カモん!
11話*「エマージェンシー」
久々に会う、藤色のお兄さん。
変わらずのダークコートに、はじめて会った日を思い出す。でも、あの日とは違う動悸が全身を包み、金魚のように口をパクパクさせていると、首を傾げられた。
「……どうした?」
「お化けでも現れたんじゃないですか」
くすくす笑うお秘書さんの声で我に返り、ガバッと腰を折る。
「お久々ですっ! じゃなくて、いらっしゃいませっ!!」
「……ああ」
藤色のお兄さんは私を見ながら瞬きする。
あわわ、急に意識し過ぎですよ私! お兄さんもビックリですよ!! 私が一番ビックリですよ!!!
そんなテンパり中の後ろから大将の大きな声が響く。
「カモーん! あんちゃんら今夜はゆっくりしてけや」
「ありがとうございます、大将様」
返事をしたのは何故かお秘書さん。笑顔でカウンター席に着く彼に、私と藤色のお兄さんは呆然。
「……あいつはなんであんな親しくなってんだ?」
「先週三回ぐらい来てくれましたよ。一緒に写真も撮りました」
「……ああ、あれか」
なんでか藤色のお兄さんが不機嫌になってしまった。
お仕事疲れからかなと急いでお秘書さんの隣の席の椅子を引く。すると、お秘書さんがくすくすと笑いはじめた。
「おや、海雲様は特別ですか」
「お? なんだ、みきちゃんの男ってこのあんちゃんか」
「おおおおおおおっ!?」
先に座ったのお秘書さんじゃないですかと言う前に周りのお客さんが騒ぎ出し、私は顔を真っ赤にしたまま両手をバタバタさせる。キョトンと見ている藤色のお兄さんに奥さんがビールジョッキを渡し、大将が大声を上げた。
「そんじゃ新しい仲間さんウェルカムとみっちゃんにかんぱーい!」
その声に他のお客さんも途中のビールジョッキを持って乾杯する。私なんも持ってないですよ、大将ー。
なんの乾杯かわからない藤色のお兄さんは渡辺と高津のおじさまに招かれ、席に座ると名刺交換をする。互いに『ああ』と頷き合っているのを見ると会社同士のお知り合いさんですかね。
私は今夜お話出来るかなとドキドキ考えながらやきとりを運びはじめた。
* * *
時刻は十一時。
みなさん酔っ払いモード全開。まだ火曜日なのに大丈夫ですかー?
「どげんもこげんも女房がよー」
「そげん言ういても、しきらんもはしきらんよなー」
うん、方言出てる人がいますね。何人かはお帰りなった方が良さそうです。
頷きながらふと藤色のお兄さんとお秘書さんを見るとビールジョッキが六つも溜まっていた。
「珍しいですね、いつもは焼酎なのに」
「ん……ああ。ちょっと仕事でな……」
「ほら、会社に一人ニ人ぐらい腹が立つ方っていらっしゃるでしょ」
「……お前とかな」
「おや、どの口がいいますかね」
酔っているような酔ってないような会話で隣の渡辺と高津のおじさまも笑ってますが、だいぶん出来上がってますね。これはエマージェンシーですね! タクシー出動だ!!
と、電話に手をつけようとしたら来訪ベルが鳴り、急いで玄関へ向かう。
「カモ~ん!」
「おうっ、ひっく……ニ人だ~嬢ちゃん」
「よろしくね~きゃはは」
お酒臭いツルッツルッな横太めの中年スーツおじさま。そして派手な茶髪ウェーブで香水の匂いがするミニスカボンッキュッなお姉さんが来客。お胸おっきいですね! でも、もっと大きい友達を知ってますけどね!! 羨ましい!!!
「その辺は気にしてらっしゃったんですね」
「……鰐巾(わにはば)さん」
お秘書さん! 気にしますよ!! だって私ちっちゃいですもん!!!
ではなくて、藤色のお兄さんのお知り合い……かと思いましたが、険しい顔をしてる。“わにはば”さんは覚束ない足取りで藤色のお兄さんの隣に座った。
「なんでぇ……今日きた藤色のガキじゃねーか……ひっく。こんな時間までガキが遊んでんじゃねーぞ……」
「……仕事終わりは自由ですよ」
「やっだーカッコイイ人じゃないー! お姉さんと遊ぼーよ!!」
うわっ! お姉さんが後ろから藤色のお兄さんに抱きついた!! ちょちょちょちょ首にお胸がっ!!!
けれどお兄さんは手で思いっきりお姉さんの肩を叩き『痛い~っ!』と悲鳴が上がる。本当に遠慮してない感じで少し怖いです。
「おいっ、嬢ちゃ~ん。ビールニ杯だ、ニ杯~」
わにはばのおじさまはそう言って私のお尻をペンッペンッ叩く。
大将と藤色のお兄さんが止めようとするが、酔っ払いさんにはよくあるので大丈夫と苦笑しながらビールを注ぎに行く。すると高津のおじさまが耳打ちをしてきた。
「あの人な、若い者嫌いで無理難題を言わせては悩みの種になっとるらしい。藤色の兄ちゃんも何日か説得して合意したと言っとった」
「そんな方がよく仕事続けられますね」
「会社の成績は良いんだよ……成績はね。あれでも常務なんだ」
「うおーいっ、嬢ちゃ~んまだかー! 客を待たせんじゃねーぞ」
役職なら藤色のお兄さんの方が上なのにと思いながらビール注ぐのを止めてお冷を出した。わにはばのおじさまは眉を上げて私を見る。
「申し訳ありません。お客様は足元も覚束ないほど酔ってらっしゃるようなので今夜はお開きにされた方が良いと思います。また明日も大事なお仕事ですから」
私はニッコリ微笑む。けど、わにはばのおじさまは太目の左上で私の腰を寄せ顔を近付ける。近いっ! お酒臭いっ!!
「固いこと言うもんじゃね~ぞ、嬢ちゃ~ん。嬢ちゃんはな~、おじさんの言うことき~とけばいいって」
徐々に腕がお尻に回ると撫でられ、寒気とは違うものが背筋に走る。それは藤色のお兄さんに触られた時とはまったく違う不快感。気持ち悪いっ!
「お客さん、そこまでに「いい加減にしろっ……」
大将が声を上げようとしたが、地を這うような低い声と共に何かが盛大に割れる音がした。涙目で見ると、藤色のお兄さんがジョッキを片手で割って……へ?
泡まみれの手など気にする様子もなく振り向いた彼。
その表情は今まで見たことない――――憤怒の形相。