カモん!
09話*「あったか~い」
それは板でした。あったか~い板でした。頬ですりすりすると割れ目にあたりました……割れ目?
まだ眠い頭と虚ろな目で目の前の板を数秒見つめると顔を上げる。
「ぴぃっ!!?」
人って色んな声を出せるんですね! じゃなくて、イケメンな男の人が上半身裸で寝てますよ!! 片腕だけで私ホールドされてますよ!!!
ワタワタしながら昨夜を思い出す思い出す思い……あれ、もしかしてと必死に手を伸ばし、男性の長い前髪を掻き分けた。
「藤色の……お兄さん……?」
すーすーと安らかな寝息を立てているのは藤色のお兄さん。
いつも前髪を上げていたのでわからなかった。髪はさらさらで睫は長くて腕も長くて細身なのに筋肉が程よくついてて……板はお兄さんの胸板でした。じゃなくて!
昨夜のことを思い出すと頭から火が出る思いですが、この状況もマズすぎる! しかも私いつの間にか下着してる!! ノーブラノーパンの恥ずかしい女だったとかごめんなさい!!!
猛反省しながら彼の頬を軽く叩いた。
「お兄さ~ん! 起きてくださ~い!!」
身じろいでいると膝に大きな何かが当たる。
それが感じたこともないモノだったせいか、興味を持つように膝で擦った。
「っ……!」
すると藤色のお兄さんが苦しそうな声を上げ、薄っすらと瞼を開く。
「ごごごごめんなさい! 痛かったですか!?」
「……ちょっ、黙れ」
抑制のある声と一緒に抱きしめられた。なぜ!? ああっ胸板があああぁぁっ!!!
けれど藤色のお兄さんは息苦しそうに呼吸をしていて、私は内心叫ぶだけで口チャック。私がいる場所はお布団お布団、あったかいあったか~いお布団ダヨー……と、現実逃避していると腕が解かれた。
「悪い……落ち着いた……」
「いえ、私もなんか色々とすみません……」
お互い数秒沈黙し起き上がる。
あああ、お兄さんの上半身に目をやれない。真っ赤になった顔を隠すように顔を伏せる私に、お兄さんはキョトンとするが、前髪を掻き上げながらカーテンを開けた。射し込む光に目を瞑る。
「眩しっ……」
「六時……日の出時間だな……」
最上階から見る日の出は寒いせいか雲一つなく、タワーのガラスに反射した太陽が海と共にキラキラ光る。その前に立つ藤色のお兄さんも一緒に輝いて見える景色と感動に、私はしばし魅入っていた。
* * *
朝の挨拶をし直すと下着云々で土下座。
藤色のお兄さんは『聞かなかった俺も悪い』と苦笑しながら、いつもの白シャツに着替える。私の方は幸いにも女性スタッフさんが着させてくれたそうです。名前も存じないスタッフさんありがとう!
するとポンと藤色のお兄さんから洋服を受け取る。と、思ったら昨日の服じゃない!
「服はクリーニング中だ。出る前には終わるからそれまで……な」
「わざわざそんな! 自分で買ってきます!」
「もうそこに買ってあるだろ」
ああ、お秘書さんどころか藤色のお兄さんにも敵わなくなってきました。
礼にもなりませんが『今度『カモん』でいっぱい奢りますね!』と言ったら『楽しみにしている』と苦笑される。それだけで安堵の息は零れ、大将に言っておこうと笑みを返した。
いただいた洋服に着替えると、ホテルを散策する。
お秘書さんとは九時にラウンジで待ち合わせらしいのですが、まだ七時のため散歩と言う名の探検開始。リゾートホテルだけあってレストランやショッピング店はもちろん、プールやフィットネスセンターに温泉と至れり尽くせり。さらに驚くべきもの。
「結婚式場!?」
「こことは別に……俺の階より上にもあるらしいな」
「はあ……スカイチャペルとかすごいですねー」
「……憧れるのか?」
ガラス窓の先にある式場を見ながら腕を組む。
母子家庭で貧乏性があるせいか安いところ……むしろ籍を入れるだけで充分という答えが導き出された。そんなことを思ってしまう私は女としてダメでしょうかと藤色のお兄さんに訊ねると、苦笑しながら『君らしい』と小さく笑った。
それだけでトクンと小さく鼓動が鳴る。
藤色のお兄さんと距離が近くなっていく度にトクントクンと言う音が日に日に増していく。これ以上増えていいのかわからない想いにまだ気付いてはダメな気がして、必死に首を左右に振った。
部屋に戻ると荷物を持つが、クリーニングの服は袋に入れられ着替えることは出来ませんでした。深々と頭を下げながらラウンジへ向かうと、お兄さんに負けず劣らずのお秘書さんを発見。
「おはようございます。海雲様、みっちゃん様」
「おはようございます!」
笑顔で言う私と『ああ』と一言の藤色のお兄さん。
そんな私達を交互で見たお秘書さんは藤色のお兄さんに向かって合掌した――――なぜ?