カモん!
18話*「はじめまして」
*途中「***」で海雲視点に替わり「***」で戻ります
「仲畑香織と申します。『Jewel Studio』でもお世話になっております」
「ああ……立山さんところの。はじめまして、藤色海雲です」
「きゃうきゃう」
最近名刺交換よく見るな~と、抱っこするこうちゃんに頬を引っ張られながら思う。
そんな今日。海雲さんに昼過ぎまで愛され、りんちゃんと合流しましたが腰が痛いです。
二人の挨拶が終わると駅構内にある喫茶店に入る。けれど私服(髪は上げてますが)でカッコ良い海雲さんと、美人りんちゃんがお似合いすぎて、こうちゃんを抱えたまま回れ右。
「ちょっとちょっと! みきっちゃん、何こうちゃん誘拐してんの!?」
「……みき、こっちこい」
なぜ!? 私、場違いですよ!!?
そんなことを思いながら、りんちゃんの膝にこうちゃんを乗せると、向かいに座る海雲さんの隣に座った。りんちゃんはマジマジと私達を観察。
「みきっちゃんにも春がきたか~。しかもこんなイケメンなニ・五次元~!」
「にーてんご……じげん?」
ちなみにりんちゃんも漫画アニメ。特にイケメンとネトゲ好き。
そのおかげかパソコンに詳しく、今の会社に就職したのです。結婚してからは三次元もOKらしいですが、海雲さんはわかってない様子。海雲さん、一般人(パンピー)ですね!
それがりんちゃんもわかったのか、笑いながら注文を終える。
「まあまあそれは置いといて。しっかし出会って一ヶ月も経ってないんでしょ? 好きになったのって藤色さんが先……よね?」
「……ああ。会った翌日には惚れていたな」
「うっわ。みきっちゃんまだ『カッコイイ人』止まりだったのにね」
ニ人にジと目で見られるだけでも居た堪れないのに『好きになった理由』を問われ、さらに恥ずかしくなる。本人の前でやめてもらいたいのに、なぜか海雲さんからも期待の眼差しを受けた。負けた私はポツリポツリと話す。
「最初はカッコ良いだけだったけど……話してみたら優しくて気遣ってくれて……ちょっと照れ屋さんだけど最後まで話し聞いてくれて……名前呼ばれた時すごく……涙がでるぐらい嬉しかった……からかな」
伏せていた顔を上げると、りんちゃんはニコニコ笑顔。そして海雲さんは柔らかく微笑み、私の肩に手を回すと髪に小さなキスを落とした。日曜でお客さんがいっぱいの店で。
わわわわっ! なんですかこの公開処刑はあああぁぁ!! 死にます~~っっ!!!
「あらら~、お姉ちゃんの顔真っ赤かだね~こうちゃ~ん」
「だう~」
「ふふふ、みきっちゃん。こうちゃんが退屈そうだから一緒に散歩がてら頭冷やしてきたら?」
「ふわ~い~こうちゃ~ん」
茹でダコ状態のままこうちゃんを抱えると店外に出る。
冷たい風に少し頭は冷えたが、思い出しただけでも湯気が出そう。けれど、こうちゃんの『ペチッ』というパンチで我に返った。うん、暖かいところを散歩しようね~。
* * *
ふらふらしながら店を出て行くみきを目で追っていると、子供のパンチを食らう瞬間を目撃。心配する俺に、みきの友人は苦笑する。
『仲畑香織』で『りんちゃん』。
寺置を『お秘書さん』と言ったり、みきは独特な呼び名を付けるのが好きなようだ。俺も『藤色のお兄さん』だったからな。それを考えると進歩したと小さな弧を口元に描くと、仲畑さんは笑う。
「ふふふ、思い出し笑いですか?」
「……いや、色々苦労させられる子だと改めて思ってな」
「でしょうね~。ボケのボケをかます子ですから」
茶髪の髪を緩やかに揺らしながら微笑む彼女は美人系だ。
彼女は年相応に見えるのに、なぜみきは……そう考えそうになってやめた。そこも好きになった要素のひとつだし関係ない。
要素と言えば、先ほどみきから聞いた『好きになった理由』。
明確な理由はなくても『名前を呼ばれた時』と言うのは同じかもしれない。名刺を読み上げた時、ケガを負った時に呼んでくれた事を俺は忘れないし、ずっと覚えているだろう。
感傷的になっていると、仲畑さんが真剣な眼差しを向けているのに気付き、俺も目を合わせる。
