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​モん!

  10話*「意思疎通」

 お秘書さんの運転で家の近くまで送ってもらい、お礼とお詫びの土下座をしようとするも止められてしまいました。でも、ウインドー越しの藤色のお兄さんは笑みを浮かべていて、私も笑みを返すと車が去っていく。

 心にポツンと穴が空いたような気持ちになるが、広がる青空に一息つくと、自宅へと足を向けた。

 帰宅後、仁王立ちで迎えた妹に深々と土下座。

* * *

「それで、その男の人とベッドまで一緒だったと?」

「いや……だからそれは私が髪も乾かさず寝たからで……」

「言い訳はいらない。寝たことに変わりないから」

 温か~いカーペットに座っているはずが、冷た~い空気が漂っています。

 そんな私は現在まきたんに説明、もとい事情聴取をされていた。正座で。お秘書さんは笑顔で冷気を出す人ですが、まきたんは視線で出すんだね。

「笑顔で出してやろうか?」

「結構です!」

 

 さすが双子! 意思疎通バッチリだね!! お姉ちゃん感心……冷たい目に沈黙。そんな私に、まきは大きな息を吐いた。

 

「疎通出来てるならボクが言いたいこと、わかるよね?」

「……大人なのに知り合って間もない人と一緒に泊まるなんて軽率でした、ごめんなさい」

「特に姉さんは誰かれ構わず愛想振りまくから勘違いされるよ」

「勘……違い……?」

 

 頭を上げると小首を傾げる。溜め息をつかれた。

 

「普通に接してることが『この子は自分に好意を持ってる』って間違われること。特に異性……実際、藤色のお兄さんに食事も宿泊も洋服も世話になってるんだから、そう勘違いされててもおかしくないよ」

「そんな……つもりは……」

 

 親しく話すのが癖みたいなもので、誰かに好意を向けているわけじゃ……そう否定したかったけど、喉元で突っかかってしまった。

 確かに私は藤色のお兄さんを知りたいと思った。一緒に居て胸がドキドキした。楽しかった。彼に好意を抱いているとしたらそれはつまり……。

「……姉さんが、その人のこと『好き』って言うなら話は別だけどね」

「っ!」

 

 先にまきの口から出ると、お腹から喉にかけてヒュッと何かが迫ってきた。

 『そんなことないよ』すら出てこないのは、本当なのか嘘なのか私自身わからないからだ。でも、彼のことを考えると目尻が熱くなり、口をぎゅっと結ぶ。

 

 すると、立ち上がったまきは台所へ向かい、ガチャガチャと何かの音を鳴らす。しばらくして二つ持ってきたカップのひとつを差し出した。暖かいコーヒーを。

 

「見た感じ満更でもなさそうだがら、藤色のお兄さんがそんな人じゃないってことは謝るよ。ごめん……でもあんまり心配かけないでよ」

 

 そう呟いたまきは悲しそうに微笑む。

 私の目尻から我慢出来ない涙がポロポロ出てきた。言葉は厳しいけど、それはいつも私を心配してのこと。なのに私はみっともないところばっかりで姉失格だ。ちゃんと自分の気持ちを整理しないといけない。

 

「ごめんね……まぎたん……あでぃがど……」

 

 グスグス言いながら受け取ったコーヒーに口をつける。が。

 

 

「あまっっっっっ!!!!!」

「あ、ごめん。ボク甘党だから砂糖五杯は入れてるよ」

 

 

 まきたーーーーんっっ!!!

 私の妹はやっぱりお秘書さん並みに辛辣で酷いです。

 

 

* * *

 

 

 あれから一週間。

 藤色のお兄さんとは会えてないけど、お秘書さんが『休憩』と言って開店前の『カモん』をよく訪れては近況を話してくれます。何やら商談が上手くいっているようで、何社の人とも話し合いをしているようです。お秘書さんに頼まれ一緒に写真も撮りました。なぜ?

 その間、私の中では藤色のお兄さんに会った夜からリピートされる。まだ出会って数回しか話してないのに『好き』って気持ちが生まれるのかな。

「――ん」

 でも『好き』って感情も色々ありますよね。

 気が合うとか一緒にいて楽しいとか。そういうものとは……うん、違う気がします。

「ちゃーん」

 でも、りんちゃんの『途中からドッキューンって爆発した』まではさすがに。

「みきちゃん!」

「ひゅはいっっ!!!」

 突然の声に背筋を伸ばした私に、常連さん達は目を丸くする。しまった、バイト中だった!!!

 変な返事だったせいか、大将にも奥さんにもお客さんも大笑いされてしまい、慌てて頭を下げた。

 夜八時の『カモん』は火曜なのにカウンターも四席、畳席も三つ埋まっている。カウンター席に座る渡辺のおじさまと高津のおじさまにビールを運ぶと心配そうな顔をされた。

 

「どーした、みきちゃん。最近ボーとしてよ」

「すみません、大丈夫です」

 

 小さく頭を下げると、二人の横にビールを置く。すると、豚バラを皿に乗せる大将が楽しそうに口を挟んだ。

 

「あるあんちゃんが来てくれんのを待ってんだよ」

「お、なんだ男か? おじさん嫉妬しちまうぞ」

「そそそそんなんじゃないですよ!」

 慌てて首を横に振るが『怪しい~』とか『ヒューヒュー』と周りからおだてられ、顔が真っ赤になる。どうすればいいかのかわからないでいると来訪のベル。逃れるように玄関を見た。

「かも~……」

「……邪魔をする」

「こんばんは、みっちゃん様」

 

 入ってきたのは久々に見る藤色のお兄さんとお秘書さん。

 笑顔が固まった私から察したのか、周りから口笛が聴こえた――――。

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