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​モん!

  15話*「真実の私」

 漫画やアニメが大好き。

 夜の六時から八時はアニメタイム。テレビの中はアニメしかないと思っていた小学校時代。少女雑誌を読んで漫画家になりたくて絵ばかり描いていた。でも高学年になると同級生はアイドルや俳優で盛り上がっていて『その人だあれ?』と聞くと、みんな遠ざかっていった。

 

 中学に上がってからはもっと遠ざかっていった。

 隅っこで絵を描くと男子にからかわれ、机には『ウザイ』や『死ね』の文字。それが遊びだったとしても私は酷く傷つき不登校になると、漫画ばかり描いて雑誌に投稿して小さな賞を貰っていた。

 

 

* * *

 

 

「……今では想像つかないな」

「ですよねー。今でも漫画集めたり深夜アニメは録画して観てるんです。絵はさすがに落書きぐらいですけど」

 

 笑いながら淡々と過去を話す。

 こんな話をして藤色のお兄さんも遠ざかっていくのではないかと胸がズキズキする。けど、この人にはすべてを話しておきたかった。

 

「それで……どうやって今の君に?」

「……高校は週に何回か不登校の子が集まって学ぶところに行ったんです」

 

 似た境遇を持っている人、ヤンキーみたいな人など、ちょっと特殊にも見えたクラス。そこで自分と同じような根暗系女子や男子を見て私は思った。

 

「『あ、ウザイな』って」

「……は?」

 

 目を丸くするお兄さんに私は笑う。

 だって私以上に下を向いてて無口で何も話さない。その時にわかった。

 

 そっか私は周りにこうやって見られていたのか。客観的に見てこれは確かにウザイ。と言うより何を考えているかわからなくて距離を置きたくなるって、勝手に解釈した。

 

「それから私はその子達と喋ったり遊んだりして、ちょっとずつ心を開いていきました」

 

 仲良くなるまで時間はかかったけど、体育でドッチボールしたり、ボーリングに行ったり、互いの家に行ったり、男女は関係なかった。それが実ったのか少しずつみんなは笑顔を見せてくれるようになって、ご両親から『みきちゃんのおかげで家族内でも会話が増えたの、ありがとう』って言われた時は本当に嬉しかった。

 

「だからもう暗くいるのはやめよう、前向きにいこうって決めたんです。遠い将来を考えるより今夜の晩御飯何かなって考える方が楽しいって……でも、結局何も変わりませんでした」

 

 高一の頃にはじめてバイトをしたけど、高校とは違ってお客さんやバイト仲間との交流が上手くいかず人間不信に陥った。働くというより人に会うのが怖くて、大学へも行かず引き篭もりに逆戻り。

 イラストでたまに仕事を貰って収入を得ていたが、それは成人して二十三歳になっても変わらなかった。

 

「妹は大学にも行って就職もして……いつも忙しそうにしてました。ある日くたくたに帰ってきたので『寝たら?』って言ったら『寝たら明日がくる何かしたい、でも眠い』って言ったので私は『眠いなら寝なよ』って返しました」

「……そしたら?」

「そしたら……『働いていない姉さんにこの気持ちはわからない』って……」

 

 言葉に出すと、目尻に熱いものが沸く。

 そう、働いていない自分は自由だ。好きな時間に起きて寝て、好きなことが出来る。

 

「その言葉が痛くて……辛くて……『カモん』でバイト……はじめたんです」

 なんで夜のバイトにしたのか攻められたけど『だって母とまきたんはお昼の仕事だから、私がその間にお掃除や買い物するよ』って笑顔で返した……でも。

「ただ逃げた……だけ……なんです。家事も買い物も……ニ人の役に……立たなきゃ……ちゃんとしなきゃって……」

 喉がヒューヒュー鳴って上手く言葉が出ない。

 涙も大粒になって流れ落ちる私を、藤色のお兄さんが優しく抱きしめる。当に陽が落ちた空は暗く星空だけだったが、背後のタワーにイルミネーションが灯り、私達の影が伸びた。

 顔を寄せる藤色のお兄さんが耳元で囁く。

「なぜ……そんな辛い話を俺に……?」

 

 涙でボロボロになった顔を上げる。

 見つめる私から目を反らさない彼に、言葉を振り絞るように口を開いた。

 

「だって……こんな私だって……知ってもらいたかったんです。こんな……やつだけど……私、貴方が……海雲さんが……好

​        ほんとう

きなんです。真実の私……知ってもらって……好きって伝えたくて……だから……」

 

 嫌われてもいい。それでも伝えたかった……好きになったから。

 顔を伏せ、涙を袖口で拭いていると冷たい海風が吹く。潮の匂いに満ちているはずなのに、今は鼻水が詰まっているようでわからない。

 

 それからどれだけの時間がたったか。

 実際はほんの数分だったかもしれないけど『俺は……』と、聞こえてくるまで長い時間が掛かったような気がした。誘われるように顔を上げると、イルミネーションの光と影、両方が彼を照らす。

 こんな状況までカッコ良いと動悸が激しく鳴る。でも今は彼の声に耳を傾けた。

「俺は……仕事で福岡(ここ)へ来た……それも残りニ週間しかいられない……それでも……俺でいいのか?」

 

 真っ直ぐな目と目が合う。

 その眼差しは強い火を持っているように見え、私は大きく何度も頷いた。

 

「はいっ……海雲さんがいいです……私を……選んでください!」

「選ぶも何も……」

 

 また涙を零していると、覆い被さるように強く抱きしめられた。今までにないぐらい強く熱く、顔を寄せ合う。目の前には海雲さんの顔。

 

「俺は……出会った翌日に恋したんだ……過去のすべてを背負いながらあの店で働いていた……君の笑顔に」

「え……?」

 

 『翌日』と聞いて目を瞠る。え? え? ええっ!?

 脳内があたふたと子豚と一緒に回転するが、強い眼差しにピタリと止まる。今まで見たことないほど柔らかな笑みが向けられ、望む答えが出された。

「君に出会えて良かった……俺も君が……みきが好きだ。俺のものになれ、みき」

「っ……はいっ!」

 大きな返事をすると、証のように唇と唇を重ねる。

 感じたことのない高揚感と熱を感じながら、大好きな人と繋がった────。

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