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​02話*「good night」

 病院を出たら本当に寺置さんが運転席に座った。

 『結構です!』と断ったが『居眠り運転したら捕まりますよ』と言い包まれ、助手席に押し込まれる。押し込む方が捕まるだろうが! おまわりさ~~ん!!

 

 そんなわけで不機嫌になったボクは、寺置さんが姉さんの見舞いにと持ってきた豚バラ型クッションに顔を埋める。その横でトレンチコートとジャケットを脱いだ彼は、シャツとネクタイにベストの服に変わった。

 服ひとつで男も違うもんだと考えていると笑みを向けられる。

「惚れたんですか?」

「出発進行ーっ」

 

 棒読みに、寺置さんはくすくす笑いながら出発する。

 だいたいの住所を言って寝よ寝よ……と、思ったが、この人すんごい喋る喋る! しかも姉さんと藤色のお兄さんの出会い話なんかするもんだから気になって寝れないじゃんか!! こんちくしょー!!! ボクを虐めて楽しいか!!?

 

「楽しいですよ」

「ハッキリ言うな!」

 

 つい肩を叩いてしまったがご愛嬌だ。

 変わらない表情は本当に何を考えているのかわからない。気付けば夕日が沈みはじめ、車は緩やかに道を進む。

 

「それで……藤色のお兄さんが姉に一日半で惚れたと?」

「ええ。一目惚れみたいなことってあるんですね」

「うっわ、信じらんない……」

「一目惚れは存在しないと思いますか?」

 

 何を言ってんだと言いそうになったが、寺置さんの表情がなんとも言えず口籠もる。それでも言葉を紡いだ。

 

「別に……好みの物を即買なんてよくあるし、それが人間(ひと)で手に入れてたくさん愛したいなら『一目惚れ』でいいんじゃないですか……犯罪に染まらない程度で」

 

 ボクはそんなの御免……と言うか面倒そうだ。

 愛されすぎるって言うのは漫画や小説が丁度良い。リアルだとな……しかし、それに姉さんが引っかかったとなると不安だ。いや、藤色のお兄さんは一日半と言っていたからセーフか? どっちだ!?

 悶々としていると横から笑われた。

 

「お姉さん想いですね」

「……アホでバカな姉ですので」

「可愛いですね、まき様」

「っ、うっさいやい!」

 

 顔が真っ赤なのを見られたくなくて、クッションでバシバシ彼を叩くが、片手で防御された。片手運転するなよりも恥ずかしくて、クッションに顔を深く埋める。

 

「息、出来なくなりますよ」

「でふぇる!」

「運転中の私は話し相手がいないと暇になるんですけど」

 

 一瞬考え込むと後部座席の方を向き、見舞い品の小さいな花束を寺置さんの膝に置いた。

 

「どうぞ、この花(こ)に愛を語ってやってください」

 

 そう言うと、彼の表情が一瞬崩れた気がした。

 よっしゃー、勝利! このまま寝るぜ!! good night!!!

 冗談のつもりだったのに、二十時間は起きていたせいか、ものの数秒でボクは夢の世界に落ちた。

 

 『勝ち逃げですか』と言う遠吠えは残念ながら聞こえず──。

 

 

* * *

 

 

 小さいボクとみきが手を繋いでいた。

 すると突然手を離され、ボクは一人になった。

 しばらくしてみきがまた手を繋いでくれた。

 でもまた離れてまた手を繋ぐ。

 

 ねえ、どうしてずっと一緒に手を繋いでてくれないの?

 どうして離れていくの?

 

 だから今度はボクから手を離してみた。

 みきが手を繋いでくれた……でもその顔は──泣いていた。

 

 

* * *

 

 

「──ま」

 

 虚ろな世界で誰かが呼んでいる。姉さん?

 ううん、声もシルエットも違う。同じ黒髪でも短い…何さ、その整った顔は……殴るぞ……。

 

「殴るのは勘弁してくださいね、まき様」

「……っ!?」

 

 ニッコリと微笑むのは寺置さん。

 だが、あと数センチで鼻と鼻がくっつく……だと!? やめんかい!!!と、覚醒したように胸板を押してしまったが、気付けば自宅アパートの前に着いていた。

 

 寺置さんは痛がる風もなく笑っている。こいつに同情はしない方がいいな、うん。

 時刻は夕方五時だが、電気は点いてないし、母はまだ帰ってきてない様子。車を降りると荷物を玄関前まで運んでもらうが、さすがに中にはいれねーぞと睨む。察したように彼は微笑んだ。

「大丈夫ですよ。私はこのまま『カモん』で飲んでこようと思っているので」

 

 『カモん』というのは姉さんがバイトしている居酒屋の名前。

 ちなみに線路挟んですぐのため、踏み切りに引っかからなければものの十分もかからない。ボクは『ふーん』と、気の無い返事をする。

 

「ま、金曜の夜だからって飲みすぎないでくださいよ」

「お優しい忠告ありがとうございます」

「うっさい!」

 

 また蹴ろうとしたが避けられた。ちっ!

 でも、おかげで睡眠を取ることが出来たし、こんな人に言うのも癪だけど礼は言わないとダメだよな。顔を伏せるボクに寺置さんは首を傾げているような気がしたが、構わず呟いた。

 

「……送ってくれて……ありがとう……ございました」

 

 視線を上げると寺置さんが目をパチクリさせている。

 ボクがお礼言うのがそんなに変か! 目も合わせなくてごめんなさいね!! 姉さんみたいにニコニコ言えないんだよ!!!

 脳内で罵声を浴びせていたら頭上から笑い声が落ちてきた。おい、何も笑うこと……。

 

「ははは、どういたしまして」

 

 その表情は今日見た中で一番『人間らしい』表情(笑み)で、一瞬言葉に詰まった。ギャップ萌えか? いや、こんな男に萌えはない、うん。

 そう考えても頬は妙に熱く、それを隠すように『じゃあ』と家の中に入る。後ろから『おやすみなさい』と柔らかな声が聞こえた。

 

 ドアを閉じると静かな室内に少し寂しくなる。いやいや、何言ってんだボク。

 慌てて荷物を置き、コンタクト外して寝ようと洗面台へ向かう。が、首辺りに赤い花弁のような痣が付いているのに気付く。冬に蚊でもいたのかと考えるよりも先に眠気に襲われ、寒さ&蚊対策のように布団にくるまったボクは寝直した。

 まさかの着信で起きることになるなど露知らず────。

いちご
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