまさら一回やニ回打っても大丈夫大丈夫。地味に階段から落ちたり、お腹空きすぎてポックリはあるかもしれないけどね」
母よ、それはそれで酷くないですか?
海雲さんとお秘書さんは呆気にとられているように見えるが、まきたんはお茶を啜りながら小さく頷いている。酷い。しばらくして海雲さんが小さな息をついた。
「……確かに、二人の母親って感じですね。色々な意味で」
「ありがと。あたし的にはニ人が嫁に行くなら万々歳よ。貴方達みたいな可愛い~息子が出来るならなおの事ね」
「か、可愛い……?」
困惑する海雲さんに母はニコニコ笑顔。
母、それはそれで失礼ですよと思う反面、確かに可愛いところはありますけどと私も頷いてしまった。
* * *
その後も雑談を交わしてましたが、母は夕方から予定があるらしく、迎えの車で出て行きました。まきたんもお仕事……に、なぜかお秘書さんも一緒に付いて行ってしまいました。やっぱり何かあったんですかね。
残された私達はお秘書さんが車を置いていってくれたので、海雲さんの運転で天神へとやってきました。
そう『デート』です! でも信号で停まる度にキスするのやめてください!! 車内エッチよりはマシだけど恥ずかしい!!!
「車内でしたいなら車に戻るか?」
「いえいえいえ! デートも大事ですから!!」
「……一週間会えなかったんだぞ」
地下駐車場から階段を上がっていると、落ち込んだ様子の海雲さんの声が後ろから聞こえた。そう、海雲さんと会うのは一週間振り。
りんちゃんと会った一週間前。
ニ日の休暇が終わり、久々ホテルで会ったお秘書さんにお赤飯を渡された時は首を傾げました。でも恋人記念だと聞き、ありがたく頂戴しましたよ。
その後、家の近くまで送ってもらいましたが、今度は開いたウインドー越しにキスされました。その行動に慌てふためきながら思い出したのが携帯のアドレス。貰った名刺に載っていたのは会社用で、私もチラシには名前しか書いてなかったので互いに知らないことに気付きました。
それを聞いたお秘書さんが助手席に向かって倒れ込んだのはなぜでしょう。
そんな感じで無事アドレスGET、メールや電話を夜にしてましたが、やっぱり声だけと会うとでは全然違う。振り向いた私は、丁度階段差で同じ目線になっていた海雲さんの手を握った。
「私も海雲さんと会えなくて寂しかったので、目の前にいて一緒に手を繋げてとっても嬉しいです」
嬉しくて微笑むと海雲さんは沈黙。
けれど、訊ね返す前に握った手を引っ張られ、胸板に収まった。慌てるように顔を上げると口付けられる。
「あ……んっ」
頭を固定され、角度を変えては舌を奥まで挿し込まれる。久々の口付けに体中が歓喜に湧く気がしたが息が保たず、酸素を求めるように唇を離した。
でも、海雲さんの目は飢えた獣のように熱く、私は身動き出来ずに彼を見つめる。すると軽々と抱えられ、階段を下りて行く。ちょちょちょちょちょ!!!
「海雲さーーん! ダメですよーーーっ!!」
「……………………ちっ」
バタバタと必死に抵抗したおかげか、歩みを止まらせることに成功。
というか舌打ちしましたよね!? マジでしたよね!!? セーフ!!!
速くなる動悸をなんとか抑えるが、海雲さんは私の首筋に顔を埋め、強く吸いついた。
「あああぁんっ!」
「……それ以上啼くと、本当に引き返すぞ」
耳元で囁かれる官能的な声に身体が疼く。
って、啼かせてるの誰ですか! 今日は首あり服じゃないから見え見えなんですよ!! 髪の毛で隠さなきゃ!!!
ヒリヒリと痛みもあり、花弁のように赤いマーク。
これがキスマークと知ったのははじめて繋がった日の後で、全身についていた時は羞恥で逝きそうでした。前もあったような気がするのは気のせい気のせいと唱える私みたいに、海雲さんも何か考えている様子。しばらくして、ポツリと呟いた。
「……何かペアルックのでも買うか」
「はい?」
聞き返す私に構わずスタスタ階段を上がって行く海雲さん。
突拍子なことを言い出したことよりも、抱っこしたまま行くのだけはやめてくださーーーーいっ!!!