カモん!
14話*「開通」
※海雲視点で進みます
寒い風が時折吹くが、雲間からは太陽が見える。時刻は昼の三時。
そんな俺の目の前には“好きになった子”がいる。
「やっほーーーーっ!」
海に向かって山の台詞を、しかもソフトクリームを持って叫んでいた。
俺達は百道浜(ももちはま)に海を見に来ている。
俺の泊まるホテルから歩いてすぐだったため車はホテルに置いて徒歩。真後ろには福岡タワーが建つ……が、彼女は横にある店でソフトクリームを買った。真冬に。
「好きな店だったら買いません?」
「……季節を考えるな」
オススメだと聞くと食べたくなるが、真冬に食べる勇気はなく俺は買わなかった。すると、クリームが乗ったスプーンを寄せられる。
「どうぞ。美味しいですよ」
はにかんだ笑顔に、男の理性を試されている気がしてならない。だが、頭に巻いてある包帯にメーターは下がり、口を開いた。
「……ああ」
スプーンに口を付ける。
口内に広がるのはあの時とは違い、甘く冷たいもの……思い出すのは三日前。
会社絡みで揉め、その場に居合わせた彼女にケガを負わせた。
俺の目の前で俺が負うはずだったものを。彼女が血を流して横たわった時、すべてが闇に包まれ、口の中では血の味がした。
『海雲っ、口内切るのやめろっ!』
久し振りに聞く寺置の“素”の怒声で我に返ることが出来た。
彼女に出会って数週間。いったい何度驚き、その度に落ち込むのか。二十八にもなってだらしない。
そんな俺の迷いとは別に、ソフトクリームを食べ終えた彼女は走り出す。
おいおい、退院したばかりなのに大丈夫か! ていうか俺まで砂浜に引っ張って行くな!! スーツ男に砂浜
デンジャー
は危険だろ!!!
焦る俺に、追い討ちを掛けるような笑顔が向けられた。
「砂山を作りましょう!」
「……は?」
作るのか!? 今から!!? まだ子供連れもいるのに!!!?
そんな羞恥はないのか、彼女は黙々と砂山を作りはじめた。ホント、彼女と居るとすべてがどうでもよくなる。
観念したように、スーツなのもお構いなしに山を作る。こんな遊びは幼少期以来だ。
制作中は時たま子供が覗き込み、隣で一緒に作りはじめたり鬼ごっこをしたりと楽しい笑い声が響き渡る。夕日が沈み出すと、名を呼ぶ親の元へと子供達は走りだし、彼女は手を振って見送っていた。
二人になった浜辺には静かな波が打つ音。
だが、振り向いた彼女は変わらない笑顔を向けた。
「お待たせしました。では開通しましょう!」
「……は?」
「そっちから穴を開けてくださいね~」
どうやら砂山は砂山でもトンネルだったらしい。
俺は手が大きい分、すぐ真ん中へとたどり着き待ちぼうけ。すると。
「あ、繋がった!」
笑顔で手を握る彼女に、全身が熱くなったのがわかる。
どれだけ君は俺を“好き”にさせれば気が済むんだ。
ひとつひとつの行動に胸が高鳴るのは彼女に溺れている証拠。
そう納得すると、最後に二人で山を足で崩した。
* * *
「君には本当に敵わない……」
「ふへ?」
手を洗い、石垣に座ってコーヒーを飲むと俺は呟くように話す。
「知らない子供や大人とも楽しく話せて、子供の頃の遊びをいつまでも出来るんだな」
「それって私が子供っぽいってことですか?」
口を尖らせているが、その顔は笑っている。
俺は否定も肯定もしない。
「……俺は父親が会社経営していて、一人息子だったせいか勉強ばかりだった。学校もエスカレーター式で、今日みたいに遊んだ記憶は殆どない」
幼いながらも虚無だけが広がり、社会人になっても変わらなかった。
期待され罵声を浴び、ただ認めてもらうためだけに突っ走ってきたが、気付けば周りには誰もいなかった。
「お秘書さんがいるじゃないですか」
「あいつは論外だ」
「あはは、お秘書さんに言っちゃいますよ?」
「別にいいさ。わかりきってることだからな」
そんな他愛ない話にニ人で笑う。
そう、こうやって誰かと笑い合うなんて社会人になってから何回目だろうか。社会に出ると仕事だけをこなし、帰宅しても食事して寝ての繰り返しで、なんのために働いているのかわからなくなる。
「何か趣味とかないんですか?」
「機械イジリは好きだな……車改造したり」
「へー意外ですね。それなら会社でも製造に行けばよかったのに……転職しないんですか?」
まさかの転職!? しかも父親が経営する会社で!!?
その意外な提案に笑いが抑えられなかった。
「はははっ、確かに出来れば楽しそうではあるな」
「でしょ? 仕事で趣味を活かせるって良いと思うんですよ。私もイラスト描くのが趣味でイラストレーターみたいな仕事してましたよ」
意外だ。全然そんな雰囲気ないのに。
そう考えていると彼女は微笑んだが、今まで見たものよりも深く悲しんでいるように見える。すると今までの彼女からは聞いたことのない静かな声を発した。
「だって私、アニメや漫画オタクだったんです。しかも中学時代は根暗で不登校でした」
小波を聞きながら、海を見つめる彼女の横顔から目が離せない────。