カモん!
番外編12*「みきとペンギン」
*海雲視点です
帰宅して早々、出迎えたみきと羽実に言った。
「明日から一泊二日の旅行に行くぞ」
「わかりました! 準備します!!」
「わ~い!」
笑顔で手を上げた二人は楽しそうにリビングへと引き返す。
その背を見ながら、せめて場所ぐらい聞くものではないだろうかと思ったが、サプライズ的なものでもいいかと気にするのをやめた。
* * *
「それで、どこに行くんですか?」
やっと訊ねられたのは翌日の昼前。自家用車で高速に乗り、福岡を出た後だった。
キャップを開けたペットボトルを後部席から顔を出したみきから受け取ると、数口飲んでから短く答える。
「長崎……」
「わあ、小学校の修学旅行以来です」
「コース……覚えてるか?」
「平和公園や出島は行きましたよ。最終日はハウステンボスでしたね」
隣に座る羽実と手を叩きながら懐かしむみきの口から目的地の名が出なかったことに安堵する。
だが、ぶっちゃけ今から行く場所と宿以外を決めていないこと、俺は長崎初なことを話すと、頼もしい返事をもらった。
「修学旅行コースでもぶらぶらでも全然大丈夫ですよ。子供の頃と違って見方変わりますし……あ、資料にもなりますね!」
「うみ、ハウステンボス行きたい!」
ミラー越しに手を上げる羽実と、目を輝かせるみきが見える。
さすが、ノープランに慣れている嫁の言葉は違うが、理由が仕事だと微妙な気持ちだ。外での仕事を止めたらついに『在宅業務ならOKですか!?』と言われ許可してしまった。今はパソコンでイラスト系の仕事をフリーで受注している。まあ、出会った時からの職業病みたいなもののようだし,半分諦めた。
一息つくと明日はハウステンボス、他は後で決めることにした。
後回しにした理由は今から行く場所の滞在時間が俺と羽実だけなら一時間掛からないのに対して、みきの予測がつかないからだ。
実際長崎に入り、I.C.を下りて十数分。目的地へ到着すると、車を降りたみきは看板を食い入るように見つめていた。その瞳は先ほど以上にキラキラし、俺も看板に目を向ける。
ここは──『ペンギン水族館』。
「ふあ、あっ、あぁぁああっ!!!」
「マ、ママ! しっかり!!」
早速聞いたことない寄声に羽実と二人驚くが、みきは両手を上下にバタバタ動かしている。まるでペンギンのモノマネ。あんなに速く動くかはわからないが。
その顔からもわかるように、みきは大のペンギン好きだ。
理由は特に聞いたことないが、旅行鞄やストラップ、果てにはパジャマや枕もペンギン。私用で東京に戻った時、体長五十センチほどの皇帝ペンギンのヌイグルミを土産に渡したら土下座で感謝するほど。
そして今まさに土下座をしようとしている嫁を慌てて止める。
「み、みき、そろそろ餌やりがはじまる時間だ!」
「ふあっ! そ、それは見逃せませんね!!」
「ママ、行こう!」
地面に屈んでいたみきはキラキラな顔を上げると、羽実の手を取り、嬉しそうに歩きだす。ひとまず喜んでもらえたようで安堵の息をつくが、入口からこれで大丈夫だろうか。
みきと俺の心臓が別の意味で保つか不安になりながら遊歩道へと足を進めた。
雑木林を抜けると二階建ての水族館が現れ、一階の屋根には巨大なペンギン像。
みきがバンザイしている間にチケットを購入し入館すると、円形水槽に入ったイワシの大群が出迎えた。が、みきは左に見えた高さ三、四メートルはある巨大水槽で泳ぐペンギンの所へ猛ダッシュ。ああー……イワシ。
「うわああぁ!」
「ペンギンさん、はや~い」
ガラスにへばり付くように見つめるみきと羽実の前を素早く泳ぐ数匹のペンギン。その速さに俺も感心するように目で追うと、長崎の海に生息する海水魚や、キングペンギンの剥製を見て回る。
羽実は剥製が怖いと怯えるが、三十九年飼育されていたことを教えると恐る恐る眺めた。
「長生きだね~」
「人間で言うと百歳超えだからな……」
「ママも長生きしそう」
「だな……」
振り向くと、未だみきはガラスにへばり付いたままだ。