「『最後まで話しを聞いて』って事は、学生時代のも聞きました?」
「……ああ」
短く返答すると、ウエイターが飲み物を置くのを見ながら、寒い海岸で語ってくれた日を思い出す。涙で顔をぐしゃぐしゃにしてまで話してくれた過去を。そして俺のことを『好き』と言ってくれた彼女を。
カップを持つと静かに口を開いた。
「……今の彼女からは想像できないが……俺はそんな過去があって今の彼女がいると思っているから問題ない
自身にとっては後ろめたい想いからはじめたアルバイト(カモン)だったかもしれないが、そこに彼女がいて迎えてくれた。それは俺にとってとても意味がある。
俺の表情からどう捉えたかはわからないが、仲畑さんは苦笑しながらカップに口を付けた。
「あたし、みきっちゃんとは高校で会ったんですよ」
「……高校」
「あ、わかりました? そ、あたしも『根暗』の一人だったんです」
ピクリと眉が動いた俺に、カップを置いた仲畑さんは微笑む。
みきもだが、彼女からもそんなの微塵も感じられない。だが何も言わず、耳だけを傾ける。
「あたし、昔は真っ黒お下げに黒縁眼鏡だったんですよ。まるで漫画のような外見が『オタクだー』ってイジメの標的になって、パソゲーに引き篭もったんです。ま、本当にオタクだったからですけど、おかげで両親とも一言も会話しないこともありました」
俺的にオタクと言う単語は趣味に変換されるが、辛そうに顔を伏せる彼女の周りは別の意味に捉えたのかもしれない。楽しい周りの会話などに構わず、彼女は続けた。
「でも高校の時、みきっちゃんが話しかけてくれて……話が合ったのも嬉しかったですけど、彼女は楽しいこと面白いことをする天才なんですよ。そのことを両親に話すことで溝が埋まった気がしました」
辛そうだった表情は笑みに変わり、今のみきと何も変わっていない様子に、俺も小さな笑みを零した。
「みきっちゃんが漫画描いてたから、HP作ってあげたら『デザイン上手!』って褒められてWEBデザイナーになっちゃったんですよ。笑えるでしょ?」
「……俺も機械イジリが好きと言ったら転職を勧められたな」
互いに苦笑するがそれは良い意味だ。
誰かの言葉で何かが変わる。一歩になる。それを実感できる瞬間だ。だが、仲畑さんの顔が突然曇る。
「……そんなボケな子だから、みきっちゃんが私達を楽しませている時に苦しんでいるとは知らなかった。バイトのこともご両親の離婚のことも……あの明るさに暗みが掛かることはないだろって」
自身の過去よりも辛そうに話す彼女に、なんて言えばいいか戸惑うが、すぐ微笑を向けられた。
「だから藤色さんって人を好きになってくれて良かったです」
「……今日会っただけで決めていいのか?」
「女の勘……って言うのは半分冗談で。主人に似てるんですよ、藤色さん(あなた)」
「……は?」
仲畑さんの主人は確かのんびりマイペースな人だと聞いていた気がするが……似てるか? のんびり愛せってことか?
悶々と考えていると、彼女の子を抱え戻ってくるみきが見え、仲畑さんは笑う。
「とても一直線で、相手の幸せを一緒に考えてくれる人ってとこかな」
* * *
こうちゃんとの散歩を終え戻ってきたら、海雲さんが何やら考え込んでいる様子。でもりんちゃんは大笑い。なぜ……はっ、もしや私の噂でもしてたとか!? 恥ずかしいことバレたとか!!?
そんな思考を読まれたのか、ニ人は手を横に振った。
「みきっちゃんの高校伝説を話しただけよ」
「高校伝説……通知表オールアヒル話ですか!?」
『ひぃっ!』と悲鳴を上げると、海雲さんが呆れた。久々に見ました!
また居た堪れなくなりながらこうちゃんをりんちゃんに抱き渡し、彼の隣に座り直す。すると耳元で『ホテル戻ったらすぐ抱かせろ』と囁かれた。なぜ?
そんな疑問符が残ったままりんちゃんとこうちゃんとバイバイの時間。
別れ際、りんちゃんに『この男なら大丈夫☆』と合格点も貰い、嬉しいような恥ずかしいような気持ちになる。照れた笑みを向ける私に、海雲さんも笑みを返してくれたが、買い物などせずホテル直帰。
先ほどの笑みとは比べ物にならない満面笑顔で啼かされました────なぜ?