01話*「“じおんしゅ”」
「だから身体が動いたんだっ、いったあ~~いっ!」
「姉さんってバカだよね? バカだったよね? うん、バカだったよ」
「辻森さ~ん、病院ではお静かにお願いしますね」
微笑ましい姉妹を見るように、看護婦さんに軽く注意された。
腰まである長い黒の天パに、頭にはまだ包帯。デコピン攻撃で涙目を浮かべているのがボクの双子の姉、みき。
どうやら“好きな人”が店に来たらしいんだけど、会社関係で揉み合いになって、トバッチリを受けてケガをしたらしい。バカ。
「だって、人にガラス(おひや)を投げるとか酷いんだよ!」
「怒ってる人は何するかわかんないもんだよ。“ふじしきのお兄さん”だって、片手でジョッキ割ったんでしょ?」
「ふびっ……」
ブーブー言いながら荷物を片付けている姉さんの頬は若干赤い。
“ふじしきのお兄さん”と言うのが好きな人で、東京から来た二十八歳らしい。ボクは会ったことないからわかんないけど……ジョッキを割るとかどんだけだ。
幸い脳に異常もなく軽症だったが、検査で軽~く引っかかったらしく、三日間入院し今日退院することになった。ま、高校卒業後一度も健康診断してないんだから当然か。
見舞い品を片付けていると、彼の名刺を見つめる姉に溜め息をついた。
「会いたいなら電話すればいいじゃん」
「……忙しい人だから無理は言えないよ」
切なそうに笑う様子に、胸がチクリとする。
姉さんは老若男女問わず明るく気軽に話すから恋愛ごとに疎いと思っていたが、この顔はマジだな。忙しいっていう理由だけで会わないっていうのはおかしいだろと無性に腹が立ったので、デコピンをお見舞いしてやった。痛がってる姉さんにボクは口を尖らせる。
「そんなんじゃ、いつまでたっても会えないよ。ふじしきのお兄さん……だっけ? 好きなんでしょ」
問いに黙り込んだ姉は小さく、でも嬉しそうに頷いた。
姉に春が来るってどうなのかなー。嬉しいことだけど双子だと複雑だなー。ずっと一緒にいたからね、うん。
そんな心中は察せずにいるとノック音。
姉さんの声と共に開いた扉の先には男がニ人。
高級ビジネスコートを難なく着こなす細身に長身の漆黒の短髪をアップにした男。
もう一人はスーツにトレンチコートを羽織った同じ身長。髪は緩くウェーブがかかった黒の短髪で、細いフレーム眼鏡をしている。俗に言うイケメン達だ。
……部屋、間違えてないか?
そう思ったが、姉さんの『うひょほっ!?』という奇声で察した。
「もしかして“ふじしきのお兄さん”って貴方ですか?」
「……ああ、そうだが」
髪をアップにした人が答える。
へーこの人がと思いながらニ人を部屋に促すとお辞儀した。
「はじめまして、辻森みきの妹のまきと申します。この度は姉がお世話になりました」
「妹……? ああ、こちらこそ巻き込んでしまって申し訳ない」
一瞬、目を見開かれたが、双子だと知った人の反応はだいたいこんなもんだ。
気にせず鞄から名刺を出すと、“ふじしきのお兄さん”と名刺交換する。漢字を確かめるように、つい読み上げてしまった。
「『Earth(アース)メーカー社取締役』……“藤色 海雲(ふじしき かいうん)”さん……?」
呟きに、藤色のお兄さんは安堵した表情を見せる。
いや、聞いてなかったら“ふじいろ”とか読みそうだけど、バカ姉がなんかしたな。すると隣の眼鏡の人も名刺を差し出してきた……なんだ、一瞬寒気がしたぞ。
「はじめまして。私、海雲様の秘書をしております」
柔らかい口調で海雲……さま……様?………様っ!? 名前で『様』付けなんて本当にいんの!!?
漫画アニメじゃないよねと、ちょいオタク脳で唖然とするが、妙な寒気はこの人から感じる。霊感はないハズだと名刺を受け取ると、漫画アニメ脳だったせいで突拍子なことを言ってしまった。
「“じおんしゅ”……さん?」
ニ人が沈黙する。
姉さんには聞こえていないようで良かった。今のボクは耳まで真っ赤だろう。よくよく見れば『“寺置 守(てらおき まもる)”』だ!!!
羞恥に顔を伏せると視線だけ上げた。
藤色のお兄さんは顔を逸らしているが肩を揺らしている。おい、笑いたければ笑え。眼鏡の人はニコニコしているが笑ってないだろ!!!
背景にブリザードが見える眼鏡の人=寺置さんが口を開いた。
「前世は某大佐でもMS(モビルスーツ)名でもありませんよ」
「似ても似つくか!」
病院なので多少声は抑え、彼の持っていた袋に蹴りを入れる。恐らく姉さんへの見舞い品だろうから良いだろう。
そんなボクを寺置さんは驚いた様子で見たと思ったら楽しそう……いや、愉しそうな笑みを向けた。背筋に悪寒がしたが知るもんか!
しばらくして藤色のお兄さんは姉さんの傍に椅子を置くと話しはじめる。ニ人とも嬉しそうで、両想いに見えるのになんでくっつかないかな。
溜め息をつくと、寺置さんに声をかけた。
「今日ってもう仕事終わりなんですか?」
「ええ。福岡に来てから休みという休みも取れなかったので、上に抗議して今日明日休みをモギ取りました」
言い方がなんか黒いが、気にしたら終わりだ。
それならとボクは洋服や見舞い品の荷物を持ち、姉さんに藤色のお兄さんと一緒に居るようにと言った。姉さんとお兄さんは目を見開いたが、せっかくのチャンスを無駄にするわけにもいかないでしょ。ぶっちゃけ昨日夜勤で明けのボクは眠いんだよ。
すると横から寺置さんがポンっと両手を叩いた。
「それでしたら私がまき様の車を運転しましょう。私の車は海雲様が使ってください」
は? ちょっっと待て! なんでアンタもくんの!? しかもボクの車に乗ってくの!!?
ハタからみれば、じれったいニ人をニ人っきりにしてやろうという優し~~い雰囲気だが、欠っっ片も見えないのはなんでだ!!?
冷や汗をかいていると寺置さんはボクから荷物を奪い取り、耳元で小さく『ね、まき様』と囁いた。ヤメレ。
しかし断るのも場面的におかしいと、一緒に部屋を出る。間際、声は発さず、口だけ、“が・ん・ば・れ”と、姉さんに向けて動かした。ちゃんと伝わったのか、コクリと頷く姿に自然と笑みを浮かべるが、扉を閉めた男に口元が戻る。
むしろ頑張るの、ボクのような気がしてきたぞ────。