その背中は何かを語っているようにも思えるが、餌やりのアナウンスが流れるとキラキラの瞳と目が合った。両手をバタバタさせる姿に頷くと、中庭らしい場所へ移る。だが、既に大勢の家族連れが岩場が連なったプールを囲んでいた。飼育員が餌の入ったバケツを持って来ると、小型ペンギン達が列を成して動く姿に客が沸く。
「え? え? なんですか?」
「見えない~」
「みき、羽実」
必死に客の間から見ようとしている二人を呼ぶと、羽実を肩車し、みきを抱える。視界が高くなったことに二人は大喜びだ。
「うわ~、見える見える!」
「海雲さん、ありがとうございます!」
笑顔の二人に小さな笑みを零すと、餌であるアジが水槽に投げられ、ペンギン達が勢いよく飛び込む。物凄い速さで捕っていく姿に二人も歓声を上げた。
今度はプールの宙で飼育員がアジを吊らすと、ペンギンが必死に貰おうと首を伸ばす。だが、投げようとして実は投げなかった飼育員の罠によってプールに落ちてしまった。笑いが起こる中、みきがポツリと呟く。
「なんか、まきたんとお秘書さんみたいですね」
「ああ……」
義妹の大好物イチゴを吊らして遊ぶ寺置の図が浮かんだのは俺だけではなかったらしい。野郎、秘書より飼育員が向いてたかもしれないな。
同情半分で見ていると飼育員による餌やりは終了し、一般の餌やり体験がはじまった。腕から下りたみきの眉が下がる。
「餌やり、もう出来ないんですかね?」
「いや……午後の券がそろそろ販売されるはずだ。やりたいなら別に構わない」
「うみ、やるー!」
手を上げる羽実にみきも笑顔になると、急ぎ販売所へと走る。
その間にイベント時間を確認するが、数分ごとに何かしらの催しがあるらしく、最低でもニ時間は居ることになりそうだ。館内には軽食を取れるぐらいの店が一軒しかないから、昼飯のために一度出る必要があるかもしれない……が。
「パパ~!」
「キングペンギンさんのパレードです! 廊下を歩いてます!!」
大興奮で戻ってきた嫁と娘に、やはり滞在時間が読めない。
それでも嬉しそうな顔に文句など出るはずなく、二人の元へ足を進めた。
* * *
「それでな……プラーブックが」
『ああっ!? そりゃ、ただのナマズだろ!』
「お、よく知ってるな御門(みかど)……けど、ただのナマズじゃないぞ。世界最大の淡水魚で神の使いと『おい藤色、切っていいか?』
淡々と語る俺に電話主、歳はひとつ下だが長い付き合いのある『Mikado IT』の御曹司であり社長、御門 総一郎は苛立った様子で言い放つ。寺置じゃ数秒で切りそうでやめたが、こいつもどっこいのようだ。
大きな溜め息をつきながら背中で眠る羽実を抱え直すと、目先でジっとしたまま動かないオオナマズ=プラーブックを見つめる。
「いやな……俺は別に待つのも同じ所に留まるのも嫌いじゃないんだ……決して」
『俺は三十分も保たねぇがな……で、実際どんだけ待ってんだ?』
「五時間」
『ネズミ王国にでもきたのか?』
夢の王国ならありえる時間だが、ここは長崎。ハウステンボスでもない、ペンギン水族館。
さすがにそれは言えず、仕事中だった男に詫びを入れて切ると、また大きく息を吐いて振り向いた。
一階の巨大水槽の丁度真上にあたる二階には南極に住むキング、ジェンツー、マカロニ、イワトビペンギンが陸に上がっている様子が見られる。ぶっちゃけキングペンギン以外の見分けなんざつかないが、みきはガラスにべったり張り付いたまま、かれこれ一時間以上動かない。
昼食のため一度外に出て再入場すると、ペンギンとのタッチング、群泳、餌やりなどを見て体験し、ニ時間以上は潰れた。が、ただのペンギン鑑賞だけで二時間……羽実はお休みタイムに入り、さすがの俺も疲れたが、永遠黙っているみきが怖くて口が出せないでいる。
寺置が『ヘタレ』とか言っているのが浮かんでいると、ついに閉館時間を報せるアナウンスが流れ、声を掛けた。
「みき、出るぞ……みき?」
呼んでも振り向かない。
珍しいことに内心驚き呆れ少々苛立ちながら近寄ると、一匹のキングペンギンを見つめていた。頭の上に顎を乗せる。
「あいつがどうかしたのか?」
「海雲さんに似てるなあーと思いまして」
そう言われ見つめるが…………似てるか?
