カモん!
07話*「三人で」
藤色のお兄さんに会いました。
知っている人を見つけると嬉しくなって手を振っちゃいますよね! え、ない?
そんなことを考えていると仕事中に失礼なことをしていることに気付く。
また辱めに遭わせてしまったことにお辞儀して立ち去ろうとしたが、藤色のお兄さんは下に向けた指を上下に動かしていた。
……下?
なんでしょ、埋蔵金でも埋まってるんですかねと屈み込むと、勢いよく手を左右に振られた。違うんですか?
「『そこで待っとけ』と言っているんですよ、みっちゃん様」
「お秘書さん!?」
いつの間にいたのか、背後に佇んでいたお秘書さんに驚く。
微笑む彼はそのまま藤色のお兄さんに向かって手を扇いだ。まるで小バエを払うかのような雑な扱いに藤色のお兄さんはげんなりとした様子でしたが、他の人と行ったと思ったら戻ってきた。
「……すまない、呼び止めてしまって」
「いえ、私こそすみません。お疲れさまです」
「……ああ、今日は買い物にでも来てたのか?」
「デートです!」
笑顔で言うと、なんでかヒビ割れのような音がした。次いで寒さが増したよう……気のせいかなと話を続ける。
「友達の女の子と遊んでました」
そう言うと寒さが和らいだ気がします。あんまり暖房効いてないんですかね?
藤色のお兄さんを見ると溜め息をついていて、お秘書さんは笑顔で私を見ている。うん、あの笑顔は呆れてますね! まきたんによくされる!!
「……今日『カモん』は?」
「定休日なので、このままご飯食べて帰りますよ」
「だったら……一緒に食べないか?」
ふへ? 藤色のお兄さん達と……晩御飯!?
突然のお誘いに困惑する中、まだお仕事なのではと正常なことも考える。それを読んだように、お秘書さんが口を挟んだ。
「今日の仕事は終わりましたので、みっちゃん様さえよろしければぜひ」
お辞儀され、また困惑する。
でもりんちゃんの『喋って一緒過ごすと』を思い出し、気付けば『お願いします』と頭を下げていた。
だって……藤色のお兄さんを知りたいのは本当だから。
* * *
お秘書さんの運転で向かった先は中洲。
夜の中洲! 大人の街!! ビックだ!!!
何が食べたいか訊ねられ、福岡に来たばかりのニ人にぜひと『もつ鍋!』と答えたらなぜか中洲へ。しかも和の女将さんがいる料亭で個室。
メニューに値段書かれてない! 何ここ!? 福岡のはずなのにわからないよ!!!
「大丈夫ですよ。海雲様の奢りですから」
焦る私にお秘書さんが補足するが、さらに顔を青くさせる言葉。
冷や汗をかきながら藤色のお兄さんを見ると『当然だ』と言うように頷かれるが、慌てて声を上げた。
「だだだだ大丈夫です! 先週お給料入りましたし!! そそそそそれか三人で割り勘しましょう!!!」
またテンパりながらわけのわからないことを言うと沈黙が続いた。このパターン多いですね。
恥ずかしさとバカらしさに肩をすぼめると『ふっ』と、どこかで聞いた声。次いで耳に届いたのは。
「っはははははははは!」
また大声に近い声量で藤色のお兄さんが笑っていた。
お秘書さんは顔を逸らしてますが肩は揺れてますよ! いっそのこと声上げてよ!! お秘書さん!!!
恥ずかしくて顔を伏せていると、ニ人は落ち着きを取り戻したように口を開いた。
「……割り勘だそうだ。寺置、半分払え」
「別室で頂く予定だったんですけどね。まったく……予想の斜め上を行くと言うかなんと言うか、負けましたよ」
あれ、褒められてます?
取り合えずOKかなと安堵の息をつくと『後でお支払いしますね』と言うが、二人して『結構』と断られてしまった。めげずに言っても、スルーするように注文される。全然OKじゃないです。
それから私は酎ハイ、藤色のお兄さんは焼酎、お秘書さんはノンアルビールで乾杯。もつ鍋は今までで一番美味しくて、シメのちゃんぽんまで満足です!
食事中は殆ど私が『カモん』での出来事を喋り、ニ人は聞いているだけ。
たまにお秘書さんが藤色のお兄さんの過去話を暴露したりと笑いも多くて楽しい。ただバイトの癖で御酌をしようとしたら拒否られるのはなぜでしょう?
結局お支払いはさせてもらえず、罪悪感を抱きながら外に出てると真っ暗。
でも中心街だけあって、0時前でも明々とした電気が灯って明るい。寒さがわかる白い息を吐くと、藤色のお兄さんに頭を撫でられた。
「……帰りも送る」
優しい笑みを向けられると、ほってりと頬が赤に染まる。お酒ですよね、お酒。えへへ~と、私は笑う。
「大丈夫ですよ~まだ電車も通ってますし帰って寝……」
そう言いながら携帯を開き、届いていたメールを見……。
「あああああっ!!!」
「っ!?」
「どうされました?」
酔いも覚める大声を出してしまい慌てて口を両手で塞ぐが、大事なことを思い出し、頭を抱える。心配そうに顔を覗きこむ藤色のお兄さんに、私は情けない呟きを漏らした。
「家の……鍵……忘れました」
「「は?」」
このパターンも多いと心の中で涙を流しながら取り合えず車に乗ると、泣く泣く事情を話す。と言っても、単純に鍵を忘れただけです。
今朝は妹が居たため内側から鍵を掛けてもらったのですが、鍵を持って出るのを忘れた上、妹は夜勤で帰って来ない。母は飲み会で酔ったらしく、同僚の家に泊まらせてもらうとメールが入っていた。
「……父親は?」
「一緒に住んでないので無理です……」
顔を伏せたまま言うと沈黙が続く。
困りました。大将達は日帰り旅行って言ってたし、りんちゃんも食……と言うか夜遅くに押しかけるわけにはいかない。大きく息を吐いた私は意を決したように顔を上げた。
「ビジネスホテルに泊まります!」
「通報されそうですけどね」
ん? お秘書さん、なんかボソリと言いました?
明日の昼前にはまきたんも帰ってくるだろうし、家の近くにはホテルもある。自業自得だとニ人に礼を言って車を降りよう……としたら藤色のお兄さんに腕を掴まれた。ポッキリと折られるのではないだろうかと思うほど大きくて堅い。でも痛みはない。むしろ包むように暖かい腕に彼を見ると目が合った。
「……俺の部屋に来い」
…………はい?