いや、さっきまであんな風にボーと遠くを見てた気はするが腑に落ちず顎を退けると、顔を上げたみきは微笑む。一瞬黙ってしまうが、唇に口付けた。
「っん!」
「……俺よりあいつを取るのか?」
「と、取るなんあっ」
驚いたようにみきは顔を離すが、すぐさま耳朶を咥えてやると小さな喘ぎを零した。耳孔に舌を這わせるといっそう声を上げるが、数人の客がまだいるのもあって手で口元を押さえる。
「か、海雲さ……んっあ」
「俺よりペンギン取るなら怒るぞ」
「と、取りません! 取りませあっ……」
「どうだろうな……五時間も待たされると」
「ごっ……!?」
慌てて携帯を見たみきはやっと事の重大さに気付いたのか、呆然とした様子で俺と眠そうな目を開けた羽実を見上げる。一息吐くと訊ねた。
「もう、充分満足したな?」
「パ~パ、きっらきら笑顔だ~…むにゃ…」
はにかんだ笑みを浮かべた羽実と一緒に、自分が微笑んでいるのがガラス越しに映る。そしてみきは顔を真っ青にさせたまま、震える唇で必死に笑みを作った。
「は……はぃ……」
振り絞った声はか細く、目尻には薄っすらと涙が見える。
構わず笑みを零す俺に、立ち止まっていた俺(仮)ペンギンは勢いよく水の中へと飛び込んだ──。
* * *
時刻は0時を回り、外も室内も静寂に包まれている。
宿は海も近い、メゾネットタイプのコテージ。晩御飯は新鮮な魚介が乗った舟盛りを食べ、風呂は天然温泉と安らいだ。
「や、安らいだって……まだ、怒ってるじゃ……ないですか」
「いや……最初よりは和らいでいる……が、足りないな……みき?」
「はいぃ……っん」
着物のまま一階のベッドに背を預け、床に座る俺は視線を落とす。
同じ着物が既にはだけている妻は膝に跨ったまま恥ずかしそうに目を伏せ、当に繋がっている秘部に刺激を与えようと腰を動かした。同時に俺の襟を広げ、漏れる声を押さえようと首筋や鎖骨に吸い付くのは、ニ階のベッドで眠る娘に気付かれないため。だが、静かな室内には水音と息が厭らしく響いた。
「はあ、っあ……ん」
「息が上がってきたな……水分摂るか」
サイドテーブルに置いていたグラスを取り飲むと、口移しで酒を渡す。度数が少し高めなせいか、みきの顔は徐々に火照り、下唇から垂れた酒が胸元に落ちた。
それを拭き取るように両手を腰に回すと、胸元に顔を埋めて舐める。酒も汗も一緒に。
「あっう、っああ……」
「みき……声」
「っん、んん」
先端を舌で突いて舐めればビクビクと身体を揺らし、俺の頭を抱きしめる。
ペンギンはもう気にしてないと言えば嘘になるが、最初の苛立ちほどはない。ただ許しを請うように奉仕する妻が可愛く厭らしく思えるだけだ。涙目も、流す汗も、漏らす息と喘ぎも全部。
ナカで愛液が零れる熱さを感じると引っこ抜く。
「あ、抜いちゃ……あぅっ!」
寂しがるような声に構わず、俯けのままベッドに押し倒す。
裾をたくし上げると、大きく開いた秘部からは愛液が止まることなく零れていた。膝を付き、両足を押さえたまま屈むと愛液を舐める。
「ひゃうっ!」
刺激が強すぎたのか、大きな声が上がるが、俺と目が合うと慌てて顔をシーツに埋めた。必死に刺激を堪えようとしているが、小刻みに揺れる身体と小さな悲鳴に内心笑いながら蜜を吸う。
「んっ……だいぶん気持ち良くなってきたな」
「海雲さんも……です……か?」
「ああ……さっきまでの不快な気分は一応……な」
「あうっ……ご、ごめんなさい」
しゃくり上げる声を聞くとさすがにイジメ過ぎた感が否めず、背中を覆うように抱きしめる。だが、みきはどこかビクビクしているようで、髪を撫でると額に口付けた。
「反省しているならいい……まあ、喜んでもらいたくて連れてきたのは俺だがな」
「いえ……私もはしゃぎすぎて……すみません……明日は大人しくしてます」
「それはみきらしくなくて嫌いだ……」
滅多に言わない『嫌い』にみきはビクリと身体を揺らしたが、クスリと笑うと背中に口付ける。
「でも……羽実と一緒に駆け回って……笑顔で俺を呼んでくれるみきなら……俺は許すし……好きだ」
「海雲さ……んっ!」
その証拠にと、赤い所有の証を幾つも背中に付けると、みきの表情が徐々に緩んでいくのがわかる。つられるように笑みを零した俺はみきの腰を持ち、肉棒を宛がった。ゆっくりとナカへと押し入る肉棒に、みきは先ほどまでとは違う声を上げる。
「ああっ……もっと突いてください……いっぱい大好きな海雲さんで」
「ペンギンじゃなくて……か?」
また意地悪するように言うと、頬を膨らませたみきは振り向き、肉棒を押し込むように腰を動かす。
「っあ…!」
「ん……確かに私は……ペンギン好きですけど……海雲さんより愛はないですよ……」
「本当か……それ?」
「疑うなら今度五時間……見張りますよ?」
微笑を浮かべる妻に一種の恐怖を覚えるが、大きさを増す肉棒に口元は弧を描いた。
「これを受け止めてくれるなら……疑う余地はないな」
「はい……任せてください──っ!!!」
頼もしい声に大きく動いた腰が一気に奥を貫く。
それを何度繰り返しても、彼女から漏れる声も表情も全部が歓喜で充分に俺を満たす。苛立ちを消すように、一番はキミだと刻み込むように、何度も何度も繋いでは離れ口付け、愛を囁いた。
当然、床の掃除も一緒にした──。
* * *
翌日、大都市にも見えるハウステンボスも盛大に動き回った。
某海賊漫画に出てくる船を見た時のみきのテンションは過去最大に高く『ガオン砲!』とか叫んでいたが、俺はサッパリで首を傾げる。
それでも始終みきも羽実も笑顔で、突発旅行も悪くないと思えた。
「それでも好みの場所には行かない方が良いですよね」
「…………だな」
帰宅後、寺置家に土産を持ってきた俺は酒を貰っていた。
嫁の義妹と娘は風呂らしく、息子はテレビを観ながら土産のお菓子を食べている。そして向かいに座る男、寺置は眼鏡のブリッジを上げると、土産のサメヌイグルミの口にチンアナゴヌイグルミの頭を食わせた。俺はポツリと呟く。
「やっぱお前……秘書じゃなくて飼育員か……」
「似たようなものでしょう。海雲とまきの飼育員」
爽やか笑顔で二匹のヌイグルミを向ける男に数秒沈黙すると、さらに呟いた。
「来世は……プラーブックになってやる」
「眠いなら帰れ」
一蹴りされ、渋々家を出ようとする。
そこで風呂上りの義妹に会い、そう言えばと、みきがペンギン好きな理由を訊ねた。タオルで髪を拭く義妹は眉を顰めると、頬を赤めた。
「……可愛いから」
「「……………………」」
「な、何さ! どうせボクだってそうだよ!!」
俺と寺置の眼差しに、義妹は羊パジャマのフードを被る。
確かに可愛いと思うが、男からすれば呆れるしかない。終いにペンギンパジャマを着た嫁が出迎えた時は、脱がしてしまったほど。
心が狭い男が悪い気はするが、好きな物はほどほどに頼む────。